060 魔法師団の訓練
「さて、あの場所の解放はいつが良いかしら」
珍しくヨネ子が悩んでいた、ウィンス村の住民を手に入れたお陰で元々の予定よりキューシュー地方の解放が1年近く早まったからだ。
本来はキューシュー地方解放後、そこに運良く鉱山があったとしても採掘はさらに半年から1年後になる予定であった。
「今度はどうするの?鉱山の近くだけ解放する?それともまた広範囲を解放する?」
エルが聞いた、そのどちらかによっても解放時期は変わるだろうと思ったからだ。
「今回は取り敢えず鉱山周辺だけね。素材採取のためにもこれからは残す魔物領域についても考えないといけないし」
「なるほどね。だったら割と早めに解放しても良いんじゃ無い?」
「そうなんだけど騎士と魔法士の訓練も兼ねたいのよ。でもまだエルフ達は訓練を始めたばかりでしょ?ある程度成長するまでは様子見しか無いかと思って。それにそれまでに鉱山労働者も見つけ無いといけないし」
「そうか、いろいろ考えてるのね。それより鉱山労働者ってそんなに悩むもの?他の国のように犯罪奴隷を買ってきて使えば良いんじゃ無い?」
「いいえ、鉱山労働も産業の1つにするつもりよ」
「でもそれって人が集まらないんじゃ無いですか?鉱山労働は危険だから奴隷を使って強制的に掘ってるのに」
「そこなのよね。あの場所なら危険な坑道じゃ無くてより安全な露天掘りが出来るのよ、だから奴隷に無理やりじゃ無くても産業として成り立つわ。ただこれまでの「鉱山は奴隷が掘るもの」って言うイメージをどう覆して働かせるかが問題なのよ」
「そうなんですね。確かに安全だと思っても働こうと思う人は少ないかもしれませんね」
エレンも納得した、エルとセラフィムも「なるほどねえ」と頭を抱えている。
「まあ犯罪奴隷を買ってきて働かせても産業としては成り立つんだけどね。最悪鉱山を特別地域にして普通の国民との交流を絶てば問題もそう起こらないし。尤も収入が多ければそれに釣られて沢山集まる可能性もあるんだけど」
「確かにそうね。じゃあ取り敢えずは鉱山労働者を募集する所から始めてみる?」
エルがそう言うとヨネ子も応える。
「まあ、取り敢えずはそこからね」
その時ウィンス村のスクレから連絡が入った。
【マーガレット様報告です。どうやら開拓地がブーストン王国に発見されたようです。軍が遠征準備を始めている模様】
【そう、それで進軍開始は何時ごろかわかっているの?】
【はい、3日後に王都ブータンを出発してキューシュー地方には15日程で到着予定です。軍の規模は1大隊800人。こちらの戦力を正確には掴んでいないため余裕を持った派兵という事です】
【まあそうでしょうね。正確に掴んでいればこちらは100人弱の騎士だけなんだから中隊規模で来るでしょうからね】
【はい、私もそう思います。ではこの事をディーンさんに報告します】
【ああ、今回は必要無いわ。私達今丁度開拓地にいるの、私から伝えておくわ。じゃあ追加情報が有ればまた報告して頂戴】
【了解しました】
「みんな聞いた通りよ、ブーストン王国が攻めて来るらしいわ」
「ふむ、800人程度の兵など大した事はありませんが、戦うのは騎士達にするので?」
セラフィムがヨネ子に聞いた。
「そうよ、騎士団と魔法師団の初陣よ」
「でもエルフ達はまだ使い物にならないわよね」
エルが聞いた、エルフ達はまだ訓練を始めて間も無いので戦力としては数えられないと思ったからだ。
「今はそうね。でもまだ戦闘を開始するまで18日もあるんだから私達で鍛えれば間に合うと思うわよ」
「それもそうね。私とマーガレットとエレンが居ればエルフを鍛えるのなんて余裕よね」
セラフィムも当然魔法は人間より上手く使える、だがメンバーになって浅いのでヨネ子達が求めるような魔法を使うにはまだ知識が足りない、なのでエルはセラフィムを数に入れなかったのだ。
ヨネ子は早速騎士団長3人と魔法師団長、副師団長を集めて報告した。
「なるほど。では我々は来るべき戦争に向け武器のメンテナンス等を行わせましょう」
ディーンが言った、どこか人事のように聞こえるのは騎士団長と副団長の武器が全て手入れ不要の魔剣だからだ、つまりメンテナンスが必要なのは隊員達だけだからだ。
「それで我々はマーガレット様達がエルフの訓練をしてくれるので有ればどうするのですか?独自に訓練をすればよろしいですか?」
リーグが聞いてきた、今の仕事は全員でエルフ達を鍛える事だったのでそれが無くなるとなれば次に何をすれば良いのか気になるところだ、何より戦争が近いとなってはそうそう悠長に構えている訳にもいかない。
「そうね、取り敢えずは5人で独自に訓練していてちょうだい」
「「わかりました」」
リーグとリーアが揃って答えた。
「それからセラフィムとアスカは各地のハンターギルドで盗賊の被害報告を集めて来て頂戴。期間は10日以内で」
「盗賊ですか?あの、討伐するんじゃ無いですよね」
アスカが聞いた、不思議な命令だったからだ、アスカにはヨネ子の考えがわからないので仕方ない。
ただヨネ子の考えがわからないのは全員同じだ、なので代表してセラフィムが聞いた。
「私も何が目的かわからないのですが。理由を教えていただいてもよろしいですか?」
「治癒魔法の精度を上げるために解剖をしようと思ってるからよ。それには綺麗な死体が適しているから盗賊の死体を使おうと思ってね」
「マーガレット、解剖って何?」
今度はエルが聞いた。
「簡単に言えば死体をバラバラに切り刻んで臓器や筋肉の本物を見て人体の構造を学ぶ事よ」
「そんな事出来るの?ここでは死体は魔素の影響を受けてゾンビ化するのよ。だから人は死ぬとほとんどの場合火葬にされるんだけど」
この世界では死体をそのままにしておけばゾンビ化して動き出す、しかしゲームなどでよくあるモンスターとしてのゾンビとなるわけではない。
あくまで魔素の影響で動き出すと言うだけで死体には変わりない、この世界のゾンビは肉が腐り落ち骨同士を繋ぐ健が朽ちて骨がバラバラになれば動きも止まる。
要するに形が無くなるまで腐肉と腐臭を撒き散らすだけの存在がこの世界のゾンビだ、なので危険は少ない、だからと言って知り合いがそんな状態になるのをよしとする人間はいないのですぐに火葬にするのだ。
ヨネ子はこの事は当然調べている、そしてこの「ゾンビ化するため解剖が出来ない」と言う事こそがこの世界の医療を遅らせている大きな原因だと考えていた。
「大丈夫よ、盗賊は私が殺して収納で運ぶし、解剖は専用の建物に魔素を取り除く魔法陣を作ってそこでやるようにするから」
「そう、それで盗賊をどうやって殺すの?さっき綺麗な死体って言ってたわよね。毒でも使うの?」
「いいえ、私の世界では出来ないけどこの世界では魔法が使えるからこそ出来る方法があるわ」
「へー、それはどんな方法か知りたいわね」
「もちろん盗賊を殺しに行く時は連れて行って教えるわ」
「それは楽しみね」
「なるほど、理由はわかりました。明日から早速アスカと共に調べて参ります」
翌日、セラフィムとアスカは早速ハンターギルド巡りに出かけた、そしてヨネ子、エル、エレンの3人はエルフの訓練というより特訓を行う。
エルフ達は既に属性という観念は捨てていた、それでも属性で言うならエルフだけに森属性の魔法は得意なようだ、つまり既に渡した杖によるマナチャージを使いこなしていると言う事だ。
なので最初はもちろん魔力枯渇から始める、いつもならその後エレンがエリアマナチャージを使っているところだがエルフ達に限っては自分で回復している。
その後は魔力操作や座学や実践と休む事なく続けられる、特に座学はリーグ達では表面的な事しか教えることが出来なかった事も詳しく教えられたのでメキメキと上達して行った。
その甲斐あって1週間後にはリーグ達魔法師団と同等まで魔法の腕が上がったので、ここからはエルフ10人を正式に魔法師団の団員とし全員をヨネ子、エル、エレンの3人で鍛えていく。
そして魔法師団員は全員2つ以上の魔法の並行起動が出来るようになった、そして複数人での合成魔法も習得していった。
合成魔法とはその名の通り複数の魔法を組み合わせてより大きな威力の魔法にする事である、例を挙げるならエレンが『デザートイーグル』時代に流一と使った『ファイアートルネード』や『トルネードブレイク』、『インフェルノ』などがある。
『ファイアートルネード』は「フレイムランス+トルネード」、『トルネードブレイク』は「トルネード(右巻き)+トルネード(左巻き)」、『インフェルノ』は「オイルレイン(石油の雨)+ファイアー」と言った具合だ。
訓練開始から9日目、セラフィムとアスカが戻ってきた、そして訓練終了後に報告を聞く。
「いろいろ聞いて回った結果フランドル王国のドメル王国との国境近辺の盗賊が討伐に丁度良いように思います。人数は10人丁度でアジトは付近の森の中の洞窟のような場所に作っておりました。既に場所を特定していますのでゲートで直ぐに向かえます」
「そう、ご苦労様。では明日早速討伐に向かいましょう」
翌日、魔法師団長には自主訓練をするよう命令すると、ブレイザーは連れず『白金神龍』だけで盗賊討伐に向かった。
「ここです。この先に盗賊のアジトがあります」
盗賊のアジトは森の中ではあるが入り口近辺は割と開けている、なので見張りに気付かれないよう少し遠めではあるが森の木の陰から様子を伺った、見張りは1人だけのようだ。
ヨネ子達は普通に食事をして魔法師団に命令を出してから来たがゲートなので時間はまだ9時過ぎと早かった、なので盗賊達はまだ全員がアジトの中に残っている。
「どうやら全員揃っているようね」
「そうですな。それでこれからどうするのですか?」
セラフィムが聞いた、普通に殺すだけなら簡単だが今回は「綺麗な死体を手に入れる」と言う目的があるためヨネ子の命令が無ければどうしていいのかわからないためだ。
「先ずは傷付けずに相手を殺す方法だけど。「心臓震盪」を起こさせるのよ、そうすると「心室細動」を起こして死ぬの」
「具体的にはどうするの?」
エルが聞いた、ヨネ子から医学については色々と教えられていたが『心臓震盪』も『心室細動』も初めて聞く言葉だったので意味がわからなかったのだ。
「心臓は血液を送るポンプだと言ったのは覚えてるでしょ?だから大きくなったり小さくなったりを繰り返しているの」
「ええ、それは覚えてるわ」
「その心臓が1番大きくなる直前で、心臓の真上を痣が出来ない程度に殴るの。具体的には最初に診断を使って心臓の動きを把握したら後はタイミングを合わせて殴るだけよ」
「たったそれだけ?本当にそれだけで人間は死ぬの?」
「そうよ、たったそれだけで死ぬの。まあ先ずはあの見張りで実演してあげるから見てなさい」
そう言うと『白金神龍』全員でアジトの入り口に向かった、セラフィムとアスカが入り口はここしか無い事を念入りに調べていたからこそだ。
「なんだお前達は?ここへ何しに来た?」
盗賊などをする者は基本的に脳筋だ、優秀な者ならこの場面は直ぐに仲間を呼ぶところなのだがそうはしない。
よく言えば腕に自信があるのであろうが、ある程度近付いたところでヨネ子だけが集団を抜け近付いて来たので見張りは不用意にヨネ子に近付いた。
ヨネ子はその機を見逃さず素早く診断をする、今回は心臓の動きを見るためほんの数秒だが使い続ける。
「な、なんだお前?何をしている?」
エレンにはまだ無理だがヨネ子は対象が1メートル以内に居れば接触していなくとも診断が出来る、もちろんエルとセラフィムも出来るようになっている。
なのでほんの数秒とは言え見張りは近付いただけで何も言わず何もしようとしないヨネ子を不思議に思って聞いた。
しかし次の瞬間胸を軽く殴られて驚いたものの大して痛くもないので言い返した。
「なんだおま・・グ、グ、グア、ア・・・・」
言い返す途中で苦しそうに胸を押さえて蹲りそのまま絶命した、大声を出せなかったのでアジトの中に居る盗賊には外の異変は気付かれていない。
それを見たエル達がヨネ子の元に近付いてくる。
「本当にあれだけで殺せるんだ。すごいわね」
エルが見張りの盗賊を見下ろしながら呟いた。
「さあ、見本は見せたわ。後は実戦よ。エレンとアスカは盗賊が逃げないように見張ってて、エルとセラフィムはノルマ3人よ良い?」
「「「「了解」」」」
全員が返事をするとヨネ子は見張りの死体を収納に入れアジトの中に向けて大声で叫んだ。
「盗賊共、ハンターパーティー『白金神龍』が討伐に来たわよ出てきなさい」
その声を聞いて盗賊達がアジトの中からゾロゾロと出てきだした、全員武器を持って警戒はしているが今一つ緊張が見られない、声が若い女性のものだったのでそれほど強い相手とは思っていないからだ。
「なんだ?見張りはどうした?ションベンにでも行ってんのか?」
盗賊から『白金神龍』を見た場合女の子3人長身の優男1人、テイムされた猛獣1匹に見える、なので完全に侮った。
「ほう、たったそれだけで俺たちを討伐だと?舐められたものだな」
「貴方達には解剖用の献体になってもらいます」
『献体』とは自分の意思で死後に解剖学の教材になる事を希望する事である、なので正確には『献体』とは言えないが、ヨネ子的には自分たちに向かってきた時点で「その身をヨネ子に差し出した」と見做すのであながち間違いとも言えない。
「なんだそりゃ?まあ良い、女は殺すなよ。かかれ」
「「「「「「「「おう!」」」」」」」」
勇ましい掛け声と共に盗賊達はヨネ子、エル、セラフィムに襲い掛かった、エレンとアスカは盗賊が逃げないように足止めする役なので3人より後方に位置しているためだ。
「ガ、グ、ゴォ、ォ・・・」
「アガッ、ゴ・・・・」
「グゥ、グ、グ、グ・・・」
開始数秒で3人の盗賊が胸を押さえて倒れ込んだ。
「な、なんだ?お前たちいったい何をした?」
残った盗賊達が明かに動揺している、それを無視してヨネ子達は次の盗賊に狙いを定める。
狙われた盗賊は一様に武器を振り回しながら「来るな、来るな」と叫んでいる、しかし抵抗虚しく綺麗な死体へと変わり果てていく。
残りの3人はこの場から逃げ出そうとした、ヨネ子達がいくら強くても診断を使い心臓の動きを捉えてタイミングを測るには数秒はかかるので隙ができる。
しかしエレンとアスカはそのためにいるのだ、きっちりと残り3人の足止めをするとヨネ子達がやって来てこちらも綺麗な死体となってもらった。
「さあ終了よ、帰りましょう」
「「「「了解」」」」
『白金神龍』は午前中の内に献体確保を終え開拓地へと戻っていった。




