008 センデール到着
「キャー!」
「うわー!」
「イヤー!」
翌朝素材ギルドに向かうヨネ子達を見た町の人達の反応である、全く拘束されていないスノーサーベルタイガーが一緒なのだ、この反応も頷ける。
外野の悲鳴をBGMがわりに素材ギルドへと乗り込んだヨネ子達、さっそくギルマスのガスパールの元へと向かった、今回は受付の案内無しで直接。
「おはよう」
「お、おうお前達か。まあ座れ」
取り敢えずソファーを勧めるガスパール、前日からずっとスノーサーベルタイガーが恐くて仕方ないようだが一応ギルマスとしての威厳を保つ努力はしている。
そしてガスパールは一旦ギルドマスター室を出た、約束の素材と討伐報酬を持ってくるよう伝えに行ったのだ。
戻ってくると早速とばかりに話し始めた。
「先ず先に言っておく事がある。実は今回のスノーサーベルタイガーは魔石を持っていなかった。戦闘力の高さから魔物には違いないと思うんだが・・・・・」
ガスパールは喋っている途中で考え込んでしまった、それ程不思議な事なのだ、と同時にヨネ子に魔石がない事を伝えなければならない、魔物を討伐して魔石が無いなど言い辛い事この上ない。
しかしそれに対しヨネ子はスノーサーベルタイガーから聞いた情報を伝えた。
「昨日襲ってきたスノーサーベルタイガーは魔物じゃ無いわよ」
「えっ!?どう言う事だ?」
「だから魔物じゃ無いって言ったのよ」
「魔物じゃ無い?そんな馬鹿な。そこのコイツらは通常の魔物以上に強かったぞ、あれで魔物じゃ無くて動物だと言うのか?」
ガスパールには信じられなかった、この世界の常識として動物が魔石を持ち強くなったのが魔物だからだ。
「この子達が強い秘密は神龍にあるそうよ」
「神龍だと?確かに世界には5体の神龍が居るとは言われているが誰も見たものは居ないんだぞ。ただの伝説じゃ無いのか?そもそもあんたはそれを誰に聞いたんだ?」
「この子よ」
ヨネ子は横に控えているスノーサーベルタイガーを指差して言った。
「ええっ?まさか、コイツは喋れるのか?」
前日、遠くからヨネ子とスノーサーベルタイガーを見ていたガスパールは「会話しているようにも見える」とは思っていたが、まさか本当に会話していたとは思っていなかった、そもそも魔物(とその時には思っていた)と会話するなど考えもしない。
「証明してあげるわ。エレン、超言語の指輪をギルマスに貸してあげて」
「ごめんなさいマーガレットさん。私の指輪はミランダにあげたんです。私は流一さんから預かったこれで超言語を使っているんです」
エレンは申し訳なさそうに流一から預かったスマホをエレンに差し出した。
それを見たヨネ子は理解した、流一は自分からのメールを見ていなかったのだと、だからこそ転移に巻き込まれてこの地に来たのだと。
だからと言って今更その事をどうこうする気は無い、ただ黙ってそのスマホを受け取った。
ヨネ子はスマホを確認する、もちろん電池残量だ、それが無くなれば魔法が発動しなくなる。
スマホは流一が最後に充電してから4、5日が経っていたが、エレンはスマホの使い方など知らないのでほぼ未使用だったため電池残量は2パーセントで踏ん張っていた。
ヨネ子はそのスマホを魔法で充電するとガスパールに渡した。
「これに魔力を流して話してみなさい」
ガスパールはスマホを恐る恐る受け取り言われた通り魔力を流す。
〔これで本当にお前と話せるのか?〕
〔そうみたいだね、あんたの言葉が解るようになったよ〕
「うおっ!」
スノーサーベルタイガーはヨネ子とエレンと話をしていたので今更驚きはしないが、ガスパールのほうは盛大に身体を退け反らせて驚いた。
その後ガスパールはスノーサーベルタイガーとしばし話をしてからスマホをエレンに返した、内容はヨネ子が聞いた内容と同じ、ただしヨネ子ほど詳しくも多くもない。
「なるほど、これだけ頭が良けりゃあんたに逆らうはずは無いよな」
ガスパールは何故拘束もしていないスノーサーベルタイガーが大人しくヨネ子に従っているのか芯から理解した。
トントン
「失礼します」
丁度このタイミングでドアがノックされた、そして受付嬢がヨネ子分の素材と討伐報酬を持ってギルドマスター室に入って来た。
そしてその受付嬢の後ろに付いてセンデールの使者が入って来た。
「うわーっ!!!」
センデールの使者はヨネ子の隣に控えるスノーサーベルタイガーを見るなり驚いて受付嬢の後ろに隠れた、まあ当然の反応だろう。
「コイツは大丈夫だからこっちに来い」
ガスパールはセンデールの使者を自分の隣に呼んだ。
その後受付嬢が部屋を出ると少しだけ打ち合わせをしてからヨネ子、エレン、センデールの使者の3人とスノーサーベルタイガー1体はギルドを後にした。
向った先はグレンデル工業、センデール出発前に注文していた武器を受け取るためだ。
「お前さん、昨日は随分と活躍したそうじゃないか」
グレンデル工業に着くなりグレンデルから言われた、流石にハンターが束になっても敵わなかったスノーサーベルタイガーを一蹴した上にその内の1体を従えて歩いていたのだ、町中で噂になっている。
「それにそっちのエレン、あんたも噂になってるぜ、すげー治癒魔法使いだって。随分多くのハンターを治したそうじゃないか、中には死を覚悟してた奴もいたって聞いたぜ」
グレンデルはエレンのことは面識があったので知っていた、しかし前回来たときは魔法を使っていなかったので、マンモスの魔物を倒したパーティーの一員と言うこともあり攻撃魔法の方が得意だと思っていた。
なのでエレンの噂を聞いた時もヨネ子の強さと同じくらい驚いていた。
「そんな大した事じゃ無いわ。それより注文の品は出来てるの?」
ヨネ子は照れたり謙遜したりする事はない、ただ坦々と話を進めるだけだ。
「ああ、これだ。確認してくれ」
ヨネ子は目の前に出された武器を丁寧に確認していく、そして魔法陣に魔力を流して魔剣へと仕上げていった。
「良い出来だわ、それじゃあ貰っていくわね」
「ああ、またいつでも来てくれ、あんたなら歓迎するぜ」
ヨネ子は残金を渡すとグレンデル工業を後にした、グレンデルの見送りと共に。
その後は町が用意した犬ゾリでセンデールへ向かう、犬ゾリとは言っても曳いているのは雪狼なので正確には狼ソリだが。
なるべく早く着くため少し大型の6頭曳きのソリ、乗っているのはヨネ子とエレンとセンデールの使者の3人、スノーサーベルタイガーはソリと並走する。
このお陰で通常3日かかる行程を2日弱で駆け抜ける事ができた。
センデールの町は最初にスノーサーベルタイガーと戦闘に入ってから5日が経っていた、それでもなんとか町への侵入だけは許していなかった。
いくらスノーサーベルタイガーが強くとも疲れは来るし睡眠も必要だ、なので毎日夕方には町から離れて休憩していた。
スノーサーベルタイガーとしては数的不利があるため全員での攻撃を続けるしかない、寡兵を更に分けるのは各個撃破のリスクを高めるだけだからだ。
氷河人側も休んでいるスノーサーベルタイガーを探しに行くような事は出来なかった、全員で防御がやっとな上にそれでも自分たちの方にだけ犠牲者が増えている現状ではそんなリスクは負えない。
だからと言って現状のままでは減ったハンターの分だけ不利になる、なのでスノーサーベルタイガーが休んでいる間に町の非戦闘職の男達が柵の補修や補強を行なっていた、その甲斐があって5日経った今も町への侵入だけは阻止出来ていた。
ヨネ子達3人と1体がセンデールに辿り着いたのはボレアース出発が昼前だった事もあり翌日の夕方になっていた、なのでこの日の戦闘は既に終わっている。
「おおーい、助っ人を連れて帰ったぞー」
センデールの使者は町の防衛の柵が見えると遠くから町に向かって叫んだ。
その声に見張りの氷河人が反応した、そして急いでハンターを召集した、遠くだったので使者の乗るソリがスノーサーベルタイガーに襲われていると勘違いしたのだ。
ヨネ子達が町の側まで来た時、入り口では20人程のハンターが殺気立って出迎えてくれた。
そのハンター達の中央にいるリーダーと思しきハンターにヨネ子とエレンとスノーサーベルタイガーの2人と1体は悠然と近付く、センデールの使者はソリの御者をしていたためソリから降りるのが遅れていた。
因みにリーダーと思しきハンターはこの町の素材ギルドのギルドマスターでグレッグと言うらしい。
「私達が助っ人に来たマーガレットとこちらがエレンよ。そしてこの子は敵の捕虜よ」
ヨネ子が自分達を紹介した。
それに対して氷河人の反応は無い、と言うよりどう反応して良いか迷っていた。
見た目は年若い少女2人、だがどちらも纏う雰囲気が只者では無い、しかもこの5日間悩まされ続けているスノーサーベルタイガーを従えている、反応に困るのも仕方ないだろう。
そこへセンデールの使者が遅ればせながらやってきた。
「皆さん、この方達が来たからにはもう心配はいりません。それより早く中に入れてください、こちらのエレンさんは一流の治癒魔法使いです、直ぐに負傷者の治療をしてもらいましょう」
この言葉を聞いたハンター達はスノーサーベルタイガーの事は気にしつつも大いに喜んだ、そして直ぐに町へと入れてくれた。
町の中では暗い雰囲気が支配していた、外では柵の補修や補強作業が続いている。
暗い雰囲気の原因は言うまでも無いスノーサーベルタイガーだ、ハンターが必死に戦っているのに1体も倒せない上にハンターの死者と負傷者の数だけが積み上がっていく終わりの見えない戦い故だ。
せっかく来た助っ人が年若い少女2人というのも暗い雰囲気を助長していた、流石に歴戦のハンターは雰囲気でヨネ子とエレンの強さは解るが、この暗い雰囲気を作り出している町の人々にはそれがわからない、なので不安が更に増しているのだ。
とは言えヨネ子もエレンもそんな雰囲気など全く気にしない、なのでその事は気にせず負傷者の所に案内してもらった。
この5日間で犠牲になったハンターは11人に登る、負傷したハンターは3桁を超えた、ただし軽傷の者は薬と数少ない治癒魔法使いによって治療されている。
そしてほぼ絶望的な傷を負った者や障害が残りそうな程の傷を負ったものが32人いた、薬はもちろんセンデールの治癒魔法使い程度ではどうしようも無い者達だ。
今も軽傷の者は薬と治癒魔法使いが別室で治療に当たっている、そしてその治癒魔法使いが治療を諦めたハンターがまた2人運ばれて来た。
それらの負傷者を見てエレンが呟く。
「まあ、この程度で済んだなら大丈夫ですね。手足はしっかり付いてますし」
それを聞いたヨネ子がエレンに聞いた。
「エレン、貴方もしかして治癒魔法も流一より上だった?」
「そう言えば流一さんの治癒魔法を最後に見たのはいつだったか思い出せませんねー。私の方が上手くなってたんでしょうか?」
そんな悠長な会話にグレッグが割り込んだ。
「すまない、コイツらを本当に治せるなら早く治してやってくれないか?」
「そうね、じゃあエレン、貴方はそっちから順番に直して来なさい、私はコッチから行くから」
ヨネ子がそう言うとエレンは早速部屋の端の方に行き治療を始めた、ヨネ子もその反対側から治療を始める。
「診断。ギガヒール」
「診断。ギガヒール」
氷河人の治癒魔法使いが諦めた負傷者が次々に回復していく、それも両端から、グレッグは信じられない気持ちでその光景を眺めていた。
使者はエレンが凄い治癒魔法使いだと言っていたがヨネ子はそれ以上だった、何故ならヨネ子の方が治療スピードが上だったからだ。
合計34人、そのうちヨネ子が治療したのは20人、エレンが治療したのが14人だった。
「マーガレットさんは流石ですね、私はまだまだです」
エレンは素直にヨネ子を称賛する。
「そんな事はないわ、流一に教えられた知識だけでここまで出来るのは凄いことよ」
ヨネ子もエレンを称賛する、この世界の医学知識では到底出来ない芸当をやって退けているのだ、十分称賛に値する。
何よりエレンの医学知識は元々ヨネ子が流一にメールを送り、それを流一がエレンと共有する事で培われていった、言わばエレンはヨネ子の教え子と言っても過言ではない。
かつて自身が師匠『モルス』に教えを受けていた時、その成長を一番喜んでいたのは他ならぬ『モルス』だった、ヨネ子はその時の師匠の気持ちが少し分かった気がした。
そんな2人のやり取りに空気も読まず割り込む男がいた、そうギルマスのグレッグだ。
「ありがとう、ありがとう、2人のおかげでこんなに多くのハンターが助かった、感謝する、本当にありがとう」
「こんな事そう大した事じゃ無いわ。それより明日の話をしましょう」
ヨネ子はグレッグに言った、明日の話とはもちろん対スノーサーベルタイガー戦についてである。
「ああ、そうだな。こっちへ来てくれ」
グレッグもギルドマスターの顔になってヨネ子、エレンの2人とスノーサーベルタイガーをギルドマスター室へと連れて行った。




