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044 航海

朝9時、ヨネ子達は朝食を済ませた後直ぐに港に向かった、出国の手続きは港で行うためだ。

流石に港の国境は陸の国境と違い人が少ない、船員達は町に出る時は一々入出国の手続きをしなくてはならないが、港の中も商店がいくつも有るので船員達は手続きが面倒な事もあり町にはあまり出ない、お陰で港の出国手続きは予想より早く終わった。


港には3隻の船が接岸されている、何れもガレー船だ。

向かって左に接岸してある船は全長25メートルほど、真ん中の船は全長30メートルちょっと、右は45メートル前後、全て四角帆(スクエアセイル)を備えており櫂の大きさから1本の櫂を数人で漕ぐスカロッチョ式と呼ばれる方式のようだ。


この世界では遠洋航海が出来ないお陰で帆船は開発されていない、なので逆風でも進める三角帆も発明されていない、これが人件費のかかるガレー船を使い続けている理由だろう。


「レンダー商会の船はどれかしら?」


そのガレー船に荷物の積込作業中の水夫にヨネ子が聞いた。


「そっちの一番大きいやつだ」


「そう、ありがとう」


レンダー商会の船は現代の帆船を低くして船外櫂受(2段になった漕ぎ手座の上段部分)をくっ付けたような形だ。

船名にマルグリットと書かれたその船には装飾と呼べる物は何も無い、典型的な貨物船と言えるだろう。


その船のタラップの所に精悍な壮年の男が1人立っていた。


「この船に乗りたいんだけど」


そう言って商業ギルドで買った乗船券をその男に渡した。


「ああ、聞いてるぜ。17人だってな。俺は船長のデレクだ。2泊3日で食事は無し、緊急時には俺の指示に従ってもらうわかったか?」


「ええ、良いわ」


「部屋は一番奥を使え、全員で一部屋だ。ところでお前ら荷物はどうした?取りに行くならもうすぐ出向だから急げよ」


「荷物は収納魔法の中よ」


「そうか、羨ましいこった」


デレクは本当に羨ましそうにヨネ子を見ている、ヨネ子達はその視線を無視してさっさと乗船して当てがわれた部屋に向かった。


部屋には人数分の枕と毛布が一つずつ用意してあるだけだった、広さも全員が横になって眠るのは無理そうだ、いくら貨物船とは言え少し酷い、それでもこの世界ではこれでも扱いが良い方らしい。


部屋を確認した後『白金神龍』とブレイザーはデッキに出た、しかしベロラムから来た職人達は全員部屋で寛いでいた。


「野郎ども、出航だ」


「「「「「「おおーーーー」」」」」」


ヨネ子達がデッキに出て船からミロスの街並みを見ていると船長の指示が飛び出航した。


船首は町の方を向いているので最初は港の水夫がボートで船を桟橋から離岸させる、そして港の中で船首を海の方に向けると櫂を使ってゆっくりと港を出て行く。


港を出ると直ぐに帆を張る、この時期は午前中はディラルク王国方向へ、午後はブーストン王国方向へと弱い風が吹くのが普通だ。

なのでこの船マルグリットは午後からの出航にした、そしてその風を一杯に張った帆に受けて海岸線沿いにブーストン王国を目指す。


風が順風の時は櫂は使わない、スピードは落ちるが翌日午前中は帆をたたみ風上に向けて櫂で航送しなければならないので漕ぎ手を休ませるためだ。


初日は順調に進む、ヨネ子達がずっと外で景色を見ていると夕方にベロラムの街が視認出来た、ベロラムからミロスまでは通常徒歩で2日なので弱い風とは言ってもそれなりにスピードが出ているのだろう。


そのベロラムの町を見ながらヨネ子達は夕食にした、初日の夜はカレーとナンにした、天気が良かったので外で食べる事が出来たからだ、流石に船室でカレーでは匂いが籠って寝るときに臭い。


それでもカレーの匂いは船長以下操船室に居る船員の鼻腔をくすぐった、それ以外の船員や水夫は船室の中なので匂いは届かない。


「お前らが食ってるそれはなんだ?」


船長が聞いて来た、よほど良い匂いだったのだろう。


「カレーよ。貴方も食べてみる?」


「い、良いのか?」


船長も()()()のだろう、遠慮する様子もなく聞いて来た。


「ではこちらへ」


ブレイザーが気を聞かせてスペースを開けた、そして雑談という名の情報収集が始まる。


それによると、海上輸送はガレー船であっても陸上輸送とは比較にならないほど大量に高速で運べるので船員はかなり高給取りらしい、ただ漕ぎ手はそれほど高給と言うわけでは無いようだ。


ブーストン王国、エムロード大王国、ディラルク王国を結ぶこの海上輸送路は魔物領域からかなり離れている事がわかっており比較的安全だが、1ヶ所だけ何故かはぐれ魔物が良く出没する場所が有るらしい。


元々海の魔物は魔物領域から出てはぐれ魔物になり易い、それは魔物領域はドーム状になっているからだ。

陸上生物にとっての魔物領域はほぼ2次元なので鳥の魔物のように飛行能力が無い限り広さがそのまま魔物領域の範囲になる、しかし飛行能力のある魔物や海の魔物にとっての魔物領域は3次元でありそれがドーム状だと魔物領域の端の方は高さが無いので直ぐに魔物領域から出てはぐれ魔物となりやすいのだ。


はぐれ魔物が良く出る場所とは、そんなはぐれ魔物を運ぶ海流が流れて来ていると推測出来る。

因みにその場所は明日の昼過ぎに通る予定だそうだ、もしはぐれ魔物が出た時には風と櫂の両方を使って逃げる事が出来るのでミロス出航はそれに合わせたスケジュールになっているらしい。


他にもここ2、3年でブーストン王国での商売が低調になったと言う事も知れた、国王が代わって以降ブーストン王国では消費が落ち込むと同時に出荷する商品も減ったそうだ。

これは税金が上がったからだと直ぐにわかる、今まで商品として出荷していた分が税金として徴収され、それによって平民の使えるお金が減ったためだ。


食事が終わるとベロラムの職人達は船室へと、船長は操船室へと帰って行った。

しかし『白金神龍』とブレイザーの5人はそのままデッキにテントを張りベッドで寝る事にした。


「どうやらブーストン王国の協力は望めないかもしれないわね」


まだ寝るのは早いので食後のティータイムを楽しみながらヨネ子が言った。


「そうですねー。協力を得られないのは良いですけど開拓した途端に奪いに来たりしませんかねー」


ヨネ子の言葉を受けてエレンが疑問を口にした。


「開拓しているのを知られたら来るでしょうね」


エレンの疑問にはエルが答えた。


「そうね、自分達じゃあ魔物領域に阻まれて開拓出来なかった土地だもの。しかもブーストン王国はこの近くだとガベン王国の次に国土が小さい国だから広げたいと思ってるでしょうからね」


ヨネ子もエルと同じ意見だ。


「そうなったらどうしますか?ブーストン王国を潰しますか?」


エレンが聞いた、元々他国を侵略せずに国家を建設するつもりだったのでブーストン王国を潰すつもりなど無かったからだ。

しかしブーストン王国側から攻められるのなら話は変わってくる、残していてはいつまでも攻められるリスクが減らないないからだ。


「そうね、基本的には騎士達に任せて私達は監視に徹するつもりよ」


「戦う事になれば見には行くのね」


エルが聞いた。


「もちろんよ」


「でも騎士達に任せるって事は潰すつもりは無いって事ですね」


エレンは騎士達では人数が少ないのでブーストン王国を潰すことまでは出来ないと思った。


「さあ?ディーンしだいってところね」


「私達が戦わなくても潰せるんですか?」


「皆殺しにする必要は無いんだから今のディーンとアーネストなら十分勝てると思うわよ。尤も私もディーンはそこまでしないと思うけどね」


「でしょうね。あの2人は戦士には苛烈だけど王族みたいな戦わない者には手出ししないものね」


エルもヨネ子の意見に賛成だ、2人で育てた戦士なのだからその考え方も把握している。


「私はその時は戦っても良いんですか?」


今度はアスカが聞いて来た、アスカとしては弟弟子のディーンとアーネストが戦うなら自分も戦うべきではないかと考えたのだ。


「そうね、アスカも戦った方が良いでしょうね」


「わかりました」


この日はこれ以上戦闘の話はしなかった。


翌日、午前中は順長に進んでいたが午後になってはぐれ魔物に襲われた、前日船長に聞いていた通りではある。


「はぐれ魔物が出たぞー。漕ぎ手は至急配置に着けー」


船長の命令が飛ぶと漕ぎ手達は急いで漕ぎ手座に向かい走った、そして全員揃うと声を揃えて櫂を漕ぐ。


はぐれ魔物は発見時は船の左側50メートルほど先に居て船に向け突進して来ていたが櫂も併用して走り出した事で衝突は免れた、そのため今度は後方から追いかけて来た。


『白金神龍』はその魔物を見ようと船の後方にまわる、そして見えたのはイルカの魔物だった、イルカとは言っても魔物なので大型化していて大きさで言えば小さな鯨だ。

そしてイルカの魔物はBランクに分類される、通常は船体に向けて体当たりする事で船を破壊しようとする。

そのため、確かに船よりは早く泳げるので体当たりはされるが、追いかけながらでは船の後方なので船の航送スピード分威力が弱くなるので船体を破壊される事は無いと言う。


ただ、今回は少し状況が違っていた、逃げるマルグリットの前方にイカの魔物が現れたのだ、正確に言うならイカではなくダイオウイカだ、なのでクラーケンという名前が付いていた。

クラーケンは推定Sランクとなっている、遭遇した者は多いがまだ討伐された事が無いから推定なのだ、それでもSランクなのはAランクより強いのはわかっているが見た目通りドラゴンでは無いからだ。


「漕ぎ手ヤメー!面舵一杯」


船長は突然現れたクラーケンにも対応してみせる、逃げ切れる状況では無くても冷静に最善を尽くす船長はかなりの凄腕なのだろう。


それを見ていたヨネ子は魔物を討伐する事にした、このままでは船を沈められてしまうと思ったからだ。


「エル、前と後ろどっちが良い?」


「もちろんよ前よ。マーガレットは後ろで良い?」


「良いわよ、じゃあいきましょう」


ヨネ子がそう言うと、ヨネ子は移動魔法でイルカの魔物の方へ、エルは飛行魔法でクラーケンの方へと飛んで行った。


「アイスランス」

ドシュッ!!


ヨネ子はイルカの魔物の直上に行くと氷の槍で脳天を正確に射抜いた、そしてその遺体を収納に収めるとエルのところに向かった。


「サンダー」

ビカビカビカドガーーーーーン


エルはクラーケンに向かってカミナリを落とした、ただ普通のカミナリでは無い、亜神である神龍のカミナリなのだ、威力は人間最強の魔法が使えるエレンの比では無い。


「さすがエルね」


カミナリ一発でクラーケンを仕留めたエルに、ヨネ子は称賛の言葉を送った。


「クラーケンを譲ってもらったんだからこれくらい魅せないとね」


エルも謙遜したりはしない、そもそもドラゴンには謙遜などと言う意識はカケラも無い。


そしてエルもクラーケンを収納に仕舞うとヨネ子と2人船に戻った。


「お前ら何者だ?」


予定の航路を少し外れて停船していた船に降り立つと同時に船長から聞かれた。


「私達はハンターパーティー『白金神龍』ですよ」


その質問にはエレンが答えた。


「そ、そうか・・・なんにしても助かった、礼を言うありがとう」


船長は丁寧に礼を言った、ただその顔は納得してはいない、空を飛び今まで誰にも倒された事のないクラーケンを瞬殺したのだ、「ハンターです」と言われて「ハイそうですか」と納得するのは無理がある。

だからと言ってそんな相手に面と向かって「そんな事あるかー」などとは言えない、なので心の中だけで突っ込んでいた。


ベロラムの職人達は船室にいたのでエルの戦いはカミナリの音を聞いただけだったがヨネ子の戦いは直接見ていた。

空を飛び魔法でBランクの魔物を瞬殺したところだ、全員それを見て恐ろしいとも思ったがそれ以上に頼もしいと思った。


「お疲れ様・・・ってほどではなかったですね、お二人には」


エレンがヨネ子とエルに労い(?)の声をかけた。


「そうね。ところでエル、クラーケンってどれくらいの強さだったの?」


「下位龍ほどでは無いわね。でも魔石で言うなら透明だからこの前のヒュドラと同じくらいってところね」


「もしかしてクラーケンって食べられるんですか?」


エレンが聞いた、以前透明の魔石を持つ魔物の肉は食べられるとセラフィムから聞いていたからだ。


「そうね、後で鑑定してみるけど多分食べられると思うわよ」


エルが答えた、自分の収納に入れているからだろう。


「本当ですか?食べてみたいです」


そう言ってアスカは目を輝かせた。


その夜、船長がまた夕食に参加して来た、ただその手には酒瓶が握られていた。


「こんなところじゃ何も無えが俺からの感謝の気持ちだ」


そう言って船長は酒瓶を差し出した、どうやら船長秘蔵のワインのようだ。


「ありがとう。せっかくだから船長も一緒にどう?」


「良いのか?」


「ではまたこちらへ」


前日と同じようにブレイザーが船長の場所を作った。


「ところで船長、あなたは船で世界を巡ってみたいとは思わない?」


唐突にヨネ子が聞いた、船長はいきなりだったので答えに窮している、それでもなんとか答える。


「ああ、確かにそんな事が出来たら良いな」


「私達は今後船を使って世界中と貿易をしようと考えてるの。あなた私達の所に来ない?」


その言葉に驚いた、しかしあまりにも現実離れしている、なので断る事にした。


「無理だな。この海にはどこに魔物領域があるか、どんな化け物がいるか全くわからん。あんたらくらい強えー奴がずっと付いててくれても安心出来ねえよ」


「そう?それはこれからどうにかするつもりだけど」


「それよりなんで俺なんだ?船長が必要なら紹介してやろうか?尤もそれなりの金額は必要だがな」


「今日のあなたの腕を見込んでよ。クラーケンが出て来ても慌てずに最善の操船をして見せたでしょ。その腕と度胸を評価したのよ」


「そ、そうか。ありがとよ」


強面の顔に似ず少し恥ずかしそうに礼を言った。


「船長さんって案外可愛いですね。返事は直ぐで無くても良いので考えてみてくれませんか?マーガレットさんが世界を巡るって言ったのなら必ず実現しますから」


エレンが再度勧誘してみる。


「必ず?それを信じろと?いったいあんたら何者なんだ?なんの根拠があってそんな事が出来るって言ってんだ?」


「そうですね。根拠なんて有りませんよ。強いて言うならこの人がマーガレットさんでこちらがエルさんだからと言うところでしょうか」


「なんだよそりゃ。全然根拠になって無えじゃねえか。まあ良い、考えろってんなら考えとくよ」


船長はエレンの自信に満ちた言葉に少し心を動かされた、そしてグラスのワインをクイっと一気に飲み干すと操船室に帰って行った。


その後は順長に進み予定通り3日目の昼過ぎにブーストン王国の港町アンジェに到着した。


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