100 帰国
「じゃあエル、行きましょう」
「待ってくれ、俺も一緒に連れて帰ってくれ」
地球用の洋服が出来るとヨネ子は直ぐにエルとファティマに向かおうとしたが流一に止められた。
「何?帰ってどうするの?」
「地球と行き来出来るようになるなら俺もやりたい事がある」
「魔法は使えないわよ」
「放出系はね。俺もマナ繊維で下着と服を作ってもらったんだ」
「そう、ならいいわ」
「マーガレット、勝手にマナ繊維を使ったことを怒らないの?」
「ええ、黙ってた事はいい事じゃないけど、それくらい帝配の地位にあるんだからしても問題無いわ。それにちょうど良い考えも有るし」
勝手なことをした流一を怒らないのか聞いたエルに、ヨネ子は少し考えてから答えた。
「良い考え?そう、貴方がそう言うなら良いんでしょうね」
「ありがとう」
こうしてヨネ子、エル、流一の3人でファティマへと向かった。
「いらっしゃいませ」
ファティマでは直ぐにレムウが出迎えてくれた、大使館を通して通信の魔道具でヨネ子達が行くことが伝えられていたからだ、なのでそのまま追憶の塔へと案内された。
レムウは追憶の塔の送還の間に3人が入るのを確認すると帰路に付いた、また戻ってくると聞いているので見送りなどもしない。
3人が送還の魔法陣の上に立つとヨネ子が魔力を流す、そして無事送還された先は見覚えのあるエブゴゴの町の外れの広場だ。
3人はそこからエブゴゴに挨拶して人間のいる所までやって来た、そしてインドネシアの首都ジャカルタまで行く。
ジャカルタではホテルに宿泊する、そしてヨネ子だけが暗殺者マーガレットに変装して出かけた、これから裏社会の伝手で流一とエルのパスポートを作るのだ、もちろん偽造で。
流一のパスポートも作るのは、本物はアメリカに居る事になっているからだ、そして住所をヨネ子のダミー用の住所に変えておく必要もあった、そうしなければ家族への確認等をされた時に不正がバレる可能性があるからだ。
パスポートは3日程で出来た、その間エルと流一は暢気に観光をしていた、しかしヨネ子はパスポートの記載上はインドネシアに居た事になっているが約1年半程の無許可の長期滞在になっているので罰金の支払い等空港の税関で止められないための手続きをしていた。
全ての準備が整うと3人は日本へと帰国した、そしてヨネ子とエルは両親に簡単に挨拶した後ホテルに泊まる事にした、流一はそのまま実家に泊まって別行動だ。
翌日、ヨネ子はエルを連れ東京の赤羽にある持ちビルにやって来た、そしてそのビルの裏にあるオーナー専用出入口から入っていく。
この入り口は地下のオーナールームにしか繋がっていない、他の部屋とは完全に分断された特殊な作りだ。
「お帰りなさいませマスター」
オーナールームではヨネ子自作の管理AIロボットが挨拶してくれた、ロボットとは言っても自律型では無い、見た目は椅子に座った人間型ロボットだが動くことが出来ない。
「マーガレット、このゴーレムは何?」
ロボットなど知らないエルには金属ゴーレムに見えたのだろう、その事について聞いて来た。
「これは私が作ったこのビルの管理用AIよ。このビルの全てはこのAIが管理しているわ、他にも色々機能があるけど長くなるからその内教えるわ」
「マーガレットはこっちでもお金持ちなのね。こんな凄い建物を持ってるなんて」
「まあ確かにお金持ちよ。それにこれと同じ機能のビルが後2つあるわ、後でそこにも行くから楽しみにしてて」
「こんなのがまだあるの?凄いわね。でもマーガレットの両親はそこまでお金持ちそうに見えなかったけど自分で稼いだの?」
「いいえ、これは師匠から受け継いだ遺産を使って作ったり改良したりしたのよ」
「師匠って暗殺者の?遺産って事はもう死んでるの?」
「そうよ、私が殺したの。まあその話は今度機会があったら聞かせてあげるわ。それよりこっちに来て」
ヨネ子は話を途中で強引に終わらせると管理AIの後方にある部屋へと連れて行った、そこには1LDK程の生活スペースと10畳程のモニタールームのような部屋と10畳と5畳程の医療設備の整った部屋がある、ここら辺はMD資格を持つヨネ子らしい。
「こんな部屋があったらホテルに泊まらなくてもよかったんじゃ無い?」
それを見たエルが素直な感想を漏らした。
「ココは緊急用だから。それよりこの奥の部屋にマナルームを作るわよ」
マナルームとはマナを充満させた部屋と言う意味だ、ヨネ子は異世界とはゲートの魔法を使って行き来するつもりだがそのためには地球にもマナの豊富な空間が必要になる、その空間をこの部屋に作るつもりなのだ。
「ココに?でもマナルームを作ってどうするの?ゲートが私たちの世界と繋がるの?」
「そうよ、そのためにこの部屋をマナで満たす必要があるの。コレでね」
ヨネ子はそう言いながら服のポケット部分に収納魔法を発動してドラゴンの魔石を1つ取り出した、マナ繊維の服のおかげで服の内側なら魔法が普通に使えるのだ。
「あら本当、あっちの世界で収納した魔石がこっちの世界で取り出せてる。知ってたの?」
「ええ、前にあっちの世界でこっちの道具を使った事があったでしょ?」
「ああ、そう言えば拷問する時に変わった道具を使うなって思ってたけどアレこっちの道具だったのね」
「そう言うことよ。だから異次元を介せばあっちの世界とこっちの世界を往来できるとわかったの」
「そうだったのね。でもこの世界はマナがないからマナルームを作っても直ぐ拡散して無くなるんじゃ無いの?大丈夫?」
「そこは大丈夫よ、ここはただの医療部屋じゃ無いの、陰圧室に出来るのよ」
「陰圧室?それは何?」
「陰圧室って言うのは外より空気の圧力が低い部屋の事よ。元々完全密閉された部屋の上に空気の圧力が低いからドアを開けても空気が入ってくるだけで外に漏れる事は無いわ」
「へー、そんな部屋があるのね。でもそれなら安心ね」
「そうよ、じゃあ手早く済ませましょう」
ヨネ子はそう言うと用意していた魔石のマナを拡散する魔道具を起動した、マナを拡散する魔道具は最初はマナ繊維で包んでいる、そうしないと地球では発動しないからだ、そしてある程度部屋の中にマナが充満するとマナ繊維は外した。
「じゃあ起動確認よ」
ヨネ子はそう言ってアルケオンの王宮にゲートを繋げた、そしてちゃんと繋がっていることを確認しから赤羽のビルに戻った。
「どう、ちゃんと繋がったでしょ」
「本当、凄いわね」
「じゃあNo.2陰圧室の管理もしておいて」
No.2はこのAIの呼称だ、他にはアメリカにNo.1が、フランスにNo.3がある、ヨネ子の持つ3つのビルの管理AIだ。
因みにこの3つはインターネット回線を使いリンクしているとともにヨネ子ならパソコンはもちろんスマホでもどこからでもアクセス出来る・・・異世界以外なら。
「命令を受諾しました」
そうしてヨネ子はエルと2人、赤羽のビルを後にした。
次に向かったのは成田空港、そこからアメリカのワシントンDCにやって来た、アメリカのビルはホワイトハウスの直ぐ近くにあるのだ。
3つのビルは全て同じようなオーナールームが設置してある、なのでここでも同じようにマナルームを作った。
そして次はフランス、ここでも首都であるパリの郊外にビルがある、そしてここでもマナルームを作ると東京に戻った。
因みに東京まではシャルル・ド・ゴール空港から空路で戻った、パスポートは日本の物なので日本にいる事にした方が都合が良いからだ。
日本に帰ると直ぐに流一と合流した、流一の隣には友人の中井是音と結城明の2人が居る。
友人2人が同席しているのはヨネ子の指示だ、ヨネ子は流一が信頼している事もあるが独自に2人を調査して信用できる人物と確信していた、だからこそこの2人にさせたい事があったのだ。
場所は東京の一流ホテルのスイートルーム、ヨネ子とエルはこの部屋に泊まる事にしている、そして流一達をこの部屋に連れて来たのは当然誰にも聞かせられない話をするからだ。
「貴方達は異世界の事をどの程度聞いてるの?」
ヨネ子は友人2人にストレートに聞いた、流一から異世界の事を話しているのは聞いていたからだ。
「えっと、小説や漫画みたいな異世界があってそこの女の子と結婚したらいつのまにかその子が皇帝になってたって事くらいかな」
中井是音が答えた。
「そう、で、貴方達は異世界に行きたいと思う?」
「遊びになら行きたいとは思うけど、住むのはちょっと・・・命は惜しいしね」
是音と顔を見合わせて同時にうなずくと今度は結城明が答えた。
「ちょうど良いわ。これから私たちの国を発展させるためにこちらの世界の物を色々持っていきたいんだけど仲介者が必要なの。貴方達にそれをやってほしいのよ」
「えっ?俺たちまだ学生だよ。それに異世界ってそんなに簡単に行き来できないんでしょ」
明が困惑したような顔で答えた。
「大丈夫よ、とりあえず私がダミー会社を設立するから、貴方達2人はそこの責任者になって欲しいの。もちろん給料はそれに見合った分出すし異世界に遊びに連れて行ってもあげるわ」
「責任者って社長って事?」
「そうね、2人に差を付けるのは問題があるでしょうから流一を社長にして2人には副社長をしてもらうわ」
「ええ、いきなり副社長?ダミーって言っても仕事は普通にするんでしょ、俺たちで大丈夫なの?」
「それは貴方達がしたい仕事で良いから大丈夫よ、ずっと赤字だったとしても貴方達の給料は出せるから安心して」
「本当にずっと赤字で良いの?それで大丈夫なの?」
是音は心配性なのかしつこく確認してくる、それでもヨネ子が根気よく説得したお陰で話はまとまった。
そしてダミー会社の職種は貿易会社とする事が決まった、ただそのために中井是音と結城明の貿易会社に勤める先輩数人をスカウトする事になったがそれはヨネ子も了承した。
さらに副社長になるならと是音、明共に大学は中退する事になった、流一はそこまでする事は無いと言ったが2人とも意志は固かった。
そしてその日からダミー会社設立に向けて全員で動き出す、本社はヨネ子が持つ赤羽のビルにテナントとして入った、その方が色々と都合が良いからだ。
そして会社の登記などの法的な手続きや求人などを1ヶ月ほどの短期間でやり上げた、ヨネ子が付いているとは言え驚異的なスピードだ。
その間エルは東京中の店を巡っていた、そして色々な物を買っていた、もちろんお金はヨネ子から充分な額をもらっている、ただし何を買ったかは後でヨネ子に報告する様にしていた。
1ヶ月で会社設立の準備は出来たが従業員は東京近郊に住む者以外は部屋探しや引っ越しに時間がかかる、なので会社の設立はもう1ヶ月先にした。
なのでヨネ子はエルと本屋巡りをする事にした、主に技術者や職人用の書籍を探す、異世界に有る物だけで技術を向上させる事が出来るような専門書が目的だ。
東京なら大型の書店が多く専門書も豊富に揃っている、さらに神田のような古書店の充実した場所もあるので絶版の本でも探せば見つかる事も多い。
ただ本の内容は読まないとわからないので1日に行ける本屋は限られている、是音や明には回りきれなかった本屋で本を買わせる事も考えている。
他にも本屋では学校の教科書になりそうな物を買い漁った、これはそのままでは基礎学力や概念が違いすぎて使えないが、これらを参考にして異世界用の教科書を作らせるのだ。
そのために骨董品の凸版印刷機と教科書用の紙も大量に購入した、印刷機が骨董品なのは最新式は全て電動なので異世界では使えないからだ。
そんな買い物中ふとエルが聞いて来た。
「ねえ、パソコン買ったらマーガレットが充電してくれる?」
「しても良いけどどうせなら発電機も買いなさい」
「でもアレって煩いって聞いたわよ。ガソリンだったかしら燃料も必要なんでしょ」
「音は魔法で消せば良いわ。ずっと使いっぱなしじゃ無ければ燃料もそんなに減らないし」
「本当?じゃあマーガレットが選んで」
エルにそう言われたヨネ子はついでなのでノートパソコンを5台買った、ノート型なのは持ち運びが便利だからだ、そして5台なのはエレン、レーナ、アスカ、『デザートイーグル』用も入れてだ。
エレン達にはこのパソコンで地球に来る前に地球の常識をレクチャーするために必要だと判断したからだ、なのでその手のソフトをインストールした。
そして発電機も長く使えるよう工業用の大型の物を燃料満タンでパソコンに合わせ5台購入した。
そして開業まで2週間となった日、ヨネ子とエルは異世界に帰る事にした、しかし流一は社長としてやる事もあるので開業の後1週間ほどは地球に止まる事になる。
ただこのまま帰ると流一が帰れずに困ってしまう、なので異世界との往来の方法を教えるついでに異世界で会社設立の記念パーティーをする事にした。
そしてそのパーティーには中井是音と結城明の他2人が連れて来た5人の先輩も誘う事にした、会社設立の真の目的を伝える為だ。




