第三十七話
ハロウィンが書きたかったんです。
季節外れですが、どうかお許しください。
今日は運悪く砦の監視等の仕事についている者以外は、砦内の広場にて簡単ながらに砦を防衛した功績を讃えての企画が催される予定であった。
何でも、ちょうど砦を防衛していた為に行けなかった町の仮装の祭りをここでやり直すんだと、騎士らは家族を招き入れてかなり盛大に準備をしているようであった。
バッセンは許可は出したものの、仮装に参加するつもりはなく、ただ顔だけ出そうと思っていた。
そう。
先ほどまではそう思っていたのである。
「っち。ロアムめ!謀ったな!」
朝の訓練を終えて、シャワーを浴びていたバッセンに一言ロアムの声が聞こえた。
「あ、ここに着替え置いておくからな。」
「ん?ロアムか?着替えとはなんだ?」
「ちゃんと着て来いよ。」
笑い声を含んだその声に、嫌な予感がして慌ててシャワーを止めて出たのだが、すでにその場にロアムの姿はなかった。
そしてその代わりに残されていたのは、一着の衣装である。
「なっなっなっ・・・何だこれは。」
それを見た瞬間にバッセンは言葉を失った。
「誰がこんな物着るか!」
そう思ったのだが、はらりと衣装から一通の手紙が落ちる。
それは見慣れた字が書かれているもので、慌ててバッセンが拾うとそこには猫のイラスト付きで可愛らしい便箋に一言書いてあった。
【楽しみにしているので、着て来てくださいね。広場で待ってます。 ヴィオレッタより】
「っく…。」
バッセンは震える手で服を手に取ると、ゆっくりとした動作でその衣装を着た。
そう。
頭には猫耳が。首には鈴が。お尻の後ろには尻尾が付いている。
黒猫の仮装である。
「っく……ヴィオレッタの願いでなければ、う。」
今にも崩れ落ちそうなバッセンではあるが、今日だけだと自分に言い聞かせると仮装の行われている広場を目指して歩き始めた。
その足取りはかなり早い。
何故かといえば、バッセンには嫌な予感がしたのだ。
ここ最近やたらとロアムがにこにことしながら仮装の話を振ってきたのだ。そして、その度に、ヴィオレッタ嬢にはどんな仮装をしてほしいんだ?などという事を言っていた。
男同士である。
バッセンだって男だ。
だから、つい、ヴィオレッタがこんな恰好をしたら、それはもう可愛いだろうと想像し、思わず口走ってしまった。
だが断じて、断じて違う。
バッセンは素直にヴィオレッタが着たら可愛いだろうと思ったのだ。
そう。
現実にそうなったら、それを誰かに見られるなんていうことは、腸が煮えくり返りそうになるほどの嫉妬を覚える。
だからこそ、自分の羞恥など捨ててバッセンは黒猫の格好で広場へと急いで向かった。
「ヴィオレッタ!」
思わずそう声を上げた瞬間、バッセンは言葉を失う。
簡易で立てられた舞台の上に、ヴィオレッタが立っていた。
白い猫耳をつけ、白いチョーカーに金の鈴が付いている。そして可愛らしいふわふわの衣装を身に纏ったヴィオレッタはこちらを見ると、頬を薄桃色に染めた。
クルリとまわればふわりとスカートが広がり、お尻の後ろにはふわふわの白い尻尾がついていた。
バッセンはそのあまりの可愛さに顔を両手で覆うと、その場にうずくまりそうになるがぐっと堪えた。
ヴィオレッタが口を開いたのである。
「皆様、この場をお借りして挨拶をさせていただけることに感謝いたします。私はヴィオレッタ。この度、バッセン様の妻となります。それに伴って、この砦に住まう方々にはこれからも末永くお世話になります。至らぬところもあるかとは思いますが、どうかよろしくお願いいたします。」
そう可愛らしくヴィオレッタが言った瞬間に、騎士たちから歓声が上がる。
「ヴィオレッタ様!バッセン様をよろしくお願いします!」
「ヴィオレッタ様!可愛いです!応援してます!」
「ヴィオレッタ様!美しすぎます!我らが女神!」
「ヴィオレッタ様!もう一回くるって回って下さい!」
「ヴィオレッタ様!こっちにも笑顔下さい!」
「お前らぁぁっぁぁぁっぁ!」
バッセンは怒号を上げながらヴィオレッタの元へと駆け寄ると、ヴィオレッタを抱き上げて言った。
「お前ら!ヴィオレッタを見るな!減る!」
そう言ったバッセンを見た瞬間、騎士らは目を見開いた。
黒猫である。
ヴィオレッタと対となる、黒猫である。
いつもは威厳たっぷりなバッセンも黒猫姿では威厳もへったくれもなかった。
騎士らは笑い転げた。
それにバッセンが声を上げようとした時。
「バッセン様。可愛いです。」
「え?」
「可愛いです。尊い。」
抱き上げていた白猫のヴィオレッタが顔を真っ赤にしながら抱き着いてきたので、バッセンは騎士たちを怒る事が出来なくなった。
「はっはは!ひーっ可愛いなぁあ!」
この仮想祭り計画を企画したロアムはアンナと共にその様子を近くで見守りながら笑い声を上げた。
ロアムはオオカミの仮装をしており、アンナは魔女のような恰好をしている。
「ロアム様。ちなみに私の格好はどうして魔女なのです?」
「うちの騎士たちからのリクエストだ。似合っているよ。」
「そうですか。ロアム様も、オオカミの格好似合っていますよ。」
クスリと楽しそうに笑って言われ、ロアムは少し頬を赤らめると言った。
「うん。可愛いな。」
「え?」
「いや、なんでもない。」
仮装の祭りは大成功となり、砦は賑やかに夜が更けていった。