第二十三話
ヴィオレッタの涙が流れ落ちた瞬間、バッセンは慌てて立ち上がり、ヴィオレッタの前に跪くと顔を覗き込むようにして慌てた声で言った。
「やはり、嫌だったか。すまない。君の嫌がる事をしたいわけではないんだ。」
その言葉にヴィオレッタは首を静かに振る。
しばらくの間沈黙が訪れると、潤んだヴィオレッタの瞳がバッセンをじっと見つめる。
その瞳に熱がこもっているように感じ、バッセンは少し顔を赤らめると視線をそらして言った。
「本当に・・・君のように美しい人なら、本当はもっと素敵な相手と巡り合えているはずだったのにな。何故、俺なんかが。」
「バッセン様は素敵です。」
その言葉に、バッセンはヴィオレッタをもう一度真っ直ぐに見ると苦笑を浮かべた。
「そんな事を言ってくれたのは君が初めてだ。けれど、やはり結婚は嫌なのだろう?」
ヴィオレッタは、じっとバッセンを見つめると口を開いた。
「バッセン様はどうなのですか?」
「俺か?」
「はい。」
じっと見つめてくるヴィオレッタに、バッセンは顔を赤らめると、大きく息を吐いてからヴィオレッタの両手を自分の手で包み込み、言った。
「俺は・・・最低な男だ。」
「え?」
突然の一言に、一体どういう意味なのだろうとヴィオレッタがバッセンの言葉を待っていると、バッセンはゆっくりとした口調で言った。
「美しくて・・・優しい、俺なんかにはもったいないほど素敵な君と結婚ができる事が、嬉しくてたまらない。」
「ほぇ?」
「初めて君を見た瞬間、なんて素敵な人だろうと思った。だが、それと同時に申し訳なくて。」
バッセンはそこで言葉を切ると、ヴィオレッタの瞳をじっと見つめた。
「俺はこんな外見で、中身もかなりガサツだ。だが、君を絶対に守り抜く。幸せにできるように努力する。ヴィオレッタ嬢。」
熱のこもったその瞳に、ヴィオレッタの心は焼かれそうなほどに熱を持った。
心臓がどくりどくりとなる。
「俺は君が愛おしい。」
手から伝わってくる熱が、やけに生々しくて。
バッセンの瞳が、自分を決して離さないと言っているようで。
先ほどまでの、自分を見てほしいと言う気持ちが、満たされていくのが分かる。
バッセンの瞳は、自分を見ている。
そして、熱のはらむ目は、自分を求めているように感じた。
ヴィオレッタは思う。
これは、既成事実いけるのではないか。
「ば・・・バッセン様。」
ヴィオレッタは自分の中にある勇気を総動員して、ゆっくりと瞳を閉じた。
バッセンの手に力がこもるのを感じ、ヴィオレッタはびくっと少し肩を震わせながらも、バッセンが来てくれるのを待った。
だが。
いつまでたっても、自分の唇に触れるものは何一つない。
ヴィオレッタはすっと薄目を開け、そしてぱっちりと瞳を開けるとバッセンの様子に笑みを浮かべた。
バッセンは顔を真っ赤にして両手で顔を覆うと悶絶していた。
「ヴィ・・・ヴィオレッタ嬢。ダメだ。俺には・・・・まだ、早い。」
「まぁ。バッセン様ったら。」
ヴィオレッタはそんな可愛いバッセンの襟をつかむとくいっと引っ張ってその頬にキスをした。
「ふふふ。バッセン様可愛い。大好きです!」
バッセンは目を丸くし、ゆでたタコのように湯気を頭からあげると、その場にへにゃりと座り込んでしまう。
ヴィオレッタはその様子を見て胸がきゅんとした。
自分が襲ってしまった方がいいのではないだろうか。
襲ってもいいだろうか。
結婚するし、いいのではないだろうか。
ヴィオレッタは可愛らしいバッセンに悶々としながら理性と戦うのであった。