第三十三話
ヴィオレッタはバッセンと共に小屋で一夜を明かしたのだが、それがあまりにも心臓に悪い事の連続であり睡眠不足となっていた。
風邪ではないかと心配するバッセンは甲斐甲斐しく世話をやこうとし、それはそれはその夜甘やかされたヴィオレッタとしては顔から火が出るのではないかと思うほど恥ずかしかった。
そしてバッセンを内心で睨みつけながら思うのだ。
(もし、自分が理性ある女性でなければバッセン様は私に襲われていたんですからね!)
もう少し自分の魅力に気づいて、ちゃんと警戒心を持ってほしいとヴィオレッタは切に思った。
それは実際にはバッセンも思っている事なのだがお互いにその事に気が付くことはなかった。
「国王陛下とバレンタイン公爵から手紙が届いている。読むか?」
朝食を済ませたのちにそう言われ、ヴィオレッタは頷いた。
国王陛下からの手紙は内容は自分達が狙われている理由についてだったのだが、問題なのはバレンタイン公爵からの手紙であった。
手紙は簡潔に一言。
『するべきことを、せよ。』
我が父ながら性格が悪いとヴィオレッタは大きく息をつくと、両手で顔を覆って考えた。
カイルア王国が亡ぶことに、こちらとしてのメリットは少なく、デメリットの方が多い。
他の国がカイルア王国の領土を手に入れようとしても厄介。また、難民がこちらの国へと流れ込んでくるのも対応が難しい。
できる事ならば、首謀者である王子が国を存続させる為に動き、かつ、こちらに攻め込まないことがベストである。
「ヴィオレッタ。キミが無理に背負い込むことはない。」
顔をあげバッセンを見ると、心配げにヴィオレッタを見つめていた。
その様子に思わず肩の力が抜ける。
手っ取り早いのは、自分がカイルア王国へと行き、自国との橋渡しの役割を果たすことだが、そうなればバッセンとの結婚は難しくなる。
ヴィオレッタはそう思うと胸が苦しい。
以前は政略結婚が当たり前と思い、王子との結婚も王妃となる一つの通過点くらいにしか思っていなかった。
だが今では、バッセンのお嫁さんになることがヴィオレッタにとって一番大切なことになっている。
それがおかしくて、ヴィオレッタは笑みを浮かべると横に座っていたバッセンの逞しいその腕に頭をこてんとよりかからせた。
「ヴィ……ヴィオレッタ?」
「ふふふ。バッセン様。だーいすきです。」
「はっ!?いや……嬉しい……が。どうしたのだ?」
「いえ、バッセン様と結婚するために早くこの事態を収拾しなければならないと、バッセン様で力を補充しているのです。」
「う……そうか。」
「はい。」
しばらく無言でそうしていたヴィオレッタであったが、考えがまとまると顔を上げ、真剣な表情でバッセンに言った。
「カイルア王国の王子オリバー様に会いに行きましょう。」
その言葉に、バッセンの表情は曇る。
「もし、キミが自分をカイルア王国へと引き渡せと言うのならば、それは拒否するぞ。」
はっきりとしたその言いようにヴィオレッタは喜びを感じ、にやけそうになるのを抑えると言った。
「もちろんです。私は……バッセン様のお嫁様になるので、向こうにはいきません。」
「ん……そう……だな。」
「ですがこのままだと厄介なので、一芝居、打ちましょう。」
「一芝居?」
「ええ。ふふ。平和に、オリバー様には自国へと帰っていただきましょう。」
ヴィオレッタはにっこりとほほ笑むのであった。