第十八話
カイルア王国の今回の事件についての情報交換と今後の対策についての話し合いが王城と砦内部でなされる中、ヴィオレッタは髪をアンナに結ってもらいながら真剣な表情で言った。
「どうやったら、バッセン様の鍛練に励む姿が見られるかしら?」
アンナについても、今回の事件についてもヴィオレッタは口を挟まない。
自分に出来ることは限られていることをヴィオレッタは知っており、自分には何の権限がないことを理解している。
それ故に、後悔のないように今の時間を過ごさなければと考えていた。
アンナはヴィオレッタの言葉に少し思案すると答えた。
「バッセン辺境伯様は昼過ぎにはいつも鍛練に行かれますよ。」
「そうなの?なら、それを見計らって行こうかしら?ふふ。バッセン様には内緒で覗きましょう!」
にこにこと楽しそうにそう言うヴィオレッタにアンナは頷くと、朝の支度を済ませた。
朝食にはバッセンも現れ、昨日の事などなかったかのようにいつもの日常に戻っている。
曖昧な情報は下手にヴィオレッタには話さない方がいいと判断されたのだろう。
ヴィオレッタも身をわきまえ、頭の中は鍛練に励むバッセンの姿を想像することに集中していた。
昼までは刺繍を刺したり、本を読んだりとして過ごし、昼食後にヴィオレッタは動き出す。
バッセンが鍛練の為に移動したことを他の執事らに確認すると、アンナに案内してもらい廊下を歩いていく。
アンナは出来るだけ最短、かつ、騎士達が荷物をしっかりと片付けているルートで歩いていくと、二階の物置となっている小部屋にヴィオレッタを案内した。
もちろん事前に掃除を済ませ、ヴィオレッタがお茶を飲みながらバッセンの姿をゆっくりと見られるように整えてある。
ヴィオレッタは窓辺に置いてある椅子に腰かけると食い入るように模擬刀を手に持つバッセンを見つめた。
バッセンは静かに模擬刀を振り下ろし、しばらく素振りを続けている。
ヴィオレッタはうっとりとその姿を見つめた。
バッセンは自分の体の動きを確かめるようにして集中している。
その真剣な眼差しや、輝かしい肉体にヴィオレッタは見惚れてしまう。
「素敵・・。」
ほぅっとヴィオレッタが息をつく横でアンナの目にはロアムが、映る。
アンナはこれまでヴィオレッタの語る肉体美というものはよく分かっていなかったのだが。
「そう・・ですね。」
「本当に。殿方が鍛える姿ってどうしてこうも萌えるのかしら?」
「萌える・・・。」
なるほど、とアンナは思った。
今までそんな事を思った事はなかったが、確かにと思う。
ヴィオレッタはそんなアンナを見て微笑みを深めると言った。
「アンナもやっと良さが分かったのね。」
「はい。少し、分かったような気がします。」
二人は笑みを交わすと鍛練を恐ろしい形相で続けているバッセンとロアムを柔らかな春の木漏れ日ように穏やかに見つめた。
「窓辺に、妖精がいる。」
「美しい。」
「綺麗だなぁ・・・。」
「よし!頑張るか!」
ヴィオレッタとアンナの姿に、騎士達がやる気を高めるのを見て、バッセンとロアムは凶悪な笑みを浮かべた。
「よし、やる気が高まったようだな。」
「今日はみっちり鍛えてあげよう。」
『ひええぇぇぇー!』
楽しそうにこちらを見つめる二人を止めるのは悪い気がする。だが、そちらから見えるということはこちらからも見えるのだぞと、その可愛らしい微笑みを安売りしないでくれと、内心思ってしまう二人であった。