194 大森林中央街道
榮斉防衛戦が終わった翌々日、ドラゴニア連邦では臨時の御前会議が開催されていた。
現在ドラゴニアでは週2で定例議会が開催されている、もちろんドラゴニア帝国とドラゴニア連邦両方共だ、そしてそれとは別に毎月末にドラゴニア帝国で、毎月初にドラゴニア連邦で御前会議が開催されている。
両ドラゴニアにとって御前会議とはエレンだけでなく帝配の流一が参加する場合もそう呼ぶ、因みに通常定例議会には皇帝、帝配どちらも参加しないが参加する時もある、ただしその場合でも呼び方は定例議会であって御前会議ではない。
ただし今回はその定例会議ではなく榮斉防衛戦を受けての臨時の会議だ、そして今回の御前会議にはエレンと流一の両方とも参加している。
今回の会議には特別にヨネ子とエルも参加した、戦争は予想通りだったとは言え戦闘の経緯の報告は聞くべきだとヨネ子が判断したからだ。
しかし戦闘の経緯も概ねヨネ子の想定通りだったのは喜ばしいことだった。
会議の後、ヨネ子はエレンに呼び止められた。
「マーガレットさん、エルさん、私は明日からフランドル王国に行くので付いてきてくれませんか?」
「フランドル王国ねえ、つまり国王ウィルヘルムの誕生祭にって事ね」
「ああ、そう言えば15歳で成人するから近隣諸国も招待して大々的にやるって言ってたアレね」
ヨネ子とエルも報告は受けていたのでフランドル王国に行く理由は知っていた。
「そうです。ちょうど良い機会なので国境の線引きや関税などについても話し合おうと思ってまして」
「いくら出身国と言っても貴方なら情に流されたりしないとは思うけど、まあ良いわ心配なら私達が請け負うわ」
「ありがとうございます」
現在妖精族とフィールマ大森林のエルフ族については流一の指揮の元組織の改変が行われていた、少し具体的に言うなら妖精族は全ての街を統合し独立国としてドラゴニア連邦に参加する、エルフ族はドラゴニア帝国所属の特別自治区とする事だ。
妖精族の国は国名を『フェアリア共和国』と言う、名前の通りこの世界初の共和制国家で既に選挙も行われて大統領と議員が選出されている。
ただし『フェアリア共和国』を承認している国はまだドラゴニア帝国しかない、それは他の国はまだ妖精族が建国した事を知らないからなので仕方ない事ではある。
ただ今回のドラゴニア連邦臨時御前会議にて榮斉防衛戦に続き『フェアリア共和国』建国も報告したので、次の定例御前会議においてドラゴニア連邦内各国は承認する予定である。
フィールマ大森林のエルフ族についても当初は独立の方向で検討していた、ただ人間界とはほとんど接点のない妖精族と違いエルフ族は今後人間界、特にフランドル王国とは多くの接点を持つことになるため問題が生じたのだ。
その問題とはフィールマ大森林を通るドラゴニア帝国ーフランドル王国間の街道、命名『大森林中央街道』が完成した事によりその途中にあるエルフ族に外交の必要性が生じた事だ。
これまでフィールマ大森林のエルフ族は千数百年の永きに渡り他者との接触を避けてきた、そのため独立するには軍事力と外交力が極端に弱いのだ。
つまりこのまま独立させては意図せずに他国と不平等条約などを結ばされる可能性が出てきたのだ、そのためその部分をドラゴニア帝国が肩代わり出来る体制に改めるようにした。
さらに名前を『エルフフェイム民主自治領』と呼ぶ事にした、将来的には独立させる予定なので仮国境の線引きも明確にして各郷の首長もドラゴニア帝国内の町長や村長と同格にした、なので呼び方も「自治区」ではあるが「自治領」とつけた、名前に「民主」と付いている通り選挙により領主(将来的には大統領になる予定)を選んでいる。
要するに言い方は悪いが外交をドラゴニア帝国に丸投げした独立国が出来たと思えば良い、なのでこれに合わせてフィールマ大森林全体をドラゴニア帝国領とする事にして他国と外交を行うのだ。
先ほどエレンが言った国境線や関税とはこの事を指す。
因みに氷河人の街についても現在流一を中心に独立国化が進んでいる、こちらはアメリカのような合衆国の形で話が纏まりつつあるようだ。
会議の翌日から馬車を仕立ててフランドル王国へと向かう、今回は皇帝エレンに近衛騎士の李香蘭、ヨネ子とエルとセラフィムの3人、物資輸送に魔法師団員1名、会議のための官僚2名、さらにエレンの身の回りの世話をするメイドが3名、合計11名で馬車3台だ。
本来ならこの馬車列に護衛の騎士が相当数付くはずなのだが1人も付いていない、これこそドラゴニアらしいと言えばそれまでだが。
今回のコースは問題のフィールマ大森林に新しく作った道『大森林中央街道』を使う、確認と視察も兼ねているからだ。
新しい道はちょうど中間くらいで山へと向かう別れ道がある、この山では現在ドラゴニア帝国の主導でミスリルとオリハルコンの鉱山開発が行われている。
さらに『エルフフェイム』の財源として、エルフ主導でルビーとサファイアの宝石採掘、さらにその少し先でヨネ子達が『ゴープ』と名付けた(ヤギ:ゴートと羊:シープを掛け合わせたような動物だったのでそう命名した)高級繊維用の動物の飼育を始めている。
先ずはそれらの街に行き現状を視察する。
「ガドラスさん、鉱山開発の状況はどう?」
エレンが鉱山の責任者ガドラスに聞いた、もちろんボレアースから来てもらったドワーフの鉱山専門家だ。
「これは皇帝陛下、それにマーガレット様やエル様達まで。ようこそおいで下さいました、鉱山開発は順調に進んでいます」
「それは良かったわ、ついでだし何か要望は無い?有れば今のうちに聞くわよ」
「そうですな、仕事については問題ありませんがそれ以外でもよろしいでしょうか?」
「もちろん良いわよ」
「それでは、今この町には酒場が1軒しかなくあまり広くもないので酒にあぶれる者が多いのです。出来れば酒場の数と酒の量を増やして欲しいのですが」
「流石ドワーフはお酒好きね。でもそれが仕事のモチベーションになるならもちろん良いわよ。近いうちに手配するわ」
「それともう一つ。今洞窟の白イワナが捕獲禁止になっていますが、少しで良いので獲らせてもらえませんか?養殖した物はここまで入ってきませんので是非お願いします」
これにはエレンも直ぐに返事は出来なかった、白イワナの禁漁はヨネ子達と決めて法律として発布したからだ、なのでそのままヨネ子に聞いた。
「マーガレットさん、こう言ってますがどうでしょう?」
「確かに養殖した物はここまで入ってこないものね。資源保護のためにも密猟や乱獲を防ぐ目的でも漁獲量を決めて解禁するのが良いでしょうね」
「そうですよね、ではどれくらいにしますか?」
「地底湖の規模から考えて月に300から500匹なら問題はないでしょうね、と言う事で下限の月300匹までとしておきましょう。法的な手続きは帰ってからにするとして今月分はエレンの名前で特別措置として認めるようにしなさい」
「わかりました、ではガドラスさん今月から月に300匹までの漁を許可します、ただし大きさは25センチ以上、それより小さい魚はこれまで通り禁漁でこれまで通りの罰則を適用します。これにより監視用の官吏を後から派遣しますからそのつもりでいてください」
「わかりました、ありがとうございます」
ここでさらにヨネ子が提案した、将来の混乱の目を潰すのが目的で。
「この数は当面増やすことが出来ません、なので300のうち少なくとも半分の150はエルフ族にも捕獲させなさい、良いわね」
「そうですね、確かに直ぐそばにいてエルフ達には獲らせないとなれば後々争いを招くでしょう。承知致しました」
この日はこのまま鉱山の近くで野営した、そして翌日は宝石鉱山とゴープ飼育場の視察をした、『エルフフェイム』は名目上ドラゴニア帝国の一部なので直ぐ近くまで来ている以上行かないほうが差別になるので仕方ない。
そしてここでも酒場の増設と白イワナ漁の解禁について話をした、その中で酒場と酒の増量についてはエルフ族にドラゴニアから技術を持ち帰った者がいるという事でエルフ族が全面的に引き受ける事になった。
視察が終わるとその日の内に出発、1回の野営をへて『エルフフェイム』の暫定首都ファレーナに到着した、ここでは宿に泊まって翌日会議を行う。
会議の内容は先日視察で決まった鉱山他の酒場と酒の増産についての報告と協力依頼、今後の領地運営についてだ。
特にファレーナは暫定首都であって首都ではない、新たに街を作るのは問題が多いが今ある4つの大きな郷の力関係は拮抗しているので皆自分達の郷を首都にしたくて綱引き状態が続いている。
さらにドラゴニアに合わせた戸籍の作成や官吏の育成、学校の設立による子供の教育などこれまでエルフ族だけでは必要ではあっても問題にならなかった部分の是正を急ピッチで進めている。
こちらはエレンとヨネ子達が来た事でかなり進展した、ただし首都問題だけは足踏み状態から抜け出せてはいない、これだけはもう領主を先頭に頑張ってもらうしかない。
『エルフフェイム』での会議は2日を要した、まあ状況を考えればそれでも少ないくらいなので仕方ない。
『エルフフェイム』を出た一行は『大森林中央街道』最後の経由地「フィルエン村」に到着した、ここはフランドル王国との仮の国境に程近い国境の村だ。
場所的には街道のフランドル王国側終点から1.5キロほど『エルフフェイム』寄りだ、そして名前こそ村だがその容貌は砦に近い。
因みにドラゴニア帝国側が設定した国境線はフィールマ大森林の辺縁部から約1キロ内側だ、辺縁部ではどの国も林業を営んでいるのでその権益まで奪うつもりはない、なので通常徒歩で半日の距離まで(森の中は歩き辛いので凡そ1キロくらいになる)を周辺国の領地としてその内側をドラゴニア帝国領と設定したのだ。
「フィルエン村」は基本的にエルフの村だ、エルフの大きい郷の1つセカールの近くにあった中規模の郷を住民ごと丸々移動させた、そのため新しい村でありながら人口は1200人ほどもいる。
さらに国境警備が主な役目の村のため役人が50人前後、エルフの警備隊が約200人、そのエルフの指導にドラゴニア帝国から官吏5人、騎士15人が短期移住してきている。
「フィルエン村」では宿に泊まる、元々の郷には宿などなかったが移住してもらった時にこれからは人、特に商人の往来が激しくなる事が予想されるので作ってもらった、そしてその経営のアドバイザーもドラゴニアから3人ほど来ている。
流石に貴族が泊まる豪華な部屋とまではいかなかった、まあこの村に貴族が泊まる必要があるとも思えないのでそれは仕方ない、需要と供給の関係というやつだ。
ここでも村や警備員達の有力者を集めて会議を行った、そしてここでも最初にエレンが要望を聞く。
「ここは新しい村で国境にあるため国防の要となります、なので何かと不便なことやこれまで気付かなかった事等あると思いますが何か要望等ありませんか?」
これに対し村長のフラネルが答える。
「いえ、帝国から指導のための人員を派遣してもらっているので今のところは問題ありません。付近の食用となる動植物の調査も順調ですので後一月もすれば前の郷同様の落ち着きを取り戻すでしょう」
しかしここで警備隊の指導に来ている騎士から要望が出た。
「私は1つお願いしたい事があります」
「そう、で、どのような事ですか?」
「この村にハンターギルドを誘致出来ないでしょうか?」
「ハンターギルドですか?出来なくはありませんが訳を聞いても?」
「もちろんです。この村は『エルフフェイム』の領地になるわけですが『エルフフェイム』には当面ハンターギルドを誘致しないと聞いております。ですがこの村の北西約5キロほどの場所に私見ですがSランクと思われる魔物領域が広がっています。なのでそこでの狩りと素材の流通をこの村で行えればと考えています」
これにはエレンではなくヨネ子が答える、エレンは少し躊躇していたからだ。
「良いでしょう、では私からライカスに言って早急にフィルエン支部を作ってもらいます」
エレンが躊躇していた理由は普通村の規模でギルド支部を置くことはないからだ、この世界のハンターギルドは各国の首都か領都にしか置いていないという現実がある、これは規定などではなく経営の問題だ、それ以外の小さな町に置いても採算が合わない。
つまりギルドとしては採算さえ合うなら町だろうと村だろうとギルド支部を設置する事を拒む理由は無いのだ、この辺りの考え方がこの世界の出身者と合理主義者であるヨネ子との考え方の違いだろう。
しかも今回の提案は『エルフフェイム』の唯一のハンターギルドになる可能性が高いので首都支部の出張所的な扱いになるはずだ、なのでヨネ子としてはハンターギルドが支部の設置を拒む事は無いと考えている、尤も拒んだところでヨネ子の主張に抗しきれる者などそうそういないのだが。
これ以後は他の要求などもなく簡単な報告だけで会議は終了した。
翌日から3日かけてエレン達一行はフランドル王国王都フライツェンに入城した。