075 第二回会議
ブーストン王国の現状を伝えた後はゴムの製造所とドワーフの鍛治工房を訪れ職人を1人づつ選んで連れて出た、そしてその2人を連れて木工加工場へとやって来た。
「ではこれから貴方達には馬車を作ってもらいます」
ヨネ子はそう言うと馬車の設計図を出して説明する、馬車は建国した時に大使を任命して他国に通知する時必要となるからだ。
それも1台や2台ではない、予定では3人の大使を立てそれぞれ複数国に赴かせる、1組の大使一行には大使用、従者用、荷物用と最低3台、つまり最低でも9台は必要になるのだ。
普段なら全ての国にゲートで赴けば良いと思うところだが、国を建て外交が絡むと体面や道中での経済貢献など必要な無駄を享受しなければならないので仕方ない。
ここで初めて聞く部品があったのでドワーフの職人が質問した。
「このダンパーとか言うのは何ですか?」
「それは馬車の振動を抑えて乗り心地を良くするものよ」
ヨネ子が作らせようとしているのは車に良く使われている複筒式のオイルダンパーだ、ショックアブソーバーとも言う。
この世界ではまだ石油や天然ガスは発見されていない(この世界には地球ほど大量に存在していない事も未だ発見されていない理由の一つだ)ため、少し性能が落ちるがオイルは紅花油で代用する。
「乗り心地は前に教えてもらった「スプリング」でサスペンションを作り劇的に向上しましたが、それではいけないのですか?」
「そう、スプリングだけだと不十分だからよ」
「わかりました、設計図は有りますので出来ると思います」
その後は特殊な部品があるわけでは無いので質問などは出ずに終わった。
馬車の製作依頼が終わった2日後、主だった者達を集めて第二回会議が行われた。
参加したのは第一回会議のメンバー27人に妖精族の代表2人、鉱山労働者のドワーフが1人とザーラットから来た鉱山技術者と鉱山労働者の代表が1人づつさらにマグニス他2人の文官を足した計35人だ。
全員集まると新しい国の元首としてエレンが挨拶し、ヨネ子の司会で会議が始まった。
今回最初の議題は何と言ってもブーストン王国との戦争だ、もう開戦まで20日前後しか無い予定だから仕方ない。
結果として、前回会議で決めたように今回の参戦は騎士団、魔法師団の全員と国軍二個小隊となった。
今回は前回と違い魔法師団は攻撃にも参加する、ただし攻撃の人数は多くない。
魔法師団15人のうち10人は国軍の補助に付く、国軍兵士は他国に比べると練度は高いが騎士達ほどではない、なので圧倒的とも言える多数相手では負傷する者が続出することが予想されるため負傷すればすぐに治癒魔法で回復させるためだ。
残りの5人のうち副師団長のリーアともう1人の2人が第一騎士団と第二回騎士団にそれぞれ付く、こちらは治癒魔法も必要なら使うが基本はマナチャージのためだ。
今回は前回の課題であった人馬共に強化する騎馬強化の魔法を使う、そのためマナチャージが無ければ早々に魔力切れをおこしてしまう。
そして攻撃は全体指揮を兼ねる魔法師団長リーグと残り2人で行う、先制攻撃に大魔法で人数を減らした後は単体攻撃魔法で騎士団や国軍と戦わずやり過ごそうとする敵兵を中心に攻撃する作戦だ。
ただ補給だけは前回と違う、人数が少なく輜重隊が組めないのは前回と同じだが、今回は補給物資を全て魔法師団が異次元収納で運ぶ事になった。
さらに今回は料理人も居ない、食事の準備も全て自分達でさせる事にした。
次に通貨について、ドラゴニアの通貨単位は「ドル」、記号は「$」為替レートは分かりやすく「1ドル」=「1マニ」=「10ダグマ」、兌換紙幣なので「100ドル」=金2.2グラムとする。
貨幣は紙幣が「100ドル」「50ドル」「10ドル」の3種類、硬貨が「1ドル」「5セント」「1セント」の銅貨3種類とする事、ただし紙幣は制作中だが硬貨は今後製作する事を告げた。
これは既に決定事項で有り紙幣の生産がかなり進んでいるので相談ではなく報告となった。
「セント」については扱いに頭を悩ませたが、日本でも江戸時代には「両」と「文」の2種類の通貨単位を使い分けていたのですぐに慣れてくれるだろうと思い採用した。
因みに地球と物価を比べた場合「1マニ=100円」くらいの感覚だが、それだと金の価格に関しては地球の半額近くになる、しかしこれは他国の通貨の金含有量から決定した事なので仕方ない、地球とこの世界では金の価値が違うと言う事だ。
次にドラゴニアの政治形態について、最終目標は日本のような帝政民主主義国家だが国民の殆どは王政しか知らず、王政以外を知っているものでも民主主義と言う概念はわからない。
なのでエレンを皇帝とする帝政で、貴族は作らず政治家は当面帝室の指名制とする事にした。
ただし絶対的権力を持つ「絶対君主制」ではなく法律に従う「立憲君主制」とする。
これにより目指すところは『ドラゴニア民主帝国』だが、建国時の正式名称は『ドラゴニア帝国』となる事が決まった。
さらに今この場にいる全員を政治家として指名し財務や外務など各大臣ポストもこの中から指名していった。
因みに王政と帝政には本質的な違いは無い、地球の歴史から皇帝は国王より上の扱いを受けるがこれはローマ帝国やモンゴル帝国など有名な帝国のほとんどが複数の王国を統治していたことから概念的にそう思っているだけだ。
事実日本の天皇は世界的には皇帝と同列に語られるが歴史に名が出て来た当初の支配地域はそれほど広くない。
ヨーロッパでも第一次世界大戦前のドイツ帝国やオーストリア帝国などはどちらかと言えば小国だ。
だからと言って単に見栄を張って皇帝を称するわけではない、ヨネ子は将来的にドラゴニアを複数の国に分け連邦を組ませ、そのまとめ役として皇帝を置くように構想しているのだ。
政治家や大臣ポストについては、意見は出たが固辞する者は居らず全員予定通りに就任した、後は教育により民主主義を広めていき10年から15年くらいで最初の選挙が出来るようにする事を申し合わせた。
政治形態と政治家が決まった次は皇帝の紋章と国旗のデザインだ。
皇帝の紋章は昔の中国のようなデザインで丸の中に躍動する神龍が描かれたものになった、これはエレンの個人的な紋章になるため『白金神龍』で相談していた物をそのまま採用した。
国旗のデザインは多数の意見が出たが、それらを上手く融合させドラゴニアの精神を象徴するようなデザインにまとめていった。
結果、プラチナシルバーの地色で中心に青色の六芒星が描かれたものとする、ただし地色は白でも可となった、イスラエルの国旗から上下の青い帯をとったようなデザインだ。
地色のプラチナシルバーはもちろん国名同様エルの本性「白金神龍」に因んでいる、中心の六芒星はこの世界の6種類の人類人間族、エルフ族、ドワーフ族、妖精族、獣人族、天族(有翼人とも言う、今はまだドラゴニアにはいない)を表している。
つまり意味しているメッセージは、白金神龍の加護の元全ての種族が平等に暮らせる国というところだ。
国旗と紋章が決まると次は建国宣言の時期だ、これについては明確な日付けを設定せず今回のブーストン王国との戦争が終わってからなるべく早い時期という事にした。
これに合わせ貨幣のドルへの切り替えは建国日に両替を始め1年以内に完全移行するよう申し合わせた。
さらに建国宣言に合わせ各国へ使者を送らねばならないが、人選は外務大臣に一任された。
因みに方法は建国日に各国に先ぶれを送り、5日ほど間を開けて使者が馬車でドラゴニアを立つ事になる。
通常は使者の派遣は外交交渉で決まるが建国前ではそれが出来ないので先ぶれを送る事になるのだ。
間が5日しかないのは先ぶれと馬車のスピードの違いだ、隣のブーストン王国はどうなるかわからないが、それ以外で最も近いレベンド王国の王都タペヤラまでは馬だけの先ぶれは1週間で着くが馬車だと通常2週間以上かかる。
ただし今注文している馬車は他国の馬車と違い高性能なので10日前後で着くと予想される事から先ぶれ到着から使者の到着までは最短で7日から8日となり、その後の国はさらに差が開くのでちょうど良くなる。
先ぶれも使者に合わせて3人の騎士に努めさせる、それぞれの騎士が赴く国がそのまま使者の赴く国となるのだ。
そして使者の馬車は騎士2人と魔法師1人に護衛させる、他国なら少な過ぎるだろうがドラゴニアならそれで十分以上の戦力となる。
使者に持たせる文書には建国記念式典の招待状も付けることになる、この記念式典の時期だが、全員で相談した結果建国宣言から丁度6ヶ月後という事が決まった。
招待国の中で最も遠いのはリシュリュー王国だが、そこまで行くのに先ぶれで1ヶ月、使者が到着するのはさらに3週間ほどかかる。
リシュリュー王国が出席してくれるとしたら、この世界の馬車でそれなりの使節団を組んだとしてドラゴニア到着は2ヶ月近くかかる事になる。
つまりドラゴニアの使者の移動とリシュリュー王国の使節団の移動だけで3ヶ月半から4ヶ月弱の時間がかかるのだ、これではリシュリュー王国の準備期間を考慮すると建国宣言から5ヶ月より早くはできない事になる、なので少し余裕の持てる6ヶ月後とした。
次にあまり重要では無いが首都について、現状首都は別途建設するとしているが建国時に首都がないと言うのも問題がある。
なので当面アルケオンを帝都とし首都に位置付ける、その後首都が完成した時に遷都するという事にした。
建国に関する会議はこれで終了しそれに付随する議題へと変わった。
最初は金融について、現状このこの国の国民が持つ資金は総額で1億ドルほどだ、これはその半分以上をヨネ子達が給与や支度金として渡した分から類推したものなのでそう大きくは変わらないだろう。
この資金を建国宣言の日から両替するとなるとこのままでは混雑が発生しパニックになる事は必至だ、これに対する対策を財務大臣を中心に考えさせる事にした。
次に税金、この世界の基本は人頭税と関税だがドラゴニアでは人頭税は無しで関税も他国からの輸入品だけにかける事にした、その代わりに所得税と法人税をかける。
所得税は、今のドラゴニアでの生活にかかる必要最低額が月額800ドルほどなので、年俸から必要最低額年額9600ドルを引いた残りの15%とした。
例えば高山労働者には今月額2000ドルを支給しているので年俸は24000ドルになる、そこから9600ドルを引いた残りの14400ドルの15%2160ドルが税金となるという事だ。
法人税も単純だ、純利益の20%が税金となる、ただしこちらは個人商店や行商人など店の収益が個人の収入と同じ者は対象外として所得税だけを掛けるようにする。
これらの税金をスムーズに計算出来るよう複式簿記の普及が早くから進められて来たが、いっそう進捗率が上がるよう求めた。
なお、この税金も建国宣言の日から起算して計算するようにした。
ただ現状の国民の数では税金だけで国を運営するのは難しい、なので鉱山は国営とし国家運営の資金を確保する事にした。
これに合わせて鉱山は財務大臣の手を離れ「鉱業大臣」という名の専任大臣を任命している。
建国関連の最後は法整備について、国の根幹をなす憲法の草案はまとまっている、中身は昔の日本の「十七条の憲法」とほぼ同じだ、聖徳太子の考える国のあり方とドラゴニアの国のあり方が似ているので参考にさせてもらった。
後は日本の民法と商法を合わせて「国内法」とし、刑法と刑事訴訟法と民事訴訟法を合わせて「裁判法」とした、当然ながら条文は日本のように多くなく複雑な言い回しもしていない。
そもそもこの世界程度の文明レベルではあまり複雑な法律は害悪になりかねないので本当に基本的なことだけを条文化しているに過ぎない。
この「国内法」と「裁判法」に日本の「皇室典範」を真似た「帝室法」の3つを基本三法として憲法と合わせ建国宣言の日に公布する事となった。
建国関連の議題が終わると次は国内情勢についてだ、主に各事業の進捗状況や現状について。
ほとんどの事業は順調に推移している、ただ商人だけがまだ準備が間に合っていない、スカウト時期が遅かった事に加え、現在複式簿記の勉強中だからだ。
他に目立った内容と言えば、米の主食化が順調に進んでいる事と農産物の種類が増えた事、酒の生産を始める準備に入った事、蜘蛛の魔物と同時進行で蚕の魔物生産も始めた事、野鶏を捕獲して養鶏を始めた事、アルケオンの上下水道整備がもうすぐ終わるのでその後はゴルドモンスの上下水道の整備を行うなどの報告を受けた。
最後に宗教について、他の国では国教を定めているところも少なく無いがドラゴニアでは基本的に信仰の自由は保障する事にした。
「基本的」なのは規制することもあるという事だ、地球で言うサタニストいわゆる悪魔崇拝のような宗教が出来ないとも限らないので用心に越したことはない。
ただ、ヨネ子的には亜神であるエルが守護する国なので、将来的に帝室を中心に「神龍教」とでも言うべき宗教を立ち上げるつもりではある。
尤も「神龍教」ではスノーサーベルタイガーの宗教と名前が丸かぶりなので変えることにはなるだろうが。
こうして第二回会議も無事閉会した。




