071 ディラルク王国
ザーラットを出発したヨネ子達はディラルク王国を目指し南東に向かった、南下した方が早くディラルク王国に着くが、川が有るのはザーラットから見て東から南東方向だからだ。
ただ東はまた別のベルネット首長国連邦と言う国になる、8つの首長国が手を結び連邦を形成しているが、連邦とは名ばかりで少し強固な不戦条約と言ったところだ。
つまり8つの首長国はあまり仲が良くない、そのせいで政情が安定していないのでベルネット首長国連邦方面は行かない事になった。
因みにこの情報はエムロード大王国で仕入れた物だ、もちろんスクレに命令して裏取りをさせている。
ザーラットを出た初日の夜、適当な村や町は無かったので野営していると1台の馬車が近付いて来た。
普通は日が暮れてからの馬車移動は馬にも人間にも危険が大きい、さらに道をランプで照らしながら進まねばならないためスピードが出せない上に経費もかかるので余程の事がない限りやる者は居ない。
そこまでしてやって来たのはザールクリフ総督カイナンの従者だった、カイナン伯爵には南東方向に進みディラルク王国を目指すと教えていたので追いかけて来たのだろう。
「こちらにいらっしゃるのはハンターパーティー『白金神龍』御一行とお見受け致しますが如何に」
「その通りよ」
まだ食事が終わってティータイムを楽しんでいた時間だったので全員で馬車を迎えた。
「私はザールクリフ総督府付きの文官でパルモと申します。本日はザールクリフ総督カイナン様の命により皆様にお伝えする事がありまかり越しました。これはカイナン様からの書状でございます」
パルモと名乗った文官は蝋封された正式な文書を恭しくヨネ子に渡した。
その文書には詳細は何も書かれていない、ただ鉱山の人材について緊急に話したい事が出来たとだけ記されていた。
「しょうがないわね。みんな、一旦ザーラットに戻るわよ」
「ザーラットへ?いったい何が書かれていたんですか?」
エレンが聞いて来た、朝出たばかりなのにもうザーラットに戻ると言うのだ、エレンでなくとも気になるところだろう。
「詳細はわからないわ、ただ鉱山の人材について話がしたいとだけしか書いてないの」
「鉱山の人材ですか。私達の国に来るのを渋っているのでしょうか?」
「さあね、とりあえず行きましょう」
ヨネ子はそう言うとゲートを総督府の庭へと繋いだ。
「パルモ、あなたも来なさい、馬車ごとね」
「は?あの、この魔法陣はなんでございますか?」
「ゲートよ、これをくぐれば総督府よ」
「えっ?まさか、そんな」
パルモは半信半疑ながら馬車に乗り御者に魔法陣をくぐるよう指示した。
パルモの驚きを無視して総督府に入るとカイナン総督が待っていた、カイナンだけは宰相からの報告でゲートの魔法を知っていたのでいつ戻って来ても良いように準備していたのだ。
「呼び戻してしまって申し訳ない」
「それは良いわ、重要な事なんでしょう」
「はい、それは。取り敢えず会議室で話しましょう」
カイナンとヨネ子達はそのまま会議室へと向かった、そしてカイナンから話し始める。
「話の前に1つ聞きたいのだが、鉱山の人夫の管理や採掘道具の作成や手入れ、それに人夫の食事や洗濯といった世話人については当てがあるのな?」
「人夫の管理は必要無いわ」
「何故ですか?管理者が居なければ奴隷は中々働いてくれませんよ」
「私達は鉱山の開発に奴隷を使うつもりは無いわ。だから全員自己責任で働いてもらうの、当然働かなければ給料は出ないわ」
「なるほど、奴隷は使わないと。それで他の人材は?奴隷を管理する者が必要無くてもそれ以外の人材は必要なのでは?」
「採掘の道具は当てがあるわ、それ以外の生活の面倒は女性獣人が居るから事足りるでしょ」
「なるほど・・・実は、元鉱山でそれらの仕事をしていた者達も一部はここザーラットで働いていましてね。昨日晩餐に招待していた技術者達から移住の話を聞いた者達が昼頃直談判に来たんですよ。自分たちも連れて行って欲しいってね」
「なるほど、鉱山1つとは言え2000人以上の人間が働いていた場所がなくなったから困窮した者も増えたって事ね」
「その通りです。これまでは新しい鉱山が発見されるまでと言う事で我慢してもらっていましたが・・・」
「そうね、技術者がいなくなれば新しい鉱山は見つから無いから仕事にあぶれたままが決定してしまったわけね」
「その通りです。その者達が200人近くいまして、鉱山の捜索が打ち切られた今その者達にさせる仕事が無いのが現状です」
「そう言う事ね、良いわよ、全員引き取ってあげるわ。何人くらい居るの?」
「それはこれから通達を出して調査となりますが、少なくとも半数の100人とその家族は行くと思います」
「わかったわ、では直ぐに通達を出して3週間後までに出発準備をさせなさい」
「はい、ありがとうございます」
こうしてヨネ子達は再び野営地へと戻って行った。
「渋っているんじゃ無くて来たい人がいたなんてね」
戻ってくるなりホッとしたようにエレンが呟いた。
「私達なら群れから逸れても1人で生きていけるのに、仕事が無いと生きていけないって人間は大変ですね」
エレンの呟きを受けてアスカも呟いた、実際知能が上がり社会性を持ったとはいってもスノーサーベルタイガーの生活スタイルは野生とあまり変わらないのでそう言う感想が出ても仕方ない。
翌日からは再び徒歩での旅を続ける、そして2つの町と1つの村で何人もの人材を確保すると10日でディラルク王国との国境に辿り着いた。
確保した人材はいずれも家業を継げない三男以下の男性と後継ぎに苦労していない家の女性だ、そんな者達の中で成人が近くて一定以上の賢さを持っているものだけを選んで都度アルケオンに連れて行った。
これなら成人までの数ヶ月から一年エルドランド学園で学ばせるだけで即戦力の働き手となる、それに三男以下の男性や後継者に苦労していない家の女性となれば家財道具等引っ越しに持っていく荷物が少なくその日の内に出発出来るので旅にも支障は無い。
国境を越えてディラルク王国に入れば人材登用はしない、と言うより出来ない。
理由はもちろん王国との契約が無いからであり、もし今後契約することになれば問題行動として追及される事になるからだ。
人材登用の必要が無いため歩くスピードもアップする、そして国境を越えてから5日でディラルク王国を代表する大河ミジール川の河畔の町で王都でもあるサレンダーに到着した。
サレンダーでは到着と同時に宿を探し情報収集から始める、先ずは本当に欲しい人材が居なければ話にならない。
と言うわけでアスカとブレイザーを宿に残して4人で工業ギルドに向かった、アスカを残したのは余計な混乱を招かないためだ。
これまでの国ではアスカの噂がギルドや役人から広まっていた、なので最初の頃より警戒されたり避けられたりと言うことは無くなっていた。
しかしディラルク王国ではそう言う事は無く宿まででもかなり警戒されていたので残す事にしたのだ。
「石橋を作る職人を紹介して欲しいんだけど」
工業ギルドの受付にそう伝えるヨネ子。
「はい、この街には石橋を専門に作っている職人は居ません。この町では石橋は石工が作っています」
「この町ではと言うことは他の町なら居るの?」
「詳しくはわかりませんが、北のワーレス伯爵領に石橋を専門に作っている職人が居ると聞いた事があります」
「そう、ありがとう」
それだけ言うとヨネ子達は工業ギルドを後にした。
「次はワーレス伯爵領に行くの?」
エルが聞いて来た、話の流れ通りならそうだがヨネ子の事だから違う選択も有ると思ったのだ。
「いえ、ハンターギルドに行ってギルマス経由で国王と会えないか聞いてみましょう」
「ほう、先に王国と交渉するのですな」
セラフィムが聞いた。
「そうよ、職人を見つけた後に王国と交渉したら、その後また職人と交渉しなくちゃいけなくなって二度手間でしょ」
「それもそうですな。では鉱山作業員の移動まで後5日しかありませんし直ぐに行きましょう」
そして一旦宿に戻ってアスカとブレイザーを呼ぶと全員でハンターギルドに向かった、警戒されようと何だろうとアスカも含めての『白金神龍』なのだからハンターギルドに行くなら全員揃って行くのは当然だ。
案の定多くの警戒の目線の中ハンターギルドの受付に向かった、そしてギルドタグを見せながらヨネ子が言った。
「Aランクの『白金神龍』よ、ギルマスは居る?」
Aランクと聞いて周りがざわついている、もちろん見た目は少女3人優男1人テイムされた獣1匹さらに戦闘が出来るとはとても思えない青年が1人なので誰もAランクなどとは思っていなかったからだ。
それは受付も同じようで、ギルドタグを何度も見てAランクを確認していた。
ハンターのランクの最高はSランクだが現在Sランクのハンターはいない、なので実質の最高ランクであるAランクはたとえ遠くの国の登録であっても敬意を持って接してもらえる。
と言うわけで問題無くギルマスと会うことが出来た、評議会ではあまり必要とは思っていなかったAランクだが早速役に立ったわけだ。
「俺がギルマスのマハンだ、お前達の報告は受けている。随分と活躍しているそうだな」
「そうでも無いわよ。ところで報告を受けているなら用件もわかっている?」
「ああ、何となくな。お前達にとっては初めての国だ、なら考えられるのは王国と渡をつけてほしいってところだろ?」
「そうよ、有能なギルマスで嬉しいわ」
「オイオイ、無能じゃギルマスなんて出来ないぜ」
「それが出来るところがあるのよ」
もちろんブータンのギルドマスタードラギスの事だ、ただマハンはギルドマスター評議会には参加しておらず、ドラギスについては解任され後任が選ばれた事しか報告を受けていないのでその事を知らない。
「そうなのか?まあ良い、取り敢えず宰相宛なら紹介状は書けるから待ってろ」
マハンはそう言うと宰相宛の紹介状を書き始めた、ヨネ子達は静かに紅茶を飲みながら待っている。
「ほらよ、これを門番に見せれば宰相と会うことは出来るはずだ。その後はお前たち次第だな」
書き終えると直ぐに紹介状を渡してくれた、その紹介状は羊皮紙を巻いて紋章入りの蝋封が施されている、マハンは家名を名乗っていないが貴族の可能性が高いとヨネ子は思った。
ハンターギルドを出ると直ぐに王宮に向かった、そして門番にマハンから貰った紹介状を見せる、予想通り蝋封の紋章を見ただけで宰相に合わせてくれた。
「ようこそディラルク王国へ、私が宰相のベルコー二です。それで、マハン殿からの書状には私に会いたいとしか書いてありませんでしたがどのような御用件ですかな?」
王宮では小さな会議室に通されて宰相から質問された。
「私達は今ブーストン王国の西に国を作ってて、そこにはこの国のミジール川と同規模の川が流れてるの。そこで川に橋を架けたいと思って職人を探してやって来たのよ」
「なるほど、では橋作りの職人を紹介して欲しいと言うことで良いですか?」
「いえ、違うわ、私達の国の国民として連れて帰りたいので許可が欲しいと言うことです」
「なんですと?それは少し問題がありますな。国民は大切な財産です、それをそう簡単に渡すことなど出来ません。それに、私が許可したとしても貴族たちが許可しないでしょう、国民とは言っても所属はそれぞれの領地貴族の領民の集まりなのですから」
「わかっています、だからこそ先にここへ来て国王からの許可をもらおうと思ったの」
「その話、マハン殿は知っていて紹介状を渡したのですか?」
「直接説明はしていないけど知っているはずよ」
「それは・・・良いでしょう、少しお待ち下さい」
宰相はそう言ってハンターギルドに使者を立てた、マハンを呼び出すつもりなのだ。
待つこと三十分程、会議室にギルマスのマハンがやって来て会議が再開された。
「マハン殿、この者たちの用件、貴殿は知っているのですか?」
宰相は最初にマハンに質問した。
「ああ、国を作るのに国民を集めてるそうだ」
「なんですと、知ってて私を紹介したと言うことは大切な国民をこの者たちに渡しても良いとお考えか?」
「そうだ、こいつらの事はハンターギルドの情報網でいろいろと伝わって来ている、その上でその方が良いと判断した」
「連れて行かれる国民が貴殿の領民でもですか?」
「そうだ」
マハンはやはり領地貴族だったようだ、そして宰相の質問に躊躇なく答えた。
「この者たちは何者なのだ?」
「こいつらはAランクのハンターパーティー『白金神龍』だがただのハンターじゃない。隣のエムロード大王国を始めリシュリュー王国やアルバート王国とも国民を連れて行く契約を交わしている。そのかわりにいろいろな恩恵を受けているようだ、難事件を解決したり希少な魔物の素材、特にドラゴンの素材を売ってもらったりな」
「なんですと?ドラゴンは人間には倒せないはずでは?」
「そんな常識は当の昔に崩れ去っている、それどころか依頼すれば直ぐにでも倒してくれるそうだぞ」
と、ここでマハンがヨネ子に話しかけた。
「ドラゴンの話がでたついでだが俺にも通信の魔道具とやらを貰えないか?評議会に集まったギルドマスターには渡したんだろ。便利だと言っていたし手紙を書かなくても直ぐに他支部と連絡が取れる手段があると助かるんだが」
「良いわよ、紹介状を貰った謝礼と言うことであげるわ」
ヨネ子はそう言ってその場で通信の魔道具を渡し他支部のギルマスの番号を教えた。
「なんですかそれは?」
当然宰相はその光景を驚きの表情で見ている。
「ベルコーニ殿これは通信の魔道具と言って遠く離れたものと直ぐに連絡が取れる魔道具だ」
宰相にはマハンが説明した。
そしてヨネ子が宰相にも通信の魔道具を渡した。
「これは宰相にあげるわ。隣国なんだからエムロード大王国の宰相は知ってるでしょ、使ってみなさい」
そう言ってエムロード大王国の宰相の番号を教えると直ぐにかけた、そして現在の状況を伝え『白金神龍』について説明を求めるとマハンが言ったのと同じ内容が返されたようだ。
「わかりました、ではもうしばらくお待ち下さい。国王陛下に聞いて参ります」
宰相は小一時間ほどして帰って来た、そして会議の場を謁見の間へと変更した、国王が会う事になったからだ。
謁見の間にはギルマスのマハンも共にやってきた、そして挨拶もそこそこに国王が喋り始めた。
「ワシが国王のディラルク11世だ。『白金神龍』とやら、お前達の要望は聞いた、エムロードやリシュリューの王が認めたという事なので我が国でも同じ内容で契約して良い。そのかわりと言ってはなんだがワシにもその通信の魔道具とやらをもらえぬか?」
ヨネ子は直ぐに通信の魔道具を取り出し国王に渡した、そしてついでに国王、宰相、ギルマスの3人にバーニア領産のウィスキーとブランデーを渡した。
「それはリシュリュー王国バーニア領で作られているウィスキーとブランデーと言う酒です。契約のお礼にプレゼントします」
国王達は味見の前に先ずガラスの瓶に驚いていた、そしてそのガラス瓶がどこで手に入るか聞いて来たので、しばらくしてからエムロード大王国から売り出されると教えた。
この日はこのまま宿に帰り、契約書は翌日交わすこととなった。
余談だがマハンに頼まれてサレンダー支部でドラゴンの素材を少し売ることになった、希少な素材を扱う実績が出来るのはギルドにとっては重要な事らしい。




