077 ブーストン戦決着
ブーストン王国軍を下してから5日後、戦争に参加した者たちがアルケオンに凱旋した、そしてそのまま集会場で政治家たちを集めて緊急会議を行った。
会議は前回同様ヨネ子の司会とエレンの挨拶から始まる、建国宣言はまだだが既に国として動き始めるのだ。
「皆さん、私はこれよりドラゴニア帝国初代皇帝エレン=ヨネムラ=フォン=ドラゴニアと名乗ります。そして初代皇帝としてここにブーストン王国への侵攻を宣言します」
この宣言には『白金神龍』以外の全員が驚いた、名前の事も当然だが、元々ドラゴニアは他国への侵攻はしない事にしていたからだ。
なのでエレンの宣言を受けディーンがその真意を確かめるため質問してきた。
「それはどういう意図からでしょうか。この国、いえ我が国は他国を侵略しないということでは無かったのですか?」
この質問に対してはヨネ子が答える。
「それについては私から説明しましょう。現在我が国は先の戦争に勝ったとは言えブーストン王国に対して不利な状況に置かれています。そしてこの状況は少なくとも現在のブーストン国王がいる限り続くことが予想されるからです」
「して、その不利な状況とは?」
「建国が出来ない状況のことです」
これに異を唱えたのはエルドランド学園の学園長だった。
「それはどう言う意味ですかな?確かに建国宣言は未だですが我が国は既に国家と呼べるものと思われますが?」
「そうですね、では学園長に質問です。国家とは何をもって国家と呼ばれるか知っていますか?」
「もちろんです。国民と領土とそれを統治する機構が有れば国家と呼べると理解しております」
「少し違うわ。国民と領土は合ってるけど統治する機構に主権がある事が大事なのよ。そうでなければカーレムやザールクリフも独立国になってしまうでしょ」
「確かに、これは失礼いたしました。しかしそれでも我が国はその全てを有していると思いますが」
「そうね、でも大切なのはそこじゃないわ。その3つはあくまでも国家としての要件であってそれだけで国家として成立するわけではないの」
「では他にどんな条件があると?」
「他国の承認よ。いくら国家の要件を満たし建国を宣言したところで周りの国がそれを認めず国としての対応をしてくれなければ意味がないでしょ。例えばどこかの領地貴族が建国を宣言したとして周りの国がそれを国として認めて外交交渉をしてくれるかってことよ」
これにいち早く反応したのは外務大臣に就任したマグニス=デンゼルだ、マグニスは測量がひと段落した後は事務方の仕事をしていだが、元々フランドル王国では外務の仕事をしていたので外務大臣に抜擢されていた。
「なるほど理解しました。つまり現状我が国はブーストン王国としか国境を接していないので、ブーストン王国が国境を封鎖してしまうとその他の国に対して建国宣言の大使を送れないと言うことですね」
「その通りよ。大使が送れなければ他国も我が国を承認しようがないでしょ」
「と言うことは今度の戦争の目的はブーストン王国の占領ですかな?」
再びディーンが聞いた、戦争が不可避ならば目的によって規模や戦術が変わってくるので最前線で指揮官として戦う者には重要なことだからだ。
「いいえ、ブーストン王国を潰す事にたいした意味は無いわ。とりあえず北のレベンド王国までの移動に必要な土地の割譲と国境線の策定が目的よ」
「南は良いので?ブーストン王国の南は海路でエムロード大王国やディラルク王国と繋がっているのではなかったですか?」
「それは良いわ、海路は建国が落ち着いた頃港を整備するつもりだから」
「なるほど了解しました。それで侵攻軍の規模はどれくらいにいたしますか?」
「今回は私達『白金神龍』に第一騎士団の半数、リーアと魔法師団員5人だけで良いわ」
ヨネ子にしてみれば『白金神龍』どころかヨネ子かエルかセラフィムの内の誰か1人だけでも過剰戦力だ、だがそれでは国家の戦争ではなくハンターの反乱になってしまう、そのため国家間戦争の体を成すために少数でも騎士や魔法師を連れて行く必要があるのだ。
「『白金神龍』で向かうのですか?それは・・・ブーストン王国に同情しそうになりました」
「なっ?そんな『白金神龍』と言えば皇帝陛下自ら出陣と言うことですか?あり得ません」
ヨネ子の言葉にエルやセラフィムの正体を知っているディーン達は納得したが、知らない者達は全員懸念を表明した、まあ知らなければこれが普通の反応だろう。
だがそのみんなの懸念をディーンが払拭するように言った。
「大丈夫です、皇帝陛下はマーガレット様達と行動を共にするのが最も安全です。それは私が保証します」
「そうなのですか?まあディーン殿がそう言うのであれば我々が口出しする事でもないのかもしれませんが」
いくらディーンは『白金神龍』の事を最もよく知る者だとわかっていても直ぐに納得出来るものではない、しかしそれでも全員ディーンの言葉を信じ無理矢理納得した。
会議終了後ディーンとリーアはすぐに準備にかかった、ヨネ子達も準備する。
ヨネ子達が準備するのは旗だ、迎撃戦の時には近くに小さな村さえ無い空き地が戦場だったから必要なかったが、国として戦争に行くなら国旗を掲げなければ側から見れば山賊や盗賊の類と思われてしまう。
ヨネ子は国旗、騎士団旗、魔法師団旗の3種類を用意した、ついでなので軍旗も用意したが今回は出番は無い。
そして2日後、全ての準備が整ったので進軍を開始する、今回は全員騎馬での出陣だ、アスカは例外だが。
進軍開始から5日目、早くも王都ブーストンまで後半日のところまでやって来た、進軍とは言っても全員騎馬の上に国旗や騎士団旗などを掲げているだけで途中の町や村には一切手を出していないのであり得ない速さなのだ。
なので軍事侵攻に見えない事と諜報員が情報を持ち帰るのとあまり変わらない速さの進軍だったお陰でここまで全く抵抗されておらず、したがって全く戦闘も起こっていない。
しかし流石に王都を目の前に抵抗が0とは行かなかった、ブーストン軍が遅ればせながらドラゴニアの侵攻を阻むべく立ち塞がったのだ。
その数約200、情報が届くのが遅れた事と大規模遠征の上の敗北で王都には兵士が居なくなっていたのでかき集めてもそれだけだったのだろう。
ただ王都なので元々の王都守備軍は5000人ほどいる、それらの兵士は王都守備軍の名の通り籠城戦に備え王都に篭っている。
その行く手を阻むように出てきた軍に対してエレンが恫喝する。
「私はドラゴニア帝国皇帝エレン=ヨネムラ=フォン=ドラゴニアです。今私達は度重なるブーストン王国の侵攻に対し反撃を決意しこの国を滅ぼすためにやって来ました。我が国の力は既に知っていると思います、その上でなお我が国に歯向かうと言うので有れば容赦はしません。死にたい者からかかって来なさい」
エレンはこう言ったがあくまでも恫喝しただけだ、本当にブーストン王国を滅ぼす気など全く無い。
そしてドラゴニア側は騎士団を先頭、魔法師団を中衛、『白金神龍』を後衛として悠然と王都に向け歩を進めて行った。
それに対し立ちはだかった兵士達は素直に道を開けた、寄せ集めの兵士は皆徴兵された平民であり前回の戦争で生き残った者達からドラゴニアの強さは聞いているので怖気付いたのだ。
その中にあって1人気を吐いている男がいる、いくら寄せ集めとは言え指揮官までと言うわけはない、その指揮官の下級貴族が無謀にも1人突っ込んで来た。
「おのれー、この俺がいる限りここは決して通さん」
ズバッ
心意気は良かったが先頭のディーンに一太刀で斬り伏せられた、雑魚指揮官程度ではほんの数秒の足止めにさえならない。
ヨネ子達はそのまま王都に向かった、王都では城門が固く閉ざされ王都守備軍が待ち構えていた。
ヨネ子達が城壁のすぐ側までやって来た時、敵軍の指揮官から警告が来た。
「そこで止まれ。私はブーストン王国王都守備軍を預かる元帥リモネージュ=オルテ=フォン=ソルダーン公爵である。お前達の進行はここまでだ、王都には絶対に入れさせぬ。命が惜しくば立ち去るが良い」
中々の口上だがリモネージュ元帥はドラゴニアの事を知っているのだろう、「侵攻」ではなく「進行」と言ったり「討伐する」では無く「立ち去れ」と言ったり言葉の端々に不安が垣間見える、尤もそれがわかっているのはヨネ子だけだが。
それに対する返答としてエレンが降伏を勧告する。
「私はドラゴニア帝国皇帝エレン=ヨネムラ=フォン=ドラゴニアです。こちらこそ警告します。貴方達では我が国の侵攻を止めることは出来ません。命が惜しければ降伏しなさい」
リモネージュ元帥はそれを聞いて死を覚悟した、そして武人の矜持として最終防衛戦を預かる指揮官として攻撃を命令した。
ブーストン軍の攻撃は城壁上からの弓矢による斉射だけだ、例えドラゴニアの数が少なくとも5000や10000の兵で倒せるような者達で無いことは他ならぬリモネージュ元帥自身が知っている。
そしてまだ城壁から遠い位置にいるため有効な攻撃手段が他にないためでもある。
その矢の嵐はリーアの防御魔法で防いでいた、そしてヨネ子も攻撃を命令する。
その命令を受けて防御魔法を使っていない5人の魔法師が一斉に城壁に向け攻撃魔法を放った、しかし城壁には傷一つ付かなかった、高度な物理防御と魔法防御の魔法陣で守られているからだ。
これはリモネージュ元帥の対ドラゴニア用の苦肉の作だ、リモネージュ元帥はドラゴニアの強さの1つは強力な魔法攻撃だと知っている。
騎士や兵士なら城壁で食い止める事ができるが魔法攻撃で城壁を壊されると守りようが無くなる、なので自国の魔法使いはこの城壁に組み込まれた防御魔法陣への魔力供給のためだけに使った。
なので城壁からの遠距離攻撃に魔法使いを使うことが出来なかったので弓矢の斉射だけと言う攻撃になった。
リモネージュ元帥にはこれが上手くいけば応援の領主軍が来るまで足止め出来るとの目論みがあった、というよりその一点にしか勝機がないと思っていた。
ドラゴニアの魔法師達は合成魔法まで使い攻撃したが城壁の破壊は出来なかった、これ以上やらせても魔力の無駄遣いなのでヨネ子が攻撃をやめさせた。
「もう良いわ、攻撃中止。ここからは私達が行くわ」
それを聞いてエルが質問する。
「私達って具体的には?マーガレットか私の魔法で城壁を壊す?」
「いいえ、今回は面倒だけど物理で行くわ」
「理由は?」
「魔法だと人を殺しすぎるからよ。それにあのリモネージュって元帥は殺すには惜しいと思ったの」
「こちらに引き込むの?」
「そこまではしないわ。ただなんとなくまだ死なせたらダメな気がしてるだけよ」
「まあマーガレットがそう言うんならそうなんでしょうね。それでマーガレットが行く?」
「まあ面倒ごとだしね、ここで待ってて」
ヨネ子はそう言うと1人城壁に向け歩き出した、そして10メートルほどある城壁の中ほどの高さまで歩いていくと空手の正拳突きの構えをとった。
ブーストン軍はヨネ子が何をしたいのか全くわからない、何より足場もないのに城壁の半分くらいの高さのところに立っている時点で自分の正気を疑っていた。
そこからヨネ子は自身の身体強化をこれまでの最大にして教科書通りの美しい正拳突きを決めた。
ドゴーーーン
ガラガラガラ
まるで爆発音のような轟音が辺りに響き渡った直後、城壁は脆くも崩れ去って行った、ヨネ子はその崩れた城壁の瓦礫を強力な風魔法で吹き飛ばした。
これにより王都への侵入路は確保された、そしてブーストン軍死者は0、城壁内の民間人への被害も0だった。
それを見たディーンは進軍再開を命令し悠然と王都に向け歩を進めた。
そして地上に降りてディーン達を待つヨネ子の前にリモネージュ元帥が駆けつける。
「お、お前は何者だ?人間なのか?何故魔法で強化した城壁を拳1つで破壊できる?」
「私はマーガレット。それ以上でもそれ以下でも無いわ。貴方達は私達が作った国を奪おうと軍を差し向けたんだから反撃されたって文句はないでしょ」
「そうだな、俺はお前達のことは知っていた、知っていて陛下を止めることができなかった、それは俺の失態だ。こうなった以上もう俺達に抗う術はない、だが、虫のいい話だとは思うが兵士達には手を出さんで欲しい、ワシの首1つで許してほしい」
「別に貴方の首なんて欲しくは無いわ。兵士も抵抗しなければ何もするつもりは無いわよ」
「何!では何故?何をしにここまで来たのだ?」
「当然戦争の決着をつけるためよ、戦利品を手にして帰るために決まってるでしょ」
「その決着とはどのように着けるのだ?」
「もちろん国王の首を頂くのよ、私達に喧嘩を売ったことを後悔させないとこちらも示しが付かないからね」
「ならば、国王陛下に手を出すと言うなら我が命に変えてもここを通すわけにはいかん」
「その忠誠心は次の王に向けるのね」
「それは現王を裏切れと言うことか?俺がそんな卑怯な人間だと思うのか?」
「裏切る?それは少し違うわね、元々忠誠を尽くすべき相手が違っているから元に戻りなさいと言うことよ」
「どう言う意味だ?・・・いや、お前3年前の事を何か知っているのか?」
リモネージュ元帥は現国王の即位の時のゴタゴタを思い出した、3年前、前国王崩御のすぐ後に王太子も亡くなったため第二王子である現国王が即位した事をだ。
「知りたければついて来なさい」
そう言うとヨネ子はリモネージュ元帥を連れ国王の元へ向かった、しかし国王は既に王宮を脱出した後だった。
それでもヨネ子はまだ残っていた大臣クラスの重鎮達を集めて戦後交渉を始めることにした、普通なら国王を逃した時点で勝利は無くなるがそうはならないとわかっているからだ。
会議はいつも通りエレンの挨拶から始められた、しかしブーストン王国側は国王が逃げた事で負けを認めようとはしなかった、まあ当然だろう。
そこでヨネ子はスクレに探らせた3年前の陰謀について全員の前で暴き立てた、3年前、王太子だった第一王子暗殺の真相だ。
残念ながら直接の暗殺者は既に3年前に始末されていたが、その暗殺者に命令した者を特定していた、それはこの場にいる財務大臣だった。
財務大臣は私利私欲のため現国王である第二王子と手を組み当時の王太子を暗殺させた、とはいえ大臣まで務める貴族が暗殺者と直接会うことなど無い、当然部下を間に挟んでいる。
ヨネ子は当時財務大臣の秘書だった男を既に特定して捕縛させていた、その男をスクレの部下がこの場に連れて来た。
流石にこれには財務大臣も焦った、だが秘書は愚かにも財務大臣から受け取った極秘の命令書を処分せず持っていたのだ。
理由は簡単、この秘書もいつか財務大臣をこのネタで脅そうと思っていたからだ。
そしてスクレのもう一人の部下が今度は少年を連れて会議室に入って来た、現国王が幽閉していた元王太子の子供だ。
この王太子の子供が生きていることも財務大臣以外知らなかったらしく全員驚いていた。
そしてこの場で財務大臣は失脚し捕縛された、そして王位の正当後継者としてこの元王太子の子供イングリス=セダム=フォン=ブーストンを正式に王位に付ける事がこの場で決定した。
これに伴い現国王は王太子殺害犯および王位簒奪者として指名手配される事が決まった。
王位継承問題が解決するとここからが戦後交渉になる。
結果、ブーストン王国は建国宣言の日にドラゴニア帝国を正式に国として認める事、ドラゴニアとブーストンの国境から幅2キロの範囲でレベンド王国までの国土をドラゴニアに割譲する事、建国と同時にお互いの国に外交官を派遣し合う事、他の国と同様の人材登用の契約を結ぶ事が決定した。
戦後交渉が無事終わると帰りはゲートを使った、もう誰にも何もアピールする必要がないからだ。




