1話 始まりの世界
世界の約70%の人々が熱中するフルダイブ型MMORPG『アナザーゲート』
全世界で社会現象を引き起こし、今や人々のもう一つの現実として浸透していた。
『もう一つの世界ともう一人の自分でやりたい事をとことんやろう!』と、今や誰もが知っているキャッチフレーズと共にサービスを開始して今年で遂に20周年となる超人気ゲームコンテンツだ。
本来なら秋頃にに来る大型アップデートだが、今年は20周年記念との事で超大型アップデートの実装が年末に決定されていた。
大型アップデートに関する情報は今回サプライズと言う事で殆どが伏せられているが、新章のストーリーが実装されるのはほぼ確実だろうと色々な情報サイトに掲載されていた。
「新章か・・・楽しみだなぁ。」
シュイン・・・
情報サイトを閲覧することに夢中だった彼女は自分の部屋のドアが開いたことに気づかなかった。
「水無月さん!水無月 鈴菜さん?消灯時間はとっくに過ぎていますよ? あまりにも寮規則に従わないのであればシグナルウォッチの使用に制限を掛けますよ?」
背後から突如した声に驚いて振り返るとそこには小さな子供、ではなく寮母のまひるさんがちょこんと立っていた。
「あ・・・まひるさん。ごめんなさい!すぐに寝ますのでシグナル制限はやめてー!」
鈴菜は慌ててベットに飛び込むと、まひるさんはヤレヤレといった顔で部屋を出て行った。
この星ヶ坂女学園の消灯時間は深夜0時という規則があり、規則に従わない者にはそれ相応の罰が課せられてしまう。
「とりあえず新章の話は明日、皆でどんな話が来るか予想でもしよう」
そう考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
ピピピピピピッ
朝、右腕に着けていたシグナルウォッチの目覚まし音で目が覚めると、鈴菜は壁にかけていた制服に着替え、足早に学園へ登校した。
星ヶ坂学園は鈴菜の寮から徒歩5分程度の場所にあり、校門に備え付けられている生徒認証センサーに生徒はシグナルウォッチをかざすと校内に入ることができる。
この時に出欠席や登校時間が校内データバンクに書き込まれるため、遅刻をすると一発でばれてしまう。
いつもの様に登校すると、昇降口にあるスピーカーから校内放送が流れた。
『2年D組 水無月 鈴菜さん。至急、A校舎3F、生徒会室に来てください。繰り返します・・・。』
「え?私??なんなのよ。もぅ。」
突然自分を呼び出す放送に悪態をつきながらも呼ばれたからには仕方がないと急いで上履きに履き替え、生徒会室に向かった。
A校舎とは、職員室や、生徒会室、会議室など、学園の中枢たる部屋が密集しており、一般的に生徒は何かしらの用事がない限り立ち入ることは少ない校舎だ。
生徒会室は3Fへの階段を上った直ぐ突き当りにあった。
生徒会室は重厚感ある木製の両開きドアで、前に立つだけで思わず姿勢を正してしまうような、そんな雰囲気を醸し出していた。
鈴菜はふぅ、と一呼吸おいてからドアをノックした。
コンコンと、子気味良いノックの後に「どうぞ~。お入りください。」と柔らかそうな声が中から聞こえてきた。
「し、失礼します。2年D組 水無月 鈴菜です。」
ドアを開けると、生徒会室は広めの部屋だった。
まず目に入った床には高価そうな絨毯が敷かれており、踏んでいいものなのか少し躊躇ってしまう。
部屋の両脇の棚にはトロフィーや盾などが飾ってあり、棚の前に左右2ずつ個人用のデスクが置かれており、それぞれ副会長、書記、会計、議長と書かれた札がデスクにのっていた。
しかしながらいずれのデスクにも人は座っておらず、正面の大きな窓の前に1つだけある、会長の札がのったデスクに生徒会長、神楽 舞がにこやかな笑みを浮かべながら座っていた。
生徒会長、神楽 舞。星ヶ坂学園3年生、長く艶やかな黒髪の持ち主で、文武両道、品行方正を絵にかいたような人だが、物腰が柔らかく、親しみやすいと生徒から絶大な人気を誇る生徒会長である。
鈴菜自身もその程度の情報なら知っているが、実際に彼女と話したことや接点など無く、何故自分はここに呼ばれたのか分からなかった。
思考を整理していると、会長の横に一人、見慣れない生徒が立っていることに気が付いた。
綺麗な黒髪で、会長をショートヘアにしたような子だった。特徴的だったのは赤い瞳で、じっと見ていると吸い込まれるような、そんな瞳だった。
「突然呼び出してしまってごめんなさいね。」神楽会長の言葉で我に返ると、
「あ、あの・・・。私、何で呼び出されたのでしょうか?」と鈴菜は訪ねてみた。
「そうね。突然呼ばれたら不安よね。その前にまず彼女を紹介しないと。」
神楽会長はそう言うと、横にいた生徒を紹介した。
「彼女は神音 紬。私の従妹で1年生なの。」
神楽会長に紹介されると紬はこちらに軽く会釈をした。
「それで、あなたを呼び出した訳にもなるのだけど、彼女、家の都合でアナザーワールドをプレイしたことがないの。」
神楽会長がそう言うと紬は少し恥ずかしそうに視線を下にさげ、もじもじとしていた。
「それで水無月さん。あなたがG4のプレイヤーである事を見込んで、彼女にアナザーワールドを教えてあげて欲しいの。」
と、神楽会長はまたしてもにこやかな笑みを浮かべながら言った。