003 ホームにて
ファティマの町を案内されレムウの屋敷で一泊した翌日、朝食時にヨネ子がエレンとミランダに言った。
「エレン、ミランダ、今日は今から新しい魔法を教えるわ、尤も新しいと言うよりこれまでの魔法の応用って言う方が正しいけど」
「はい?新しい魔法ですか?」
「それも今から?」
エレンとミランダがリレー形式で聞き返した、なかなか息が合っている。
「そうよ、先ずは実演するわ」
ヨネ子はそう言うと目の前に収納魔法の入り口を開けた、収納の入り口は縦に展開されている、そしてヨネ子はその中へと躊躇なく入って行った。
「えっ?マーガレットさん?どこに行ったんですか?」
全員収納の中に消えたヨネ子を見て驚いた。そしてエレンがヨネ子を呼んだ。
「私はここよ」
『『『『『『!?』』』』』』
全員が振り向くとヨネ子が背後に立っていた、それを見た全員驚きの表情だ。
「えっ?どう言う事ですか?もしかして転移の魔法ですか?」
真っ先に聞いて来たのはエレンだ。
「転移ではないわ。名付けるならゲートかしらね」
「ゲート?それはどんな魔法ですか?」
「これは単なる収納魔法の応用よ。収納魔法の入り口はどこでも開けるのは知っているでしょ。キチンとイメージ出来ればその場所が見えていなくても開けるのよ」
「えっ?見えて無くてもですか?でもそれでどうして移動出来るんですか?」
「貴方達は魔法の平行起動が出来るでしょ。だから目の前に収納の入り口を開いた後行きたい場所にもう一つ収納の入り口を開けば良いのよ。後はそれぞれの入り口から出入りするだけ」
「なるほど、理屈はわかりました、やってみます」
エレンは早速実践してみた、ヨネ子と同じように自分の前と後ろにゲートを開ける、エレンには後ろのゲートは見えないが他のみんなにはエレンの前と後方3メートルくらいの場所に魔法陣が浮かんだのが確認出来た、2つの入り口を作る事には成功したようだ。
「すごいエレン、ちゃんと後ろにも魔法陣が現れたわよ」
セリーヌがエレンに成功を伝える、しかし本当にゲートとして使えるかは確認が必要だ、異次元でも2つの場所が離れていては意味が無いからだ。
それを確認するためにエレンが収納に手を伸ばした、すると後方のゲートからエレンの手だけが現れた、実際に目にするとやや気持ち悪い。
しかしこれこそがゲートの魔法が成功した証拠でもある、エレンは思い切って収納の中に入る、すると今までいた場所の後方に現れた。
同じ場所でない事はすぐにわかった、入ったはずの魔法陣が目の前3メートルほどの位置にあったからだ。
今度はミランダが挑戦する、ミランダも2つのゲートを作る事には成功した、しかし2つのゲートは繋がっていなかった。
ミランダはエレンから魔法を本格的に鍛えられ始めてまだ数ヶ月だ、つまりエレンとミランダでは魔法の習熟度が違う、それが結果として現れた形だ。
だからといってそのままにするわけにもいかない、何よりヨネ子は2人に教えると言ったのだ、使えるようになるまでフォローするしかない。
取り敢えず異次元の場所が同じになるように収納に入れている物を取り出す感覚でゲートを開かせた、そして違う場所から同じ物を取り出す感覚でもう一方のゲートを開かせる。
そうする事で2つのゲートを繋げる事が出来た、後はこれを何もない場所で出来るように練習するだけだ、このままでは取り出すイメージをした物が移動の邪魔になる。
一度取り出して移動後に再収納する事も出来るが、出来ればそんな面倒な事はしなくていいようにしたい。
ただ一度出来るようになれば後は簡単だ、直ぐにミランダもゲートを使いこなせるようになった。
「どうやら2人ともゲートを習得したようね。ではこの後はエレンのゲートで貴方達のホームに向かうわよ」
「了解です」
エレンが返事した、がまだ全員揃っていないので出発(?)しない。
一泊したのがレムウの屋敷だった事もあり朝食にはレムウも参加していた、なのでこのゲートの魔法の練習も見ていた、もちろん驚きを持って。
そして何故今この魔法の練習をしたのかも理解した、帰りはこの魔法で直接ホームに帰るのだと。
「あの、それではもうお帰りになりますか?」
「ええ、世話になったわね、ありがとう」
レムウの質問にマーガレットが答えた、その後はエレンと『デザートイーグル』のメンバーもそれぞれレムウにお礼とお別れをした。
そうこうしているうちに大きな荷物を持った妖精が1人食堂に入ってきた、『デザートイーグル』のホームで雇う事になっている妖精のシェンムーだ。
シェンムーはレムウの依頼を受けた報酬として『デザートイーグル』のホームで働く事になった、なのでファティマを出る準備をしていた。
ただ荷物が大きいのはこの世界としては例外的だ、この世界は盗賊等が多いため町から町へ引っ越す場合は貴族でもない限り荷物はなるべく少なくする。
これは、荷物はミランダが収納魔法で持っていくと伝えていたので大きくなったのだ。
全員揃ったところでエレンがゲートを使う、行き先は『デザートイーグル』のホームの庭だ。
先ずはセリーヌから、リーダーだからと言うこともあるがヨネ子やシェンムーからでは使用人と偶然鉢合わせた場合不審者と思われるからという理由の方が大きい。
その後はアメリア、ユリアナ、ミランダ、シェーラと『デザートイーグル』のメンバーが続きシェンムー、ヨネ子がゲートを潜ると最後にエレンがゲートを潜り魔法陣は消えた。
「すごーい、何ですか今の魔法は?」
シェンムーが聞いてきた、シェンムーは引越しの準備をしていて、ゲートの魔法の訓練を見ていなかったので驚いた。
「ゲートと言う魔法です。これからはファティマにも直ぐに行けますよ」
エレンがシェンムーに答えていると遠くからメアリの声が聞こえてきた。
メアリは現在『デザートイーグル』が雇っているメイドだ、他にもう1人厩番のマルコと言う使用人がいるが今は馬小屋で馬の世話をしている。
「皆さんお帰りなさい。お客様もいらっしゃいませ。あの、予定より早くないですか?何か問題でもありましたか?」
「確かに早かったけど問題は無いわ。それよりマルコも呼んでくれる?」
「わかりました」
セリーヌに言われたメアリは直ぐにマルコを呼びに行った、そして全員でホームのリビングに集まった。
『デザートイーグル』のホームに初めて来たヨネ子とシェンムーは壁にかけられた2つの絵と3つの勲章を興味深そうに見ている。
2つの絵の内1枚は新旧『デザートイーグル』とその友人でドラゴンのセラフィム、使用人のメアリとマルコの集合写真いや集合絵画だ、ちなみにセラフィムは人型になれるので人型で描いてある。
もう1枚は本来のドラゴンの姿のセラフィムだ、何れも王都に居る友人の絵描きに描いてもらった。
勲章の方は3つの国からそれぞれ1つづつ、計3個の勲章を贈られていた、因みに旧『デザートイーグル』で2回、新『デザートイーグル』で1回叙勲されている。
一通り見終わるとヨネ子が『デザートイーグル』に向かって言った。
「中々良い家じゃないの」
ヨネ子としては最上級の褒め言葉だ、ただいつものように冷静に言ったのでその気持ちがどれだけ『デザートイーグル』に届いているかはわからないが。
そしてメアリが全員分の紅茶を入れたところでセリーヌがヨネ子、シェンムー、メアリ、マルコにそれぞれの紹介をした、そして今後について話し合う。
「それでこれからどうしますか?」
最初にエレンがヨネ子に聞いた。
「その前に流一の日本刀はどうしたの?流一が持ってるの?」
「いえ、ここにあります」
そう言ってかつて流一が使っていた日本刀を出したのはミランダだ、流一は帰還に際し自身の武器である日本刀をセリーヌに渡していた、しかしホームに帰るまではミランダが預かって収納に入れていたのだ。
その日本刀を丁寧に見ていくヨネ子、武器の目利きも当然のように出来る。
「じゃあ次はみんなの武器も見せてちょうだい」
ヨネ子にそう言われるとセリーヌ、アメリア、ユリアナ、シェーラがそれぞれ武器を出してヨネ子に渡した。
もちろんそれらも食い入るように見る・・・というより鑑定している。
そしてそれらの武器をそれぞれに返すと一言言った。
「先ずは魔物を狩って資金作りね」
「お金なら持ってますよ」
即座に答えたのはエレンだ、異世界から転移したばかりのヨネ子がお金を持っていないのは当然わかる、なので資金提供は当然だと思っている。
何よりそのお金は流一がリーダーの時に『デザートイーグル』として稼いだ分がほとんどなのだ、流一が居ない今その権利はヨネ子にあると思っているからだ。
しかしヨネ子はそんな物は当てにしていない、流一の物はあくまで流一の物なのだ。
「それはあなた達のものでしょ。それに私が欲しいのは氷河人のお金よ」
「えっ?氷河人の地に行くんですか?」
「そうよ、貴方が一緒なら直ぐでしょ、先ずは武器を揃えなくちゃね」
ヨネ子は地球にいる頃から収納魔法が使えていた、なのでひと通りの武器や野営道具はもちろん幾らかの便利道具も持っていた。
それでもこの世界独特のミスリルやオリハルコンといった鉱物で作られた武器の方が性能が良くなると確信した、なので最初に武器を新調しようと思ったのだ。
「なるほど、それもそうですね」
エレンは納得したが『デザートイーグル』は納得していない、しかし反対しているわけではない。
『知恵の魔法』として手助けしてくれていたことと、会っていきなりゲートの魔法を使った事からヨネ子は魔法使いであり戦闘はしないのではないかと勘違いしていたのだ。
なのでユリアナがその疑問を聞いてきた。
「あのー、マーガレットさんは戦闘も出来るんですか?」
「流一だって両方こなしていたでしょ。問題無いわ」
自信満々で答えた、まあ謙遜するような事でも無いので。
「それで、どこの魔物領域に行きますか?」
この世界の魔物は魔物領域と呼ばれる地域に生息している、基本的にはそこから出てくることは無いのだが稀にはぐれ魔物として出てくる事があるので絶対では無い。
そして魔物は強さによりランク分けされている、基本的にはランクが高い魔物ほど高級な魔石や素材を持つがこれも絶対とは言えない。
「どこでも良いけど最低でもAランクの魔物が居る所が良いわね」
「そうですか?ではまだ行ったことはありませんがここから南東に徒歩で3日ほどの所にある魔物領域ならAランクの魔物が居ます。でもそこに行く前にハンターにならないといけませんね」
「それは後でも良いわ。素材はエレンが居れば売却出来るし、差し当たって氷河人の地に行くのには必要ないでしょ」
ヨネ子としてはこの世界での身分証明書が無いのでハンターになるのは半ば決定事項だ、ハンターになればギルドタグにより身分が保証される、そうで無ければ基本的には町に入る事が出来ない。
『デザートイーグル』のホームはアルバート王国のコウェンバーグ侯爵領領都コルムステルにあるのだがゲートで来なければ本来入る事は出来なかったという事だ。
因みに出るのは犯罪者でも無ければ止められる事はまずない、出ていく者には寛容なのだ、そこまでする人員が居ないという事情もあるが。
「そうですか、じゃあ明日にでも出発しますか?」
「そうね、じゃあ明日行くわよ」
ヨネ子とエレンは翌日から狩りに行く事を決めた、しかしここでセリーヌが口を挟んだ。
「ちょっと待って。それ、私達も一緒に行けないかな?」
「何のために?」
「その魔物領域は私達も初めてだから行ってみたいの。ここを拠点にした以上これから何度も行く事になると思うし」
それからヨネ子はしばし考えた、連れて行くかどうかではない、どうすれば効率的に移動できるかをだ。
「良いわ。じゃあ明日はセリーヌ、貴方がその魔物領域まで私を案内しなさい。貴方は貴方の馬で、私は流一が使っていた馬を使うわ」
「えっ?私だけ?他のみんなは?」
当然ながらセリーヌは驚いた、『デザートイーグル』の他のメンバーだけならまだしもエレンも一緒に行かない事になったからだ。
「そんなの魔物領域に着けば私がゲートで迎えに来るわよ。それより魔物領域まで行くのは人数が少ない方が早いでしょ」
流石にこれにはセリーヌも納得した、そして改めて思った、流石『知恵の魔法』だと。
因みにゲートを開けるのは明確にイメージ出来る場所だけだ、なので今のヨネ子はファティマとこのホーム以外ゲートは繋げない。
目的の魔物領域は全員初めての場所なのでエレンもミランダもそこにゲートを繋ぐ事は出来ない、結局少人数で馬を使い向かうのが最も早く効率も良い。
翌日、ヨネ子とセリーヌは早朝にホームを出発し夕方には目的の魔物領域に着いた、徒歩3日の距離なら馬だと1日で辿り着くのだ。