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第八話

 ぎゅっとされた瞬間、ヴィオレッタは心臓が跳ねあがり、顔を真っ赤に染めた。


 バッセンの逞しい腕が、あのぎゅっとしてほしかった腕が自分の腰に手を回し、そして自分は今、その筋肉のしっかりとついた厚い胸板がすぐ傍にある。


 しかも、バッセンはヴィオレッタの体勢がきついと思ったのか、抱き直し、横抱きに変えると、ロアムを睨んだ。


 その瞬間、ヴィオレッタは歓喜した。


 お姫様だっこである。


 恥ずかしい。


 だが、今は一時の恥じらいなど胸の片隅に置いて、ヴィオレッタはその抱き上げられる感触に心から歓喜し、酔いしれていた。


 ヴィオレッタ!意識をしっかり持つのよ!今、恥ずかしさで気を失えば、貴方は絶対に後悔するわ!だからヴィオレッタ!踏ん張るのよ!そして、今という時間を存分に味わうのよ!


 心の中で自分にエールを送ったヴィオレッタである。


 バッセンの腕の中は、揺らぐことのない安定感である。


 きっと城にいる王子が私の事をお姫様抱っこしたならば、いつ落とされるだろうかと冷や冷やしただろうが、バッセンに抱かれている今、そんな不安は微塵もない。


 そして、ヴィオレッタは、ダメよ、ダメ。と思いながらも、そっとバッセンの胸に自分の頭を預けてみた。


 あ、幸せ。


 バッセン様の心臓の音が聞こえる。


「バッセン!」


「え?」


 ロアムの焦ったような声が聞こえたかと思い、バッセンを見上げると、何とバッセンの顔が茹でたタコよりも真っ赤に染まって硬直していた。


 ヴィオレッタは目を丸くしてバッセンを見上げて言った。


「バッセン様?え、もしかして重たかったですか?ご、ごめんなさい。」


 瞳を潤ませたヴィオレッタとバッセンの瞳があった瞬間、バッセンの意識は飛んだ。


 ロアムは目を丸くしてバッセンの眼前で手をひらひらと振り、そして呆れたように言った。


「ダメだ。気を失っている。」


「へ?だ、大丈夫ですか?」


「立ったまま、しかもヴィオレッタ嬢を落とすこともなく気を失うなんて器用だなぁ。さ、ヴィオレッタ嬢こちらへって、あ、手が取れない。」


「えぇ?」


「ははは!何とも器用な奴だなぁ。気を失っても、ヴィオレッタ嬢を手放す気はないようだ。ふふ。こいつは嫉妬深い夫になりますよ?」


 からかうようにロアムがそう言うと、ヴィオレッタは頬を赤く染めてはにかんだ笑みを浮かべた。


「そ・・そうなら、嬉しいです。」


 ロアムはまた大爆笑をすると、とりあえず人を呼んでバッセンと、ヴィオレッタを数人がかりでベッドに運んだのであった。


 どうにかバッセンの腕を外そうとしたが、ヴィオレッタからその手が離れることはなく、仕方がないと、事の発端であるロアムとアンナが部屋に残ってバッセンの意識が回復するのを待つこととなった。


 しばらくするとヴィオレッタもバッセンに抱きしめられているという事と、嫁入り前なのに一緒にベッドに入ってしまったと顔を真っ赤にして気を失ってしまった。


 今は二人して幸せそうに寝息を立てている。


 アンナは心配げにヴィオレッタとバッセンを見つめていた。


「大丈夫さ。しばらくしたら起きるだろうよ。でも、バッセンはここの所仕事が山積みだったから、骨休みになって良かった。」


 ロアムが笑いながらそう言うと、アンナは冷めた瞳で静かに言った。


「申し訳ございませんが、笑いながら言う事ではないかと。」


 女性に今まで冷たい口調で話しかけられたことのなかったロアムは思わず口をつぐみ、アンナを見た。


 黒髪をしっかりと後ろで止め、丸眼鏡をかけたアンナは冷ややかな目でロアムを見ていた。


「す、すみません。」


 思わずロア厶が姿勢を正してそう言うと、アンナは小さく息を吐いてからロアムに紅茶を用意して出した。


「ありがとう。」


「ロアム様。貴方と違い、お嬢様も、またバッセン様も恋愛ごとには不慣れでございます。」


「え?」


 さりげなく自分を卑下されたのを感じつつ、ロアムはアンナの言葉を聞いた。


「恋愛にはそれぞれのタイミングと、時間が必要です。なので、あまりお二人をからかわないで下さいませ。」


 その言葉にロアムは少し驚きながら尋ねた。


「俺だって別に邪魔しようとしたわけじゃないよ。アンナ嬢だって早く二人に幸せになってほしいでしょう?」


「もちろん幸せになっていただきたいです。ですが、女性に手慣れたロア厶様とお二人は違うのです。」


「へぇ。キミが俺の何を知っているの?」


 ロアムはアンナに詰めかけると、距離を縮めた。


 顔を覗き込むようにして微笑めば、大抵の女性は顔を赤らめて潤んだ瞳で自分を見てきた。


 だが、アンナはどうであろうか。


 ロアムはアンナが顔色一つ変えずにいる事に眉間にしわを寄せた。


 アンナは後ろに下がることなくロアムを見上げると、はっきりとした口調で、これまでのロアムの女性とのあれやこれやを棒読みで話し始めた。


 それは、自分でも思い出したくない女性との関係から、最近の者まで時系列であり、ロアムはアンナの口を自分の手でふさぐと、天を仰いだ。


「ごめんなさい。俺が悪かったです。」


 アンナはすっとロアムの手を振り払う。


「分かればいいのです。よろしくお願いいたします。メイドが出過ぎた真似をいたしました。申し訳ございません。」


 ロアムは初めて、敵に回したらいけない女性という物に出会ったのであった。






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