005 ギルドにて
ホームに帰ると『デザートイーグル』は既に帰っていた、そして全員風呂に入っているという。
ホームの風呂は温泉旅館並みに広い、それはヨネ子の兄流一が監修して作ったからだ。
この世界のほとんどの町は下水道が整備されていても上水道が整備されているところはほとんどない、そのため必然的に井戸水となる。
しかも井戸水はいわゆる鶴瓶式なので汲むのが大変なのだ、さらにその井戸も一般住宅地区や商業地区では共同井戸がほとんどなので水汲みは運ぶ手間もあって重労働だ。
それに対して『デザートイーグル』のホームであるが、高級住宅街にあるので井戸は敷地内にある、その上ヨネ子に手押しポンプの設計図を送ってもらい設置していた。
これにより水汲みは楽に出来るので大きな風呂を作る事が出来た、さらにミランダに魔力の余裕がある時は水汲や湯沸かしの必要さえ無いので流一は自重せずに作っていた。
流石に女性7人が一度に入っても少し余裕があるのはやり過ぎという気がしないでもない。
因みに『デザートイーグル』が不在の時でも使用人達が入れるように小さな風呂も作ってはいる。
なのでヨネ子とエレンも風呂へと向かった。
「みんな早かったわね」
ヨネ子が最初に声をかける。
「あっ、マーガレットさん。私達は虎とコブラ2匹づつと水牛1頭狩って帰って来ました。そちらはどれくらい狩れたんですか?」
セリーヌが今日の成果を報告した、これでも普通のハンターなら倒す戦闘力は別にして収納魔法が無いので有り得ない量だ。
「私達はあの後私が象1頭、水牛1頭、虎3頭、コブラ3頭。マーガレットさんがグリーンバジリスク1頭、象2頭、水牛3頭、虎2頭、コブラ1頭ですね」
エレンが答えた、自分一人だけで『デザートイーグル』以上の収穫が有った事に浮かれている。
「えっ?グリーンバジリスクがいたの?残念、私達も戦ってみたかったわ」
『デザートイーグル』全員ヨネ子とエレンの収穫に驚いた、しかも別々に報告したという事は全部単独で狩ったという事を意味している、Aランクの魔物をだ。
だからと言って羨んだり妬んだりといことは無い、それどころか自分達の目標として尊敬した、なのでその事より亜竜を狩っていた事の方に反応した。
「ええ、最後にもう帰ろうって時に索敵に引っかかったの」
「そうなんだ。ねえ、ギルドで売らなくても解体はするんでしょ。私達にもグリーンバジリスクを見せてよ」
「良いですけど。マーガレットさん、数が多いですけど解体はどうしますか?」
エレンはマーガレットに聞いた、エレンは『デザートイーグル』のメンバーだった頃からずっと解体はアメリアとユリアナがしていたので忘れていたのだ。
「面倒だからハンターギルドに依頼するつもりよ、象の1頭でも渡せば解体料には足るでしょ」
確かに数は多いが象1頭では解体料としては多過ぎる、それでも損をしたなどとは思わないのがヨネ子クオリティーだ。
映画などで殺し屋が情報屋に札束をポンと渡して「こんなにもらって良いのか?」と言われるシーンが良くあるがそれと同じ感覚だ、まあ現役の殺し屋だからと言えばそれまでだが。
結局エレンとヨネ子の素材は全部ハンターギルドで解体してもらう事にした、2人合わせてグリーンバジリスク1頭、象の魔物4頭、水牛の魔物4頭、虎の魔物6頭、コブラの魔物4頭である、解体にどれほど時間がかかるかわからないので仕方ないとも言える。
風呂から上がると夕食の時は狩りの話で盛り上がった。
翌日は『デザートイーグル』とヨネ子、エレンの7人でハンターギルドに向かった、そして最初にエレンがハンターとして解体の交渉をする。
結果はもちろん交渉成立、象の魔物丸々1頭が解体料なのだ、断られる方がおかしい。
解体料が多いので『デザートイーグル』の獲物もついでに解体してもらう事にする。
ただ当然ながら時間はかかる、なので夕方取りに来る事にして一旦ホームに帰った。
この日は何も予定していなかったのでヨネ子は約束通りミランダに魔力刃の魔法を教えた、他の5人はまったりと過ごしていた、まあこんな日があってもいいだろう。
夕方は予定通りハンターギルドへ素材を受け取りに行った、朝と同じヨネ子、エレン、『デザートイーグル』の7人でだ。
「いらっしゃいませ、解体は出来てますよ」
ハンターギルドに行くと受付嬢にそう言われて解体場へと案内された。
素材はヨネ子分、エレン分、『デザートイーグル』分と3つに分けてくれていた、『デザートイーグル』分だけ分けるように言っていたのだがサービスのつもりなのだろう。
「じゃあこれはギルドに売りますので査定してください」
セリーヌはそう言うと『デザートイーグル』分をギルドに渡した。
受付嬢はその素材の詳細を解体職人に聞く、解体したのはギルドの職員なので間違う事は無い、それを元に代金を計算して受付で渡す事にした。
ヨネ子とエレンの分はせっかくなのでそれぞれが収納に収めた、それを不満そうに眺めるギルド職員。
「あのー、そちらの素材は売ってもらえないのでしょうか?」
受付嬢が堪らず聞いた、それなりに大きなギルドではあるがそれでもAランクの魔物の素材など滅多に手に入らない、特に今回はSランクのグリーンバジリスクの素材が有った、ギルドとしては是非手に入れたいと思ったのだ。
「私はともかくこちらのマーガレットさんはハンターではありませんよ。なので売れません」
エレンが答えた、この世界ではハンターの保護と管理の目的で魔物の素材はハンターからしか買わないようにしている、つまり元々ヨネ子の素材は売りたくても売れないのだ。
「えっ?そうなんですか?・・・・・」
受付嬢は「エレンのギルドタグを使えば売れますよ」と言いたいが言えずに口ごもった、流石にギルド職員自ら不正を進めるわけにはいかない。
解体職人も同じ事を考えている顔だ、よほどグリーンバジリスクの素材が欲しいのだろう。
「ではエレンさんの分だけでも売っていただけませんか?」
受付嬢はヨネ子の分は諦めた、それでも大量のAランクの素材は見逃せない。
「マーガレットさん、どうしましょう?」
エレンはマーガレットに聞いた、最初はヨネ子の分と分けずに氷河人の町で売るはずだったからだ。
それが2人分に分けられているのはハンターギルド職員の想定外のサービスだったので扱いに迷ってしまった。
「それはあなたが狩ったんだからあなたが決めなさい」
ヨネ子は相変わらず人の物は人の物という考えだ、なので決定権はエレンに渡した。
しかしその会話にギルド職員が反応した、普通では考えられない会話だったからだ。
「あのー、お二人の会話を聞いて不思議に思ったんですが、これらのAランクの魔物をお一人で倒されたように聞こえたのですが?」
ギルド職員の常識としてAランクの魔物をソロで狩るというのは信じられない事だった、基本的にはBランクの魔物でさえソロで倒せるハンターはほとんどいないからだ。
「そうですよ、それが何か?」
エレンは当然とでも言いたそうな口振りで答えた。
「えっ?だってこちらの方は亜竜のグリーンバジリスクがいましたよ、Sランクですよ。まさかそれもお一人で?」
「そうよ」
ヨネ子はいつも通り軽く素っ気なく答える。
「そんな、こちらのドラゴンバスターの『デザートイーグル』でさえパーティーで倒しているのにですか?」
「それはパーティーだから連携しているだけよ。少なくとも前衛の3人はみんなソロでもAランクの魔物くらい倒せるわよ」
再びヨネ子が答えた。
「まあ確かに象や水牛のような大型はともかく虎やコブラ程度ならソロでも十分倒せるわね」
これにはアメリアが反応した、前日の狩りで自信をつけたのだろう、他のメンバーも頷いている。
それを聞いた受付嬢は驚きの表情を隠さない、しかしそれ以上に解体職人は驚いていた、受付嬢は知らないが持ち込まれた2人の素材はこれまで見たことも無いような美素材だった事を解体職人は知っているからだ。
エレンの方でさえ虎とコブラの魔物は追加料金を払うレベルの美しさだ、それがヨネ子の方はそれよりさらに美しい上にSランクのグリーンバジリスクまでがそのクオリティーだったのだ、到底ソロで倒したなど考えられない。
驚きの連続で元々の話を忘れそうになっていたが、そこはさすがギルド職員とでもいうべきか、思い出したように素材の売却をねだるので美素材とは言い難かった象と水牛の魔物の素材だけ売ることにした。
その後は受付に戻り料金の清算に少し時間がかかるので待っていると今度はギルドマスターに呼ばれた、相変わらずと言っていいのか『デザートイーグル』関連は余計な案件が多い。
「久しぶりだな、初めましての者たちもいるようなので自己紹介すると、俺がギルドマスターのパチェックだ」
「久しぶりですね、それで、今日はどんな用事で呼んだんですか?」
ギルドマスター室には7人とも呼ばれた、なのでセリーヌが代表して話を始めた。
「まあ先ずは座ってくれ」
「では失礼します」
7人いるのでギルドマスターは執務机のままでソファーを勧めた、そしていきなり本題に入る。
「早速だがマーガレットという者がSランクのグリーンバジリスクをソロで倒したと言うのは本当か?」
パチェックはマーガレットの方を見ながら質問した、この中でヨネ子とミランダとシェーラの3人とは初対面だがその中の誰がマーガレットかはすぐにわかった。
パチェックも元は凄腕のハンターだった、なので強者は見ただけである程度はわかる、だからこそ正確にマーガレットを見つけ出して聞いたのだ。
「その通りよ」
自分を見て質問されたのだ、当然ヨネ子が自ら答えた。
「ではハンター登録していないと言うのも本当か?」
「そうよ」
ヨネ子の即答を受けて頭を抱えるパチェック、Sランクの魔物をソロで倒せる者が騎士でも兵士でも無いのにハンターでも無い、一体これまで何をしていたんだと言う疑問が頭の中を支配していた。
しかしそんな事を一人でウジウジ考えていてもしかたない、なのでパチェックは次の質問をした。
「では今ここでギルドマスター権限でCランクのハンターとして登録出来るとしたらどうする?」
「出来るならしても良いけど素材は売らないわよ」
ヨネ子は何が言いたいかすぐに気が付いたので予防線を張った。
「どうしてか聞いてもいいか?」
「これから武器を調達しに行くの、そこではここのお金は使えないからよ」
「ここの金が使えない?ここの金はデザインが違っても世界中で使えるはずだが?」
この世界のお金は単位がマニで銅貨(1マニ)、小銀貨(10マニ)、銀貨(100マニ)、金貨(1000マニ)、白金貨(10000マニ)の5種類があり商業ギルドが国の委託を受けて発行している。
そのため各国でデザインが違うものの金属の含有量を統一する事で世界中両替無しで使えるようになっている。
因みに1マニは日本円で100円くらいの感覚になる。
「それでも使えないところがあるのよ」
「・・・・・・・どこか聞いてもいいか?」
パチェックはしばし考えたがどうしても分からなかったので素直に聞いた。
「それは言えないわ」
ヨネ子は冷たく即答した、氷河人の地を氷河の外の世界で知っている者はごく少数しかいない、なのでそう簡単に教えるわけにはいかないのだ。
「そうか・・・なら仕方ないな。まあいい、少し待っててくれ」
パチェックはそう言うと一旦部屋を出た、そして直ぐに戻ってきた。
それからしばらく雑談をしていると受付嬢が素材代を持ってやって来た、そして『デザートイーグル』とエレンそれぞれに渡した。
受付嬢がギルドマスター室を出ると入れ替わりで男性職員が入ってきた、そしてパチェックにギルドタグを渡した。
パチェックはその受け取ったギルドタグをマーガレットに渡した。
「いいの?」
「ああ、お前さんほどの人間がハンターになっていない事の方が問題だからな」
ギルドマスターとしてはマーガレットほど腕の立つ者の所在が不明なままの方がよほど困る、なのでこのハンター登録はサービスではなく義務に近い。
ヨネ子はなんとなくではあるがその辺の事情は察した、なので大して感謝はしていない、それはそうだろう言うなれば猫に鈴を付けたようなものなのだから。
しかし他の6人にはその事情は分からなかった、なのでこの世界にも「タダより怖いものは無い」に近い言葉があるかどうかはわからないがこれがギルドへの借りになるのは困ると考えた。
なのでセリーヌは情報を少しだけ与えるようにした。
「ありがとうございます。ではそのお礼に少しだけ教えますと、武器を作ってもらうのはドワーフです」
「何?本当か?」
パチェックはそれ以上を聞こうとはしなかった、ドワーフの名前が出た時点でなぜ教えてくれないか悟ったからだ。
この世界にはエルフ、ドワーフ、獣人、妖精、有翼人の5種類の亜人がいるが、氷河の奥地に暮らすドワーフは人間達からは絶滅したと思われている。
なのでパチェックは自分が知るべきでは無いと考えたのだ。
ギルドタグを受け取ったヨネ子たち7人はそのままホームへと帰っていった。