002 マーガレット始動
転移したヨネ子の隣でしばらく呆けていた少女は緑の長い髪と緑の瞳からエレンだとわかった、兄流一がリーダーを務めたハンターパーティー『デザートイーグル』の魔法使いだ。
それを魔法陣の外から見つめているのが現在の『デザートイーグル』の5人、それぞれの名前はリーダーのセリーヌ、メンバーのアメリア、ユリアナ、ミランダ、シェーラ、もちろんヨネ子は全員流一からの報告で知っている。
そしてヨネ子の隣に居たエレンは流一と共に転移出来なかった事を理解するとその場で泣き崩れた、ヨネ子はそれを黙って見つめている、そして何故隣にいるのか考えている。
『デザートイーグル』の5人はヨネ子が転移して来た事に驚いていたが、それ以上に転移出来なかったエレンが泣き崩れる様に驚き何も出来ずに見守っている。
ヨネ子は直ぐに一緒に転移するつもりだったのはわかった、だが何故そんな事をしようとしていたのかわからなかった。
だがそれは仕方がない、実は流一はこの世界の事をほとんどヨネ子にメールで報告していたが重要な事を1つだけ隠していた、それはこの世界でエレンと結婚した事だ。
流一はヨネ子と双子なのでまだ18歳の高校生、エレンは15歳でこの世界では成人だが日本ならまだ中学生だ、なので年齢的に結婚に反対されると思い報告しなかった、地球に帰還してから報告しようとしていたのだ。
しばらく泣き崩れたエレンを見守っていたヨネ子は、まだ復活していないエレンに声を掛けた。
「エレン!」
『『『『『!?!?!?!?!?』』』』』
尚も泣き続けるエレン、しかしそれを聞いた『デザートイーグル』は全員驚いた、ヨネ子がエレンの名前を知っていたからだ。
流一は『デザートイーグル』のみんなにヨネ子の事を教えていない、ヨネ子とのメールは最後まで『知恵の魔法』で通したからだ、なので全員驚いている。
しかしエレンにだけは結婚した後に『知恵の魔法』は妹のマーガレットにアドバイスを受けていた事だと教えていた。
ヨネ子は泣き続けるエレンの胸元を掴んで無理矢理立たせた、そして怒鳴る。
「エレン!しっかりなさい」
エレンはいきなり強い力で無理矢理立たされた事でやっと現実に戻って来た。
「あ、あなたは誰ですか?」
「私はマーガレットよ」
それを聞いたエレンは驚いた、自分の名前を知っていた事ではない、名前しか知らなかった義理の妹が目の前に現れた事にだ。
そして今度はヨネ子に抱きついて泣き始めた。
「流一さんが、流一さんがぁぁぁ」
ヨネ子は普段なら人に抱き着かせたりはしない、そんな事をすれば即殺している。
しかしエレンに限っては異世界を棄てて日本に来ようとしていた事が分かっていたので流一と結婚しているとまでは考えていなくとも大切な人なのだろうと思い抱き着かせた。
さらにしばらく泣いた後エレンを宥めて話しを聞く。
「それで?何故貴方は私達の世界に来ようとしたの?」
「それは、私は流一さんと結婚したからです」
この解答には驚きより納得した、生まれ育った国どころか世界を棄てて付いていくのだそれくらい強い想いが無ければ決断出来ない。
しかしそれだけに報告していなかった事には怒った。
「何故報告しなかったの?」
「それは・・・結婚に反対されると思って」
その解答にヨネ子は声を荒げて怒った。
「当たり前でしょう!この愚か者が!」
ただこの怒りはパフォーマンスだ、本当に怒っているわけではない、そもそもそんなに簡単に怒ったり悲しんだりと感情の起伏が激しい者は暗殺者などなれない。
これは事の重大さを教えるために怒って見せているだけにすぎない。
しかしこれに反論したのは当のエレンではなく、ここまで事態を静観していた『デザートイーグル』の内のアメリアだ。
「ちょっと貴方!いきなり現れてエレンに愚か者なんて、一体何様のつもり!?」
これにはヨネ子は冷静に答えた。
「私はマーガレット、流一の双子の妹よ」
「その妹がなんなの?結婚に反対するのが当たり前ですって?貴方は兄の幸せを願わないの?それでも兄妹なの?」
アメリアの言葉に同意するように他の4人も怒りのこもった目でヨネ子を見ている、ヨネ子はそれをじっくり見てから答えた。
「どうやら貴方達も全員愚か者のようね」
これにはアメリアが反論しようとしたが、それよりワンテンポ早くセリーヌが反応した。
「私達のどこが愚かだっていうの?説明しなさいよ!?」
「では聞くけど貴方達は私達の世界がどんな所か知っているんでしょ?」
「ええ、知ってるわ、魔法が無い代わりに科学とか言うものが発達した文明も進んだ世界なんでしょ」
これにもセリーヌが答えた、『デザートイーグル』の内セリーヌ、アメリア、ユリアナの3人は『始まりの魔法使い』が残した本と流一の話から地球の事は割と良く知っていたからだ。
ただミランダとシェーラの2人は、流一とエレンの代わりに最近メンバーになったばかりなのであまり詳しくは知らない。
「何故魔法が使えないかも?」
「知ってるわ、大昔に空から星が降ってきた時にマナが無くなったからよ」
この世界には隕石という言葉は無い、なので流一は隕石衝突を星が降ってきたと説明していた。
この隕石衝突とは約6600万年前の恐竜を絶滅させた時の事だ。
「そう、ちゃんと知っているのね。では今度は貴方達よ、貴方達は全員魔力を持っているんでしょう?」
「え、ええ。そうだけどそれが何だって言うの?」
セリーヌはいきなり質問の内容がガラッと変わったので面食らっていた、なので少し警戒したような返事になった。
「それで?その魔力が無くなるとどうなるの?」
「もちろん気絶するわ。流一は平気だったようだけど」
「ならエレンが私達の世界に来て魔力を使い果たしたらどうなると思う?」
ここに来てやっとエレンを含む全員が理解した、自分達の決断がどれほど浅はかだったかを。
そしてその答えはエレンが震えながら答えた。
「気絶・・して・二・度と・・・目覚め無・く・・なる」
「これで理解出来たかしら?」
その質問には誰も答える事が出来なかった、尤も答える事が出来ないという事実こそが自分達を愚か者と認めるという事なので無理に返事する必要はない。
割と長い沈黙がその場を支配した後エレンが声を上げた。
「あの、マーガレットさんはこれからどうするんですか?」
「そうね、少しこの世界を楽しんでから帰るつもりよ」
「だったら私も連れて行ってくれませんか?」
この言葉にセリーヌが反応した。
「エレン、どうしたの?流一の世界に行けなかったのならまた私達と一緒に居れば良いじゃない。こんなどこの誰とも知れない女と一緒に行くなんてどうかしてるわ」
「そんな事言わないで。マーガレットさんは流一さんの妹なのよ、それは私の義妹でもあるって事よ。経緯はどうでも今の私には唯一の家族なんだから」
「それはそうかも知れないけど、どんな人間かわからないのに信用するなんて危険よ」
「それは大丈夫、マーガレットさんは信用出来る人よ。だってずっと私達の冒険を手助けしてくれていた人だもの」
『『『『『?????』』』』』
エレンの言葉は全員意味がわからなかった、それについては引き続きセリーヌが聞く。
「それ、どう言う事?」
「実は、流一さんが言っていた『知恵の魔法』は、本当はこのマーガレットさんにアドバイスをもらう事だったの」
「なっ?それじゃあマンモスの魔物やバハムートが倒せたのもこの人のおかげだって事?」
「そうです、皆さんの武器を設計したのも、トイレやお風呂を作ってくれたのも、新しい魔法をイロイロ教えてくれたのもみんなマーガレットさんです」
「「「「「・・・・・」」」」」
『デザートイーグル』全員初めて聞く事実に絶句した。
「やっぱり貴方だけは知っていたのね」
「はい、結婚した時に流一さんに教えてもらいました」
ヨネ子は自分の事にエレンだけ驚いていなかったので知っていたんだろうと思っていたので確認のため聞いたが、やはりその通りだった。
「それで?いくら私の事を知っていたとしてもそれだけで一緒に行きたいって言うのもおかしいでしょ」
「はい、私は流一さんは必ず戻ってくると思っています。だからその時はマーガレットさんと一緒に迎えたいんです」
「流一がまたこの世界に来る保証は何も無いわよ。何より日本に帰ったら貴方の事なんて忘れて他の女を好きになるかも知れないわよ」
「それでも私は流一さんが私の元に帰ってくると信じます」
エレンの目には決意がこもっていた。
「出来の悪い兄だけど女を見る目はあったようね」
それを見たヨネ子はそう呟いてエレンの同行を認めた。
「さてと。じゃあ先ずは・・・・・」
ヨネ子が今後の予定を考えているとセリーヌが提案した。
「先ずは私達のホームに来ませんか?これからの事はその後考えれば良いんじゃないですか?」
セリーヌとしてはマーガレットが『知恵の魔法』として手助けしてくれていたと聞いて感謝の念を持った、何よりずっと一緒に冒険した流一の妹なら是非自分達のホームを見て欲しいと思ったのだ。
「そうね、特に急ぐ事は無いし。じゃあそうするわ」
ヨネ子もこの世界には来るつもりで来たわけではない、なのでどこに行くのも自由なら一度『デザートイーグル』のホームを見ておくのも良いかもと思った。
「でもその前に先ずはこの魔法陣を調べないとね」
そう言うとヨネ子は送還の魔法陣を調べ出した。
送還の魔法陣は使い捨てでは無かった、送還の方法も地球とトンネルを繋ぐ感じなので魔法陣の上にいる者なら何人でも送れる。
ただ送れる者には条件付けされていた、「魔力を持たない者」か「思考が日本語の者」だ、エレンはそのどちらでも無いので送還されなかったわけだ。
この世界には人間の他エルフ、ドワーフ、獣人、妖精、有翼人の5種類の亜人種が居る、その中で魔力を持たないのは獣人だけだ。
そのため地球に来ても気絶することのない獣人が帰還の魔法陣を守る者として送られて来ていた。
この魔法陣はその獣人達を送るのにも使ったのだろう、だからこそ「魔力を持たない者」との条件付けがされていると思われる。
ただやはり世界を渡るのは相当量の魔力を喰うようだ、この魔法陣は送還者の魔力の他大気中のマナと魔素も取り込んで使うようになっている。
ただ一度使うとマナと魔素の充填には半年以上かかるようだ、なのでヨネ子がこの魔法陣を使って帰ろうとすると早くて半年後となる。
さらに、魔力を持たない獣人を送還するために外部から魔法使いが魔力を流す事も出来るようになっている。
因みに流一の場合はエレンが一緒だったので魔力を使い果たす事なく地球に帰還している、そのためしばらくは地球でも魔法が使えるようになっている。
一通り調べ終わると今度は妖精族が気になった。
妖精族は平均身長140センチ前後の小柄な人間と同じ見た目だ、ただその背中に4枚の透明な羽が付いているところが違う。
「さあ、魔法陣は調べ終わったから次はファティマの町と妖精ね」
そう言うと全員で『追憶の塔』の「送還の間」を出た。
ここはファティマと呼ばれる町で住んでいるのは妖精族だけだ、そしてそこにある『追憶の塔』に「送還の間」があり、そこへヨネ子は転移して来ていた。
「送還の間」を出ると4人の妖精が待っていた、この『追憶の塔』の管理責任者と神託の巫女レムウ、それにレムウの護衛が2人だ。
この4人は流一達をこの部屋の前まで連れて来てくれた者達だ、そして流一とエレンが地球に送還される事を知っているので別れを邪魔しないようにとわざわざ部屋の外で待ってくれていた。
「あら?エレンさんは送還されたはずでは?それにこちらの方は?」
流一とエレンの2人が異世界に送還されると聞いていたレムウがエレンとヨネ子を見て驚いた、そして当然のように聞いてきた。
「私は・・・異世界に行く事が出来ませんでした」
エレンは少し悔しそうに、そして悲しげに自ら答えた。
「私はマーガレット、流一の妹よ。私は流一と入れ代わってここに来たの、まあ予定外だけどね」
ヨネ子も自分から説明した、こちらは堂々として自信満々だ。
「そうでしたか、それではこれからどう致しますか?」
「私はこの世界が初めてだからファティマを案内してくれない?」
さすがヨネ子、遠慮がない、そして好奇心を満たす事を忘れない。
ただヨネ子にとって多くの未知を知ることは多くの可能性を生み出すことと同義だ、そう言う意味ではファティマを知ることはヨネ子にとって重要だと言える。
結局ヨネ子と『デザートイーグル』一行はレムウに案内されファティマを見学した後一泊して『デザートイーグル』のホームに帰還する事になった。