6.風呂
修行を終えて一時間ほど経って19時となった。
キッチンではアリシアが夕食を作っていて、そちらからは肉の焼けるジューという音と香ばしい香りが俺が今いるリビングに広がってきている。
「出来上がりました。今日の夕食はジャイアントボアのステーキ、ジャガイモのポタージュ、そしてパンですよ。パンはたくさんあるのでいくらでもおかわりして構いませんよ。」
「今日もおいしそうだ。いただきます!」
「いただきます。」
驚くべきことにこの世界にもいただきます、ごちそうさま、と言う習慣が根付いているみたいだった。その他にも箸が使われているなど、日本やアジアの文化と似通ったところがたくさんあった。
この大陸の大部分の人はアリシアと同じように西洋人のような顔立ちであるらしいのだが。なんか不思議な感じがする。
それにしてもアリシアの作る料理は本当にどれもおいしい。今食べているステーキも塩だけでシンプルに味付けしているらしいのだが、焼き加減がちょうど良くジューシーでとにかく最高の一言に尽きる。
ボアというとイノシシのことなのだろうが、牛肉といっても遜色ないぐらいおいしい。臭みも全くないし。
「ジャイアントボアってどんな魔物なの?」
「大人になると体長が5メートルを超えるかなりの大物ですよ。大きいものだと10メートル近くにまで成長するのだとか。この肉は6メートル級のジャイアントボアの肉ですよ。突進力はもちろんのこと、鋭い長い角、丈夫な体、とかなり強い部類の魔物だといえます。今の夏樹さんだと出会った瞬間死を覚悟しないといけないでしょうね。」
「いつの間にそんな魔物狩ってきたんだ…?」
「1ヵ月前にこの家の近くで狩って二階の冷凍室に保存していたんですよ。」
この家の近くっていうことは、歩いていた間には5メートルを超えるこの魔物に遭遇する危険すらあったということか…。ウルフでも十分すぎるほどの脅威だったんだけどね。
ところで冷凍室とはどういうことなのだろうか。こんな森の中に電気が通っているとは思えないし、文明レベル的にもそこまで発展していないだろう。
「二階に冷凍室があるの?」
「幸運なことに私は特殊属性である氷属性も使うことができるので。魔具に冷却の魔法を保存して部屋においておくと、その部屋に置いてある食料は腐らずに保存することができるんですよ!氷属性を持っている私だからこそ出来ることなんですけどね。」
「あの…すみません…魔具ってなんですか?」
「あぁ…ごめんなさい。魔具なんて夏樹さんが知るはずなかったですね。ではこの後の勉強の時間に教えましょう。」
アリシアの言葉尻が尖っていると感じるのは俺だけだろうか。表情は柔らかで微笑んでいて相変わらず優しそう、ではあるのだが。
そんなことを話してるうちに完食してしまった。今日の夕食もおいしくで満腹になって大満足だ。日本での食生活より断然充実している。
この後の勉強の時間に眠くならないか心配だ。疲れているし満腹だし。
なんとなくアリシアは勉強中に寝たりすることには厳しそうな気がする。
「ご馳走様でした。今日もとてもおいしかったよ!」
「お粗末さまでした。そう言ってもらえると作った甲斐があるというものです。」
「お風呂を沸かしているので一時したら入っておいて下さいね。」
◇
夕食から30分後。
そろそろ大丈夫かな、と昨日案内してもらった風呂へと向かう。本当は汗を流してから夕食の方がいいのだろうが、あまりにもお腹が空きすぎていたのでアリシアに無理を言って夕食を先にしてもらった。
アリシアは皿を洗うと言っていた。本当に何から何までやってもらって申し訳ない。手伝おうとはするのだが自分がやりたくてやっているのだ、といつも頑なに断られてしまう。
風呂場の扉の前まで来た。日本人としては風呂があるというのはとても嬉しい。シャワーを浴びるだけではなんか物足りない感じがしてしまうものだし。
扉を開けて脱衣所に入る。周りを見渡してみてかごのようなものが置いてあるのが目に入る。これに着ているものを入れればいいのか。
ちなみに今着ている服はアリシアから借りたものだ。何の素材であるのかは分からないが魔物からとれたものなのだろうか、軽くてとても動きやすい。
俺がアースランドに来たときに着ていた寝間着は絶賛洗濯中だ。もちろんパンツも。自分ですると言ったのだが、なぜ恥ずかしがっているのか理解してもらえなかったので、結局アリシアにやってもらうことになった。
服を脱いで畳んでかごに入れる。こんなちょっとしたことでも俺への印象は変わるはずだ。どうにか今の情けないイメージから脱却したい。
それにしてもどの部屋もランプで照らしているので結構暗く感じる。まだいまいち慣れないな…。
そんなことを考えながら風呂へと続くであろう扉を開けた。
まず俺の目に飛び込んできたのは人影。
………人影?えっ???
あれ…これはやばい。
驚きと動揺のあまり目を見開いて固まっていると、風呂場にいた人影、アリシアさんがこっちを見て俺の存在に気づいた。
こんなテンプレはいらないぞ…そう思った瞬間にはもう俺の目の前にアリシアの拳が迫ってきていた。
そして俺の顔面に拳が着陸。俺はアースランド二度目の気絶を体験するのだった。
でもアリシアは着痩せするタイプらしい。何がとは言わないが、想像していたより、というかかなり大きかった。
◇
ん…?ここはどこだ?布団の上?
ぼんやりとしたまま周りを見渡してみると俺が寝ている部屋だった。
「目が覚めたんですね。良かったです…!本当に申し訳ありません、動揺してしまってつい手を出してしまいました。」
隣に椅子を持ってきて座っていたアリシアがそう言い、俺の意識は即座に覚醒した。
そうだった。俺はアリシアの入浴シーンを覗いてしまって殴られたのか…
「いや、殴られて当然だよ。俺のほうこそ申し訳ありませんでした。」
申し訳ないとは思うが後悔はしていない。理由は…言わなくても分かるだろう。
「もうあがられた後だと思っていたので。今考えてみると服も置いていなかったですし軽率でした。」
「アリシアが申し訳なく思う必要なんてないよ。俺がちゃんと確認すればよかったんだし。」
「ほんとごめんなさい。風呂はお湯を張ったままなのでどうぞ入ってきてください。その間にシーツを変えておきますので。汗がついてしまったでしょうし。」
ふぅ…じゃあ言葉に甘えて風呂に入ってくることにしよう。
でも俺は今服を着ているぞ?あの時俺は服を脱いでいたはずだから…服を着せてもらったのか。ということはばっちり見られてしまったんだな。
そう思うと顔に血が上ってきた。体は若返っているので筋肉も少しはあり、それほど恥ずかしい体ではないんだが…やっぱり恥ずかしい。
それにしてもアースランドに来てはじめてのテンプレらしいテンプレがこれか…先が思いやられるな。
◇
あぁ、やっぱり風呂はいい。今俺は足を伸ばしてゆったりと湯船に浸かっている。
アリシアの家の湯船はひのき風呂のような木でできた浴槽だった。実際には初めて見る木の風呂にちょっと興奮してしまった。
さっきはそれどころではなくてよく見ることができなかったし。
なんとなく木のいい香りがしてきて癒される。
この風呂のお湯はどうやって沸かしているのだろうか。もしかしたら水を温める魔具なんてものも存在しているのかもしれない。
後でアリシアに聞いてみよう。
さぁ、風呂をあがったら勉強の時間だ。勉強はあまり好きではないがどんなことを教えてくれるのか楽しみでもある。寝るなんてことがないようにしないと。