015 料理人
しばらくコルムステルに滞在すると決めた翌日、早速『白金神龍』の3人は街の散策に向かった。
参加していないのはエレンだ、エレンはヨネ子から料理を覚えるように言われたのでメアリとシェンムーから特訓を受ける事になっている。
曰く「流一の嫁なら料理の1つくらい出来なくてどうするの!」と言う事で。
3人は住宅街から見て回る、氷河人の街は雪深いため急角度の三角屋根が主流だったのでアスカにとっては家の形1つ取っても初めて目にする物で興味が尽きない。
逆にエルは数百年前の街に比べて大きな建物が目立つようになったくらいで大して変わりばえしない街並みにガッカリしている。
ヨネ子はそんな対照的な2人を観察しながら最後尾をついて行く、今日はエレンが居ないのでコルムステルを案内する者が居ない、なのでエルが先頭に立って適当に散策しているのだ。
住宅街は人通りが少ないのでアスカを見て驚いたり悲鳴を上げる者はほとんどいなかった、まあ0では無かったが。
住宅街を適当に歩き回っているといつの間にか商業区にやって来ていた、ここには商店だけでなくハンターギルドもある、ようするに前日来た場所だ。
それでも前日は『デザートイーグル』のホームとハンターギルドの最短距離を移動しただけで、周りの街並みは注意して見ていなかった事もありアスカにとっては新鮮に映る。
ただ2日目ともなると流石に噂が流れているようでアスカを見て騒ぐ人間は激減していた。
そんなハンターギルドの前を通り過ぎ商店街に入る、何も買う物は無いが商品が所狭しと並ぶ光景も見ていて楽しい。
商店街には所々レストランがある、親しみ易い雰囲気なので食堂と言った方が良いだろうか。
時間は12時近いので昼食にしても良いのだがアスカ用の食事が有るとは思えないのでスルーして広場へとやって来た。
広場には屋台街が広がっていた、その中で肉串を焼いている屋台に行き適当に多めに肉串を買う、もちろん一番たくさん食べるのはアスカだ。
アスカにとって調理した料理はヨネ子達と一緒にいるからこそのご馳走だ、これまでは生肉ばかりだったのでグルメに目覚め始めているのは仕方ない事だろう。
肉串を食べ終えて次の料理を何にしようかと考えながら店を見ていると、広場の端の方に一軒の屋台を見つけた、何故か他の屋台と距離をとっている。
そこへ行ってみると屋台と言うより出張料理人とでも言う雰囲気だった、調理器具だけが整然と並べられ料理は作っていなかったのだ。
「ここは何を売ってる屋台なの?」
興味を持ったエルが聞いてみた。
「ここはメニューを見て注文を受けてから作り始める屋台です」
店主が答えた、見た目は22・23の青年に見えるが料理の経験は豊富そうだ。
メニューを見てみると普通のレストランと同じような料理が並んでいる、流石に種類は少ないしスープ系の料理は無いが。
とりあえず鶏肉のソテーとムニエル、猪肉の香草焼きを注文してみた。
テーブルは用意していないが近くに公園のベンチがあるのでそこで出来上がった料理を食べる、屋台料理とは思えない美味しさに全員舌鼓を打つ、やはり屋台と言うより出張料理店だ。
「あなたこの腕はどこかで修行していたんでしょう?何故屋台なんてやってるの?」
ヨネ子が疑問に思い聞いた、メニューもそうだが料理の味がプロの物だったからだ。
この世界でも普通料理人は師匠と呼べるシェフに師事した後その店で働いたり暖簾分けをしてもらい料理屋を開くのが一般的だ、決して才能が無いとは思えないこの料理人が何故店で働かず暖簾分けもされてないのかヨネ子的には不思議だった。
「それは・・・まあ色々あるんですよ」
ヨネ子はその色々を聞きたかったのだが、本人が言いたくなさそうなのでこれ以上聞くのはやめた。
この日はこのまま帰った、そして再びエルとアスカの訓練を始めた。
そして夕食、もちろんエレンの成果を試す場だ。
セリーヌ、アメリア、ユリアナの3人はエレンが作った料理と聞いて少し複雑な表情をしている、それも仕方ない、旧『デザートイーグル』の時エレンとセリーヌの2人は料理が出来なかった、いやさせられなかったほど料理下手だったからだ。
それでも見た目はなんとか形になっている、後は味だ。
ヨネ子もエレンの料理下手は知っている、だからこそ料理を覚えるよう命令したのだ。
ここは『デザートイーグル』のリーダーらしくセリーヌが最初に口をつけた。
「あら、普通に美味しい」
その一言を聞いて他の者も食べ始めた。
「あ、本当、美味しいわ」
「確かに。これ本当にエレンが作ったのよね」
アメリアも普通に称賛したがユリアナは失礼な質問をして来た。
「もちろん私が作りましたよ」
セリーヌ達の評価にさっきまで自信なさげにしていたエレンは胸を張って答えた、ここらへんは割と現金だ。
ともあれ他の者の評価は「普通」である、セリーヌ、アメリア、ユリアナの3人は『デザートイーグル』時代のエレンを知っているからこその感動だったと言える。
それでも「料理を作らせられない」から「普通の料理を作れる」ようになったのだヨネ子としてはその成長を喜ぶしか無い。
だからと言って褒めるような事もしない、それがヨネ子と言う人間だから。
翌日、今日もエレンは料理の修行なので前日に引き続き3人で街の散策を始める。
今日は領主館や兵舎がある現代風に言うなら官庁街を経て庶民の住宅街を見て回る、流石に領主は侯爵だけあって領主館は大きかったがそれ以外は特に目を引く物は何も無かった。
そして昼過ぎ、前日と違い今日は最初から前日の広場の端の屋台を目指すとそこには沢山の人が集まって人垣を作っていた。
その人垣を掻き分けて前に出ると、昨日の屋台が無残に破壊されていた。
そして店主は数人の人相のあまり良く無い男達に囲まれ蹲って呻いていた、どうやら男達に暴力を振るわれたようだ、しかも店主の右腕は不自然に折れ曲がっている。
「これに懲りたら2度と料理なんかするんじゃねえぞ」
男達の中で一際目付きの悪い男が店主に向かって言ってからその場を離れ出した。
「おらどけ!見せ物じゃねえぞ」
いかにもチンピラ風の雑魚が言いそうなテンプレの言葉を吐くと男達はその場を立ち去った。
店主は屋台の残骸の前でなおも蹲ったまま呻いているが誰も助けようとはしない。
「どうして誰も助けないの?」
ヨネ子が周りで見ている者達に聞いた。
「それは、助けたいのはやまやまなんだが、助けるとさっきの男達が今度はその助けたやつを襲うんだよ。前にも同じ事があってな、その時助けたやつも骨を折られて一月以上仕事が出来なかった」
「そう」
ヨネ子はそう言うと店主の元に近付いた、そして治療する。
「メガヒール」
店主の傷は一瞬で治癒した。
「すげー」
「なんだあれ、魔法か?」
「一瞬で治療したぞ」
周りの野次馬の反応が店主への同情から治癒魔法への驚きへと変わった。
「え?痛くない。折れてない。あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
店主も現状を認識するとヨネ子に何度も何度もお礼を言った。
「別に大した事じゃ無いわ。それよりあなたの料理を食べに来たの、作ってくれない?」
「そう言われましても、屋台も食材も見ての通りでして」
店主は悔しそうに屋台の残骸を指差して言った。
「じゃあ私達の家に来て作りなさい」
「は、はあ。それで良ければ作らせていただきますが。これをこのままにしておくわけにもいきませんので少し時間を下さい」
「そのガラクタをどうするの?」
「はい、流石にもう使い物になりませんので片付けて後日焼こうと思います」
「なら私に任せなさい」
ヨネ子はそ言うと屋台の残骸を収納に収めた。
「なっ!収納魔法ですか?」
驚く店主、周りの野次馬の反応も同じようなものだ、しかしヨネ子はそれを無視し何も言わず広場の中央の何も無い場所にやって来た、そしてそこに屋台の残骸を出した。
「マグマ」
ヨネ子はその残骸をマグマで焼いた、流石に「ファイヤー」などと違い超高温のため一瞬で屋台の残骸は焼け尽くした、それを確認してから広場を元に戻す。
「さあ、これで屋台の処分は終わったわよ」
「あ、あの。あなたはいったい」
「そう言えば名乗ってなかったわね。私はマーガレット。こっちがエル、この子がアスカよ」
「あ、わ、私はブレイザーと申します」
「そう、じゃあブレイザー、行くわよ」
今更ながらの自己紹介が終わるとヨネ子はブレイザーを連れてホームへの帰路についた、しかしそれを阻む者が現れた、言わずと知れた、先程の男達だ。
「ちょっと待ちな姉ちゃん達。その男をどこへ連れて行こうってんだい?」
現れたのは9人、さっきより人数が多いがこれはアスカを見て人数を増やしたのだ。
その中で先ほど捨て台詞を吐いた目付きの悪い男が声を掛けてきた。
「何処だろうとあなた達には関係ないでしょ」
「そう言う訳には行かねえんだよ。その男を置いていきな、さもないと痛い目を見るぜ」
その言葉を合図に男達はそれぞれ武器を取り出して構え始めた、ヨネ子とエルの事は侮っているがアスカの事を警戒して武器を用意してきたのだ。
それに対してヨネ子達は全く動じていない、まあヨネ子達を動じさせる事が出来る者など居ないのだが。
「エル、丁度あなたの練習相手が出来たけどどうする?」
「そうね、でもどこまでやって良いの?」
「一応殺さなければ何をしても良いわ」
「わかった」
そう返事をするとエルはバスターソードを構えながら前に出た。
「おいおい嬢ちゃんが相手かい?女だからって容赦出来ねえぜ?」
「そうなの?私は殺さないよう手加減するけどね」
駆け引きと言うものをした事が無いエルは普通に思った事を言っただけだが、男達にとっては煽っているように聞こえた。
「何だとてめえ。そんな軽口が2度と吐けねえようにしてやるぜ。野郎どもかかれ」
リーダー風の男の言葉で4人が連携して攻撃してきて、残りは逃さないようエルの後方に3人回り込むと2人は攻撃した者のサポートに回った。
激昂していても戦闘そのものは冷静だ、それだけに戦い慣れた者達だとわかる。
しかしそんな男達もエルにしてみればただの雑魚である。
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ
「ウガー」「ギャー」「グワー」「がああぁぁ」
一瞬で9人全員を斬り伏せた、が、流石にエルは人間の事など良く知らないのでそのままヨネ子の元に戻った。
エルとしては約束通り殺さなかったのでこれで良いと思っている、実際はこのまま放置すれば出血多量で死んでしまうので問題があるのだが。
しかしそこはヨネ子はしっかり把握している、すぐにエルと入れ替わりで男達の元に向かうと止血だけした。
「さあ、帰るわよ」
ヨネ子はその男達を置き去りにして帰途についた、それにエルとアスカも続く。
ブレイザーもそれに続いた、流石にエルの強さを見せつけられた後では逆らえない、尤も最初から逆らうつもりも無いが。
ホームに帰るとエレン、メアリ、シェンムーの3人にブレイザーを紹介して昼食を作らせた。
『デザートイーグル』は今日も仕事に行っている。
そして食事をしながら何故ブレイザーが男達に襲われたのかを聞いた。
それによると、ブレイザーは元々『金麦亭』と言うレストランで働いていたと言う、そしてそのレストランの店主の娘と恋仲になった事で将来は『金麦亭』を継ぐ事になっていたらしい。
しかしそれに嫉妬した兄弟子により窃盗の冤罪をかけられて店主の不興を買い店を追い出されたそうだ。
まともな裁判などと言うものが無いこの世界ではここまでなら割とある事らしい。
しかしこの兄弟子はかなり執着心が強いようで、ブレイザーを店から追放した後も執拗にブレイザーの邪魔をし続けていると言う。
これはその兄弟子よりブレイザーの方が料理人としても素質が上だった事に起因するらしい、そう言い切れるだけの腕の差があるらしい。
そのせいで同じ『金麦亭』の料理なのにレストランより屋台の方が美味しいと言う評価を受けるのは屈辱だったのだろうとブレイザーは分析した。
確かに関係ない者からすればよく聞く話しの一つだろう、それだけに前日屋台をやっている理由を聞いた時に言いたく無さそうにしていたのだ。
しかし流石に今日は怪我の治療をしてもらい、屋台の残骸の処分をしてもらい、嫌がらせをしていた男達を倒してくれたのだ、その恩に報いるためにも理由を語った。
「そうだったの、じゃあこの後もまた嫌がらせはされるって事ね」
「でしょうね」
ヨネ子の質問にエルもやれやれと言った感じで相槌を打った。
「そうですね、でも何とかするしか無いです」
ブレイザーは半ば諦め気味に答えた。
「だったらあなた私達のパーティーの料理人をしない?」
「へっ?パーティーの料理人?ですか?」
ブレイザーは今一つ意味が理解できなかった。
「私達はハンターパーティー『白金神龍』よ、私達丁度野営の時とかの料理人が欲しかったの」
ヨネ子は他のメンバーには言っていなかったが、パーティーに料理人が欲しいと思っていた。
ヨネ子は料理はどちらかと言えば得意な方だ、しかし暗殺者の習性として利き腕どころか両手とも塞がる事のある料理を普段からする事はない。
エルは神龍でありその身体は神力でできている、なので普段はヨネ子から人間として生活するようにと言われているから食事をしているだけで基本的には食事の必要は無い、なので料理など考えた事もない。
アスカは料理と言う概念さえ無かったスノーサーベルタイガーであり、そもそも身体構造的に料理など出来ない。
エレンに料理を覚えさせようとしているのは流一の嫁と言う以外にこう言う事情もあった、なのでブレイザーが料理人として同行するなら丁度良いと思ったのだ。
「マーガレットさん達はハンターだったんですか?道理で強いはずです。それより野営の時って調理道具はどうするんですか?」
「さっき見たでしょ。調理道具も調味料や食材も、全て収納魔法で持っていくわ。レストランと遜色ない料理が作れるはずよ」
それを聞いたブレイザーはしばし考えた、料理人になろうとしたのは沢山の人に美味しい料理を食べさせたかったからだ。
しかし修行した店を追われ、店を始めても兄弟子の嫌がらせのために店を続けられない、それどころか料理人自体続けるのが難しくなった。
出した結論は。
「私で宜しければお願い致します」
だった、これで旅の不安、いや不満が1つ解決した。




