089 釣り
アルケオンへと帰って来たヨネ子達は魔法使い達を魔法師団に預ける事にした。
「リーグ、訓練を頼むわ。この10人にゲートと護身用に簡単な攻撃魔法と防御魔法が使えるようにしてちょうだい」
「はい、それだけでよろしいので?」
「ええ、この魔法使い達は魔法師団ではなく輸送の専門業を行ってもらうつもりだから」
「輸送の専門業?・・・なるほど、わかりました」
リーグには郵便事業と言わなかったので、教える魔法と輸送と言う言葉から何がしたいのかを理解した。
魔法使いを預けた後ヨネ子達は木工加工所へと向かった、ルビー公爵から注文を受けた馬車の製作依頼のためだ。
馬車の注文の次は鍛治職人の元へ、正確にはフィエナの元へと向かった。
フィエナはボレアースから来て以来スプリングいわゆるバネやベアリング、オイルダンパーと言ったアルケオンでしか作っていなかった技術を習得中だった。
「フィエナ、あなたには早速活躍してもらうわよ」
「はい、それで、どのような物を作るのでしょうか?」
「あなたに作ってもらうのはチェーンとブレーキよ」
ヨネ子はそう言ってチェーンとブレーキの仕様をフィエナに伝えた、そして最終的に作らせたいのは自転車だ。
ヨネ子の今後の構想として輸送の高速化と簡略化がある。
これまでの輸送は馬車が主流だ、なので馬自体が高価であり世話にも大金がかかるため輸送費用が高額になる、さらに馬止めや馬房のある場所にしか置いてはおけない。
それを解決するために作るのが自転車だ、そして自転車専用のリヤカーも作る、現代の宅配便等が使っているリヤカー付き自転車と同じ物だ。
ただこちらの世界の人間は現代人より体力があるので宅配便の自転車に付いているリヤカーよりは少し大きめのリヤカーを付ける予定ではある。
これなら馬車よりは少しスピードが落ちるが、誰でも乗れるしどこにでも置いておける、手入は必要だが馬ほど手間もかからない。
ヨネ子は自転車の事もフィエナに説明した、チェーンやブレーキが何のためにどこに必要なのかがわかれば作りやすいからだ。
「それで試作品は何時ごろ出来る?」
「そうですね、1週間ほどで出来ると思います」
「じゃあ1週間後にまた来るわ」
ヨネ子達はフィエナと別れた後ゴムの製造所に寄ってタイヤとブレーキ用のゴム及びハンドルのグリップ用のゴムを注文しフィエナの元に持って行くよう指示した。
サドル用の革や綿はフィエナが注文すると言う事だったので任せた。
自転車の製作依頼が終わると次の予定は何もない、あるのは1週間後に自転車の試作品を見に行く事くらいだ。
「マーガレット、次は何をするの?」
エルが聞いて来た、エルもこの後する事が思い浮かばないからだ。
「そうね、とりあえず1週間は予定が無いし・・・釣りでもしながら今後の予定を考えるのも良いわね」
ヨネ子はそう言うとアルバート王国の王都テレイオースにゲートを繋げた、釣竿を作る材料の竹を手に入れるためだ。
ヨネ子はこの世界の植生についてはキューシュー地方周辺以外は殆ど知らない、しかし『デザートイーグル』時代の流一をサポートしている時、偶然テレイオース近郊に竹が生えている事を知ったのでやって来たのだ。
やって来たのはヨネ子とエル、セラフィム、レーナの4人、ヨネ子達は時間も遅かったのでここテレイオースで1泊した後町を出て周辺の植生を調べる。
しばらくして黒竹に近い種類の竹を発見した、ヨネ子はその竹の中から長さが4メートルから5メートルの物を5本選び根本から掘り起こした。
4人なのに5本なのは単にキリがいいからだけで誰かの分と言うわけではない。
本来生の竹を切って来て竹竿にまで加工するのにはかなりの工程と時間がかかる、しかしここは魔法のある世界である、そしてヨネ子は当然のように和竿の作り方は知っている、つまり魔法で簡単に竹竿を作り出した。
次はライン、だが元々ヨネ子が蜘蛛の魔物を養殖したのがその糸を使った釣り糸や網の材料としてだったのでアルケオンに戻ればすぐに手に入る。
針は鍛治職人のところに行き鋼を分けてもらいこれもヨネ子が作った。
今回はウキ釣りにすべく木工加工所に行き廃材からウキを作成する、もちろんこれもヨネ子が作った。
最後にオモリだがこれもゴルドモンスに行けば工業用の物が簡単に手に入るのでそれを加工する。
現在時間は午後3時30分、釣りをするならこれから魚の活性が高まる「夕まずめ」が近い、しかしまだ餌がない。
ただ潮時も干潮からあまり時間が経っていない事もありヨネ子達は餌の確保に向かった。
ヨネ子達はゲートで塩田に行きそこから磯へと向かう、そこで捕まえるのはゴカイやイソメの仲間だ。
竹竿なので川釣りでも良かったが、干潮時には貝掘りなども出来るので海釣りの方にした、とはいえこの日はもう時間も遅いので釣りは翌日する事にした。
翌早朝、「朝まずめ」の時間頃に5人の姿が海岸線に有った、増えた1人はアスカだ。
アスカは騎士団総長の肩書だが現状あまり仕事は無い、それというのも騎士団の半分近くが出払っているからだ、正確にいうならもうすぐ出払う予定だから。
建国記念式典の招待国はドメル王国を除き全て国王が参席すると報告があった、各国に向かった大使はまだ帰着していないが通信の魔道具で結果は早々に知らせて来ていた。
なので現在3人の大使に対して各2人の騎士が護衛に付いている、そしてもうすぐ各国の参席者の護衛に合計18人が出て行く予定だ。
さらに休日の騎士を入れると通常勤務の騎士は半分にも満たない、これだけ少なければ現場監督的な騎士団長や副騎士団長は忙しくなるがその上の取りまとめ的な騎士団総長の仕事は減る。
かくしてヨネ子とエル、セラフィム、アスカ、レーナが釣りをする事になった、5つ目の釣り道具はこれを見越していたわけでは無いが無駄にはならなかった。
5人の内ヨネ子を除く4人は釣りの未経験者だ、さらにその内の2人アスカとレーナに至っては釣りそのものを知らない。
とりあえずアスカとレーナには前日の内に釣りがどのようなものかはレクチャーしている、なので先ずはヨネ子がお手本を見せる。
最初にヨネ子が餌を全員に説明しながら付ける、そして第1投を投げる。
釣り場所は塩田から東へ数百メートル行ったところにある岩場だ、そこで大体の水深を見積もりウキ下は2メートルほどにしている。
餌が水面に着水するとオモリに引きずられ水面下へと沈んでいく、そして数秒後ウキが海面上に立ち上がる。
ウキが立ち上がるとすぐにピクピクと反応する、早くも魚が食いついたようだ、そしてウキが沈むタイミングに合わせ勢いよく竿を跳ね上げ合わせると簡単に1匹目の魚を釣り上げた、連れたのはメバルのような根付きの磯魚だ。
「すごーい、マーガレットさんすごいです」
簡単に魚を釣り上げたヨネ子にレーナが感心する。
「まあこんな感じね。さあみんなもやってみなさい」
ヨネ子の言葉で全員が餌を付け始める、ヨネ子は続きの釣りをせずみんなの様子を窺う、しばらくはアドバイスに専念するつもりだからだ。
全員が餌を付け終わり第1投を投げる、最初にウキが沈んだのはセラフィムだった、セラフィムは釣りを知っているだけに難なく1匹目を釣り上げた。
次に反応があったのはエル、こちらも問題無く釣り上げる。
次にアスカに反応があった、アスカは釣りを知らなかった事もあり「合わせ」が出来ていない、それでも強引に引き抜くように釣り上げたため逃げられはしなかった。
最後にレーナにも反応があった、しかしレーナも「合わせ」が出来ておらず魚に逃げられてしまった。
ここでヨネ子がアスカとレーナに「合わせ」が必要な事をレクチャーし再び釣らせてみる、今度は2人ともしっかりと釣り上げる事ができた。
その間にもエルとセラフィムは3匹目を釣り上げていた、まだ誰も釣りをした事が無い場所なので魚影が濃いおかげだ。
魚は全員が収納魔法を使えるのでそれぞれの収納に収める、現代ならクーラーボックスに氷を入れて保管するところだがこの世界はこの点がお手軽だ。
釣り始めてから2時間、よく釣れる「朝まずめ」を過ぎ満潮からしばらく経った事で徐々に食い付きが悪くなった。
それでも全員が20匹以上釣っているのでこの日の釣りは終了とした、予定では午後の干潮近くまで釣ってから貝掘りをするつもりだったのだがあまり釣り過ぎても魚の処分に困るので止めることにしたのだ。
釣れた魚の種類はメバルのような魚が最も多く次いでベラのような魚が続く、後はアイナメのような魚とメジナのような魚が数匹づつ混ざっている。
「面白かったー」
「私も」
レーナとアスカが楽しそうに感想を漏らす。
「そうね、たまにはこういうのも良いわね」
「そうですな、私も楽しめました」
エルとセラフィムも楽しかったようだ。
「じゃあ魚はブレイザーに料理させましょう」
ヨネ子がそういうと全員でアルケオンへと帰って行った。
「ブレイザー、魚を釣って来たから料理してちょうだい」
「ブレイザーさん、私の分もお願いします」
「私の分もお願いします」
「これもお願い」
「私の分も頼みます」
ヨネ子がブレイザーに料理を頼むとレーナとアスカも元気よく頼んだ、その後にエルとセラフィムも魚を出す。
「おお、釣りに行ったとは聞いていましたが、また随分と釣れたんですね」
ブレイザーは全員の出した魚を見て若干引き気味に答えた、全部で100匹以上あるのだからそれも仕方ないだろう。
「とりあえず料理は任せるわ、それから多い分はあげるからみんなで食べるなり店で使うなりしなさい」
「わかりました、ありがとうございます。ではとりあえず皆さんが食べる分だけ先に料理しますね」
ブレイザーはそう言うと大量の魚を調理場へと運んで行った。
「マーガレット、それで、これからの予定は考えたの?」
料理が出来るまでの間にエルが聞いた。
「とりあえず郵便事業の立ち上げ準備ね。魔法使いの訓練が終わったら3組くらいに分けて世界中に連れて行かないとね」
「なるほどねえ。でも魔法使いの訓練って何時ごろ終わるのかしら」
「そうね、リーグ達なら2、3週間ってところだと思うわよ」
「ふーん。それでそれまでの間は?」
「そうね、みんなが私たちの世界に来る準備でも始めましょうか」
「本当ですか!?」
この言葉に真っ先に反応したのはアスカだ、騎士団総長より地球に行くと言うモチベーションの方が高くて変身の訓練をしたので当然かもしれない。
しかしその意味がわからない者が1人居る、レーナだ。
「あのう、私達の世界ってなんの事ですか?」
そのレーナの質問にヨネ子が懇切丁寧に説明した。
説明が終わる頃最初の料理が運ばれて来た、続きは食事をしながらになる。
「それで準備って具体的には?」
食事を始めるとすぐにエルが聞いて来た。
「先ずはマナを保存する方法からね。これは着る物で出来るはずよ」
「着る物?服にマナを保存する魔法陣を付けるとかですか?」
セラフィムが聞いた、今ひとつピンと来ていないからだがそれは他の者も同じだ。
「そうよ、もう少し具体的に言うなら下着や服をマナを含んだ素材で作って拡散防止の魔法陣を織り込むのよ」
「マナを含んだ素材って何?そんな物があるの?」
エルが不思議そうに聞いた、これまでマナを含んだ素材で衣服を作れるような物など聞いた事が無かったからだ。
「蜘蛛の魔物の糸と蚕の魔物の繭よ。細い繊維を束ねて糸に加工するとき透明の魔石を細かく砕いた粉末を混ぜるのよ。出来上がった糸は魔石の粉末が落ちないように魔法で馴染ませれば出来上がり」
「確かにそれなら出来そうね。でもそれだとその服はマナが無くなるまでの使い切りって事?」
「いいえ、着る物にマナを補給する魔道具を別に作れば良いだけよ」
「なるほどねえ、さすがね。でもそうなるとたくさんの魔石が必要って事よね。有るの?」
「残念だけど私の持ってる分は殆どが通信の魔道具用に加工してあるわ」
「じゃあ明日から魔物狩りに行く?」
「みんなはそれで良い?」
エルに質問されたので他の者の意見を聞いた。
「私は行きたいです」
「私はマーガレット様に従います」
真っ先にレーナが答えた後セラフィムも答えた、そしてアスカはさらに質問して来た。
「あの、私も行って良いですか?」
「良いわよ、どうせしばらくは暇なんでしょ?その体での実戦訓練にもなって良いんじゃない?」
ヨネ子がそう言ったのでアスカも入れた5人で魔物狩りに行く事が決定した。
「ブレイザー、明日は魔物狩りよ。あなたも来なさい」
「わかりました。お供します」
ブレイザーも料理担当で行く事になった。




