第二十話
バッセンとロアムは執務室にて向かい合うと、大きくため息をついた。
机の上にはロアムの持ってきた資料があり、その中には先日捕縛したニーナ男爵令嬢についても記載されている。
「カイルア王国は、一体どうなっているのだ。」
バッセンの苦々しげな言葉に、ロアムも厳しい表情を浮かべながら言った。
「まぁ・・・国として機能しているのが不思議なくらいだからな。」
ニーナ男爵令嬢は錯乱状態が続いており、話を聞いても訳も分からないことをわめくばかりである。だが、そのわめき声の中には国内の状態を予想できる情報も含まれており、他の情報と兼ね合わせていくとカイルア王国の実情が垣間見えた。
おそらくだが、だからこそバッセンとヴィオレッタの結婚の話は進まないのだろう。
ロアムは大きく息をつくと、バッセンを真っ直ぐに見つめて言った。
「ヴィオレッタ嬢を守るならば、結婚を早めるべきだ。」
その言葉に、バッセンは眉間に深くしわを寄せた。
「だが・・・それではヴィオレッタ嬢が不憫だ。このような男の妻になるなど。」
「ほー。バッセン。お前、ヴィオレッタ嬢のあの様子を見て、本当に好かれていないと思っているのか?」
その言葉に、バッセンは言葉を言いよどんだ。
その苦々しげな表情に、ロアムはにやりと笑みを浮かべた。
「ははん?お前だって好意は、分かるよなぁ?」
バッセンはその言葉に顔を真っ赤にすると両手で顔を覆った。
野獣が乙女のように頬を染める姿なんて見たくなかったとロアムは眉を顰めながらも、にやにやとして言った。
「どうなんだよ?」
バッセンは小さな、本当に小さな蚊の鳴くような声で言った。
「お前から見ても・・・嫌われていないように・・・・見えるか?」
そう。
バッセンも最初こそヴィオレッタは自分など見るに堪えないど嫌われると思っていた。
そうなのだが。
次第に。少しずつ、ヴィオレッタの様子から負の感情が一切感じ取れず、むしろ好意的な感情を向けられているような気がしていたのだ。
けれど自分のただの勘違いという事もある。
自分がそう思いたいだけなのかもしれない。
ちらりと、ロアムを見ると、ロアムはにやにやと笑みを浮かべていた。
「嫌われていないんじゃないかなぁ?それで?お前は?」
その言葉にバッセンはさらに熱が上がり耳まで真っ赤になると悶絶した。
「おいおい。止めてくれ。野獣が乙女になるな。」
「誰が野獣だ。誰が乙女だ。はぁ・・・ロアム。俺はどうしたらいい?」
「いや、することは決まっているだろう。向こうも好意を抱いている、そしてお前も好意を抱いている。とならば?」
「となれば?」
「既成事実作っちまえ。」
爆音のような音が突然響き渡り、ヴィオレッタはアンナと共に動きを止めた。
爆音は明らかに目の前のバッセンの執務室から聞こえ、ヴィオレッタとアンナは顔を見合わせる。
「何の音かしら?」
「さぁ。なんでしょうか。」
朝目覚めたヴィオレッタは、男性の心を射止めるには胃袋からとアンナに言い、料理長に頼んで共に朝からクッキーを焼き、そしてそれをかごに入れてバッセンの執務室へ来たところであった。
そして突然爆音が聞こえたのだ。
ヴィオレッタは恐る恐る部屋をノックした。
「バッセン様?ヴィオレッタです。入ってもよろしいですか?」
すると中で転んだような音がしたかと思うと、頬が思いきり腫れたロアムが姿を現した。
「どうぞ。はは!とっても良いタイミングだ。バッセン!ヴィオレッタ嬢とよく話し合えよ。けれど、さっき言ったのが一番手っ取り早いからな。」
「まだ言うか!!!」
「ひゃ!怖い。怖い。では、俺は失礼させていただきます。では!」
ロアムは逃げるように外に出ると、アンナに視線を向けニコリと笑うと言った。
「アンナ嬢、少し話があるんだが一緒に来てもらえるか?」
「え?ですが。」
ヴィオレッタはにっこりと笑みを浮かべると言った。
「あら、ちょうどいいじゃない。行ってきなさいアンナ。ここにはバッセン様もいますから。」
「よろしいのですか?」
「ええ。」
ロアムはアンナを連れて行き、そしてヴィオレッタは執務室に入ると控えていた執事に紅茶を入れてもらったのであった。
執事の呟き。
あぁ。年代物の棚がロアム様が吹き飛ばされた勢いでぶつかって悲鳴をあげた。
はぁ。また修理に出しておかなければ。
お二人は本当に昔から元気すぎて困る。
それにしても、ロアム様もたまにはいいことを言う。
バッセン様は少し、いやかなり奥手な方だからなぁ。
多少ロアム様に背中を押されないとなかなかに動かない。
ヴィオレッタ様、どうか、どうかお願いいたします。
今まで戦いにしか明け暮れた事のないバッセン様を幸せにしてあげてください。