2.出会い
『Ⅵ級魔法・グラヴィティ』
凛とした声で女の人が呪文のようなものを唱えた瞬間、俺の前に立ちはだかっていた狼もどき全てが地面へと崩れ落ち、その地面には大きくひびが入った。
なにが起こったんだ!?
突然のことに全く現状を把握することができない。
「こんなところで武器も持たずに何をしてるんですか?魔法使い、いやまさか魔族…?」
そう女の人が呟く。
恐らくこの女の人が使ったのは魔法?魔術?ではなかろうか。
いや、いずれにしても狼もどきに重さを加えて退治したのは間違いないだろう。
魔法があるということは…やっぱりここは地球じゃないのか?
狼もどきという脅威は去ったが別の不安が俺を襲う。
女の人は警戒した目で俺を睨んでいる。
身長は160ぐらいで細身、歳は20代前半、金髪に青い瞳、西洋人のような顔立ち、そしてとてもかわいい。睨んでいてもどこか優しさを感じさせる雰囲気をまとっているし、日本であったらリアル妖精などと騒がれるのではなかろうか。
警戒されてはいるがこれでひとまず命の危機は去った。そう思った途端最大限に張っていた気が緩んでしまったのか、俺は地面に崩れ落ちそのまま気を失ってしまった。
◇
トントントントントン
包丁のきざむ音が聞こえる。あれ…誰が料理してるんだ?今日は母親か妹でも来る日だっただろうか。
目をゆっくり開けた俺は未だ焦点が定まらない目をこすりながらも違和感を覚える。いつもと布団の感触が違う。ここは家じゃない…?
友人にも馬鹿にされるほど人一倍布団にこだわっている俺はすぐに布団の柔らかさが普段と比べて半減していることに気付いた。
布団は大事だ。人間の三大欲といわれる睡眠欲を少ない時間でも満たすために布団が重要じゃないわけがない。そう思わないか?
いや違う違う。とりあえず急いで現状を把握しないと。
つい布団に興奮してしまったが、気持ちを落ち着け体を起こして周囲を見渡してみる。
そうして俺の目に飛び込んできたのは自分の家でも実家でもない部屋だった。壁や扉など家全体は木で出来ているし、時計はテレビや本でしか見たことのない古いもの。当然テレビのような電力を使って動く家具はない、それどころかこの部屋の電気源はランプ、盛んに火が燃えているのが見える。
その光景を見てやっと思い出した。
…俺は森の中で倒れたんだった。では、ここは魔法か魔術のある異世界で、あの女の人の家の一部屋ということか。
あまり大きくない、女性らしい体格だったが俺をここまで運んでくれたのだろうか。
俺がいるのはベッドの上だった。うん、硬い。この世界にはやわらかい布団があるのだろうか。いや、なかったら困る。これから先このような硬さのベッド、布団で寝ることを思うと少し憂鬱になる。
そう考えたが現状のありがたさを思い、思考を改める。
周りを確認してみると、扉の横に置かれた棚には本がたくさん収納してある。本を読んで知識を得ることが出来ればいいが文字は読めるだろうか。日本語、いいやこの際英語でも仕方がないか。あまり得意ではないけど。でもあの女の人は日本語を話していたな。ならば、可能性はあるかもしれない。
しばらく部屋を見回していた俺は棚の横に窓を見つける。外を見てみるか。そう思い俺はベッドから立ち上がる。立ったついでに体の調子を確認する。どうやらどこも怪我をしていないようだ、痛む場所はどこもない。
でも…これで夢という線はなくなったに等しいと思う。夢の中ではっきり目が覚める。たまに聞く話ではあるけど状況が状況だけに…その線は薄いだろう。
◇
窓の外はまだ夜のようで暗いままであった。もしかしたら一夜、もしくはそれ以上寝過ごしていたのかもしれないが。
ここは森の中、か。野菜でも育てているのだろうか、まずは手前に畑が見え、その奥の庭のようなちょっとしたスペースの先には柵が立ててあり、さらにその先には巨木が何本もそびえ立っていた。
「目が覚めたんですね。」
女の人に声をかけられて振り向く。外をボーッと眺めていたせいか扉が開いた音にも気付かなかった。
「はい、十分ほど前に。助けていただき、ありがとうございます。初対面でこのようなことを尋ねるのはおかしいかもしれませんが、ここはどこなのでしょうか?」
まずは今いる場所、それを知らなければ。
「ここは魔の森の西にある私の家ですよ。私は2年前からここに住んでいます。」
「マノモリ…どういう字を書くんでしょうか?」
「字…ですか。ちょっと待って下さい。」
女の人、仮にAさんと呼ぼう。Aさんは近くの引き出しから紙を取り出し羽ペンのようなもので魔の森という字を書き俺に見せた。
なるほど、この世界では漢字と平仮名が使われているのか。きれいな字で魔の森、と書かれている。
「驚いた顔をしていますね。この大陸で魔の森の名を知らぬ者はおりません。まさか、とは思っていましたがやっぱり…。」
「どういうことでしょうか?」
「色々不安でしょうがとりあえず食事をとられませんか?お口に合うか分かりませんが用意いたしました。長い話になると思いますので。」
グーッ
俺の大きな腹の音が鳴った。Aさんは口に手を当てて隠しているが少し笑っているらしい。
恥ずかしい…。気になることはたくさんあるが、まずは厚意に甘えることにしよう。
「すみません。ご馳走になります。」
「お構いなく。腹が減ってはなんとやら、ですよ。」
◇
「そこの椅子に座って少し待っていてください。すぐに料理を持ってきますので。」
隣の部屋に移動してすぐにAさんはキッチンへと歩いて行った。ここはリビングルームといったところだろうか。キッチンにテーブル、椅子。棚などの家具。それにこの部屋には扉が三つ。階段もある。ということは二階もあるのか。予想していたより大きい家みたいだ。
そしてキッチンからいい匂いが漂って来ている。コンロのようなものは見えないがどうやって調理しているのだろうか。
部屋を観察しているとAさんが皿と大きな鍋を持ってきて、敷物をしいた後にそれらをテーブルに置いた。
「シチューを作りました。どうぞ召し上がってください。」
「ありがとうございます。いただきます。」
手を合わせてからスプーンを手に取り食べ始める。キノコシチュー、かな。ジャガイモのようなものも入っているがキノコは何種類も入っている。
歩いている間に毒々しいキノコを何種類も、たくさん見たが食べられるものもあったのだろうか。
おいしい。うん、かなりおいしいぞ。日本に比べても味に遜色はない。ルーなんてものはないだろうしAさんの料理スキルはなかなかのものと言えるだろう。
「お口に合うでしょうか?急いで作ったのであまり煮込めていないんですよ。」
「とてもおいしいです。材料は何を使っているんですか?」
是非教えてほしい、そう思う。食べれば食べるほどこのシチューの魅力にとらわれてしまう。日本だったら店を出せるレベルかもしれない。
「全部この森でとれたものや育てたものなんです。具材は森で採れたキノコや庭で育てた野菜を中心に。ソースは魔物からとれたもので作りました。」
魔物っ!?この世界にはそんな物騒な生き物がいるのか。さっきは答えてもらえなかったが、もしかしたら襲われた狼もどきも魔物だったのかもしれない。
「そうなんですか。それはすごいですね。」
何がすごいのか自分でも分からないが動揺を悟られないように当たり障りのないことを答える。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はアリシアといいます。そのままアリシアと呼んでくださって構いません。歳は先日23になりました。」
「すみません。お世話になっているのに自己紹介もせず。僕は上杉夏樹。上杉が名字、夏樹が名前です。夏樹と呼んでください。同じく23歳です。」
こういう場で名乗るとき俺は断然僕派だ。どうでもいいけど。
「23歳!?もっと若いと思っていました。」
「そうですか?あまり言われたことはありませんけど…。」
日本で童顔だとか若く見えると言われたことは一度もない。老けてると言われたこともないけど。
たまたま鏡を見つけたので自分の姿を確認してみる。
あれ?若返っているような気がする。鏡に写ったのは17、8歳のときぐらいの自分の顔だった。これは異世界に来た影響なのだろう。
「ともかく同い年なら敬語じゃなくて構いませんよ。私のほうは元がこれなので気にしないでください。」
「ありがとう。正直ずっと敬語はきついと思ってたんだ。」
「ところで夏樹さん。突然ですが覚悟して聞いてください。」
重々しい顔でアリシアは話し始めた。
「ここはアースランドという名の世界ですが、夏樹さんは他の世界から来た、いわゆる異世界人というものではないですか?」