087 レーナの未来
ディラールのハンターギルドに着くと早速買取窓口に向かった、そしてレーナの成果を全て換金するとそのお金は全てレーナに渡した。
「マーガレットさん、全部くれるんですか?」
「ほとんど貴方が倒したんだから当然よ」
レーナは訓練をしてくれて専用武器まで貰っているのでお金まで貰うとは思っても見なかったので驚いた、しかしマーガレットにも考えがあるのだろうと思い素直に受け取った。
そして直ぐにハンターギルドを出ようとして絡まれた、まあ見た目を考えれば愚かなハンターが絡んできても仕方ない。
「おいおい、ここはお子様やお嬢さんの遊び場じゃ無えんだぜ」
「お主、我等がそんな事も知らずに来たと思っておるのか?よほどまが抜けているようだな」
このハンターの挑発には珍しくセラフィムが応えた。
「なんだと?それは俺たちが『黒い稲妻』と知って言ってるのか?」
男はパーティー名を出して凄んだ、が、当然ヨネ子達は知らない。
「なるほど『黒いボロ雑巾』とはまた似合った名前だな」
挑発するセラフィムに周りのハンターが声をかけた。
「おいあんた達、悪いことは言わんから謝っとけ。あいつは素行が悪くて未だにCランクだが実力はBランク相当だ。あんたらじゃ勝てねえよ」
「忠告いたみいる。だが所詮はBランクに上がる事も出来ないような雑魚では我らの敵ではないので大丈夫だ」
「てめえ、俺たちを怒らせてただで済むと思うなよ」
ここでヨネ子が受付に向かって言った。
「ちょっとそこの受付のお姉さん。ギルマスを呼んでもらえる?」
これには『黒い稲妻』のハンター達が馬鹿にしたように言い返してきた。
「なんだ?俺たちが怖くなってギルマスに泣き付くのか?だがギルマスがハンター同士のイザコザに干渉すると思うなよ」
それを受付嬢が申し訳なさそうに肯定する。
「はい、申し訳ありませんがその方の言う通りです。ギルマスはと言うよりギルドそのものがハンター同士のトラブルには関与しません」
「だったら報告だけしてちょうだい。『黒いボロ雑巾』は使い物にならないから『白金神龍』が片付けたってね」
ディラルク王国で『白金神龍』の名前は王都以外ほとんど知らない、だがどの支部でもギルドマスターとサブギルドマスターは報告を受けているので知っている。
「あの、片付けたとはどう言う意味ですか?」
受付嬢はどう言う意味かわからず尋ねた
「殺しはしないけど2度とハンターなど出来ないようにするって事よ。セラフィム、なるべく物は壊さないようにね」
「御意」
この言葉に『黒い稲妻』のメンバー全員が激怒して襲ってきた、ギルドの中なのにだ。
「このクソアマがー、黙って聞いていれば好き勝手な事を言いやがって、あの世で後悔しやがれ」
バキバキバキボキ!
バキバキバキボキ!
バキバキバキボキ!
バキバキバキボキ!
「「「「ギャアアアァァァァァァァ!!」」」」
『黒い稲妻』のメンバーは4人、その4人が全員両腕の肩口から指先まで全ての骨を粉砕された、この状態になるとヨネ子かエルで無ければもう再生は出来ない、宣言通り2度とハンターは出来なくなった。
セラフィムは一瞬で骨を握り潰したので室内だったにも関わらずヨネ子に言われた通り何も壊さないどころか傷一つつけてはいない。
その光景を見た周りのハンターやギルド職員は恐怖の表情でセラフィムを見ていた、そこへギルドマスターがやって来た。
「どうした、なんの騒ぎだ?」
そのギルマスには我に返った受付嬢が報告する。
「は、はい、この方達に、あのいつものように『黒い稲妻』が絡んで行きまして」
「それで返り討ちにあったと?だがそれにしてもこれはやりすぎだろう」
ここでヨネ子がギルマスに話しかける。
「私はギルマスを呼ぶよう言ったんだけどね。呼ばなかった結果がこれよ」
「当たり前だろ、ハンター同士のトラブルに一々俺が出るわけ無えだろうが」
ここで受付嬢が報告の続きをする。
「はい、そう申しましたら「『黒い稲妻』は『白金神龍』が片付けた」と報告するように言われました」
それを聞いてギルマスの顔色が悪くなる、当然だろう、この中でギルマスだけは『白金神龍』がどんなハンターか知っているのだから。
「な?『白金神龍』だと?いや、そんなはずは無い、『白金神龍』は5人、いや4人と1頭のはずだ」
「残念だけど本当よ。私達はつい最近解散したんだけど手続きはしてないから記録上はまだ『白金神龍』で間違い無いわよ」
「おい、本当なのか?確認はしたのか?」
ギルマスは青ざめながら受付嬢に聞いた、がその答えは別のギルド職員が答えた。
「はい、買取の際ギルドタグで確認しました、こちらの女性は『白金神龍』のマーガレット様で間違いありません」
「そうか・・・わかった。じゃあもうこの問題はここまでだ。そこの4人は医者にでも連れて行ってやれ、もうハンターとしては使い物にならんだろう」
「「「「「「「「ええーーーー!」」」」」」」」
力なく言ったギルマスの言葉に、その場にいたハンターとギルド職員全員が驚きの声を上げた。
普通なら再起不能の傷を負わせた時点で犯罪者として捕まえられてもおかしくないのだ、それが捕まえられないどころかギルマス自らが不問にすると言ったのだ、これほどの驚きは無い。
「ちょっとギルマス、良いんですか?『黒い稲妻』が役人に訴えたらこちらも面倒な事になりますよ」
驚いた受付嬢はギルマスに食ってかかった。
「良いんだ、訴えても捕まるのはあいつらだ」
「どう言う意味ですか?」
「こいつらは複数の王家と対等な付き合いをしている要人だ、言ってみれば貴族みたいな物なんだ。つまり『白金神龍』に手を出すってことは外国の貴族に手を出す事と同じなんだよ。それにな、『白金神龍』は皆ソロでもドラゴンを倒せる者ばかりなんだ、そんな相手に向かって行ったんだから命があるだけ儲け物だろ?」
このギルマスの言葉に全員沈黙してしまった、これがヨネ子達が自分で言ったのならまだ冗談か誇大妄想だと笑い飛ばせただろう、しかしそんな事を絶対言わない、そしてハンター達が最も信頼するギルドマスターが言ったのだから疑う余地が無いのだ。
このギルマスの言葉に驚いたのはレーナも同じだった、訓練を申し出た時から強いのは知っていたがソロでドラゴンを倒せるとか複数の王族と対等の関係にあるなどとは思っても見なかったからだ。
なので今更ながら気後れして聞いた。
「あの、マーガレットさん。私なんかが一緒にいて良いんでしょうか?」
「今更何を言ってるの?もっと堂々としなさい、貴方は私たちの立派な弟子なんだから」
「は、はい、ありがとうございます」
レーナは満面の笑みで答えた、弟子と言われたことが心の底から嬉しかったのだ。
因みにこの世界の成人は15歳だが仕事は13歳から出来る、しかしレーナはまだ12歳のためハンター登録が出来ないのでヨネ子のギルドタグで買取してもらっていた。
この日はディラールに宿泊し翌日は休暇とした、レーナの訓練に一つの区切りがついたので慰労するためだ。
一夜明けるとレーナはブレイザーと買い物に出かけた、さすがに強くなったとはいえ12歳の子供1人では余計なトラブルに巻き込まれる可能性があるからだ。
その日、ヨネ子にまたルビー公爵から通信が入った。
【マーガレットか?久しぶりだな、アラミスだ】
【あら、久しぶりね。また何か用事でも出来たの?】
【ああ、ちょっとお前に頼みたい事があってな。近いうちに来れんか?】
【良いわよ、じゃあ明日行くわ】
【そうか、すまんな、待っておるぞ】
翌日、休暇も終わりセラフィム達に理由を説明しルンビニーへと向かった。
「ああ、よく来てくれた。おや?可愛らしい子が『白金神龍』のメンバーになったもんだな」
「この子はレーナ、メンバーではなく弟子よ。それより頼みたい事って?」
「まあそう慌てるな。先ずはドラゴニア帝国建国を祝して乾杯といこうじゃないか」
ドラゴニアの建国記念式典の招待客は各国の政府とは別に皇帝エレンと縁の深い3人の貴族がいる。
1人目は『デザートイーグル』時代にホームの建設で世話になったアルバート王国のロンクス=フォン=コウェンバーグ侯爵、2人目は友人であるリシュリュー王国のイリア=ローランド=フォン=バーニア子爵、そして3番目が今目の前に居るアラミス=フォン=ルビー公爵だ。
なのでルンビニーのルビー公爵邸にもドラゴニアの大使が書簡を持ってやって来たので正式な建国を知ったのだ。
「ありがとう、どうやら大使はしっかり役目を果たしたようね」
「ああ、お前達の国に行くのが楽しみだよ。それで先ずは要件を先に済ませようか」
「そうね、それが先ね」
「実は大使から話を聞いたところではガラス職人は順調に成長しているそうじゃないか」
「そうね、私もそう聞いてるわ」
「そこで職人が帰ったらすぐに製作を始められるように準備をしておきたいんだ。そこで設備や道具なんかをドラゴニアに買いに行きたいと思ってな。どうだろう、1度ミーシャとテレシコワの2人をドラゴニアに連れて行ってはもらえんか?」
「良いわよ、じゃあ明日にでも1度連れて行くわ」
「すまんな。ところで『白金神龍』はどうしたんだ?2人しかいないようだが」
「エレンは皇帝だから忙しいのよ。それからエルとアスカは今特訓中」
「はあ?アスカはともかくエルが特訓?まだ強くなるのか?」
「違うわよ、今アスカは変身の魔法を訓練中でそれにはエルの指導が不可欠なのよ」
「変身?人間にでも変身するのか?」
「そうよ、それが出来たらアスカはドラゴニアの騎士団総長になる予定よ」
「なるほどな、それなら納得だ。じゃあこの子は」
「レーナは私達の弟子よ」
「当然強いんだろうな」
「さあ?それは公爵の基準しだいね」
「それもそうか、では明日俺の騎士達と模擬戦をしてみないか?」
「レーナ、どう?やってみる?」
「え?私が決めて良いんですか?」
「当然でしょ、これは訓練じゃ無いから好きにして良いわよ」
「じゃあやってみたいです」
「だそうよ公爵」
「うんそうか、レーナとやら礼を言うぞ」
こうして翌日レーナと公爵の騎士との模擬戦が決定した。
一夜明け、公爵邸に隣接する訓練場でレーナと騎士の模擬戦が行われる。
騎士はヨネ子が同じくらいだろうと目星をつけた相手、序列で言えば20番目くらいの騎士だ。
「では始め」
ヨネ子の合図で試合が始まる、最初に仕掛けたのはレーナだ、自分が格下なのは十分承知しているので胸を借りるつもりで向かって行った。
ヨネ子の見立て通り身体強化を使ったレーナと騎士の実力は騎士の方が上だった、しかしレーナは魔法剣士だ、ここから身体強化以外の魔法を絡めて攻撃して行く。
騎士も魔法を上手く躱しながら戦っていたがしだいに流れがレーナに傾くと、最後はレーナの土魔法で作った穴に足を取られ転倒、そのまま負けが決定した。
レーナは実力的には下だったが、騎士には魔法を併用して戦う相手と戦うのは初めてと言うこともあり翻弄された形だ。
「ほう、わしの騎士の方が勝つと思っていたが、魔法剣士とはその不利を跳ね返す戦いが出来るのだな。良い勉強になったぞ」
ルビー公爵は感心してヨネ子に言った。
「まあ騎士達にとって魔法剣士の戦い方なんてわからないからね。でも初見じゃ無ければもう少し良い戦いは出来たでしょうね」
「ほう、と言うことはもう一度やってもレーナが勝つと?」
「一回だけならグリードにも勝てると思うわよ」
ヨネ子はルビー公爵に不適に言い放った。
「面白い、では賭けをしようでは無いか。マーガレットよ何が欲しい?」
「そうね、レーナが勝ったら魔法の素質のある者を数名でどう?」
「相変わらず人材に貪欲だな、よかろうではグリードが勝ったら馬車を貰いたい」
「あら、ドラゴニアの使者が使っていた馬車を見たのね」
「ああ、乗せてももらったぞ。あの馬車はすごいな、速さと言い乗り心地と言いデザインと言い非の打ち所が無かった」
「では交渉成立と言うことで」
こうして1時間ほどの休憩を挟んでレーナと公爵家No.1騎士グリードとの模擬戦が始まった。
今回ヨネ子は賭けの当事者なので公爵お抱え魔法使いのミーシャが審判をする。
「では、始め」
掛け声と同時に両者前に出る、レーナは今回は最初から魔法を併用して戦う、戦闘中の魔法は無詠唱ではあっても複雑なイメージを思い描く事は難しい、複雑なイメージを思い浮かべている間は戦闘が単調になりがちだからだ。
なのでどうしても相手を倒すというより撹乱や目眩し程度の魔法になり易い、慣れれば戦いながらでも殺傷力の高い魔法を放てるのだがレーナはまだそこまでには至っていない。
結果、1度魔法剣士の戦いを見ている事と実力の違いからレーナが追い詰められて行った。
カンカン、キーーン
試合開始から約10分、遂にレーナの剣が弾き飛ばされた。
そこにグリードの渾身の一撃が振り下ろされる、しかしレーナはこれを盾でしっかりと防いだ。
ビタッ!
次の瞬間、喉元に剣を突き付けられ勝負は付いた。
「勝負有り、勝者、レーナ殿」
ミーシャの判定が下った、勝ったのはヨネ子の予想通りレーナだった。
レーナはグリードの剣をしっかりと受け止めたのちイナして、その勢いで盾に仕込んだ剣を展開してグリードの喉元に突き付けたのだ。
「参りました。マーガレット殿の弟子と言うことで油断はしていなかったのだがな、剣を飛ばした事でもう攻撃手段が無いと思い込んでしまった。今思えば剣は飛ばしたのではなく手放したのでは無いか?体勢を崩さず次の斬撃に耐えるために」
「はい、その通りです。マーガレットさんが一回ならと言っていたので盾に仕掛けた剣で勝負をつけるんだと気が付きました」
反省するグリードの質問に素直に答えるレーナ、どちらも晴れやかな顔をしている。
「なるほどな、俺もあの会話を聞いていたんだ、一回ならの言葉にもっと警戒するべきだったな」
ここでルビー公爵がヨネ子に話しかける。
「なるほど、グリードの言う通り一回ならの言葉に俺ももっと気を配るべきだったな」
「そうね、でも結局勝機が有ったのは一回だけ、実力はまだまだレーナの方がずっと下だからもっと鍛えないとね」
「ふうむ、それより馬車を手に入れ損ねたのう」
「普通に買うのなら建国記念式典の後乗って帰れるように作っておきましょうか?」
「うむ、残念だがそうしてくれ」
そこにレーナがやって来た。
「レーナ、戦ってみてどうだった」
「騎士さんは私よりずっと強いってわかりました。今日は勝てたけど今のままだと次は負けるでしょうね。もっと頑張って強くなります」
「そう、今日勝てたのはみんなが魔法剣士の戦い方を知らなかったから。それをわかっているならそれで良いわ。でも今日勝ったのもレーナの実力なんだから誇っても良いわよ」
「はい、やったーーー!」
レーナは12歳の少女らしく喜びを表現した。
「それにしても、これでまだ12歳とは。いったい将来はどうするつもりだ?」
ルビー公爵が不意にヨネ子に聞いた。
「一人前になったらエレンの護衛にするつもりよ。ドラゴニアには近衛騎士が居ないから」
「そうか、この子が成長したら近衛を10人付けるより活躍しそうだな。それにしても良く人材を見つけられるものだ、いや類が友を呼んでいるだけか」
「さあ、どうかしら。ただ公爵よりは自由に飛び回ってる分人材に出会う確率は高いわよ」
この後ヨネ子は予定通りミーシャとテレシコワの2人をアルケオンへと連れて行った。




