068 文官登用
ギルドマスター評議会が終わるとヨネ子達はそのままテレイオースに宿をとり今後について相談を始めた。
「これで急ぎの案件は無くなったわけだけど、ブーストン王国が攻めて来るまでどうするか意見はある?」
ヨネ子の質問にエルが質問で返した。
「ブーストン王国が攻めて来るのは5ヶ月後で良いの?傭兵の確保が難しくなったら変わるんじゃ無い?」
「その可能性はあるわ。でも変われば変わったでスクレから連絡が入るからどうとでもなるわ」
「そうなの?だったら今度は鉱夫を見つけに行く?」
「そうね、でもそれは鉱山技師を確保してからになるわ、だからそれもスクレからの報告待ちね」
次に聞いて来たのはアスカだった。
「鉱山の魔物領域の解放はいつするんですか?エルフの魔法使いはこの前鍛えたから今ならいけるんじゃ無いですか?」
「そうね、でも今だと護衛の数が少なくて騎士団が使えないから1ヶ月半後ね」
「そっか、ハンターギルドが出来たら護衛が増えるからですね」
「そうよ」
今度はエレンが意見した。
「そう言えば次のスカウトは文官と国内の商人って言ってましたよね。それで良いんじゃ無いですか?」
「おお、そう言えばこの前の会議でそう言っておったな」
これにはセラフィムも同意した。
「じゃあ今度は文官と商人を探しに行くとして、どこに行くかね」
「そうですね、フランドル王国なら文官に少しは心当たりがありますよ」
エレンが言った、元王女として表には出ていなくともそれなりに国内の事情は知っていたからこその提案だ。
「そうね、じゃあ明日はフランドル王国に行きましょう」
「あっ、魔物領域の解放は1ヶ月半後なんですよね」
「その予定よ」
「だったらセリーヌにも伝えてて良いですか?」
「ええ、お願い」
エレンがセリーヌに魔物領域解放を伝えるのは『次の魔物領域解放の時も呼ぶ』と言う約束を覚えていたからだ、それはヨネ子も覚えていたので2つ返事で了承した。
翌日、ヨネ子達は早速フランドル王国王都フライツェンに向かった、エレンの心当たりは当然ながら王都にあるからだ。
フライツェンではいきなり王城に向かった、心当たりがあるとは言ってもそれは人物に対してだけだ、その人物が今現在どこに居るかまではわからない、なのでそれを王城に居る官吏に聞くためだ。
この世界の王国の首都はほとんどの場合城壁に囲まれた市街の中心に王城があり、その中で王宮と役所や騎士団の本部がさらなる城壁で区切られている。
その役所のような場所にやって来ると、エレンは数人の人物の所在を確認してから王城を後にした。
そして次に教えられた場所へと向かう、教えてもらったのは5人、いずれも元貴族ではあるが現在は1人を除き平民街に住んでいる。
元貴族なのは貴族家の次男以下の者達だからだ、ようするに家督も継げず貴族家への養子にもなれなかった者達だ。
除かれた1人は未だ貴族街に住んでいて貴族籍もあるが家からは全く出ていない、その理由は未婚の女性だからだ。
まだ22歳だがこの世界的には行き遅れの部類になる、それでも有力貴族の側室になれる可能性はあるので親が手放していない。
エレンとこの5人に直接の面識は無い、しかし王国を追われた後のセリーヌやその仲間からの報告でディーン達同様革命に反対して職を辞した者達だと聞いていた、なので自分に協力してくれるはずだと思っている。
さらに言えばこの5人の内の男4人はそれなりの地位に就いていた事もあり一緒に仕事を辞めた部下も少なからず付いている、その者達も一緒に取り込める見込みもあるのだ。
最初に向かったのは商人ギルドだ、1人はそこの事務員として働いているらしい。
「すいません、マグニスさんに会いたいのですが」
「マグニスは私ですが、あなた方は?」
エレンが受付けでマグニスを呼ぶよう頼むと、それを聞いていた本人が奥から声をかけて来た。
「私達はハンターパーティー『白金神龍』よ」
ヨネ子が答えた。
「はあ、そのハンターさんが私にどんな御用ですか?」
「はいマグニスさんにお願いしたいことがありまして。少しお時間をいただけますか?」
エレンがいつになく丁寧にお願いした。
マグニスはハンターからお願いされるような事など見当も付かないので一応話しだけは聞くようにした。
「わかりました、ではこちらにお願いします」
通されたのは応接室だ、商人は情報が命なので商業ギルドの応接室は全て個室になっておりこの世界なりの防音設備も完備している。
「あらためまして、私がマグニス=デンゼルです」
マグニスが早速話を切り出した、それに対してエレンが答えていく。
「私は『白金神龍』のエレン、こちらから順番にマーガレット、エル、セラフィム、アスカです」
「それで、私にお願いとは何ですかな?」
「はい、私達は今新たな国を作っています。そこで貴方に文官として働いてほしいと思っています」
「ほう、新しい国ですか。それでなぜ私なんですか?あなた方とは面識が無いはずですが?」
「そうですね、直接の面識は有りませんが貴方が元王宮に勤めていた事は知っています」
「では辞めた理由も?」
「はい、知っています」
「それなら話は早い、私はもう役人になる気はありません。お断りさせていただきます」
「理由を聞いても?」
「私は国の為ではなく国民のために働きたかったのだ。なのに王や貴族はみんな国民より自分達の事ばかり考える。それでもグスタフ王の頃はまだ国民の事も考えられていた、その王も革命騒ぎで失脚し次のサイラス王になると私欲に走ってばかりだ。私はそれが嫌になって役人を辞めたんだ、だからもう役人になる気は無い」
「そうですか。でも私達の国は国民の事を1番に考える国だと断言出来ますよ。それでもダメですか?」
「さて、それは証明しようが無いですよね。今ここで初対面のあなた方の話を信じろと言われても無理が有りませんか?」
「確かに私達は初対面ですが、私がグスタフ王の娘だとしても信じられませんか?」
「なっ?グスタフ王の娘ですと?・・・はっ?そう言えばグスタフ王の娘の1人が生き残ってハンターとなり親の仇を討ったとの噂はあったが・・・いや違うそのハンターパーティーは確か『デザートイーグル』とか言う名前だったはず」
マグニスはエレンの言葉に驚いて記憶を呼び覚ましている、優秀な男なのだろうよく覚えている。
「はい、その通りです。当時は『デザートイーグル』に居ました、そして今は『白金神龍』です」
「なるほど、確かにグスタフ王の娘と言うので有れば信じられます。しかし貴方が本当に噂のエレノア王女殿下であればです」
「では証明しましょうか?」
「証明?どうやって?」
「ウィルヘルムにでも聞けば納得するでしょ?」
「ウィルヘルム・・・って国王陛下ですか?」
「そうよ」
「いえ、もう十分です。国王陛下を呼び捨てに出来る者など王太后様とエレノア、いえハンターのエレン様だけだとの話は聞いております。数々の無礼、平にご容赦を」
「そんな事は良いわ。それより私達の国に来てくれる?」
「はっ!謹んで拝命いたします」
「そんなに硬くならないで。さっきまでと同じで良いわよ。今はただのハンターなんだから」
「わかりました。では失礼してその新たな国へはいつ出発すれば良いのですか?」
「まだ他にも誘うつもりだから全員の準備が出来てから迎えに来るわ」
「あ、いえ、そんな恐れ多い。場所を教えて貰えれば自分達で向かいます」
「良いのよ、普通に行けば1ヶ月くらいかかるんだから時間の無駄でしょ?」
「は?あの、時間の無駄とは?もしかして人数分の高速馬車でも仕立てるつもりですか?」
「いいえ、それより荷物は全て収納魔法で持っていくから必要な物は全て持っていく事にしなさい」
「は、はい。わかりましたエレン様を信じてそのようにします」
「それから、貴方の元部下達にも同じ理由で辞めた者がいたでしょ?」
「はい、それなりの地位に就かせて頂いていたので17人ほど居ます」
「その人達も来れる者は全員連れてきてくれない?」
「全員とは?家族も含めてですか?そうなるとかなりの人数になると思われますが」
「もちろんよ、よろしくね」
「はい、畏まりました」
こうしてマグニスの勧誘は成功した、そして残りの4人も首尾良く勧誘する事が出来た。
その後はしばらくフライツェンで過ごす、勧誘した4人の部下達との連絡等の報告を聞き移動日を決めるためだ。
その間を縫ってヨネ子達は王宮にも顔を出した、国王ウィルヘルムのご機嫌伺いと言う名の要望提出だ。
要するにリシュリュー王国やエムロード大王国のような契約書こそ交わさないが「人材募集に協力してね」と伝えたのだ。
もちろんウィルヘルムが断る事は無い。
そしてついでに若手の紋章官を2人ほど紹介してもらった、紋章官とはその名の通り国内外の貴族の紋章を管理している。
基本的には国内貴族の紋章の改廃や登録、外国貴族の紋章の把握などが仕事だ、紋章が他の貴族と被ったり使節としてやって来た外国貴族の紋章を知らなかったりと言う事があると大問題だからだ。
ヨネ子としてはドラゴニアの政治形態は日本に似せて帝室付き民主国家にするつもりだ、だからと言って外国の貴族を蔑ろにするわけにはいかない、なので紋章官は必要な人材なのだ。
他にもツヴェイト学園とフラット学園に行き子供達の勉強の進み具合も確認した、もちろんハンターギルドで私生活や戦闘訓練の成果についても確認する。
今はまだギルドマスターのデニスはテレイオースから帰って来ていないが職員達はしっかりと把握しているようで安心した。
そうこうしている内に二十日程が経過した、どうやら文官達の準備が出来たらしい、それに合わせて紋章官の2人も連れて行く。
集合場所は王城、もちろんウィルヘルムの承諾は取ってある。
そこへ次々に馬車と人がやって来た、馬車はそれぞれの自宅から王城までヨネ子達が用意した、普通の引っ越しならあり得ない量の家財道具だがヨネ子に言われた通り全員が必要な物は全て持って行くことにしたからだ。
紋章官は2人とも独身のため家財も少ない、しかし文官達は独身も居るがほとんどは妻子持ちのため人数も家財も膨大だ。
因みにマグニスは部下15人、その他の勧誘した男性文官もそれぞれ部下を10人前後連れている。
唯一の女性文官は名前をマルレーンと言い部下は2人だけだが、これは女性という事で能力に応じた地位についていなかったからで仕方ない。
さらに言うならこの部下2人も能力以下の地位しか与えられていなかった女性達だ、分かりやすく言うのならバブル時代のお茶汲みOLだと思えば言い、そして全員が独身だ。
とまれ総勢で148人になった、それに合わせて家財道具も膨大だがヨネ子達5人で全ての家財を収納に仕舞うと周りにいた全員から驚かれた。
馬車はそのまま王城に置いて行く、御者も一緒にレンタルしていたので勝手に持って帰る手筈になっている。
「さあ、それでは今からアルケオンに向かいます」
ヨネ子の言葉に合わせ5人全員がゲートをガベン王国との国境に繋げた、もちろんいつものように国境ごとに入出国の手続きをするためだ。
そして無事全員をアルケオンに連れて来るとアーネストが迎えてくれた。
ヨネ子は事前に通信の魔道具で伝えていたので全員分の宿舎は用意出来ていた。
そしてアルケオンにはすでに2つの人工の泉が出来ていて水問題も解消されつつあった、来てくれた職人が多かったおかげか妖精達の仕事は早いようだ。
翌日、ヨネ子はさっそく文官達を集会場に集めた、もちろんレノ達も含めて全員だ。
レノ達は総勢8人で戸籍の作成を最優先に行っていた、ただしまだ不備が多い、とは言え現状でも名前と性別と生年月日、それに種族と職業と婚姻の有無や縁戚関係の把握と記すべき事は多い。
そこで先ず最優先にすべきは住所の特定だ、しかしそれには住所の設定から始めなければならないし住所の設定のためには正確な地図がいる。
と言うわけで今回来てくれた文官48人の内マグニスを長官に20人を地図作成に割り振る事にした、そして近代的な三角測量術をヨネ子が教える。
他の文官達は騎士団や魔法師団の管理運用、工業や産業の把握と管理、農畜産物の把握と管理、野生生物や危険生物の把握と管理、国内法の整備、公共施設管理など今現在必要と思われる仕事を次々に割り振って行った。
ヨネ子の測量術講義は3日で終わった、必要な道具は既に作っていた事と存外優秀な者達ばかりが揃っていたおかげだ。
そして講義の翌日から急ピッチでアルケオンの地図作成が行われて行った、それに合わせて1チームは家畜の養殖場や製塩場などのアルケオンから離れた場所の地図作成を行なっている。




