196 騒乱の兆し
フランドル王国がドラゴニア連邦に加盟する事になった、その理由は国王ウィルヘルムが民のためにと決断したからだが本当の理由は別にある。
確かにウィルヘルムの言った民のためも嘘では無い、しかし最も大きな理由はウィルヘルムのエレンに対する劣等感だ。
ウィルヘルムにとってエレンは小さな頃から出来が良く憧れの存在だった、それが自分の父親のせいでフランドル王国を逃げ出す事になったにもかかわらず戻って来て父親の復讐を果たした。
そしてあっさりと王位を捨てたかと思えば、誰もなしえなかった未開地の開拓を成し国家を樹立し皇帝に就任した、さらに複数の国家を束ねる連邦の皇帝にまで就任した。
信頼できる仲間を集め、優秀な部下を何人も持ち、小さくても強力な軍事力と世界最先端の技術力を持ち多くの国民に支持されている。
フランドル王国一国すら統治に苦労している自分と比べて劣等感に苛まれるのは仕方ないと言える、しかしだからと言ってウィルヘルムが無能とか国王には向かないと言う事でも無い。
そもそもフランドル王国はウィルヘルムの父のクーデターによって多くの優秀な貴族を処刑してしまった、さらにエレン達『デザートイーグル』との戦争で万単位の若い働き盛りの男を死なせてしまった。
ウィルヘルムはそんな大きなマイナスの状態で国を任されたのだ、しかもつい昨日までは単独での決定権の無い未成年だったと言う事もある。
いくらエレン達の力を借りて危機を脱したと言えどもこれまで大きな問題も起こさず国家を運営してこれたのだ、無能どころか本来は優秀な国王と言っても良い。
しかし優秀だからこそエレンとの大きな差がわかってしまう、なまじ血縁であり同じフランドル王家の血が流れているからこそその差に劣等感を抱いてしまったのだ。
要はエレンと比べて劣等感を持つのではなく、ドラゴニア連邦に加盟する事で優秀な部下の一人という立ち位置を得る事で心の平穏を取り戻そうとしたのだ。
ウィルヘルムの側近達にしても似たようなものだった、エレン達が隣国3国からの戦争を回避してくれた頃からウィルヘルムが劣等感に苛まれていたことは知っていた、そして自分達も同じように「もし国王がエレノア王女だったなら」と思うようになっていた。
近年ドラゴニア連邦の情報を得るたび各国の在り方や発展具合を知り、さらに最近ではドラゴニア帝国に送った大使からの報告により東洋の存在とその東洋全てをドラゴニア連邦が吸収する計画を知った事でさらにその思いが強まった。
このような理由から参加反対派の宰相ですらある種の諦観と言うか容認もやむなしと考えていたので強く反発する事なく賛成多数によるドラゴニア連邦参加が決定したのだ。
側近達にしてみれば形を変えたエレノア女王の擁立と同じだからこそ受け入れやすかったという事もある。
その夜、再び各国大使を招いての晩餐会が開催された、今回は立食形式になる。
普段であればフランドル王国の貴族が16時頃から集まりだす、その後各国大使が17時半頃から晩餐会場にやって来る、そして19時頃主役であるウィルヘルムが参加者の集合具合を見て挨拶に現れる流れとなる。
しかし今回はフランドル王国の貴族・各国大使共に17時には晩餐会場に集合した、前日のウィルヘルムの発言の真意が気になって仕方なかったからだ。
「皆さん、前日に引き続きようこそおいで下さいました。さて、どうやら皆さん昨日の私の発言が気になっているようですのでここで先に発表させてもらいます。我が国は正式にドラゴニア連邦に参加する事が決定いたしました」
この発言を受けてエレンがウィルヘルムの横へと向かった、そしてドラゴニア連邦皇帝としてウィルヘルムの発言を肯定する。
「お集まりの皆さん、初めましての方も多数いらっしゃいますが私がドラゴニア連邦皇帝のエレン=ヨネムラ=フォン=ドラゴニアです。先ほどウィルヘルム陛下の言われた通り我が連邦はフランドル王国を受け入れる事になりました、つきましてはこれからはドラゴニア連邦フランドル王国としてこれまで同様のお付き合いをお願い致します」
パチ・・・パチパチ・・・パチパチパチパチパチパチパチパチパチ
エレンの発表後しばらくの静寂が流れてからチラホラと鳴った拍手が満場の喝采の拍手へと変わっていった、各国大使はともかくフランドル王国内の貴族達には歓迎されたようだ。
少し長かった拍手も終わるとパーティーは再開された、前日は誕生祝いの口上を述べにウィルヘルムの周りに人が押し寄せていたが、今日はドラゴニア連邦加盟の祝辞を述べにウィルヘルムの周りに人が押し寄せている。
翌日、エレン達は来た時と同じ『大森林中央街道』を通ってドラゴニア帝国へと帰っていった、因みにフランドル王国には今回の併合を受けて自転車の技術移転を決定している。
ヨネ子達はエレン達と別れて一足先にゲートでドラゴニアへと帰って来た、そして弟子達や榮斉の兵士の練度を確認したり新しい魔道具の開発を指示した。
ドラゴニアは既に独自に発展しているのでヨネ子抜きでも色々と発明がなされている、魔道具についてもドラゴニアで最も老舗となる『ヒューデル商会』を中心に色々発明されている。
それでも東洋との交易が始まる事を踏まえて魔道具を準備しようと思ったのだ、その魔道具とは異次元収納を応用した時間の流れが遅くなるコンテナだ、地球に当てはめるなら冷凍コンテナやリーファーコンテナに近い。
東洋との交易は基本的に船で行う、なので片道でも早くて一月半はかかる、この間鮮度や品質管理が難しい商品を運ぶために必要と判断したからだ。
特に大和国では果物が豊富だったのでその果物を鮮度を落とさずに輸送するには必須だからだ、果物以外でも劣化しやすい薬品や商品の原料は多いので重宝するだろう、きっかけは大和国との交易開始だがリレント地域との交易でも役立ってくれる事は間違いない。
榮斉の兵士達騎兵6000人の訓練はほぼ終わっている、周徳と6人の千人将の訓練もだ、なのでもう2週間ほど仕上げの訓練を行ってから榮斉に返すようにした。
全員長期に家を空けたので1週間から2週間の休暇を与えた後いよいよ東洋併合戦に乗り出す事になった。
羅漢窟から来た戦士達も順調に成長していた、こちらは元々の戦闘力が高かった者達なので既に十分な戦闘力を発揮している、なのでこちらは周徳達中華帝国軍の戦闘開始に合わせて1ヶ月後に羅漢窟へと帰還させることにした。
次に向かったのは『船舶訓練校』、元の訓練所を日本の商船学校に倣ってカリキュラムを作り学校として組織改変したものだ。
『船舶訓練校』の学習期間は1年〜4年、期間にバラツキがあるのは能力主義によるものだ、全くの素人と元は外国の船乗りだった者が同じ習得期間と言う方がおかしい。
そして現在『船舶訓練校』には250人近くの生徒がいる、ただ元は外国の船乗りだったため学習期間が短い者が多いので今期卒業間近の者は110名に上る。
ここでヨネ子がするのはミダス海を使い榮斉と交易を行う船の船員の勧誘だ、なので卒業間近の生徒達を前にヨネ子が直接勧誘する。
「船舶訓練校生徒の皆さん初めまして、私はこの国の相談役でマーガレットと言います。私は今回東洋と交易を行う船の船員を募集しに来ました。船舶の拠点となる港はグランドラス王国アルピナ子爵領ハダ村となります、かなり遠くではありますが我が国の港を整備していますのでグランドラス王国への移住ではなくドラゴニア国民としての出向となります。なので希望があれば本国への帰還も可能です。それを踏まえてグランドラス王国に行っても良いと言う人を募集します。1週間の猶予を与えますのでそれまでに希望者は講師に伝えてください、沢山の応募を待っています」
この後は造船所に向かった、アメリア型の改良帆船と輸送船の改良帆船それぞれ5隻づつが完成している、この10隻が今だに就航していないのは先ほどのミダス海用の帆船があるからだ。
要するに船員の勧誘に応じた船員の数により必要な帆船の数も変わるので今はまだ待機しているのだ。
そしてここではハダ村で造船やメンテナンスを行う職人の募集も行う、ただしこちらは希望者が少なくても、最悪1人も居なくても問題ない。
その理由は造船所では多くのグランドラス王国からの技術研修生を受け入れて訓練しているからだ、つまりドラゴニアからの技術者が居なくとも今の訓練生が帰ってその仕事に着いてくれるからだ。
因みに船員は35人が募集に応じてくれた、これに任期付きのベテラン19人を加え54人と輸送船3隻で最初のミダス海貿易が開始される。
船員以外のクルーについては航海ごとに任期付きでドラゴニアから派遣される、こちらは魔法使いのゲートで移動することになる。
グランドラス王国に行く船員が決まったところでヨネ子達はグランドラス王国に向かった、港建設の進捗を確認するためだ、予定通りなら既に完成しているはずである。
向かったのはヨネ子、エル、リア、セラフィムの4人だ。
ヨネ子達が先ず向かったのは王宮、やはり挨拶は欠かせない。
そして直ぐに謁見の間へと案内された、今回は数日前に通信の魔道具で知らせていたので対応が早い。
「お久しぶりね陛下」
「おお、よく来てくれたマーガレット殿、エル殿、久しぶりだ。それで今回の訪問はアルピナ領の港の事で良かったのかな?」
「その通りよ、もう完成してる?」
「ああ、お主の要望通り港は整備した、船員達の家ももうすぐ出来ると報告を受けている」
「そう、よかったわ。ではこれから見に行ってみるわ」
そう言うとヨネ子達はアルピナ子爵領ハダ村に向かった、そこでは要望通りの港と港町が完成していた、もう既に村の規模ではない。
しばらく見学しているとアルピナ子爵が挨拶に来た、アルピナ子爵も進捗を確認しに来ていたようだ。
「マーガレット様ご一行ですね。初めまして私はペルミエ=フォン=アルピナ、この領の領主をしております」
「初めまして、私がマーガレットよ」
「私はエル」
「リアです」
「セラフィムだ」
それぞれ自己紹介をした。
「ところで、中々立派な港が出来たわね。もうここは村とは呼べないんじゃないの?」
「そうですね、ここに船が接岸するようになれば港町ハダと呼び方を変えるつもりです」
しばしの雑談の後ヨネ子達は次の目的地に向かった、次はディラルク王国だ。
ディラルク王国にもハダ村より規模は小さいが港が整備されている予定だからだ。
ディラルク王国は、グランドラス王国がベルネット首長国連邦に対応するために連絡をして来た時ヨネ子達の話になりたまたま港の整備をしている事を知った、その時ヨネ子に連絡して基地は作らないが交易船は港さえ作れば就航させるとの約束を取り付けたので直ぐに整備したのだ。
ディラルク王国では国王に挨拶しただけで終わった、こちらはただ船が入港して荷物の積み下ろしさえ出来れば良いので特に難しい事はないからだ。
港の確認が取れれば後は船員の卒業を待って全員をハダ村に連れて行くだけだ、それまで後約2ヶ月、ヨネ子にとっては久しぶりにゆっくりした時間が取れる・・・・・・・はずであったがそうではなかった。
ディラルク王国から帰って12日後、グランドラス王国から緊急の連絡があった、カペラ宗主国に攻められていると、カペラ宗主国とは元のベルネット首長国連邦の事だ。
ベルネット首長国連邦は元々8つの首長国が緩い連邦を形成していた、近年その連邦の形が崩れ各首長国同士で内戦を起こしていたが、最終的に勝ち残ったのがカペラ首長国だった。
カペラ首長国は残りの7つの首長国を従える事で自国を宗主国と自称するようになった、元の首長国単体を指す時はこれまで通りカペラ首長国となるのでカペラ宗主国とはそのまま元ベルネット首長国連邦となる。
グランドラス王国としてはかなり危機感を持って警戒はしていた、ヨネ子達と山の民について話し合いはしていたが結局余計な兵の損耗を避けるため滅ぼさず牽制するだけに留めてもいた。
そしてカペラ宗主国の国王エンガジェル12世がクリルタイを行い覇権主義を唱えた事も確認している。
そのカペラ宗主国の最初の攻撃先にグランドラス王国が選ばれてしまったのだ。