001 入替転移
処女作でもある前作『異世界に飛ばされたらメールだけ現代と繋がった』の続編となります。
この作品だけでも楽しめるようには書いていくつもりですが、世界観などを詳しく知りたい方は是非前作から読む事をお勧めします。
なお前作に引き続き不定期投稿となりますのでご了承下さい。
マーガレット(本名:米村ヨネ子)18歳、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)を12歳で卒業、14歳の時にMDの資格を取った才媛、付いたあだ名は『マッド才媛ティスト』、あだ名が示す通り思考が常人とはかけ離れている。
これだけの才媛でありながらヨネ子は頭でっかちの優等生では無い、運動能力も常人を遥かに凌駕している、ただしどれ程の能力かは公表されていない。
何故ならヨネ子は10歳から15歳まで裏の世界では世界一と呼ばれた暗殺者『モルス』に師事し、『モルス』の後継者として裏の世界では知らぬ者の居ない現役の暗殺者だからだ。
ただしヨネ子は現在現役ではあるが依頼は受けていない、いわゆる開店休業状態だ。
これも暗殺者の技術や心理を知りたくてなっただけで暗殺者として生きる気はサラサラないからだ、ただ暗殺者としての人脈や情報網が便利なので現役を続けている。
アメリカにいる頃は金髪縦ロール、青瞳、ゴスロリがトレードマークだったが、現在は黒髪ロングに茶瞳の普通の日本人らしい格好をしている。
これは日本にいる間は正体を隠す意味合いが大きい、そのため暗殺者としての人脈や情報網を使う時はアメリカにいた時と同じ格好をする。
そんなヨネ子には双子の兄がいる、名前は米村流一。
こちらはヨネ子に比べると見劣りするが、中学生の時は学業優秀でスポーツも剣道の大会で全国レベルの成績を収めるなど中々優秀だ。
その兄が約2年前、16歳の時に一緒に訪れたイスラエルの洞窟から異世界へと転移してしまった。
しかし運良く(?)流一とはスマホを介してメールが出来る事がわかった、なのでヨネ子はその能力をフルに発揮して流一が地球へと帰還する手助けをしていた。
そして現在、ヨネ子の姿はインドネシアのフローレス島にあった、今回は暗殺者としての人脈や情報網は使わないので日本人本来の姿だ。
この島のジャングルの奥地、『エブゴゴ』と呼ばれるUMAが居ると言われている地が流一の帰還場所だと予測したので迎えに来た、流石にこの地から流一が自力で日本まで帰り着く可能性は0に近いので仕方ない。
ヨネ子は異世界の流一とメールが繋がった副次効果とでも言うのだろうか魔法少女となっていた、これはスマホを介して異世界のマナを使えるようになったからだと思われる。
そしてそんな魔法の1つに『超言語』と言うものがある、これは全ての知的生命体とのコミュニケーションを可能にする魔法だ、これで『エブゴゴ』と会話する事が出来る。
因みにヨネ子の予想では、『エブゴゴ』とは異世界から送られてきた獣人の末裔では無いかと思っている。
そのため現代地球では『エブゴゴ』はUMA(未確認生物)だがヨネ子はその存在を確実視している。
ヨネ子は流一からのメールでもうすぐ帰還する事がわかった、なのでそれに合わせて『エブゴゴ』が居ると言われている地に単身乗り込んだ、そして遂に『エブゴゴ』と邂逅する。
尤も未開の地であり未確認の生物同士なのだ、平和的な訳はない。
「お前は誰だ?出て行け、ここは俺たちの縄張りだ。出ていかなければ殺す」
ヨネ子は6人ほどのエブゴゴに囲まれた、ただし隠れているエブゴゴも5人いる、その中でリーダーと目される獣人から警告を受けた。
「私の名前はマーガレット。もうすぐこの地に異世界から兄が帰還するので迎えにきたの」
ヨネ子は慌てることも臆する事もなく淡々と答えた、ヨネ子にとってここにいる獣人など物の数ではないとわかっているからだ。
常に命の危険に晒された状態を生き抜いてきたヨネ子には本能的に強者を見分ける能力が身に付いている、そして気配察知で隠れた獣人の人数や場所も全て把握している、世界一の暗殺者『モルス』の後継者の看板は伊達では無い。
「お前は何を言っている?異世界だと?兄が帰還するだと?そんな与太話を誰が信じるか!本当は俺たちを捕まえに来たんじゃ無いのか?」
「別に貴方達を捕まえたところで私には何のメリットも無いわよ」
「嘘をつくな、本当は俺たちを捕まえて、俺たちの町を奪うつもりだろ」
「そんな物には興味はないわ、それより本気で私を殺す気?だったら私も容赦しないわよ」
ヨネ子は割と本気で殺気を全開にした、もちろん無闇に獣人を殺す気など無い、相手が自分に勝てないと理解させるのが目的だ。
そしてそんなヨネ子の考え通りに事が進む、流石にジャングルで暮らす野生児達だけありヨネ子の殺気だけで自分達が勝てる相手かどうかは瞬時に理解した。
尤もそれが理解出来ないほどの愚か者ではジャングルの中では早死にするだけなので当然ではある。
「お、お前は、いや、貴方は何者ですか?」
獣人のリーダーは既にヨネ子に呑まれてしまった、いや、この場にいる獣人全員が同じ状態だ、これで会話がしやすくなった。
「言ったでしょ、私はマーガレット。ここには兄を迎えに来たと」
「わかりました、ではマーガレットさんを町にお連れします。私では異世界や帰還が何のことかわかりませんので長老達に聞いてください」
そう言うと獣人のリーダーはヨネ子を町へと連れて行った、最初に比べて随分と紳士的だ、余程ヨネ子の殺気が恐ろしかったのだろう。
リーダーが町とは言ったが人口は1000人強だと思われる、現代なら村規模だが獣人達が来たであろう異世界ではこれでも町で間違ってはいないのかもしれない。
ヨネ子は歓迎はされていないが敵対もされていない、おそらく獣人のリーダーが先導して連れてきたからだろう。
そしてリーダーはヨネ子を長老の元へと連れて行った。
「初めまして長老様、私はマーガレット。この地には異世界から帰還する兄を迎えに来ました」
「何と?今何と申した」
『エブゴゴ』はどうやら猿の獣人一種類だけのようだ、そして猿の獣人の平均寿命は50歳程度だが、長老と呼ばれる獣人は流石にそれより長生きのようで80歳前後に見える。
その長老が目に涙を浮かべながら聞き返してきた。
「異世界から帰還する兄を迎えに来たと言いました」
「おお、おお、おおお、伝説は本当じゃったか、これでやっと我が一族の使命が果たされるのじゃな」
長老は浮かべていた涙をポロポロとこぼしながら感慨深げに言った。
それを見ていたリーダーは長老が落ち着きを取り戻した頃に聞いた。
「長老、伝説とは何ですか?」
「おおそうじゃな、お前たち若い者にはまだ教えていなかったが良い機会じゃ、教えておこう。実は我等はこの世界の者では無いと言う言い伝えがあってのう、それに拠れば我等のご先祖様は異世界から志願してこの世界にやって来たと言うものじゃ」
「異世界から志願して?何故です?何故自分たちのいた世界を捨ててこの地に来たのですか?」
「それはな、我等がこの地に来てから約2000年後、この世界から異世界に渡った者が帰還する時に手助けをして欲しいという『始まりの魔法使い』様の願いを叶えるためと言う事じゃった。ご先祖様が何故その願いを聞くことにしたのかはわからんが、以来我が一族の使命としてこの地を守ってきたのじゃ」
「ではこのマーガレットと言う人が言ったことは本当の事なのですか?」
「そうじゃ、この人のお兄さんが伝説の「異世界に渡ったこの世界の者」で間違い無かろう」
使命が終わりを迎える、それは物語としてはハッピーエンドで素晴らしい事に違いない、しかし人の生はその後も続く。
2000年もの長きに亘り使命を果たすべく生きてきた一族が流一の帰還とともにその使命が終わる、つまり存在意義を無くすという事だ。
存在意義をなくした約1000人の獣人、本来の自分たちの世界に帰ることは不可能、これからの一族の未来は厳しい物になると予想される。
それがわかったのであろう、長老もリーダーも複雑な表情でお互いを見つめていた。
しかしそれは獣人の問題でありヨネ子には関係ない、どちらかと言えばヨネ子は使命を果たさせてくれる恩人である、なので空気も読まずに質問した。
もちろん空気を読まなかったのはわざとだ、答えの出ない問題をいつまでも引きずるのは時間の無駄でしかない。
「それで、その守って来た場所はどこですか?」
「おお、そうじゃったな。こちらへ来てくだされ」
そう言うと長老は村はずれの割と拓けた場所へとヨネ子を連れて行った、ここは1年に2度お祭りを開く場所らしい。
獣人達は祭りを開催する事でこの場所が荒れたりしないよう管理して来た、2度なのはこの地の気候が雨季と乾季しか無いためだ、つまり雨季の始まる直前と乾季の始まりに祭りを開催している。
この場所に目に見える魔法陣は無い、だからと言ってこの場所が帰還場所では無いとは限らない、ヨネ子はこの場所で野営しながら少し調べる事にした。
「ありがとうございました。私は兄が帰還するまでここで野営します」
「そうですか、では我々は町に帰ります。何かあればお手伝いしますので声をかけてください。それでは」
そう言うと長老とリーダーは町に帰って行った。
翌朝、ヨネ子は流一に「帰還場所の魔法陣を調べるので帰還は今から12時間以上後にしなさい」とメールした、しかし返事は来ない。
流一は異世界ではお決まりのハンターと言う職業に就いていた、そして帰還の魔法陣がある場所までは仲間のハンターも共に来ている。
そのハンター仲間にはヨネ子とのメールを『知恵の魔法』と偽っていたので、流一はヨネ子にメールする時は仲間とは距離をとり隠れてしていた、なのでごくたまにしか無い事だがヨネ子の方からメールした場合速攻で返事が来ることは皆無だった。
なので返事が来ないからと言って調査の開始を遅らせたりはしない、ヨネ子はすぐに調査を開始した。
しばらくすると前日の内に長老から話しを聞いたのであろう、獣人たちがやって来た。
しかしヨネ子を警戒してか邪魔にならないよう気を遣ってかはわからないが遠巻きにヨネ子の事を見学している。
ヨネ子は最初こそ警戒したが、獣人達が危害を加えるつもりは無いようなので調査に専念しだした。
調査開始からすぐに奇妙な石の配列を見つけた、広場に無造作に転がっているようだが場所がしっかり固定されていて動かせない。
石は何の特徴も無い物で数もそう多くない、しかしその石の配置を確認すると半径3メートルほどの円の円周上に7個置かれていた、そしてその内側に5個の石が正五角形になるように置かれている。
この5個は五角形では無く頂点を星型に繋ぐ五芒星の可能性の方が高い、そうする事で「円の中心に五芒星」と言う簡易的な魔法陣になる。
ただこの魔法陣は簡易的な物でこれ自体に魔法を発動する能力は無い、尤もこの世界はマナがほとんどないので魔法を発動する能力のある魔法陣であったとしても魔法は発動しない。
その事から、これは受信専用の魔法陣だと考えられる、異世界で送還の魔法陣が起動した時に帰還場所として目印となる魔法陣なのだ。
受信専用とは言ったが、テレビやラジオの電波を受信するアンテナよりカミナリが落ちる時の避雷針の方がイメージとしては近いかもしれない。
いずれにせよそんな魔法陣が有ると言うことは流一の帰還場所はここで間違いないようだ。
その後は石そのものにも何か秘密や仕掛けが無いか調べていると、不意にヨネ子の周りが白く光った。
範囲は7個の石が囲んでいる円の内部だ、明らかに魔法陣が起動している。
ヨネ子は咄嗟に魔法陣から飛びのこうとしたが無理だった、既に身体の自由が奪われていたのだ。
とは言え物理的に拘束されている訳でも魔法的に拘束されている訳でも無い、異世界と繋がった事により魔法陣の影響範囲内が無重力化したのだ。
要するに飛びのこうにも足場が無くなっていたのだ、これではいかにヨネ子が類い稀な運動能力や反射神経を持っていたとしても直ぐに対処する事は出来ない。
どうやら流一はヨネ子からのメールを見てはいないようだ、なのでヨネ子の指示を守らず帰還の魔法陣を起動してしまった。
こうなってはジタバタしても始まらない、何よりヨネ子はこんな時でも慌てない、そして光に包まれたまま呟いた。
「あの馬鹿が、まあ私も異世界を楽しめば良いか。帰ってくるのはそう難しそうでも無いし」
獣人達が訳が分からず見守っていると、光が収まりそこにはヨネ子の兄流一が立っていた。
そしてヨネ子は異世界へ、その横には訳が分からず放心する少女と、帰還の魔法陣の外からヨネ子と少女を見つめる5人の女性達がいた。
ヨネ子はもちろんその全員を知っている、そう兄流一の仲間達だからだ。