2話 一歩先の世界
「んー・・・どこから教えるべきなのかなぁ・・・」
鈴菜は溜息と共に小さく呟きながら、校庭をぼんやりと眺めていた。
春や秋には心地よい日差しが当たる窓際の席だが、12月の今は少し肌寒かった。
ぼんやりとしながらも考えることは朝の一件だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!教えるって、え?私が!?」
突然の会長の話に鈴菜は混乱していた。
「落ち着いて、落ち着いて。あ、お饅頭食べる?」
そう言いながら会長はゆったりとした動きでお茶を淹れ始めた。
「いや、あの。お饅頭はいただきます。・・・じゃなくて!何で会長は私がG4だって知ってるんですか!?と言うかお会いするのもお話しするのも初めてですよね!?」
鈴菜がかなりの早口で疑問をぶつけていくと、会長はお茶の淹れ終わった湯呑をそっと鈴菜の前に置いた。
「あら?あなたがG4プレイヤーである事は学園でも有名よ?だから今回お願いしようと思ったのよ。"突進姫"さん。」
ふふっと笑う会長に、自分の異名を告げられた時点で、鈴菜はきっと裏付けも取られているのだろうなと悟った。
「あー・・・私、有名・・・なんですね・・・あはは・・・」と顔をひきつらせながら空笑いをしたが、自分が気に入っていない異名が有名であるという事に軽く泣きそうになった。
「あ、あの。」
突然別の方から聞こえた声に向き直ると、これまで一言も話していなかった紬が話し始めた。
「その、私。本当にアナザーワールドの事を知らなくて、お二人が話してるG4っていったい何なのでしょうか?」
小首をかしげながら考えているあたり、本当に何かわからなくて気になっている様子が伺えた。
そんな紬の様子を見て、ふと懐かしい気持ちになりながら鈴菜は、
「そっか。本当に初心者さんだもんね。わかった、できるだけわかり易いように説明できるように頑張るね。 さっきも聞いたと思うけど、私は水無月 鈴菜。呼び方は好きなように呼んで。貴方は、えーっと、紬ちゃんって呼んでいいかな?」
と笑顔で挨拶をした。
「は、初めまして。神音 紬です。呼び方はそれで大丈夫です。えと、よろしくお願いします。」
紬はぺこりとお辞儀をした。
紬にまずは何を教えるべきかを簡単に考えようとしていた鈴菜だが、目に入った時計を見てもうじき1限目の始業時間が近づいている事に気が付いた。
「うーん。もうじき1限目が始まっちゃうから、また後日でもいいかな?」
と鈴菜が切り出したところで、
「あらあら、もうそんな時間だったの。じゃあ放課後にまたここに集合という事でいいかしら?」
飲み終えた湯呑を置きながら会長は言った。
「放課後とかって大事な会議とか仕事とかあるんじゃないんですか?」と鈴菜が尋ねると会長は、
「そうねぇ・・・うん。大丈夫。今日は特に何もないのよ。終業式だし。」と微笑んだ。
その笑みは少し黒い笑みが混ざっていたようにも見えた。
(いや、終業式の後片付けとか色々あると思うんだけどなぁ・・・)
そんな事を思いながら、生徒会の皆様。ごめんなさいと心で謝りつつ鈴菜は紬に話を振った。
「つ、紬ちゃんは予定とか大丈夫なの?」
「私は大丈夫です。先日、寮へのお引っ越しも終わったところなので。こちらこそお忙しい中、ごめんなさい、放課後、お付き合いお願いできますか?」
申し訳なさそうに言う紬を見て鈴菜は、
「大丈夫。私も今日は暇だから。じゃあ、放課後までに自分のアバター情報を考えておいてほしいな」と、軽く笑った。
(あの後紬ちゃんに考えといてって言ったのは、名前と、武器と、何だったっけ・・・)
考えている内容とは別に進んでいく授業だったが、鈴菜の頭には全く届いていなかった。
『で、あるからして、開発されたのがこの腕時計型コンソール、シグナルウォッチで・・・。』
教壇では木下先生が現代の情報社会の歴史や発明について語っていたが、正直今更聞いたところでと、思うような内容しか語ってはいなかった。
『・・・菜月・・・水無月!』
あまりにも別の考え事をしてた所為か、先生に呼ばれたことに鈴菜は気付くのが遅れてしまった。
「は、はい!」少し上ずった返事をすると、
『たるんどるぞ。72ページを上から読んでみなさい。』と言われてしまった。
慌てながらもシグナルウォッチをARモードに変更して、モノリスで目の前にデジタル化された教科書を読み始めた。
内容としてはVR技術の発達、情報社会の革新、その当時に生み出されたコンソールの数々の歴史だった。
「・・・であるからして、現在我々の生活に深く関わる物となったのが携帯型装着式情報デバイス、シグナルウォッチである。」
鈴菜が読み終えると先生は満足したように頷き、授業の続きを始めた。
『シグナルウォッチとは、主に腕輪型のコンソールであり、リング型の上部に付いた薄く四角い着脱可能部位、通称モノリスを側頭部に当たる場所に持っていくと、今君たちが着けているようにゴーグル形態に変化する。このモノリスゴーグルとシグナルウォッチによる脳伝達信号を読み取ることで、フルダイブモードやARモードを自由に切り替えることができる。これにより・・・』
と先生の授業に熱が入ろうかというタイミングで終業のチャイムが鳴った。
先生は少し残念そうな顔をしながらも、『今日までの範囲が冬休み明けのテスト範囲だから、しっかり予習するように。次は終業式だから移動だぞ。遅れるな。』と言い、教室を出て行った。
考えてはまとめ、考えてはまとめを繰り返し、モノリス付属のメモ帳に教える事リストなるものを作成していたらいつの間にか終業式は終わり、帰りのHRの時間となっていた。
休み前の雑談を軽くクラスメイトや友達とし、別れた後、、
「さて、行きますか!」
軽く気合を込めて鈴菜はA校舎へ歩き始めた。