024 奴隷解放
「それではこれをお持ち下さい」
ヨネ子はティグレから紹介状を受け取った、王都ベイルーンの小さなレストランの主人宛だ、そのレストランがベイルーンでの違法奴隷の窓口になっているのだろう。
宿に帰ると全員が食堂でヨネ子の帰りを待っていた、奴隷達は部屋に入りきらないので食堂を借りたのだ。
「じゃあ一旦マレロ村に行くわよ。エルとエレンとアスカはゲートを繋いでちょうだい」
「わかった」
「「わかりました」」
マレロ村はバーニア子爵領で借りた村の1つだ、そこへ21人の奴隷を預ける。
奴隷達がゲートの魔法に驚いているがそこはスルーする、そして広場とまでは言えないが少し開けた場所に全員を集めた。
「これから貴方達にはしばらくここで暮してもらいます」
ヨネ子が奴隷達に向かって言った、それを聞いた奴隷達はザワザワと騒いでいる、そしてその中の一人が質問して来た。
「私達はここで何をさせられるんでしょうか?」
「貴方達にはこれから未開地の開拓の訓練をしてもらいます。ただしまだ人数が少ないので数日は村の人達のお世話になっていて下さい」
ヨネ子はベイルーンで違法奴隷の組織を潰して何人か連れて来てから本格的に活動させるつもりだ、予定ではそれまで数日、それくらいならこの奴隷達だけ先に何かをさせる必要も無いと考えている。
奴隷達への説明が終わると村長にもお願いして一旦ラタンに戻った。
「明日は街を出てベイルーンに向かうけど、アスカとブレイザーはマレロ村に行って奴隷達の面倒を見ててちょうだい」
「私はブレイザーさんを送るだけでは無いんですか?」
アスカが聞いて来た、戦闘力を考えれば足手まといにはならないとの思いがあるからだ。
「アスカは目立つからね、今回はこちらの動きを悟られないように動きたいの」
「わかりました、そういう事なら仕方ないですね」
アスカは納得した、自分が目立つことは自覚しているので納得しないわけはない。
翌朝、宿を引き払うとアスカとブレイザーはマレロ村へとゲートで向かった、ヨネ子達もエレンのゲートでベイルーンの街の近郊まで向かった。
この世界では国境と首都は出入り両方を管理しているがそれ以外ではほとんどが入場審査だけしか行われていない、なので街の中から何処へ向かっても首都以外ならあまり問題にはならない。
ラタンからベイルーンまでは馬車なら2日の距離にある、なのでそれより早く行くと怪しまれる、それでもゲートで来たのはもちろん調査などそれなりの準備をするためだ。
ベイルーンに入ったヨネ子達は早速リンクウッド商会を訪れた、商会ぐるみの犯行では無いにしても店の関係者が全員無関係とは限らないからだ、しかしヨネ子の所見は完全な白だった、ベイルーンの店の方は違法奴隷売買に全く関与していない。
その後は紹介状をもらったレストランをそれとなく調べる、レストランの主人は犯行に関わっているだろうが店の作りはいたって普通のレストランだった。
なので今度はレストランの主人の行動を調べる、すると奇妙な事が1つわかった、レストランの主人は準男爵の1人とやけに親しいらしいのだ。
その準男爵は領地を待たない法衣貴族のためベイルーンに住んでいるのだが、その身分の割には裕福な生活をしているらしい。
住んでいる家は土地こそ広いが大きな倉庫と準男爵らしい大きさの屋敷が建っているだけで一見普通の貴族に見えるが屋敷の中は準男爵にしては豪華なようだ。
さらにその倉庫を探ると予想通り地下に奴隷の収容施設があり、現在4人の奴隷が囚われている事がわかった。
そしてその準男爵はスラムを拠点とするマフィアのような裏の組織と繋がっている事もわかった。
全ての情報を整理すると、違法奴隷を集めるのがティグレ、表の窓口がレストランの主人、黒幕でありベイルーンでの奴隷保管場所が準男爵、奴隷の管理や輸送が裏の組織と言う構造になっているようだ。
調査が終わるとヨネ子達は王宮に向かう、今回もエレンと『デザートイーグル』の名前を使い国王に会うのだ。
最高権力者を使えば事が早く終わると言う事もあるが、最大の理由は本来の目的を達成しやすくするためだ。
脅しや弱みを握ってというわけでは無いが、王都での組織的な犯罪行為を解決すれば印象も良くなるし「報酬代わりに何か」となりやすい。
王宮ではすんなりと国王への謁見が実現した、エレンと『デザートイーグル』の名前の効果は素晴らしい。
「お久しぶりでございます陛下」
エレンが最初に挨拶した。
「そんなに畏まられてもこちらが困る、普通に話せ」
ここは謁見の間であり居るのは国王と宰相以外は近衛兵が3人だけだ、なので気軽に話をしても問題無い。
「ではお言葉に甘えまして。私は今『デザートイーグル』を抜けまして『白金神龍』というパーティーに居ます。それでこちらがリーダーのマーガレット、メンバーのエル、それからこちらの男性はメンバーでは無く2人の弟子でディーンと言います」
「ほう?ハンターなのにハンターでは無い者が一緒とは変わっておるな。それで?今日はどんな用件で来たのじゃ?」
「用件は2つ、1つ目は違法奴隷の密売組織の情報よ」
ここからはヨネ子が話をする。
「何?違法奴隷とな?詳しく申してみよ」
ヨネ子は調べた情報を全て公開した、黒幕は法衣貴族の準男爵と言う事、リンクウッド商会ラタン支店の支店長が仕入れ担当だと言う事、ベイルーンのレストランの主人が販売窓口になっている事、管理や輸送にスラムの裏の組織が絡んでいる事、ラタン支店の地下と準男爵の倉庫の地下に違法奴隷が捕らえられている事、さらに知り得た裏の組織の構成員と奴隷を買った顧客まで全てだ。
ヨネ子的には違法奴隷の密売組織が潰されればそれで良い、それを自分達の功績にする事など考えていない、それよりもその手柄を王国に渡して交渉で譲歩させる方が都合が良い、そう考えたので全ての情報を公開したのだ。
「何と、この王都でそんな事が行われていたとは・・・許せぬ。直ちに引っ捕らえて厳罰に処せ」
国王は宰相に向かって怒りを込めて言った、それを聞いた宰相は直ちに謁見の間を出て警備兵に捕縛の指示を出しに行った。
「それで、もう1つは何かな?」
まだ少し怒り気味で聞いた、ただ怒っているのは違法奴隷の密売組織に対してなので話をするのには問題無い。
「私達はこれから国を作るつもりなの。それで国民予定者の教育に協力してほしいのよ」
「国を作る?どこかの国を奪うつもりか?」
「いいえ、フィールマ大森林から南に向かって海までどこの国にも属さない土地が広がっているでしょ。そこを開拓するのよ」
「何?あそこは魔物の巣窟でどの国も手を出せずにいる場所だぞ。そんな所を開拓して国を作ると言うのか?」
「そのつもりよ。だから開拓の準備や訓練など実際に開拓を始めるための教育に力を貸してほしいのよ」
「そうか、それで国民はどうやって集めるのじゃ?」
「それはいろいろね、一応あちこちでスカウトするつもりだからそれも了承してほしいわね」
「それは・・・国としては国民が減る事を許容する訳にはいかんのだが?」
「国が困るほど引き抜くつもりは無いわ、それに無理強いするつもりも無いしね。どの道毎年税金が払えずに捨てられる人も多いんだから税収に影響はほとんど無いわよ」
国王としては受けるべき提案では無いのはわかっている、しかしヨネ子の言う通り毎年多くの国民が税金を払えずに路頭に迷っていると言うのも事実であった。
そして真面目なものは借金奴隷に、子供は捨て子に、老人は棄民になっている事も知っているしその事が盗賊を増やす原因となっている事も知っている。
しばし考えて出した結論は。
「わかった、税収に影響が無い範囲という事で許可しよう」
その後は宰相が帰ってくるともう少し詳細に話を詰めた、国や貴族領の重要な役職に就いているものは引き抜かないとか税収に影響の無い範囲は具体的にどれくらいかとか具体的な協力内容とかについてだ。
「最後に、保護した違法奴隷の内何人かを連れて行ってもいいかしら?」
「それは国民候補としてかね?」
「そうよ」
「わかった」
国王は、無理強いはしないと言っていたので問題は起こらないだろうと思い了承した。
4日後、ラタンで保護された奴隷も王都に運ばれて来たのでヨネ子達が会いに行った。
保護された奴隷は全部で9人、内獣人が5人居る。
人間4人は全員少女だった、法を犯してまで捕まえるのだから高く売れる者を捕まえるに決まっている。
獣人は男の子4人に女の子1人、こちらは亜人差別による虐待目的で購入する者が多いので丈夫な男が多い。
どちらも攫うのが簡単でその後も扱いやすいので子供だけなのも納得出来る。
少女4人のうち2人は身元が判明して親元に帰されることになっているが、2人はいわゆる捨て子のためヨネ子達が引き取る事にした。
獣人は3人が兄弟で親は殺されたらしい、残り2人もそれぞれ親は殺されたらしい、子供しか要らないとは言え酷い事をする。
当然その5人もヨネ子達が引き取る事にした。
その後ヨネ子の目論見通り組織は王国の手によって壊滅した、そして首謀者とその一味は全て処刑された、奴隷を買った者にも罰が下された。
この手柄は全て国王と王国警備兵が受ける事になった、まさにヨネ子の想定通りの結末だ。
新たに奴隷7人を得たヨネ子達は早速ベイルーンから出てマレロ村に向かった、ベイルーンから出たのは王都のため入った記録が残っているからだ、ベイルーンから出た記録の無いままでは他の街の入場審査に引っかかるので仕方ない。
ヨネ子はマレロ村に着くと直ぐに全員を集めた、合計28人居る。
「この中で奴隷紋の付いていない者は手を挙げて」
ヨネ子がそう言うと合法奴隷2人と違法奴隷の7人が恐る恐る手を挙げた、違法奴隷は全員まだ奴隷紋を施されていないようだ。
「じゃあ奴隷紋のある者は全員こっちにいらっしゃい。エレンとエルは一緒に来て、他は今日はもう自由にしてて良いわよ」
ヨネ子はそう言うとエルとエレン、そして奴隷紋のある奴隷を村から借りた家の1つに連れて行った、これから奴隷紋を消すのだ。
奴隷達はそんな事とは知らないのでビクビクしている、奴隷紋の有無を聞いたので無い者が奴隷紋を入れられると思ったのが連れてこられたのは奴隷紋のある方だったので何をされるか予想がつかないからだ。
「エル、エレン、これから全員の奴隷紋を消すから手伝ってもらうわよ」
「それは良いけどどうするの?」
エルが聞いた、エレンも知りたいのでヨネ子の答えを待っている。
「先ず私が痛みを消すから、エルとエレンは奴隷紋をナイフで皮膚ごと削り取ってヒールで治してちょうだい」
「痛みを消す?そんな事出来るの?」
「1人やって見せるから見てなさい」
そう言うとヨネ子は先頭にいた奴隷を呼んだ、そして首の所に手を当て診断する、そして痛覚神経の場所を正確に特定するとその神経を切断した。
これは現代で『コールドトミー』と呼ばれる手術だ、1度切断された神経は接合出来ないため現代ではほとんど行われる事は無いが、この世界では治癒魔法での接合が可能なため躊躇う必要はまったく無い。
神経を切断した後はナイフで奴隷紋のある場所の皮膚を抉り取った、もちろん奴隷は全く痛みを感じていない。
ただこの世界の刺青は入れ墨と言うよりタトゥーに近い、つまり彫られている深さが浅いのでその分傷も浅い。
そして当然痛く無いだけで出血は傷に合わせて大量に出る、なので直ぐに治癒魔法で傷を塞ぐ。
全てが終わるとヨネ子は再び首筋に手を当て痛覚神経を再接合した。
「どう?わかった?」
「凄いね、本当に痛みだけ消せるんだ。今度それも教えてもらえる?」
「もちろんよ、これからも奴隷をどんどん受け入れるつもりだから覚えてもらうわ。もちろんエレンもね」
「わかりました、頑張ります」
奴隷紋の付いた奴隷の内2人は刻印魔法による奴隷紋だったので残り16人の奴隷紋を3人で協力して消して行った、最後に刻印魔法はヨネ子が魔法で解除した。
全てが終わった後一人の奴隷がヨネ子に質問してきた。
「あのー、どうして奴隷紋を消してくれたのでしょうか?私達は貴方様の奴隷では無いのですか?」
「そうよ、私達は貴方達を奴隷にするつもりは無いわ。私達はこれから国を作るの、貴方達はその国の国民になるのよ」
「では・・・もう奴隷として扱われたりはしないのですか?」
「そうよ、ただ国はこれから作るんだから貴方達にはしっかり働いてもらうわよ」
「もちろんです、ありがとうございます、ありがとうございます」
元奴隷達はヨネ子の返事を聞くと涙を流しながら隣同士抱き合って喜んだ。




