193 防衛成功
榮斉側の布陣を見た燕按軍の将軍たちは笑っていた、自軍5万に対して敵はほんの2000人程度しかいなかったからだ。
しかし総大将を務める将軍伯謄1人だけは憤っていた、そして配下の将軍達に喝を入れる。
「何を笑っておるお主達!敵は我らの事をほんの少数で良いと馬鹿にしておるのだぞ!なぜそれがわからん!」
これを受け将軍達は静まり返った、そしてその言葉を噛み締めると全員がだんだんと怒りの表情を持つようになった、そしてその内の1人が声を出す。
「そうだ、敵のほとんどは櫂告軍に向かって行った、伯謄将軍の言う通り我らは榮斉の者共に侮られているのだ。これは笑い事では無い、この怒りどうしてくれよう」
さらにもう一人の将軍も声を荒げる。
「そうだ、榮斉は我らを見くびっているのだ。このような侮辱決して許してはならん、我らを侮り愚弄する榮斉軍に鉄槌を下すのだ!」
「「「「「おおーーー」」」」」
ドラゴニアとしては決して侮ったりしているわけでは無いが、燕按軍はこちらを榮斉軍と勘違いしているので仕方ないとは言える。
その後燕按軍の将軍達が持ち場に戻ると伯謄将軍の号令がかかった。
「全軍!突撃ーーー」
「「「「「「「「「「うおおおおおおぉぉぉぉ」」」」」」」」」」
燕按軍の全軍が陣形や戦法も何もなく突っ込んできた、かなり異常な光景だ。
元々燕按軍は本陣に1万、本陣の前に中央軍2万、中央軍の左右にそれぞれ左翼軍・右翼軍を1万づつ配していた。
通常の戦闘なら相手もそれなりの数なのでこのままでも問題無い、しかし今回は相手の数が極端に少ない、なので通常なら本陣を除く全軍で鶴翼の陣を敷くか左右の両軍が敵の左右に展開して三方から攻めるところだ。
それが本陣を含む全軍がただ闇雲に突っ込んで来た、数の力で押し切ってしまえば簡単に決着がつくとの短絡的な思考による突撃だ、燕按軍こそが敵を侮っている事の表れでもある。
燕按軍の突撃を受けてドラゴニアの騎士達も準備する、今回は紅緋騎士団200人が横1列に並んだ、その後ろに第二騎士団員が10人ずつつく。
魔法師団員20人は2人を残し後はエリアマナチャージを展開しつつ上空を散開して行く、残った2人は攻撃要員だ。
燕按軍が後100メートル程の地点まで近づいた時、魔法師団の攻撃が始まる、2人の魔法師がそれぞれ巨大な竜巻を起こしてそれをぶつける『トルネードブレイク』という魔法だ。
2つの回転方向の違う巨大竜巻が敵軍を上空に巻き上げながら接近する、これに燕按軍の将兵百数十人が巻き込まれて吹き飛ばされた。
さらに竜巻同士がぶつかって対消滅する際のエネルギーにより十数万のエアカッターが生み出されて燕按軍の将兵を襲った、これにより燕按軍の8割強が被害に遭った、ただ怪我の程度は死亡から軽傷まで様々なのでトータルすると無力化出来たのは全体の6割ほどだ。
ここで混乱する燕按軍にドラゴニアの騎士が襲いかかる、いくら数が多かろうと混乱している上にほとんどの者は多少なりとも負傷している、それに対してドラゴニアの騎士は横一直線に並んでいる上に騎馬強化で強化して襲ってきているのだ、ほとんどの将兵は我先にと後方へ逃げ出した。
これを受けて紅緋騎士団は掃討戦を第二騎士団に任せて本陣の追撃を開始した、そして戦闘開始からわずか数時間で敵総大将伯謄以下数人の将軍を捕虜にして燕按戦は終結した。
その後騎士団は櫂告戦の様子を伺う、だが魔法師団員20名は榮斉軍の援護に向かった。
時を同じくして櫂告軍は榮斉軍と対峙していた、櫂告軍の布陣は魚鱗の陣、中央下部に総大将曹洪が1万で陣取りその左右に5000づつ配置、曹洪の斜め前方に6000づつ、曹洪の前方最前列に8000の兵を配置した。
それに対して榮斉軍は歩兵と弓兵の全軍で方円陣を組む、そして竜騎兵8000は雁行の陣で、騎兵5000は鋒矢の陣で戦闘に臨む。
「全軍進めー」
榮斉軍と櫂告軍の戦いは燕按軍の突撃より少し早く曹洪の命令により始まった。
櫂告軍の進軍に合わせて榮斉軍も進軍を開始する、両軍の距離が約200メートルほどになったところで竜騎兵が櫂告軍の右翼へ騎兵が櫂告軍の左翼へと突撃を始めた。
竜騎兵・騎兵共に櫂告軍の最後方の左右両軍に被害を与えながら櫂告軍の後方に回り込んだ、それに合わせるように櫂告軍は陣形を方円陣へと変更しようとした。
元々魚鱗の陣は側面や後方からの攻撃に弱い、竜騎兵と騎兵の攻撃は側面への攻撃であって側面からの攻撃では無かったので被害はそう多く無いが大した反撃もできなかった上に後方に回り込まれてしまった、これでは不利になるので陣形の変更はやむを得ない。
ドガーーーーン
櫂告軍が陣形を変更しようとしたまさにその時、ドラゴニアの魔法師による水蒸気爆発を利用した魔法『カタストロフ』が炸裂した、竜騎兵と騎兵が驚かないよう敵軍の後方に回り込むまで待っていたのだ。
この魔法により櫂告軍の最前列にいた8000の将兵のほとんどが戦闘不能になった、そしてその音と威力に驚いた櫂告軍は陣形の変更が遅れた。
ただ榮斉軍の竜騎兵と騎兵も聞いてはいたがその音に驚いて攻撃を停止してしまった、そのおかげで櫂告軍の陣形変更が間に合ってしまい戦況はこう着状態になってしまった。
榮斉軍は陣形を歩兵を前衛弓兵を後衛にした方陣に変更して攻撃を開始した、さらに竜騎兵と騎兵も車懸かりの陣で攻め立てる。
しかし櫂告軍の方が練度が高い事と防御に優れた方円陣であることから先手はとったものの全く切り崩す事が出来ないでいた。
櫂告軍としては開戦前の榮斉軍の動きはとらえている、なので榮斉軍のほとんどはこちらに来て燕按軍の方にはほとんど敵が居ないのは確認済みだ、つまりこのまま我慢していればすぐに燕按軍が敵を蹴散らして救援に来てくれると思っている。
そうこうしている内に隣の戦場で大きな音が鳴った、『トルネードブレイク』の音だ、そして曹洪は隣の戦場が大きく動いている事を肌で感じていた。
ただ見えてはいないので戦況はわからない、ただ開戦前の状況から燕按軍が攻勢を仕掛けたのだろうと思った、しかし数時間後、やって来たのは燕按軍ではなくドラゴニアの魔法師だった。
魔法師達が榮斉軍と合流して数分、曹洪の元に斥候がやって来て燕按軍の状況が報告される。
「申し上げます。曹洪将軍、燕按軍は負けました。伯謄将軍他数名の将軍が敵の捕虜となった模様です」
「なんだと?敵は、敵はほんの2・3000人では無かったのか?」
「はい、敵の数は2000人強といったところでした。しかし巨大な竜巻の魔法を操る上に個々の戦闘力も桁違いに強く燕按軍は全くなす術なく蹂躙されてしまいました」
「そ、それでは援軍は、援軍は来ぬと言うことか?」
「はい、援軍どころか燕按軍と戦った軍がこちらに来れば一刻も持たないかも知れません」
この報告を聞いた曹洪は周りの状況を自ら確認する、そして報告のあった燕按軍と戦った軍がそのまま隣の戦場に留まっているのが見えた。
これを見て、楽観視は出来ないがこのままこちらの戦闘に参戦しなければ勝つ見込みもあるのではと考えだした。
しかしさらに大きな事実に気がつく、こう着状態で将兵の削りあいをしているはずなのに敵兵の数が一向に減っていない事にだ。
そしてよくよく観察して気がついた、敵の兵士はどんな重症でも即死でない限り直ぐに前線に復帰して来ている事に、それほどの高度な技術を持つ治癒魔法使いが何十人もいる事にだ。
実際は治癒魔法使いではなく普通の魔法師だが曹洪にそんな事はわからなかった、曹洪の常識としては戦場にいる魔法使いのほとんどは治癒魔法使いだからだ。
現状を把握すると曹洪は降伏を決断する、敵に囲まれ時間が経てば経つほど兵数に差ができる、さらに頼みの友軍は既に壊滅している、勝てる要素が全くなくなった現状での最良はより多くの兵士を生きて連れ帰る事だからだ。
決断すれば行動は早い、曹洪は直ぐに白旗を掲げ降伏を宣言した。
榮斉軍は曹洪の降伏を受けて全軍の武装解除を命じた、そして将軍を除く全員を帰途に着かせた。
その後ドラゴニアの魔法師団は全員で敵軍の負傷者を重傷者から順に治療していく、そしてそのまま帰途につかせた。
全員の治療が終わった後榮斉軍も将軍数人を残して帰途につかせた、そして残した燕按軍と櫂告軍の将軍全てを集めて会議を行った、議長はアーネストだ。
「私はドラゴニアの紅緋騎士団長でアーネストという。これから今後について話し合いを持とうと思う。先ず燕按と櫂告の皆さん、皆さんはこの会議の後解放しますのでそれまでお付き合い願います」
この発言に燕按の総大将伯謄が質問して来た。
「しばし待たれよ、それはどういう意味だ?我らは敗軍の将として処刑されるのではないのか?」
「いえ、我々は別にあなた方の首を欲しているわけではありませんので」
「だからと言ってこのまま放逐と言うこともあるまい、身代金でも要求するつもりなのか?」
「いえ、そんなつもりもありません。私達の目的は世界の統一による平和国家の創出です、なので不必要に人を殺すつもりは毛頭ありませんしそれによって利益を得ようとも考えておりません」
「甘い事だな。ここで我らを解放してもまた敵として戦うだけだぞ」
「それはそれで構いません、そうなれば何度でも叩き潰すだけです」
普段であれば憤慨ものの言葉だ、しかし全員、特に燕按の将軍達はこの言葉が思い上がりや傲慢ではない事を肌で感じている、なので反論する者は誰もいなかった。
そして燕按と櫂告の将軍全員がアーネストを睨んではいたが、アーネストの涼しい顔にため息をついて下を向いた。
その後は会議というよりドラゴニアからの要望提出と言った方がいい状態だった。
要約するなら榮斉軍は強いから軍門に降った方が良いよ、そうすればこれまで通りの統治ができる上に戦争もしなくて良くなるよ、だから帰って王様にそう伝えてねという事だ。
「榮斉の・・・いやドラゴニアの言い分はわかった、国王陛下には確かに伝えよう。しかしそれに従うかどうかはわからぬぞ」
「うむ、それは我が国も同じだ」
伯謄の言葉に曹洪も同意した、これにアーネストが返事する。
「こちらとしてはこれから我がドラゴニア連邦の国民になる者達ですのでなるべく被害を抑えたいというだけです。なので賛同いただけないのであれば不本意ですが再び力ずくでとなるだけです」
最後は少し殺気を込めて不敵な笑みを浮かべながら言った、結構役者である。
これには将軍達全員背筋の冷える思いがした、おかげで冷や汗をかいている。
会議が終わるとその夜は全将軍とドラゴニアの騎士・魔法師達による宴会となった、酒は魔法師達が結構な数持っている、料理は魔法師達が簡易カマドをを作って焼肉だ。
アーネストとしてはさらなるドラゴニアの実力を見せつけた上で将軍達を懐柔する狙いがある。
さらなる実力とはこの料理の事だ、西洋でも東洋でもドラゴニア以外の国では戦時の食事いわゆるコンバットレーションは不味い・冷たい・少ないが普通だ、さらにそれらは輜重隊が管理している。
それに対してドラゴニアでは美味しく・温かく・ボリューミーで持ち運びも収納魔法で簡単なのだ。
戦場での食事は士気を大きく左右するのでこの差は大きい、この事実を知らしめるために宴会を開いたのだ。
ついでに言うなら輜重隊は狙われる事が多い上に足が遅い、なので移動が早く食料や予備武器等の安全性が高いと言う事もついでに教える。
宴会では燕按の将軍も櫂告の将軍も楽しんでいた、もう開き直ってでもいるのだろう、そして榮斉ではなくドラゴニアについてアーネストや騎士・魔法師達に色々と質問をしていた。
一夜明けると数人二日酔いの者がいた、まあ酒の一部はアルコール度数の高いブランデーやウイスキーだったので飲む量をコントロール出来なかったとしても仕方ないだろう。
朝は朝でまた新鮮食材を使った朝食を騎士と魔法師達が作ってくれた、温かいスープにサラダと柔らかいパンさらに焼きたてのハムだ。
柔らかいパンは東洋には無いので感動していた、そして戦場でありながら新鮮なサラダが食べられた事で昨夜に引き続き驚かれた。
これでアーネストの目論見通り将軍達の懐柔は成功したと言える、ただこれらの報告をそれぞれの国の国王や重臣がどれだけ信じるか脅威と感じるかは予測できないのでこれからも警戒は必要だ。
アーネスト達はそれぞれの将軍達を見送ってからドラゴニアへと帰っていった。