022 バーニア子爵領へ
ディーンの剣を買いに向かった先はもちろん氷河人の街ボレアースだ、ヨネ子が買うならドワーフの鍛えた逸品しかない。
「こ、ここはどこですかな?」
ディーンが聞いた、ディーンとブレイザーは氷河人の町は初めてだし、何より氷河人と言うものが存在している事すら知らない。
この世界の人間は氷河の奥地に氷河人が住んでいることはごく一部を除いて知らない、そしてそこには人間とドワーフが共存しているのだが、人間はドワーフを絶滅したと思っている。
それだけにディーンとブレイザーの驚きは想像に難くない。
「ここはボレアース、氷河の奥地にある氷河人の町の1つよ」
ヨネ子が答えながらグレンデル工業へ向けて歩き出す、それを追うように全員ヨネ子についていった。
「こんにちわ。また武器を作ってもらいに来たわ」
「おうお前さんか、今日はまた随分と大人数だな。それで今度は何を作って欲しいんだ?」
「今度は両手持ちの大剣よ」
それを聞いてグレンデルはジロリとディーンを睨む。
「こっちの兄さんのだな」
「そうよ、料金はいくらになる?」
「そうだな100万で良いぞ」
氷河人の地のお金の単位はダグマと言い、1マニ=10ダグマくらいだ、なので100万は日本円に換算すれば1000万円くらいの価値になる。
「わかったわ。それから話は変わるけど貴方の弟子でそろそろ独立するような人はいない?」
ヨネ子はせっかく氷河人の地に来たので氷河人の技術者を国民に勧誘出来ないかと考えたのだ。
「今すぐにでも良いのが1人いるな、後俺の見立てでは3年以内に独立させても良いのが2人ってところだ。そんな事聞いてどうするんだ?」
「スカウトしたいのよ」
「人間の国に連れて行くってことか?」
「今すぐって訳じゃ無いけどね」
「そうか、独立するようになれば何処に行こうと本人の自由だ。手は貸さんが勧誘は止めはせん」
「そう、ありがとう」
ヨネ子はそう言うと工房の中を見渡した、そして1人のドワーフの元に向かう。
「貴方名前は?」
「ゲブラスと言いますが、俺に何か?」
「貴方を勧誘したいのよ、独立したら私達の元に来てくれない?」
早速勧誘を始めたヨネ子を見て慌ててグレンデルが口を出した。
「おい、なんでそいつに声をかけた?」
「だってこの中で3番目に腕が良さそうだったもの、3年以内に独立出来る可能性のある弟子の1人でしょ」
「お前さん、強ええだけじゃ無えんだな」
グレンデルは驚いていた、確かに近々独立出来る者が3人とは言ったがそれが誰かを教えていない、なのに正確にその弟子を勧誘したからだ。
しかも一番弟子と勘違いしたわけでもない、正確に弟子の中で3番目と見抜いていたからだ。
「そうね、でもこれくらいエルにもわかるわよ」
「こっちのお前さんソックリの嬢ちゃんもかい?」
グレンデルは訝しむように聞いた。
「そうね、一番弟子はあの人。2番目はそっちの彼女ね」
エルは工房の端で黙々と槌を打つ青年とその青年から少し離れた場所にいた職人を指差して言った。
2番目と言われた職人は工房の中では男の格好をして男として働いていた、その事を知っているのはこの中でグレンデルだけだ、なのでそれを指摘されたグレンデルはさらに驚いた。
「お前達は何者だ?」
「ただのハンターよ」
グレンデルは『そんなわけあるかー』と叫びそうな気持ちを落ち着けて諦めるように言った。
「勧誘は止めねえ約束だからな」
その後はゲブラスの勧誘を続ける、その甲斐あって独立後はヨネ子達の元に来てくれる事になった。
「貴方の名前は?」
今度は2番目に腕の良い女性を勧誘する。
「フィオと言います」
女性の職人はここで名乗っている男性名を答えた。
「本当の名前は?」
フィオと名乗った職人はそう聞かれて女性だとバレている事を悟った、割と頭も良いようだ、そして素直に答える。
「フィエナです」
「そう、ではフィエナ一人前になったら私たちの元に来てくれない?」
「どうして私なんですか?私より腕の良い職人は他にいますよ」
「貴方が一番器用そうだったからよ」
「器用そう?何故それが理由なんですか?」
「私達はこれから国を作る予定なの。そこでは武器や防具だけで無くそれこそいろんなものを作ってもらわないといけないわ、だからこそ器用で柔軟な考え方が出来る鍛治職人が必要なのよ」
「武器や防具を作るつもりは無いと?」
「いいえ、それはさっきゲブラスを勧誘したわ」
「ゲブラスさんを?そうですか、でも武器や防具以外で私に作って欲しい物って何ですか?農具とかならそれなりの職人は居ますよね」
「そうね、では早速1つ作ってみる?」
「私がですか?」
「そうよ、今の貴方でも作れる物よ」
「そんな勝手な事、親方に叱られます」
「いや許可しよう、お前さんが作って欲しい物ってのに興味がある」
グレンデルは勧誘の様子を伺っていた、弟子の将来がかかっている事なのだ、勧誘を止めないとは言ったが理不尽な事を言ったりしたりすれば介入するつもりだった。
グレンデルの許可が出たのでヨネ子がフィエナに指示したのは「ネジ」だ、この世界ではまだ発明されていない、綺麗な螺旋を刻む事が難しいのでこの世界の職人では作る事が難しいのも未だ発明されていない理由だ。
ヨネ子はフィエナの器用さならそれが出来ると考えた、ただいきなり繊細な物は無理がある、なので最初と言う事もあり長さ15センチ、直径1センチほどの大きな物を作らせた、因みに傘の部分は直径1.5センチでマイナスの溝を付ける。
フィエナはものの数十分で言われた通りのネジを作った。
「こんな物で良いの?」
「初めてならこんな物でしょうね」
「これが「ネジ」とか言うものか」
グレンデルが感心して見ている、形状から既に釘のような使い方をする事も釘よりも強力な事も、何より何度もやり直しが効く事も看破した。
「そうよ、他にもいろいろこの世界に無いものを作ってもらう予定よ」
「そうか・・・・・なあ、相談なんだが、お前さんがフィオに作って欲しい物ってな俺たちにも作らせてもらえねえか?その代わり他の工房にも話してそれなりの数の職人をお前さんに預ける事にするがどうだ?」
グレンデルも一流の職人である、「ネジ」1つでヨネ子の作って欲しい物が自分達にとっても便利な物だと看破した、だからこその提案である。
「それはありがたいわね、でもまだ先の話よ、先ずはゲブラスとフィエナを一人前に育てて頂戴、話はそれから」
「ああ、そうだな。任せておけ」
話が纏まるとヨネ子達は工房を後にした、次に向かうのはもちろん素材ギルドだ、グレンデル工業に支払うお金が必要だから。
素材ギルドではエルとディーンの狩った魔物だけを売った、それで事足りたからと言う事もあるが、ディーンの武器なのでディーンが倒した魔物の代金で無ければディーン自身が納得しないと言う理由の方が大きい。
ディーンは真面目と言うか律儀な性格なのである。
その日はいつもの『熊熊亭』に宿泊する、そして翌日ディーンの武器を受け取りに行く。
「剣は出来てる?」
「ああ、待ってたぜ」
ヨネ子はいつものように確認すると魔法陣に魔力を注ぐ、ディーンの剣に付けたのはお馴染みの『自己修復』と『魔法障壁』である。
ディーンはハンターではなく剣士なので単独で戦う事が多くなる予定である、なので物理攻撃には遅れをとる事が無くても遠距離からの魔法攻撃には対処が難しいための対策だ。
「相変わらず良い出来ね」
「お前さんに褒められるのが他の誰に褒められるより嬉しいぜ」
いかにも一流同士の会話だ。
「昨日の話はまた近い内に相談に来るわ」
「おう、こっちも早速他の親方衆に話をしておくぜ」
グレンデルとの話も終わり、ヨネ子はディーンに剣を渡す。
「ディーン、この剣に恥じないようにね」
「はっ、ありがとうございます」
ディーンは両手で恭しく剣を受け取った。
そしてグレンデル工業から出るとそのままボレアースも後にする。
「エレン、このままバーンブルクに向かうわよ」
「わかりました」
そう言うとエレンはバーンブルクまでのゲートを開いた、この中でバーンブルクに行った事があるのはエレンだけだからだ。
ヨネ子一行はバーンブルク郊外にやって来た、やはり町には基本的に歩いて入る方がいい。
バーンブルクは子爵領の領都ではあるがあまり大きな町では無い、なので城塞はなく簡単な動物避けの柵だけで守られている、戦争が起こってもここまで攻められる想定はされていないのだろう。
ヨネ子達はエレンの先導でバーンブルクに入る、そして一直線に領主館に向かった。
そこには領軍の兵士と思われる2人の男が立っていた。
「イリアさんはいますか?」
エレンが聞いた、男達は新人なのだろうエレンの顔を知らない、なのでエレンは「知人」をアピールするためにあえて「領主」や「子爵」と言わずに名前で尋ねた。
男達も自分達の主人を名前で呼ぶ者など初めてだったので直ぐに知人ではないかと思い至った、しかしだからと言ってそのまま素直に返事をするのは子供の使いと同じだ。
「どちら様でしょうか」
「元『デザートイーグル』のエレンです」
「少々お待ち下さい」
新人とはいえ流石に『デザートイーグル』の事は知っている、しかし初対面だからこそエレンの話が本当か確かめる必要がある、なので『デザートイーグル』の事を知っている仲間に聞きに行った。
相談を受けた仲間の兵士は遠くからヨネ子達を確認した、そして確かに先頭のエレンだけは見た事があると教えてくれた。
なので今度はその足で領主の元に報せに行った、イリアは領主館に居たのだ。
「子爵様、ただ今『デザートイーグル』のエレン様とおっしゃる方がお仲間と思われる方々とやって来ておりますがいかがいたしましょう」
「エレンさんが仲間と?『デザートイーグル』では無いのですか?」
「はっ。小隊長に確認したところ知っているのはエレン様だけとの事でございます」
「そう、でもエレンなら心配無いわ、ここへ通して頂戴」
「かしこまりました」
そう言うと兵士は戻ってヨネ子達を領主館の応接室へと案内した。
「イリアさん、お久しぶりです」
「久しぶりねエレンさん、それで他の方々を紹介してもらえる?」
イリアはヨネ子達を見ながら、特にアスカに目を奪われながら聞いた。
「いえ、自己紹介するわ。私はマーガレット、流一の双子の妹よ」
「まあ、流一さんの?この領は今流一さんの教えてくれたウイスキーとブランデーを作っているのよ、始めたばかりでまだ最初の出荷も出来ていないんだけど初めてのお酒だから期待が持てるわ」
ウイスキーとブランデーの作り方を教えたのは本当はヨネ子だ、なのでイリアから説明されるまでもなく知っている、しかしイリアはその事を知らないので流一に変わりヨネ子に感謝を告げたのだ。
「次は私ね。名前はエルよよろしく」
エルは言葉少なめに自己紹介した、と言うより神龍である事を伝えないのであれば他に言う事は何も無い。
「あの、エルさんも流一さんの兄妹では無いんですか?マーガレットさんとソックリなんですが」
その質問にはエレンが答えた。
「イリアさん、イリアさんだけには教えておきますがエルさんはマーガレットさんの姿に変身しているんです。だからソックリなんですよ」
「変身って、もしかしてセラフィムさんと同じ上位龍なの?」
イリアも『デザートイーグル』の友人である上位龍のセラフィムの事は知っている、なのでそう思ったのだ。
「いえ、エルさんはその上、神龍です」
「えっ!?」
驚いてエルを凝視するイリア、右手が口元を隠しているところが女の子らしい、大きく開けてしまった口を見られないようにとの心理が働いている。
「まあそう言う事ね」
当のエルはあっさりと答えた。
「次は私ね、スノーサーベルタイガーのアスカです。これでもれっきとしたハンターですよ。よろしくお願いします」
「ええっ!?喋れるの?」
アスカの挨拶にはさらに驚いた、イリアは良い意味で常識人なのでアスカは誰かがテイムしていると思っていたからだ。
アスカもその手の驚きにはもう慣れてしまった、なので大人しくイリアが現実に戻って来るのを待っている。
「ああ、ごめんなさい。アスカさんねこちらこそよろしく」
やっとイリアが戻ってきたので自己紹介が続く。
「私は剣士のディーン=ベネディクトです、今はマーガレット様エル様に弟子として鍛えていただいています」
「そうディーンさんね、機会があれば手合わせをお願いしたいわ」
「はっ、機会がありましたならぜひ」
「最後は私ですね、『白金神龍』専属料理人のブレイザーと言います。よろしくお願いします」
ブレイザーはヨネ子達の非常識さに慣れ始めたのか、これまでは貴族相手だと萎縮していたのだが子爵本人であるイリアを前に堂々とまでは行かないまでも普通に挨拶が出来た。
「専属料理人ってすごいですね。なんだか貴族みたい。それより『白金神龍』って何ですか?もしかしてエルさんの事ですか?」
この質問にもエレンが答えた。
「確かにエルさんの事でもありますが今私たちが組んでいるパーティーの名前です」
「みんなで組んでるの?」
「いえ、リーダーがマーガレットさんでメンバーはエルさんとアスカと私の4人です」
「ああ、そう言えばディーンさんは剣士って言ってわよね、アスカさんもハンターだって」
自己紹介が終わると本題に入っていく、エレンがここバーニア子爵領に来たかったのは国家建設に協力してもらいたかったからだ。
先ずヨネ子が言った、国民予定者の教育と訓練の場として村を借りたいと言うことの協力をだ。




