042 塩の町
ブータンの宿に着くと早速全員で相談する。
「さて、先ずは情報収集からだけど、どうする?」
「あの、先ずはハンターギルドのギルマスに話を聞きませんか?」
エレンが意見を出した、ハンターがいきなりギルドマスターに会いに行っても会ってくれないのが普通なのだが、エレンは『デザートイーグル』時代何かとギルドマスターに会う事が多かったので会えると思ったのだ。
『白金神龍』も良くギルドマスターには会いに行くが、それは元々エレンが面識があるからであり、ブーストン王国のギルドマスターには面識が無いので会いに行こうとは思っていなかった。
「そうね、取り敢えず行ってみるのは良いわね」
しかしヨネ子もエレンの意見に乗る事にした、エレンは『デザートイーグル』時代隣国のレベンド王国でドラゴンの素材を売っている、この事はギルドの連絡網で知らされているはずだ、なのでギルマスがその事を覚えていれば会える可能性は各段に上がると考えたのだ。
とは言えギルドマスターに会いに行くのは翌日にしてこの日は街を見て回る事にした、ハンターギルドから帰ったばかりと言うこともあるが街を見ればどんな統治者かある程度推測も出来るからだ。
街に出た一行の印象は「活気が無い」だった、ブータンは王都でありこの国で一番大きな都市だ。
国土こそそう広くは無いが、ブータンは人口20万を超えるこの世界なら大都市と言える規模の街なのだ。
その街に活気が無いと言うのは為政者の統治が上手く行っていないのか、そもそも悪政を敷いているのかのどちらかと思われる。
この疑問は直ぐに分かった、悪政を敷いている方だ。
街で買い物をしながら話を聞いたところ、3年前に国王が崩御してその息子が王位を継いでから景気が悪くなったらしい。
元々王位は王太子だった第一王子が継ぐはずだったが、前国王の葬儀を待たずに事故で亡くなったため急遽第二王子の現国王が王位を継ぐ事になったと言う事だ。
そのため国民は第二王子が第一王子を暗殺して王位に着いたと思っている者が大半を占めるらしい。
ヨネ子もそう都合よく第二王子が王位を継げるとは思えないので国民の思っている事は正解だろうとは思った。
ただだからと言って国王が悪政の原因かどうかまではわからない、第二王子が幼い若しくは暗愚なため奸臣が裏で糸を引いている可能性や貴族の派閥力学により国王の権利が縮小されている可能性なども残されている。
ヨネ子はその辺を聞こうと思ったが、流石に平民はそこまで政治の事には詳しく無かった。
この世界ではそもそも平民が政治に関心を持つ事は少ない、それは自分たちが政治に関われる可能性が皆無だからだ、政治は王侯貴族が行い平民はその決定に従う以外の選択肢がないので仕方無い。
ただ、今回は国王が代わって直ぐに景気が悪くなったのでその原因を噂する人間が増えたため関心が無くてもある程度の情報が入ってくる、なので皆詳しい事は知らないのだ。
明けて翌日、ヨネ子達はギルドマスターに会いに行った。
「ギルマスに会いたいんだけど聞いてきてもらえる?」
「はい、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「私達は『白金神龍』よ、そしてこの子は元『デザートイーグル』のエレン。そう伝えて」
「御用件をお聞きしてもよろしいですか?」
「それはギルマスに直接言うわ」
「あのー、それではお取り次ぎするわけには・・・」
「良いから行きなさい」
ヨネ子は少しだけ威圧して言った、本気で威圧したら失禁しかねないので。
それでも効果はあったようで受付嬢は直ぐにギルマスのところに聞きに行ってくれた。
しばらくして許可が降りたらしくギルドマスター室に向かうよう言われた、いつもなら連れて行ってくれるのだが、さっきの威圧がよほど恐ろしかったのだろう。
ギルドマスター室に入ると割と細身で優男風の男が待っていた、それでもギルドマスターとして荒くれ者のハンターを御しているのだから只者では無いだろう。
「お前達か?おれに会いたいって奴らは?」
「そうよ、私は『白金神龍』のリーダーマーガレット、コッチがエルで向こうがエレン、この子がアスカよ」
「別にテイムした魔物まで紹介せんでも良い」
「私はこれでもハンターよ」
アスカはすかさずギルマスの言葉を否定した。
「なっ!喋った?」
流石にこれにはギルドマスターも驚いた、『白金神龍』の事は結成が特殊なためギルドの情報として入ってきているはずなのに知らなかったからだ。
ヨネ子はそれを見てギルドマスターは当てに出来ないと思った、聞いていればアスカのような特殊なハンターを覚えていない訳は無い、つまり重要情報さえ確認していない者が有能な訳は無いと言うことだ。
「そんな事より聞きたい事が有って来たのよ」
ヨネ子は期待薄だと思ったのでサッサと用事を済ませる事にした。
「あ、ああ、そうだったな。それで、何が聞きたい?」
通常名前を名乗られたら自分も名乗るものだ、このギルドマスターはそれさえ出来ていない、ヨネ子はますますガッカリした。
「ここの国王の事について聞きたいのよ」
「国王?そんな事聞いてどうするんだ?」
「会いに行きたいと思ってね」
「会いにだぁ?無理無理、国王陛下のような高貴な者が一介のハンターなんかに会うわけ無えだろ。諦めな」
ヨネ子が思った通りまともに話も出来ない、そもそもこんな態度の人間では何を聞いても信用出来ない、なのでギルドマスターから情報を得るのは諦めた。
「そう、邪魔したわね」
ヨネ子はそう言うとギルドマスター室を後にした。
そしてハンターギルドを出て街の商業地区を歩いている時、スクレから通信が入った。
【マーガレット様、今よろしいですか?】
「ええ良いわよ。どうしたの?」
【実は先ほどブーストン王国方面の連絡員が帰って来たので報告を受けたのですが。ブーストン王国は数年前に国王が変わって以降役人や貴族の不正が横行しているようでして、もし開拓の事を知られたら奪われるかも知れないそうなんです。なので護衛の騎士の皆さんに気をつけるよう言って欲しいのですが】
「わかったわ、それでその不正の原因って掴んでる?」
【いえ、そこまで詳しくは報告されていません】
「そう、なら至急ブーストン王国の諜報員に通信の魔道具を渡して探らせなさい」
【わかりました】
スクレからの通信が終わると内容を他のみんなに伝えた。
「それじゃあ、国王に会うのはしばらく延期ですね。それでこれからどうしますか?」
状況がわかるとエレンが聞いて来た。
「そうね、一旦エムロード大王国に行きましょう」
「エムロード大王国ですか?そこで何をするんですか?」
「港町に行くのよ。開拓地は海が近いでしょ?だから塩を作らせようと思ってね」
「ああ、そう言う事ですか。製塩職人をスカウトするんですね」
「そうよ。この国の職人の方が近くて良かったんだけど予定が変わっちゃったから仕方ないわ」
そう言うとヨネ子は一旦ディーンにブーストン王国の事について注意するよう通信の魔道具で連絡してからエムロード大王国に向った。
エレンのゲートで向かったのは港町レト、『デザートイーグル』時代に流一の希望で一度来たことのある町だが、港町とは言っても戸数で47戸、人口で153人と小さいので規模的に漁村だ。
ここは漁業の町なので製塩業者は居ない、なのでヨネ子達は食堂を見つけて食事がてら製塩業を営んでいる町がどこか聞いた。
すると海岸沿いの街道を東に2日ほど歩いたところにあるベロラムと言う町が製塩業が盛んだと教えてもらった。
ヨネ子達は徒歩移動でも速いので翌日にはベロラムに着いた、ベロラムは戸数71戸、人口236人とレトよりは大分大きいもののやはり規模としては村だ。
ベロラムは町全体が製塩業で成り立っているようで宿屋は無く店も少ない、唯一漁師の家が2軒あるが町中で消費するだけの分しか収穫はないようだ。
それでも食堂は2軒あったのでそこへ入る、尤も食堂とは言っても町人相手の飲み屋がメインの店なのだが。
ヨネ子達が入ったのは「食堂ベロラム」、村の名前を付けているのはここの経営者が町長だからだ。
「町長に会いたいんだけど、どうしたら会える?」
ヨネ子は食事を注文しながら店員に尋ねた、店員は二十代前半と思われる小柄な女性。
「お父さんにですか?今家に居るので後で会えるか聞いて来ましょうか?」
経営者が町長と言うだけあって店員は娘だった、まあこの規模の町なら家族経営が普通なので当たり前と言えば当たり前だが。
「それには及ばないわ、場所だけ教えてもらえればこちらから出向くわよ」
店員は直ぐに家の場所を教えてくれた、名前も要件も聞いていないのに家の場所や親の所在を教えるなど危機管理意識が全く出来ていない。
しかしそれがこの町の普通だと考えるとこの町は平和で長閑な所なのだろう。
食事が終わるとヨネ子達は直ぐに町長宅に向かった。
「初めまして町長、私はハンターパーティー『白金神龍』のマーガレットよ」
「同じくエルです」
「エレンです」
「私はアスカです」
「おお!?この獣は話せるのですか?」
ヨネ子達がそれぞれ自己紹介をするとアスカの事で驚かれた、見た目はテイムされた魔物なので仕方ない。
「私もハンターですよ」
「そ、そうでしたか。失礼した。ワシはここベロラムの町長をしておるゾットと言う。それで、どんな用があって参ったのかな?」
結局ブレイザーは自己紹介するタイミングを逸してしまった、『白金神龍』の一員では無いとはいえ不憫だ。
「私達は今ブーストン王国の西の魔物領域を解放して開拓しているの。それでこの町の人たちに移住して塩を作って欲しいのよ」
「なっ!あそこは国の軍隊でも解放出来ずに未開地となっていた場所ですぞ。そんな所を解放するなど無理でしょう」
「いえ、解放はもう済ませたわ。既に開拓も始まっているわよ」
「そんな・・・いや、それが本当だとして何人連れて行きたいと?」
「これる者は全員、もちろん家族丸ごとでも構わないわよ」
「確かに希望者を募れば10人、20人は集まるかもしれんが・・・そんな事をご領主様がお許しになるとは思えん。なので無理じゃな」
「それは心配無いわ。国王の許可は取ってあるから領主も了承するはずよ」
「何と?お主達はハンターでは無かったのか?何故たかがハンターが国王に会えるのだ?」
「色々とあるのよ、私達には」
「しかし、魔物領域もそうだが。確認をせねば返事は出来ん」
「わかったわ、じゃあ直接会って話なさい。皆んなちょっと行ってくるから待っててちょうだい」
「わかった」
「「「わかりました」」」
「おい、どこへ行くと言うのだ?」
エル、エレン、アスカ、ブレイザーは素直に返事した、会いに行くのはエムロード王の所だと分かっている、たかがゾットを国王に会わせるのにゾロゾロ付いて行くことも無いからだ。
しかし当のゾットはどこに連れて行かれるかわからない、不安になって行き場所を聞くのは仕方ない。
ヨネ子はゾットの質問には返事せずゲートをサフィーアの王宮の庭に繋げた、言えば拒否されるのがわかっているからだ、この世界では平民が国王に会うことなど恐れ多くて出来ないと思っている者ばかりだからだ。
「さあ来なさい」
そう言ってヨネ子は魔法陣の中に消える、ゾットは躊躇していたがエルやエレンに促され恐る恐る魔法陣を潜った。
「こ、ここはどこだ?」
「ここはこの国の王宮よ」
ヨネ子がゾットにそう言っている間に衛兵が駆けつけて来た。
「何者だ貴様ら!どこから入って来た?」
「私は『白金神龍』のマーガレットよ、国王か宰相にマーガレットが会いに来たと伝えてちょうだい」
ゾットは衛兵に怯えていたがヨネ子は平然と用件を言った。
衛兵は直ぐに宰相の元に使いを走らせる、王宮を守る衛兵は皆『白金神龍』の事を知っているのだ。
使いに行った衛兵は直ぐに戻ってきた、そして2人を宰相の元に案内する。
「ようこそマーガレット様。本日はどう言った御用件でしょう」
「ベロラムで製塩職人をスカウトしているの。で、町長が領主の許可がいると言うので連れて来たのよ」
「そうでしたか。それでこの者がベロラムの町長ですか?」
「は、はい。私はベロラムの町長をやらせてもらっておりますゾットと申します。本日はお忙しい中宰相閣下に御目通りできました事誠に嬉しく存じます」
ゾットは慣れない丁寧な言葉で挨拶した、一介の町長は領主に会うことさえ滅多にない、なので王国の宰相の顔など知っているわけもない。
それでもこの場所が王宮だと言うのは衛兵を見て理解出来た、そして目の前にいる者はどこからどう見ても上位貴族だ、ならば本当に宰相で間違い無いと思ったからだ。
「そうですか。ゾットとやら、マーガレット様のおっしゃることは誠じゃ。付いて行くと言う者が居ればマーガレット様に預けるが良い」
「ははー。仰せの通りにいたします」
ゾットは深々と頭を下げて宰相の言葉を聞いた。
「それでマーガレット様、陛下には会って行かれますか?」
「いえ、今日はいいでしょう。世話になったわね」
「いえいえ、マーガレット様でしたらいつでも歓迎致します」
ヨネ子は宰相と別れの言葉を交わすとその場からゲートで町長宅に戻った。
「早かったわね」
「直ぐに宰相に会えたからよ」
帰宅と同時のエルの質問に軽く答えるヨネ子、それを聞いて恐縮するゾット。
ゾットとしては宰相が様付けで呼ぶ相手に普通に話しかけていたのだ、恐縮しても仕方ない。
「それでゾットさん。移住者の募集は任せても良い?」
「ははっ、明日にでも早速」
この町には旅人や商人がほとんど来ないので宿屋が無い、なので今日はこのまま町長宅に泊まる事にした。
因みに旅人が来ないのは小さな海岸沿いの街道しか無いためで、商人が来ないのは馬車で町まで塩を運んだ者達が必要な物を買って帰るからだ。




