029 隠し郷
「陛下、これからここで尋問を行いたいと思いますが良いですか?」
ヨネ子は隠し郷の情報を得るためハンベル辺境伯を尋問するつもりだ、とは言え本当は拷問だが。
国王と宰相もそれはわかっている、ただ通常そんな悲惨な現場に宰相はもちろん国王が立ち合う事は無い、しかし今回は国王が立ち合う事を決意した。
興味とか使命とかそんな理由では無い、巧妙な不正を簡単に暴き出せる『白金神龍』とはどんな者達か自分の目で見極めたいと思ったからだ。
「うむ、許す」
しかし宰相はそう言うわけにはいかない、なので反対する。
「陛下、なりません。そのような現場に陛下がお立ち合いになられるなど有ってはなりません」
「良い、ワシは見てみたいのじゃ、『白金神龍』の実力とやらをな」
国王は強い意志のこもった目で宰相を見つめながら言った。
その目を向けられた宰相は国王の意志をしっかりと感じ取った、なので諦めのため息を漏らしながら返事した。
「はー、わかりました、それでは私も御一緒致します」
国王と宰相の話が決まるとヨネ子は尋問、いや拷問を始める。
「さてハンベル辺境伯、ウィンス村の場所を教えてもらえるかしら?」
「ふん、そんな村など知らん」
流石に普通に聞いただけでは教える事は無かった。
「そう、知らないの?では思い出していただくわ」
そう言うとヨネ子は手始めに指の骨を一本ずつ折っていった。
ボキ
「ギャーーーー」
ボキ
「ギャーーーー」
ボキ
「ギャーーーー」
片手の指5本が折られたところでハンベル辺境伯が苦痛に歪んだ顔で言った。
「こんな事をしても知らぬ物は知らぬ」
「あら、この程度で思い出すような事ならとっくに思い出してるでしょ。本番はもう少し先よ」
そう言うと今度はハンベル辺境伯をうつ伏せに寝かせて背中をファイヤーの魔法で焼いた、うつ伏せにしたのは謁見の間を汚さないようにするためだ、場所が場所だけにヨネ子もそれくらいは気を使う。
ただ残念な事に失禁や脱糞で汚れる事は容認している、それだけはメイド達に任せるしかない。
「ぐぎゃーーーー」
ヨネ子は出来た火傷に塩を擦り込む。
「ぐあーがーぁぁぁぁ・・・・・・・」
とうとう声さえ出せなくなって来た。
「さて、食前酒とスープは終わったようなので今から前菜ね」
ヨネ子は拷問のメニューをコース料理に例えて言った、料理ならこの後の料理を期待するところだがこれは拷問なのだ、この後は更にひどくなる事を予感させる。
こうやって相手の恐怖を引き出すのも拷問の効果を上げる1つの手法だ。
「こ・・こんな・事・・・しても・・ムダ・・だ・・・」
ハンベル辺境伯が力を振り絞って知らないと訴えようとしているが、ヨネ子はそれを無視して次の拷問を始める。
次にヨネ子はディーンを使いハンベル辺境伯を無理やり立たせるとその右目に指を近付ける。
「・・・・・」
ハンベル辺境伯は直ぐに右目をくり抜かれると察して叫び出そうとしたがそれさえも出来ずされるがままだった。
「んがあぁぁ・・・」
とうとう痛みに耐えかねて失神してしまった。
「ギガヒール」
ヨネ子はハンベル辺境伯を気絶したまま治療した、当然何事も無かったように綺麗さっぱりと元の元気な身体に戻っている。
国王と宰相は拷問よりもその治癒魔法の効果の方に驚いた。
治療が終わると直ぐにハンベル辺境伯を起こした。
「何だ、俺はどうなった?何処も何ともない、あれは幻覚だったのか?」
身体のあちこちを確かめて不思議そうに呟くハンベル辺境伯、その顔は恐怖と不思議の混ざった複雑な表情になっている。
「幻覚だったら良かったのにね。さあここで貴方に質問よ」
「な、何だ?・・・・」
心が折れかけているのか、さっきまで言っていた「知らん」とは言わなかった。
「これからメインディッシュなんだけど、貴方は肉と魚はどちらがお好み?もちろん食べ切れるならどちらも提供するわよ」
ヨネ子は不敵に微笑みながら聞いた、ただ目だけは笑っていない。
ハンベル辺境伯はその顔を見てさっきまでの出来事が現実だった事を思い出した、そしてそれはまだ本当の恐怖では無かった事を知った。
さらにどんなに酷い拷問を受けようとどんなに酷い身体になろうと決して死ねず永遠に苦痛を味わい続けると言うことも理解した。
ハンベル辺境伯はそれらがわかると同時にだんだんと顔を恐怖に歪ませながら答えた。
「ウィンス村はハンバルングの北西、馬車で1日半の場所だ」
しかしヨネ子の返事はハンベル辺境伯の想像していた物では無かった。
「あら、私が聞いたのは肉と魚はどちらが好みかよ」
それを聞いたハンベル辺境伯は大声で叫び出した。
「もう止めてくれ、何でも話す、何でもする、だからもう止めてくれ、もう・・・止めて・・くれ」
最後は泣きながら訴えた。
「何でも話してくれるそうですよ陛下。聞きたい事が有ればどうぞ」
ヨネ子がそう言うと国王は他に隠している事は無いか、捕まっていない仲間はいないか、動機は何なのか等色々と聞いていたがハンベル辺境伯は言葉通り全ての質問に素直に答えた。
一通りの質問が終わるとヨネ子は次に刺客の奴隷紋を解除する事にした、ただしこれはエルとエレンに訓練がてらやらせる。
「エル、エレン、人間の身体についてはしっかり把握している?」
「ええ、大丈夫よ」
「私も大丈夫です」
エルとエレンが答える、ヨネ子は2人には徹底して人間の身体について教え込んだのだ、主に治癒魔法の向上のために。
「じゃあ先ず診断を使ってみて。身体の一部に異質な魔力が魔法陣を形作っているのが感じられるはずよ」
2人はそれぞれ刺客を1人づつ診断した。
「ああ、確かにあるわね」
「あ、有ります、私にもわかりました」
どちらもしっかり見つけたようだ。
「感じられたのなら大丈夫よ、後はそれを「転移」の魔法で体外に出すだけよ」
「なるほどね、わかったやってみるわ」
エルがそう言うと2人とも「転移」の魔法を使って、感じた異質な魔力を体外に出した。
体外に出された魔力は空気中に拡散していく、元々物質では無いので体外では魔法陣の形を維持し続ける事は出来ないからだ。
この方法なら魔法による奴隷紋を本当の意味で消す事が出来る、ただしこの世界ではこれができるのはヨネ子、エル、エレンの3人だけだ。
方法がわかったところで残りの刺客も全員エルとエレンが奴隷紋を消した。
そして次の行動に移る、今度はウィンス村を探しに行くのだ。
「エル、エレン、今からウィンス村を探しに行くわよ。後の3人はここにいてハンベル辺境伯を見張っててちょうだい」
「「「わかりました」」」
そしてゲートでハンバルング近郊へと向かった。
「あの者達はどうやってウィンス村を探すつもりなのじゃ?」
国王が残った3人に聞いた、ハンベル辺境伯をここに連れて来た経緯からハンベル辺境伯領までは直ぐに行けると思っているが、そこから馬車で1日半の場所までどうやって行くのかが分からなかったからだ。
3人をこの場に残しているからこその疑問だ、文字通りの時間で探すのなら帰ってくるまでの指示をしてから行くはずだと思ったからだ。
そしてその質問にはアスカが答えた。
「多分空から探すんだと思いますよ。私がここに残っているので」
「空から?あの者達は飛行魔法が使えるのか?」
「そうです。私はそこまで魔力が無くて使えませんから今回はお留守番です」
アスカはヨネ子とエレンが使うのは正確には飛行魔法では無いと知っている、しかし人に説明できるほど詳しく無い事とそう思われても何も問題無い事からそう答えた。
「やれやれ、お前達とは絶対に敵対しとう無いのう。それよりそう早くも帰って来れぬじゃろう、宰相よ、紅茶でも用意させてくれぬか?」
「そうですな、私も陛下と同じ気持ちです。早速持って来させましょう」
そう言うと宰相は部屋を出て行った。
ハンバルング近郊にやって来たヨネ子達は早速空から村を探すため少し広がりながら北西に向けて飛んで行った。
馬車で1日半とはいえ人目を避けるためだろうその方向は深い森になっているのでスピードが出せない、なので距離的には大した事はないようで、ほんの2時間ほどで見つける事が出来た。
嘘はついていなかったようである、尤も泣き叫んで命乞いをする状況で嘘がつけるとも思えないが。
たとえ空からだとしても場所が確認出来ればゲートは繋げられる、なので3人は一旦謁見の間に戻った。
「あら、優雅に過ごしているわね」
エレンが言った、ヨネ子とエルはそんな事を気にするような者たちではないのでスルーしていたが。
「お主達の分も用意させるゆえ一旦休め」
「そうね、いただくわ」
国王からそう言われたので遠慮無くご馳走になる事にした。
紅茶が運ばれて来て3人が一服するとヨネ子が話し出した。
「ウィンス村は見つけて来たから直ぐにでも行けるわ。それで、常駐の兵士が200人ほど居るけど反抗した時はどうしますか?」
国王に聞いた、ヨネ子としては反抗されるのは決定事項だ、何せハンベル辺境伯が捕まっている事を知らない兵士にすればウィンス村を知った者の排除は優先順位の高い命令だろうから。
「うーむ、出来るだけ生け捕りにしてもらえぬか?兵士はこの者の命令だから戦っておるに過ぎんはずじゃから」
国王としては命令に従っているだけの兵士を犯罪者的な扱いにはしたくないようだ、ハンベル辺境伯家は取り潰しは免れない、そうなると他の貴族に任せるにしても王家の直轄地にするにしても兵士は必要だし、下手に殺したりしてその家族や親族から恨みを買えば統治がその分大変になるからだ。
「わかったわ、出来るだけと言う事でそうしましょう」
ヨネ子はそう答えると『白金神龍』+ディーンだけで作戦会議をした、もちろん反抗されるのがわかっているからだ。
作戦会議の間にスクレは他の仲間に状況を説明していた、さすがに全員目の前に居るのが国王と宰相と聞いて恐縮していた。
「では行きましょう」
「「待ってくれ」」
ウィンス村解放に向かおうとしたヨネ子達を呼び止めたのは国王とスクレだ、国王は気にしていないがスクレは声がそろってしまった事に恐縮している、国王の邪魔をしたような気分になったからだ。
なので最初に国王が話し始める。
「ワシも連れて行ってくれぬか?」
この発言には宰相が噛みついた、まあ役職柄当然と言えば当然だが。
「陛下、なりませぬ。この者達が向かうのは戦場ですぞ、いくら何でも危険過ぎます。お立場と言う物をお考えくださりませ」
しかしそれに答えたのはヨネ子だった。
「だったら宰相も一緒にどうですか?そんなに時間はかからないし、この部屋から行くので誰にも見つからないわよ」
ヨネ子的に国王は新しく作る国の国民募集を容認してくれる謂わばスポンサー的な存在なのだ、なので少しくらいは我がままを聞いても良いと思っている。
その後結局2人で行くと言う事で宰相が折れた。
「俺、いや僕たちも連れて行って下さい」
今度はスクレが言ってきた、他の刺客達も頭を下げている。
「じゃあ代表してスクレ、あなただけ連れて行くわ」
スクレだけにしたのは暴走されると面倒だからだ、もし兵士たちが村人に危害を加えようとしたときに全員冷静にヨネ子の言う事を聞くとは思えなかったからだ。
他の刺客達はなおも食い下がったが結局スクレが代表と言う事に納得した。
「そうそう陛下、せっかくなので仕事を1つ頼みます」
「仕事?なんじゃ?」
「ウィンス村でスクレが暴走しそうになったら止めて下さい。邪魔になりますので」
「そんな事か、良いじゃろう」
スクレは複雑な顔をしていたがそれ以上は何も言うこともする事もなかった。
全ての話しが決まるとウィンス村の側までゲートで向かった、そして全員で歩いて村に向かう。
当然ながら兵士に見つかり呼び止められた。
「お前たちは何者だ、ここへ何しにやって来た」
「私達はこの村を解放しに来たのよ。貴方達の主人のハンベル辺境伯は失脚したからね」
「なにを言っている、そんな事あるわけないだろう」
いきなり主人が失脚したと聞いても信じられる訳はない、準男爵や男爵のような下級貴族ならまだしも独自の兵力を持つことさえ許されている辺境伯という立場の貴族がそう簡単に失脚するなどにわかには信じられるはずもない。
「でも事実は事実よ。どうするの?素直に解放するの?しないの?」
領都まで馬車で1日半の場所である、直ぐに確認が出来ない以上答えは決まっている。
「敵襲だー!」
ヨネ子達を誰何した兵士は大声で仲間に知らせた。
それを聞いた兵士たちは直ちに臨戦態勢をとる、そして付近に仲間が居ないのを確認してから200人程の兵士全員が集まって来た。
「じゃあ、エル、アスカ、ディーン、ちゃんと手加減するのよ」
「「「了解」」」
その兵士たちに突撃する3人、アスカとディーンは訓練のためだがエルは手加減の練習に行くと志願したので任せた。
エルは当然だがアスカとディーンも修行の成果を遺憾無く発揮している、最初こそ3人だけだと侮っていた兵士達も次第に恐れ出した。
それを見ていた指揮官が10人ほどの兵に村人を連れてくるように命令した、このままでは不味いと思い人質をとる事にしたのだ、兵士とは思えない姑息さだ。
10人の兵士がそれぞれ1人づつ首筋に剣を当てて村人を連れてくると指揮官が叫んだ。
「止めろー。これが見えるか?それ以上戦うならこの村人から殺すぞ」
それを見たスクレは怒りに我を忘れて飛び出しそうになった、しかしそれを国王がヨネ子に言われた通り静止する、ただその国王の腕も怒りに震えていた。
この場面の示す通りヨネ子はこの事態を想定していた、なので慌てることもない。
「みんなその男の言う事は気にしなくても良いわ。私が人質など許すはずはないでしょう?」
「さすがマーガレットだね」
「安心して戦えます」
「頼もしい師匠だ」
3人はそれぞれ感想を漏らすと戦闘を再開した、この事態は作戦会議で想定され対策も聞かされていたからだ。
これには指揮官も驚いた、指揮官だけで無く国王、宰相、スクレの3人もだが。
「こうなったら村人を殺せ、見せしめだ。脅しでは無いところを見せてやれ」
怒鳴り散らす指揮官、しかしそれに兵士は反応しない、それどころか人質をとっていた兵士は1人また1人と倒れて行った。
「な、な、な・・・何が起きている?」
あまりの出来事に惚ける指揮官、国王、宰相、スクレの3人も何が起きたのかわからない。
誰にもわからないのはヨネ子がそうしたからだ、ヨネ子は国王達3人の前に背を見せて立ち手元を見せないようにした、そして自分の前にエレンを立たせて兵士の方からも手元が見えないようにした、そうして隠したヨネ子の手には二本の先の尖ったスポークのような暗器が握られていた。
後は自分の手元と人質をとっている兵士のうなじの部分を極小さなゲートで繋ぎその暗器で兵士の延髄を突き暗殺して行ったのだ。
そのため兵士は何も分からず声さえ出せずに絶命していった、ヨネ子にかかればものの1分も要らない作業だ。
しかしわからないこそその恐怖は増加して行く、指揮官は勝手に妄想し勝手に自滅した、ようするに降伏した。
その後はヨネ子、エル、エレン、アスカの4人で一旦兵士を全員王都に移動させてからブレイザーと8人の刺客を連れてウィンス村に戻って来た、国王と宰相も交えて交渉するのだ。
もちろん2人の身分はごまかしている、そうしなければまともな話し合いにはならない。
結果、村人全員新しい国の国民になる事を承諾した、国王と宰相も実際に無理強いでは無く交渉で決定したところを確認したので何も言えなかった。
交渉が終わると後日迎えにくる事にしてその日は王都に帰った、もちろんスクレ以下刺客達は村に残っている。




