第二十八話
カイルア王国国王はヴィオレッタを夜会前に誘拐するようだとの情報から、ヴィオレッタをおとりとして、どう使うかが話し合われた。
その結果、ヴィオレッタとバッセンは夜会の行われる日の昼に、襲われやすいように二人で西にある森へと散策へと出かける手はずを整えた。
夜会までの時間は、婚約者と出歩くものも多いのでおそらくは疑われはしないだろう。
ヴィオレッタは馬に乗りやすいように乗馬用の服に身を包み、髪型は三つ編みにする。
「ねぇ、アンナ。少し地味ではないかしら?」
そう口にすると、ほう、と息をついたアンナは答えた。
「いつもとは雰囲気が違って、大変可愛らしいと思います。」
「そうかしら?」
鏡に写る自分を入念にチェックすると、ヴィオレッタはアンナに言った。
「アンナは着いてきては駄目ですからね?」
「え?」
ヴィオレッタとアンナは視線を合わせたまましばらく無言が続いた。
やはり着いてくる気でいたなと、ヴィオレッタはため息をつくと、首を横に振る。
「駄目よ。これは命令。分かったわね?」
絶対に譲らないといったそのヴィオレッタの視線に、アンナは言葉をつまらせたが、どうにか頷いた。
「わ・・かりました。」
「ふふ。良かった。さぁ、行きましょうかね。」
ヴィオレッタは嬉しそうににこやかに部屋を出ると歩き待ち合わせの場所へと向かう。
その様子を見ながら後ろから着いてきているアンナはぼそりとした口調で言った。
「まさかとは思いますが・・単にバッセン様と二人きりで、バッセン様の逞しい体に身を委ねて2人きりの散策を楽しむため・・・ではございませんよね?」
ヴィオレッタは一瞬ビクリと肩を震わせたが、それを聞こえなかったふりをすると、バッセンと合流し、にこやかに二人で馬に乗る。
その恍惚としたヴィオレッタの様子に、内心アンナは不満は募る。
けれど、おそらくは自分を心配してくれているのも本当だろう。
だからアンナも何も言えない。
「お気をつけて。」
ヴィオレッタは嬉しそうににこやかに微笑んで頷いた。
二人ほ街を通りすぎ、馬に乗って草原を走り抜けていく。
風が心地がいい。
「ヴィオレッタ嬢。絶対に守る。」
その決意に満ちたバッセンの言葉に、ヴィオレッタはうっとりとした様子で頷いた。
眼福である。
シャツにベスト、乗馬用のズボンといったいつもとは違った軽装。
どこぞの王子様が着れば、おそらくは下町風に装っていても隠しきれない優美さ、とか、軽装であろうともその美しさは誤魔化せない。などと言われそうだ。
たが、バッセンが着ると鍛え抜かれた体のラインがはっきりと分かり、なんと言うか、男の色香を感じさせられる。
開けられたシャツの襟元からのぞく鎖骨。
まくられた腕の袖から見えるしっかりと筋肉の乗った腕。
ヴィオレッタにとっては、この時間はまるでご褒美のようでなんとも顔がにやけてしまう。
けれど、あまりうつつを抜かしてもいられない。
何故ならば、ここでおとりをしっかりとこなして国王陛下から褒美をもらわねばならないからだ。
「バッセン様。」
「どうした?」
「このおとりが上手く行かなかった場合、最悪私はカイルア王国側に売られると思います。」
「何だと?」
ヴィオレッタは、静かに事実を口にした。
「我が国としては、争いは避けたい。そしてクーデターがあるにしろないにしろ、カイルア王国側が私の身一つで黙るならば国王陛下はもちろん差し出すでしょう。」
「そんなことはさせない。」
「ええ。私もそれは御免です。その為にはこの作戦を成功させ、国王陛下に褒美としてバッセン様との結婚をお許しいただかなければなりません。」
「?褒美ではなくとも私達は婚約者ではないか。」
「ふふ。確かにバッセン様との結婚は有意義なものではありますが、実のところ王家から差し出せる姫は限られておらります。私は王家の血も引いておりますから、いざというときに差し出すには丁度いい駒なのです。ですから、褒美としてバッセン様との結婚を許していただいておかなければ、いつ婚約破棄とされるか分からないのですよ。」
そこ言葉にバッセンは奥歯をぎりっと噛んだ。
「俺は何と言われようが、ヴィオレッタ嬢を手放す気はない。」
「王命では、逆らえないでしょう?ですから、褒美として結婚を確立させたいのです。」
バッセンは、馬を突然止めると、ヴィオレッタを後ろからギュッと抱き締めて言った。
「ヴィオレッタ嬢は俺をなめている。」
「え?」
突然抱き締められてパニックになったヴィオレッタは心臓がバクバクと音をたてて、慌てた。
「俺は、例え王命だろうとヴィオレッタを離す気はない。それをちゃんと分かっておいて欲しい。」
「ひゃっ!」
耳にバッセンの息がかかり、ヴィオレッタの腰が砕けそうになる。
「後、俺は存外独占欲が強いらしい。ヴィオレッタ、今後軽々しく他のものと結婚しても自分はいいなどという雰囲気は出さないでくれ。妬く。」
「ひゃぁ!」
「後、可愛い声を出さないでくれ。」
「そ、そんな事を言われましても・・・。」
うるうるとした瞳で見上げられ、バッセンはヴィオレッタの肩に顔を埋めると悶えた。
「バッセン様?」
「早く結婚したい。」
バッセンの呟きに顔を真っ赤にするヴィオレッタである。
そんな二人の様子を影ながらに護衛として見守っていた者達は、その二人の何とも言えない甘い雰囲気に、これから本当にこの二人は襲われるのだろうかと、別の意味でドキドキした。






