010 神龍
「お前は何者だ?」
やって来たのはマナ領域の発現者にしてスノーサーベルタイガーにとっての神『白金神龍』だ、その姿はプラチナ色の鱗に覆われた東洋のドラゴンそのもの、違いといえば宝玉を持っていない事くらいだ。
〔〔〔〔〔神龍様!〕〕〕〕〕
その姿を見たスノーサーベルタイガーは全員が驚きを持って迎えた、数百年ぶりの顕現である、この中に話を聞いたものはいても実際に見たことのあるものはいないのだからその驚きと感動は手に取るようにわかる。
神龍には流石のエレンも萎縮した、スノーサーベルタイガーに囲まれていてさえ平然としていたが流石に最上位のドラゴンには畏怖を覚えた。
それに対しヨネ子はやはり落ち着いている、ドラゴンの威圧は感じているがヨネ子を怯ませるほどではない。
「私はマーガレットよ」
「名前の事では無い、何者だと聞いているのだ」
「私はマーガレット、それ以上でもそれ以下でもないわ」
ヨネ子はドラゴンの聞きたい事が「どう言う存在なのか」という事なのはわかっている、それでも挑発しているわけでは無いがあえて名前だけを答えた、そこにはヨネ子なりの矜恃があるのだろう。
〔どうやら力ずくで聞くしかないようだな。お前達、下がっていろ〕
神龍はとくに怒っている様子はないがヨネ子との戦いを決意した、その心境は「強がっているお子様を躾けてやろう」といったところだ、そのためスノーサーベルタイガーに邪魔にならないよう下がらせた。
「エレン、貴方も下がっていなさい」
ヨネ子もエレンを下がらせた、この世界に来て初めて本気になっている。
ヨネ子はボレアースで作ったばかりのショートソードを構えた、サバイバルナイフでは刃渡りが足りないと考えたからだ。
「ほう、亜神たるこのワシに挑もうとは大した度胸だ」
神龍は神の力をほとんど使えないとは言えこの世界最強の存在だという自負がある、なのでかなり余裕のある態度だ。
それに対しヨネ子は油断も傲りもしない、ただ久しぶりに勝てると確信出来ない相手を前に震えていた、もちろん武者震いだ。
本来勝てる見込みが無ければ絶対に戦わないのが暗殺者に限らず裏の世界のプロの常識だが、ヨネ子は今回初めてその常識を打ち破った、これも暗殺者としては生きていかないという決意の現れの1つだろう。
「では行くわよ」
ヨネ子はそう言うと魔法でスーっと空中に浮き上がった。
神龍は体長25メールほどで胴回りが3メートルほどに見える、その巨体が空中に浮いて軽くトグロを巻いている、地上からでは不利なだけでは無く魔法以外の攻撃が届かないからこそだ。
「ほう、飛行魔法か。人間にしてはやるようだな」
「残念だけど私が使っているのは飛行魔法じゃないわよ」
「空を飛んでおいて飛行魔法では無いと?おかしな事を言う人間だ!」
神龍は余裕で話をしながら、言い終わると同時に尻尾を使って最初の攻撃を仕掛けて来た。
ヨネ子はそれを急上昇で危なげなく避ける、とすぐに神龍の頭に急下降しながら切り掛かった。
「なにっ!?」
神龍も危なげなく避けはしたがその動きに驚いた、直線的な動きで急上昇の直後に急下降するなど飛行魔法では考えられない動きだったからだ。
ドガーーーン
神龍が考え事をした一瞬の隙にヨネ子はサンダーの魔法を浴びせた、それなりに威力のある魔法だが魔法障壁で弾かれてしまった。
ただこの事で1つの仮説が生まれた、魔法障壁で防御するという事は魔法攻撃は有効なのではないかと。
そこでヨネ子はそれを検証すべく神龍を煽った。
「あらあら、うまく避けたわね。私の雷の味見をしてくれても良かったのに」
神龍はその煽りに簡単に乗った、元より駆け引きなどというものが必要無かった存在なのだ、ヨネ子の心理など全く想像できない。
「その前にお前に本当の雷がどんなものか見せてやろう。サンダー」
「ウォーター」
ヨネ子は神龍のサンダーに合わせてウォーターの魔法を使った、自分の頭上から神龍にかけて細い水の道を作ったのだ。
そう避雷針の原理でサンダーの落ちる場所を神龍自身に変えたのだ。
ドガーーーン
「グワー!」
流石の神龍も自分の放ったサンダーが自分自身に落ちるとは思っていなかったのでまともに食らってしまった。
ヨネ子の予想通り魔法攻撃は有効のようだ、ただダメージはあまり負っていない、やはり神龍の身体は丈夫なのだろう。
「丈夫な身体で良かったわね」
大したダメージを負っていない神龍を見てヨネ子は再び煽った。
「おのれー、これはサンダーのようには行くまい。メテオ」
神龍は今度は隕石を落として来た、冷静になれば他の魔法でもよかったと気付くのであろうが、煽られてつい上からの攻撃に意識が集中してしまっている。
ヨネ子もそれはわかっている、そしてメテオはサンダーほど高速では無いので視認してからでも対策は出来る。
「物理障壁」
ヨネ子は神龍より高く飛び上がり物理障壁を展開した。
「そんな物でワシのメテオが防げるものか」
ドガッ
ドガッ
「グワーーー」
再び神龍が悲鳴を上げた。
ヨネ子はメテオを防ぐためでは無く軌道を逸らせるために物理障壁を展開したのだ、これなら物理障壁の強度はそれ程高く無くて良い、そしてもちろん逸らせた先が神龍の元なのも計算づくだ。
サンダー以上の攻撃だったが、それでもやはり神龍は大したダメージは負っていない。
ガキーーーン
その神龍にヨネ子は間髪入れず剣で斬りつけた、しかし普通に斬撃を与えても神龍の鱗には通用しないようだ。
しかしこの攻撃で逆に神龍は冷静さを取り戻してしまった。
「すまない、どうやらお前を甘く見すぎていたようだ。これからは対等な強者として戦わせてもらおう」
その言葉にヨネ子も応えた。
「では私もこれからは本気で戦いましょう」
ヨネ子の言う本気とは殺すつもりでと言う事だ、これまでは神龍に魔法が通用するかどうかの実験のような戦いだった、手を抜いていたわけでは無いが本来の戦い方では無かったのも事実だ。
先手は神龍が取った、最初と同じように尻尾で攻撃して来た、しかし今度はスピードが違う。
流石のヨネ子も今回は反撃出来なかった。
そこへ神龍が追撃をする、手足の爪で引き裂こうとしたり全身を使いヨネ子を絡め取ろうとするがうまくいかない。
ヨネ子はV字やZ字に高速で避ける、飛行魔法ではありえない動きだ、だからこそ神龍は余計に動きが読めず攻撃が当たらない。
ザクッ ザクッ ザクッ
それに対しヨネ子は斬撃から刺突に変え、場所も腕や脚の付け根や腹部といった鱗の柔らかい部分を狙う事で徐々に神龍の身体を傷付けていった。
神龍の身体は神力で出来ているとは言っても地上で生活するため身体構造そのものは他の生き物と大差はない、なので神経も有るし血液も有る、そのため刺突が決まるたびに苦痛の表情になり血も流している。
しかし身体の柔らかい部分の攻撃だけでは致命傷を与えることが出来ない、なのでヨネ子は次に鱗の隙間を狙った。
神龍の動きが弱い部分をカバーするような動きに変わったのでそれに合わせたと言うことも理由だ。
ザクッ ザクッ ザクッ
予想通り鱗の隙間も剣が刺さるようだ、そして刺された鱗の隙間からも血液が流れ出してくる。
綺麗なプラチナ色の身体の3割ほどが流れ出る血液で赤く染った時、ヨネ子は一旦離れて魔法で攻撃する。
「スプライト」
スプライトとは「超高高度雷放電」の事だ、雲の上から宇宙に向かって放出される高エネルギーの放電現象を地上で再現した魔法、これにより血液を介して身体の内部に電撃を浴びせる作戦なのだ。
この魔法と戦法は元々旧『デザートイーグル』がマンモスの魔物戦で使ったものだ、最も教えたのはヨネ子だが。
ズガガガーーーン
「グガァァァーー」
流石の神龍もこの攻撃には大きなダメージを負った、そして一気に戦意を喪失した。
戦意を喪失したとは言っても戦いを止めただけで怖気付いたわけではない。
「今の魔法は何だ?」
「スプライトと言う雷魔法の1つよ」
ヨネ子も神龍が戦いを止めたのに気が付いたので一旦戦いを止め質問に答えた。
「お前の飛行魔法は何故あんな動きが出来る?それにいくら柔らかい部分とは言え足場も無いのにあれほど威力のある突きが出来るのは何故だ?」
「言ったでしょ、飛行魔法じゃないって。あれは空間を切り取って周りの空間ごと移動しているのよ、だから言わば移動魔法ね。それに空間を切り取っているから見えないだけで足場は有るわよ、そうでなければ貴方が言った通り威力のある刺突は出来ないわ」
「そうか、ワシにはすぐには理解出来んな・・・お前は何故そんな事が出来るんだ?お前も亜神なのか?」
「私は亜神ではないわ、貴方達から見れば異世界人よ」
「異世界人・・・そうか、お前の世界の事はワシにはわからん・・・神へと陞神すればわかるのであろうか」
「さあね、それこそ神でも亜神でもない私にはわからない事だわ」
「ふむ、それもそうか。ではマーガレットよワシを陞神させよ」
陞神させよとは殺せと言う意味である、2000年の寿命で死ぬ時は神か亜神か選べるが、それ以外で死んだ時は陞神が確定する、神力で身体を作るのは手間と時間がかかるためだ。
「神龍は随分諦めが早いのね」
「諦めか、お前達にはそう見えるのか。だがそうではない、ワシらは亜神とは言えドラゴンだ、故に力というものに対し敬意を持っておる、故にこそお前の力に敬意を示しておるのだ。敬うべき力の前で醜く足掻く事こそワシらにとっては悪なのだ」
「なるほどね、でも残念だけど貴方を殺す気は無いわよ。そもそもここにはスノーサーベルタイガーの出産問題の解決のために来ただけだもの。それに敵意も害意も持たないものを殺すほどの殺人狂でも無いしね」
「ではワシにどうしろと?」
「知らないわよ、そんな事自分で決めなさい」
「そうか、自分で決めて良いのじゃな?」
「当然でしょ」
「ではワシはお前達と共に行くことにしよう」
流石のヨネ子もこの意見には驚いた、しかしそれを顔に出したりはしない、そして考える、行動を共にするのがいいのかどうか。
相手は亜神でありドラゴンである、普通には連れて行けない、なので条件を付ける事にした。
「そう、なら条件があるわ」
「条件とは?」
「人間に変身したまま人間として生活する事」
「何だ、そんな事か。それなら大丈夫だ」
神龍はそういうと人間に変身した・・・ヨネ子に。
「ちょっと、何で私に変身しているのよ」
「言ったであろう、強さに敬意を持っておると。人間に変身するならお前の姿以外になるつもりは無い。ワシより弱い者の姿になどなれるか」
「だったらせめて髪と目の色くらい変えなさい、他の人に見分けがつかないでしょ」
「なるほど、それもそうか。では何色が良いかお前が決めてくれ」
「じゃあ鱗に合わせて髪はプラチナブロンド、目の色は青と緑のオッドアイで」
「わかった、こうじゃな」
神龍はすぐに言われた通りに色を変えた。
「あと話し方は女の子らしくしなさい」
「女の子らしくとは?」
「私やエレンのような喋り方よ」
「わかった、お前達を参考にしよう・・・じゃない貴方達を参考にします」
「それで良いわ。後、名前はあるの?」
「いえ、私は白金神龍と呼ばれていただけよ。せっかくだからマーガレットが付けてくれない?」
「良いわ・・・じゃあエルでどう?私達の世界で神って意味よ」
「エル、神か。良いわね、気に入ったわ。じゃあ私の名前は今日からエルよ。宜しくねマーガレット」
話が決まると2人でエレンの元に歩いて行く。
「エレン、聞いてたんでしょ。これから一緒に行くことになったから仲良くね」
「はい、エルさん、これから宜しくね」
「こちらこそ宜しく」
エレンとの挨拶も終わり本題に入るべくギロンを呼んだ。
しかしギロンはあまりの出来事に呆然としていた、言葉は人間の言葉だったので何を言っているのかわからなかったが、明かに神である神龍が戦いに負けたのはわかったからだ。
仕方ないのでヨネ子達3人の方がギロンの元に向かった。
〔ギロン!〕
ヨネ子が一括するように名前を呼んだ、それでやっとギロンは正気に戻った。
〔あ、ああ、すいません。それで何でしょうか?〕
〔もちろん出産場所の事よ、貴方達の希望はあるの?〕
〔あの、どうにかしてくれるのですか?〕
流石に神龍より強い存在に話しかけられているのだ、少し前の殺気を浴びた時よりも萎縮している。
〔そのためにここまで来たのよ〕
〔そうでしたか、ありがとうございます。それでは寒さの凌げる場所を幾らか作ってもらえるとありがたいのですが〕
〔どれくらいの広さがいるの?〕
〔我々の身体2体分ほど有れば十分です〕
それを聞いてヨネ子はしばし考えた、幾らかと言われてもアバウト過ぎる、それに今後も個体数が増えれば早晩同じ問題に行き着く、それを解決する一番の方法を。
〔だったら出産の時だけ人間の土地を借りるのはどう?〕
もちろんこの言葉にギロンとクーラ達ヨネ子と戻ってきたスノーサーベルタイガーは驚いた、尤もそれ以外のスノーサーベルタイガーには「人間の土地」が何を意味しているか知らないので驚きようがないのだが。
 




