047 交渉
キャサリンは事務所を出てルンビニーの高級住宅地にある一軒の家にヨネ子とエルを連れて行った、ここはキャサリンのボスではなくさらにその上の上司、商会で言うならキャサリンが主任、ボスが部門長、会いに行く者が会長と言うところだ。
「今から会うのはリーベルク、ここルンビニーの裏社会の取りまとめ役でボスのボスってところね」
キャサリンが簡単に説明した。
「なるほど、ボスでは話し合いにならないってことね」
「ええ、戦うつもりならボスでも良かったんだけど、話し合いならその上じゃないと無理だから」
「わかったわ。それでリーベルクってどんな人物なの?」
「表の顔は奴隷商リーベルク商会の会長よ。性格は冷徹で周到、勝てない勝負は絶対にしない慎重さも持ってる。貴方達には大した問題じゃ無いでしょうけど常時100人ほどの護衛に守られてるわ」
キャサリンが説明し終えた頃リーベルクの屋敷に到着した。
「私は娼館を取り仕切ってるキャサリン。会長に会いたいと言う人を連れてきたの、取り次いでちょうだい」
商会の会長と言うには少し高すぎる塀に囲まれ大きな門が構えてある、敵が多いのか周到な性格だからかはわからないが警備が厳重そうだ。
そんな屋敷の厳つい警備員がキャサリンの言葉を聞いてヨネ子とエルの方を見る、なんだか値踏みをするような嫌な視線だ。
「何者だ?」
無言で数秒眺めた後一言だけ発した。
「ハンターパーティー『白金神龍』のマーガレットとエルよ」
ヨネ子が自ら答えた。
「お館様はハンターなんぞに用はない、帰れ」
「チョット待ちなさい。これは貴方達が判断して良いような軽い問題じゃ無いのよ」
にべもなく追い返そうとする警備員に食ってかかるキャサリン、キャサリンとしては話し合いが出来る相手としてここへ連れてきたのだから簡単には引き下がれない。
「この事をジャビコは知っているのか?」
ジャビコとはキャサリンの直属のボスの事だろう、警備員がそれを聞いてきた。
「いえ、知らないわ。でもボスでは話し合いにならないとわかっているからここに連れてきたのよ」
「それでもお前のボスはジャビコだ。手続きは踏むべきだ、違うか?」
「本来はそうだけど今は事情が違うのよ」
「それでもだ、どうしてもお館様に会いたければジャビコも連れて来い」
頑に拒む警備員にヨネ子が質問する。
「一つ聞きたいんだけど。もしそのジャビコに会って私達と敵対することになったら責任は貴方が取るの?」
「どう言う意味だ?俺たちと敵対するのか?」
「ジャビコとか言うボスに会えばそうなる可能性が高いから直接ここに来たのよ」
「ジャビコが敵対すると言うならすれば良い、俺の知ったことではない」
「そうなれば貴方の言うお館様まで被害が及ぶわよ」
「ふん、たかがハンター如きに脅されるとはな。本当にそうなるか試してみれば良い。命がある事くらいは祈っててやるぜ」
「そう、なら私も祈っててあげるわ、貴方がお館様から殺されない事を」
ヨネ子はそう言うとエルと共に事務所の方へと向かった、キャサリンもその後を追う。
「じゃあキャサリン、ジャビコのところに案内して」
「わ、わかったわ」
キャサリンはそう言うとヨネ子とエルをジャビコのところに連れて行く、その足取りは重い、キャサリンの想定外に大事になってきたからだ。
元々リーベルクは慎重な男なのでヨネ子達の強さを知れば簡単に移籍できると思っていたのだ、それがリーベルクに会う時点で躓いてしまった。
キャサリンはジャビコを良くは思っていなかったが敵対するほど嫌っていたわけでもない、なのにこのままでは敵対どころか部下も含めて大量に殺してしまう事になる、だからこそ気が重くなっているのだ。
事務所近くの少し新しめの民家、ここがジャビコのいる場所だ、ここまで来たキャサリンはヨネ子に一つのお願いをした。
「あの、マーガレットさん、出来るだけ殺さないようにしてくれないかしら。ジャビコは性格に問題があるだけで悪人ってわけでも無いので」
「気分次第で人を殺せるのに?まあ良いわ、じゃあ行きましょうか」
ここからはまたキャサリンが先導する。
「キャサリンよ、ボスに話があるの」
玄関先で警備していた男に告げる。
「良いだろう、こっちだ」
男は3人をジャビコの所へ連れて行く。
「ジャビコ様、キャサリン様をお連れしました」
「入れ」
見た目は民家だが中は事務所のような作りだ、そしてその執務室のような場所でジャビコが迎えてくれた、小柄だがガッシリとしたタイプの見た目だ。
「ボス、今日は客人を連れてきました」
「そうか、まあ座れ」
ジャビコはキャサリンの言葉を聞き3人にソファーを勧めた、そしてキャサリンを挟むように座ったのを確認すると3人の対面に座る。
「私はハンターパーティー『白金神龍』のリーダーマーガレットよ」
「同じくエルよ」
最初にヨネ子とエルが自己紹介をした。
「ジャビコだ。それで、ハンターが俺に何の用だ?」
「キャサリンとその部下数人を私達に譲って欲しいの」
「何?キャサリンを譲って欲しいだと?」
ヨネ子の言葉に眉間に皺を寄せ声を低くして聞き返した、ただし顔はキャサリンの方を向いている。
「ええ、私はこれからマーガレットさんの元に行こうと思ってるの」
キャサリンは堂々と答えた、普段なら恐怖に萎縮する所なのだが、隣にヨネ子とエルが居るからか覚悟を決めて開き直っているのかはわからない。
「そんな事を俺が許すとでも思っているのか?」
低くドスの聞いた声で質問する、それを合図に周りに居る護衛達に殺気が満ちてきた。
「思っていないわ。だから会長のところに行ったんだけど先にボスのところに行けと追い返されたから来たの」
「ほう、良い度胸だ。俺を無視して会長のところに行った挙句その態度か。お前死にたいのか?」
「言っておくわ。私達に手を出すのは止めておきなさい。貴方の方が死ぬ事になるわよ」
ヨネ子がジャビコに向かって言った、ただしまだ殺気は出していない、エルも周りの殺気を受け流しながら優雅に用意された紅茶を飲んでいる。
「良い度胸だ。その強がりがいつまで続くか見てやろう」
ジャビコはそう言いながらソファーを立った、それを合図に周りの護衛達が一斉に短剣を抜き切りかかって来る。
ギーーン
ガキーン
ヨネ子とエルはまだ優雅に紅茶を飲んでいる、そして3人の周りに物理防御の結界を張っていた。
なので護衛達の攻撃は結界に阻まれて全く通らない、ただキャサリンだけは少し恐怖した顔になっている。
「もう一度言うわ、私達に手を出すのは止めなさい」
ヨネ子が再度警告する、しかしジャビコはそれを素直に聞き入れるような男ではない。
「やかましい、野郎ども、こいつらを殺せー」
ジャビコの命令に別室に控えていた者もやって来た、そして全員でヨネ子達3人を取り囲む。
「しょうがないわね。エル、偶には体術の訓練も良いと思わない?」
「そう言えば体術の手加減は訓練して無かったわね」
「じゃあ殺さないようにね」
「了解」
エルが答えると同時にヨネ子とエルが護衛達に襲い掛かった。
ドガッ ズギャッ ボギッ
ズガッ ゴキン バキバキ
ほんの数秒で10人以上いた護衛が倒れ伏した、死んだ者は当然ながら瀕死の者もいない、全員骨を数カ所づつ折られて無力化された。
「なんだお前達は?ただのハンターじゃないのか?」
その状況を見てもジャビコはあまり動揺していない、ジャビコもそれなりに腕に自信があるのだろう、そして拳法のような型でヨネ子と対峙した。
「へー、少しはやるようね。でも私達の強さがわからない時点でまだまだね」
ヨネ子は一見無防備にジャビコと対峙した。
「ふん、まだまだかどうかその目で見ろ。ハーーー」
ジャビコは気合の入った声を上げてヨネ子に向かって行った。
ボゴン ドガッ
ヨネ子はジャビコの突進を簡単に避けて鳩尾部分に拳をめり込ませる、衝撃で身体がくの字に曲がった後後方に吹き飛ぶそのタイミングで胸に拳を叩きつけ肋骨を砕いて床に叩きつけた。
「ガハッ」
ジャビコは血を吐き目を見開いたまま気絶した、ヨネ子はそのジャビコを死なない程度に治療した、ただし気を失ったままにはしている。
「さあ、じゃあ先ずは私達の元に来る者に会いに行きましょう」
「ええ、わかったわ」
キャサリンはヨネ子にそう言われると待てせているエクトル達の元に向かった、ヨネ子はジャビコだけを収納に入れてキャサリンについて行く。
3人は繁華街の事務所の奥に向かった、そこには前回訓練について来た者と全く同じメンバーが待っていた。
「これからキャサリンは私達の元に来ます。この中でキャサリンと共に私達の元に来る気のない者は今申し出なさい」
ヨネ子はそう言うと10分ほど返事を待った、たかが10分だが待つ身には長い、それでも葛藤している者には短い時間なので重要な時間でもある。
結局申し出た者は居なかった。
「ではこれからリーベルクの元に向かいます」
そう言うとヨネ子とエルはリーベルクの屋敷の前までゲートを繋げた、全員ゲートは初めてでは無いのですんなりと行けた。
「キャサリンよ、会長に会いに来たわ」
再びキャサリンが警備員の男に向かって言った。
「何度来ても同じだ。お館様に会いたければジャビコを連れて来い」
「ここに連れて来ているわよ」
ヨネ子が収納から気絶したままのジャビコを出して言った。
「なっ!そいつはジャビコ。お前たちジャビコに何をした」
「貴方が連れて来いと言ったから連れて来たのよ。素直に来ようとしなかったから力づくにはなったけどね」
「・・・・・良いだろう、少し待て」
警備の男は屋敷の中に入って行った、そして仲間に状況を説明してからリーベルクに報告した。
しばらくしてヨネ子達を呼びに来たのでジャビコを再び収納に入れるとリーベルクの元に向かう、キャサリン以外の13人は屋敷の外で待つように言われたが強引に屋敷の中に連れて行った。
リーベルクは40代前半のナイスミドルと言った雰囲気の紳士だ、ただし表の顔が商会の会長なのでそれに合わせているだけかも知れないので油断は出来ない。
「よく来たね、まあ座りなさい」
リーベルクの勧めに従い今回もキャサリンを挟むようにヨネ子とエルはソファーに座った、残りの13人はその後ろに立って控える。
「それで、ジャビコはどうした?」
「ここにいるわ」
そう言うとヨネ子は収納からジャビコを出す、当然まだ気絶している」
「お前達は私の部下に手を出した、それがどう言う事かわかっているのか?」
「残念ながら手を出したのはこの男の方よ。私達は自分の身を守っただけ、この男の上司ならわかっているでしょう?」
「なるほどな。確かにお前の言う通りなのだろう。それでお前たちの望みは何だ?この俺を敵に回してまで何がしたい?」
「別に貴方を敵に回すつもりは無いわ。そもそも敵に回したら貴方はもう生きていないわ」
「ほう?大きく出たな。大層な口をきくお前はいったい何者だ?」
「あら、聞いてないの?私はハンターパーティー『白金神龍』のマーガレットよ」
「何?『白金神龍』だと?」
リーベルクはその名前を聞いて一瞬背筋が凍った、商人としての情報網から王都サフィーアでのヒュドラ退治の顛末は聞いている。
その今まで誰も倒す事の出来なかった9頭のヒュドラを、倒すどころか生け捕りにして王都まで持って来たのが他ならぬ『白金神龍』だと言う事を。
「そうよ」
リーベルクはジャビコがヨネ子の隣で気絶しているのを再度確認して本当に『白金神龍』だと確信した、そして力なくソファーに腰を下ろす。
「一つ聞きたいんだが、お前達ほどの力が有ればジャビコをこんな目に合わせずとも私の元に来れたのでは?」
「来たけどそこの男にジャビコを連れて来いと言われたから連れて来ただけよ」
ヨネ子は警備の男を指差しながら言った、それを聞いたリーベルクは直ぐにその男を問い詰める。
「お前は誰が来たか俺に言わなかったな。名前を聞かなかったのか?」
「い、いえ、最初に来た時に聞いておりました。ただキャサリンの上司はジャビコですので手続きを踏むようにと言っただけです」
「聞いていたのに言わなかったのか?それ以前に聞いていたのに断ったのか?」
かなり怒りを込めて警備の男に聞いた、なのでその男は萎縮して返事出来なくなってしまった。
「おい」
リーベルクが護衛の一人に顎で別室に連れて行くよう命令すると、警備の男は力なく項垂れたまま別室へと連れて行かれた。
「失礼した。それで用件は何ですかな?」
リーベルクはヨネ子の正体を知ると慇懃に聞いて来た。
「ここにいる全員を私に譲って欲しいの」
リーベルクはヨネ子達の後ろに控える者達を静かに見渡した、そして言った。
「無理ですな。何人かは奴隷も居ますがそれ以外の者は領主の許可が下りないでしょう」
「領主の許可が下りれば良いの?」
「ええ、私はあなた方と敵対したくは無いのでね」
リーベルクはキャサリンの言った通り慎重なようだ、決して勝てない相手とは敵対するような無謀な男では無い。
「だったら問題無いわよ。私はルビー公爵とは会ったことは無いけど国王とは連れて行って良い契約を結んでいるから」
「確かに領主より立場が上の国王と契約を交わしていれば問題はないでしょう。ヒュドラの件で貴方方が国王と会った事が有るのも知っています。ですが本当にそんな約束をしたのかは私には確認のしようがありません」
「なるほど、貴方の言う事も一理あるわね。では今から一緒に公爵のところに行きましょう」
「今からですか?・・・・・良いでしょう」
リーベルクは少し考えてから答えた。
「じゃあ貴方達はここで待っててちょうだい」
ヨネ子はキャサリン達にそう言った、キャサリン達に拒否は無い、流石に王家の次の位である公爵に会うなど恐れ多くて出来ないと思っているからだ。
「お前達もここにいろ」
「ですがリーベルク様・・」
「命令だ」
「・・・かしこまりました」
リーベルクの部下も命令だと強く言われた事で付いて行くのを諦めた、そしてヨネ子、エル、リーベルクの3人で領主の館に向かった。
「私は『白金神龍』のマーガレット。ルビー公爵に会いに来たの、伝えてちょうだい」
「暫くお待ち下さい」
ルビー公爵は優秀な為政者なので兵士は全員『白金神龍』の事は知っている、なのでハンターのタグで本人を確認すると直ぐに知らせに行ってくれた。
「よく来てくれた。おや?『白金神龍』にしてはメンバーが違うようだが?」
「初めましてルビー公爵。『白金神龍』は私とエルの2人だけ、後の2人は来ていません。こちらはこの町のリーベルク商会の会長です」
「初めまして、エルです」
「お久しぶりです」
「ああ、お前とは会った事があったな」
ルビー公爵はリーベルクを見てそう声をかけた。
「まあせっかく来たんだ寛いでくれ」
そう言われたのでヨネ子とエルは近くのソファーに腰掛けた、その対面にルビー公爵が座る。
「失礼いたします」
リーベルクはルビー公爵が座ったのを確認してからヨネ子の隣に座った、この世界の常識として貴族、それも自分の住む町の領主より先に座るなど考えられない事だからだ。
「『白金神龍』にはエレン殿が居ると聞いていたんだがな、会えなくて残念だよ」
エレンは『デザートイーグル』時代にルビー公爵とは色々と親交があった、なので会えない事を残念がったのだ。
「ではその内メンバー全員で会いに来ましょうか?」
「そうだな、スノーサーベルタイガーのアスカとか言ったか?そいつにも会ってみたいしな。それで、ただ挨拶に来たわけでは無いんだろ?」
「ええ、ここの娼館で働いている者を14人私達に頂けないかと思ってね」
「はい、私の部下なんですが、公爵閣下の許しが有れば認めようかと思っているのですが」
ヨネ子の言葉に続けてリーベルクが言った。
「ああ、良いぞ。陛下から話は聞いている」
「ありがとう」
ヨネ子は軽く礼を言った、リーベルクは声こそ出さないが確認は取れたようだ。
「それで、どうして娼婦が必要なのか聞いても良いのか?」
「ええもちろん。私達は今騎士と魔法使いを鍛えているの。その騎士達に当てがうのよ」
「当てがうねえ。鍛えているなら疲れてそんな気分にならないんじゃ無いのか?」
「疲れは私達が魔法で取り除いているわ。だから日中は休み無く訓練を続けられるのよ」
今度はエルが答えた。
「疲れを魔法で取る?それでどれくらいまで強くするつもりなんだ?」
「騎士の半数はBランクの魔物をソロで、残り半分はAランクの魔物をソロで倒せるくらいが最低ラインよ」
「な!どれくらい訓練すればそこまで強くなれるんだ?」
「2ヶ月よ」
「たった2ヶ月でそこまで強くなるものなのか?」
「私達にかかれば簡単な事よ。そもそも騎士ばかりだもの、それだけの戦闘力のある者しかいないしね」
「なら頼みがある、報酬は払うから俺と俺の騎士も鍛えてくれないか?」
「今日直ぐに訓練場に向かうのよ。間に合うなら5人以内で受け入れるわ」
「問題無い、直ぐに集める」
本当は大問題だ、貴族の当主が2ヶ月不在になるなど普通にはあり得ない。
しかしこの世界にはほとんどの貴族が王都に集まる社交シーズンと言うものがある、なのでその時と同じ体制を敷けば領主不在でも領政は回る。
ただ普段はその体制を敷くのに時間をかけるのだが、今回ルビー公爵は実質半日でその体制を敷こうと言うのだ、それが出来ると言う事は思った以上に優秀な領主なのだろう。
「では夕方また来るわ」
「ああ、それまでに用意しておく」
ヨネ子達はそのままリーベルクの屋敷へと帰って行った。




