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第二十五話

 バッセンは、ヴィオレッタの安全を考え王城への出立は内密に行った。念には念をとおとりの馬車まで用意した徹底ぶりに、ヴィオレッタはバッセンが自分を守ろうとしてくれているのだと胸が熱くなるのであった。


 砦はカイルア王国による奇襲がないとも限らないため、ロアムが残りいざという時の為に動けるように用意がなされていると言う話も聞いた。


 何事も起こらないことが本来ならばいい。


 けれど、城に行くという事は必ず何かしらがあるわけで、王城が見えてきたところでヴィオレッタは小さくため息をついた。


 一度は王妃になると腹をくくり、必死に様々な事を犠牲にしながら耐えてきた場所。


 そしてもうここには二度と戻らないと思っていた。


 ヴィオレッタは小窓から城を見上げて心がざわつくのを感じた。


「ヴィオレッタ嬢。大丈夫か?」


 馬で移動しているバッセンが小窓から城を見上げているヴィオレッタに気づき声をかけてきた。


 ヴィオレッタはその声に心が落ち着くのを感じて、笑みを浮かべた。


「はい。バッセン様が居て下さるので、大丈夫です。」


「そ・・そうか。」


 小窓からは良くは見えないが、出立前に見たバッセンの勇ましい出で立ちを思い出してヴィオレッタの頬は少し緩む。


 黒を基調とした、騎士服というよりも軍服に近いその装いは、バッセンのように逞しい男が身を包めば威圧をまし、その殺気だった雰囲気は、人々に恐怖を抱かせる。


 だがヴィオレッタは思う。


 何と言う男らしい姿だろうか。


 頭の中にはもうへのへのもへじの顔でしか思い出せないかつての婚約者と比べると雲泥の差である。


 早くあの腕に抱かれたい。


 そんな事を思い、なんてはしたない事を考えているのかと自分を律しながらも、ヴィオレッタはちらちらと小窓を何度も見て、バッセンの姿にため息を漏らす。


「ヴィオレッタお嬢様。そろそろ着きますから、お顔を引き締めて下さいませ。」


 アンナにそう声を掛けられて、ヴィオレッタは頷く。


 ここは魔物の巣窟だ。


 気を抜けばすぐに喰われてしまう。


 ヴィオレッタは令嬢の仮面を顔に張り付けると、人々の見惚れる妖精のような微笑みを浮かべる。


 馬車の揺れが収まり、そして王城へと到着したことが知らされる。


「さぁ、アンナ。参りましょう。」


「はい。お嬢様。」


 馬車の扉が開き、バッセンが手を差し出す。


 その顔面は恐ろしいほどに凶悪で、城の執事やメイドらは表情には出さない者の、ヴィオレッタの方を見て哀れに思っているのだろう。


 けれど、ヴィオレッタの心は歓喜に満ちている。


 バッセンに、城で、エスコートをされている。


 それだけでヴィオレッタの心は天にも昇る心地であり、思わず令嬢の仮面が剥がれ落ち、幸せいっぱいの笑みがこぼれてしまう。


(美しい・・・)


(あぁ、何でうちの王子は婚約破棄何てしたんだ?)


(久しぶりのヴィオレッタ様。あぁ。ヴィオレッタ様ロスが癒される!)


(出迎えの係を勝ち取って良かった!あんなに可愛らしいヴィオレッタ様を初めて見たわ。)


((((でも。))))


 皆がチラリとバッセンを見る。


((((ひぃぃぃっ!噂に違わず恐ろしい! ヴィオレッタ様お可愛そうに。))))


 そんな時であった。


 王城の階段上に、ヴィオレッタはどこかで見たへのへのもへじの顔を見つけた。


 バッセンはその姿を見つけて、表情をさらに険しくする。


「ヴィオレッタ嬢。」


 名前が呼ばれたため、仕方なくヴィオレッタは令嬢の仮面をまた張り付けると、美しく、カテーシーを行った。


「お久しぶりでございます。アレックス王太子殿下。バッセン辺境伯が婚約者ヴィオレッタ・バレンタイン、王太子殿下のご婚約の発表があると聞き、登城いたしました。この度は、おめでとうございます。」


 その言葉に傷ついたようにアレックスは表情を歪める。


 バッセンは、その様子にヴィオレッタを自身の方へと引き寄せる。


 アレックスはバッセンを睨みつけると言った。


「バッセン辺境伯。この度は私の婚約の発表に来てくれたこと、礼を言う。」


「もったいないお言葉。本当におめでたいことです。」


「あぁ。ヴィオレッタ嬢に話がある。バッセン辺境伯。ヴィオレッタ嬢をお借りできるかな?」


「では私も同席いたしましょう。」


「なんだと?」


「失礼。ヴィオレッタ嬢も長く馬車に揺られて疲れているので。私はいずれ夫となる身。支えてやらねばならないでしょう。」


 そんな男同士の間にて火花が散っている間。ヴィオレッタはバッセンに引き寄せられ、その逞しい腕に支えられうっとりとしていた。


 はっきり言って、王子の声などヴィオレッタには全く聞こえていない。


 ヴィオレッタに聞こえるのは、バッセンの男らしい低い腰に響く声であり、伝わるのは、バッセンの腕の熱だけである。


 そう。


 ヴィオレッタは幸福感に包まれていた。


 アンナはそんな主人の様子を、遠い目をして見守っていた。



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