第十七話
アンナはヴィオレッタが眠るのを見守ってから、自室へと帰るべく部屋を出た。
すると、そこにはロアムが控えており、あぁ、説教をするとか何とか言っていたからそのことかと小さくため息をついた。
助けてもらった手前、聞かないわけにはいかないだろう。
まぁ、助けてほしいと願ったわけではないが。
それでもヴィオレッタのあの様子を見て、少しでも早く帰れたのは助けられたおかげだから仕方がないかと、アンナは思った。
「あっちにお茶を用意してある。」
「え?」
ロアムは客間へと先に歩きだし、アンナもその後ろに続いた。
机の上には軽食が用意されており、ロアムは自らお茶の準備を始めた。
「私がしますので、ロアム様はどうぞお座り下さい。」
「いい。」
ぶっきらぼうにそう言われ、アンナは仕方なくソファに座った。
温かな紅茶の香りが広がり、その香りにアンナは少しほっとした気持ちになった。
「どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
人に紅茶を入れてもらうことはあまりないのでアンナはぎこちなくお礼を言うと紅茶を一口飲んだ。
「美味しい。」
ロアムは何も言わずに自分も紅茶を飲むと、ポケットから包みを取り出してアンナに渡した。
「これは?」
「塗り薬だ。」
ロアムは手を伸ばすと少し赤くなっているアンナの頬を軽く指で撫でて、はっとしたように慌てて手を引くと言った。
「これを塗っておけば腫れもすぐに引くはずだ。」
説教されると思っていたアンナは、塗り薬とロアムを見比べてから、ふっと笑った。
「ありがとうございます。」
「いや。・・でも、危険なことは出来るだけしないでほしい。」
「え?」
「先程は頭に血が上っていたから説教だのと言ったが、アンナ嬢の仕事はヴィオレッタ嬢を守ること、なのだろう。なら、多少なりとも危険は伴うのだろう。だが、ヴィオレッタ嬢にはバッセンも俺もこの砦もついている。だから、一人で背負い込むな。」
アンナはその言葉に、しばらくの間なにも言えず、そしてロアムの視線を感じて顔をあげると、目があった。
そこに映る色は、アンナの見たことのない色であった。
「話はそれだけだ。今日はゆっくり休んでくれ。片付けば他のものに頼んであるから。ではな。」
ロアムはそう言うと立ち上がり、部屋を出ていった。
アンナは紅茶をもう一口飲んで、胸の奥にじんわりと広がった何かを一緒に飲み込んだ。
「何かしら・・そわそわする。風邪?」
初めて見るその色の名を、まだアンナは知らない。
王城では今回のこの一件についてバッセンと連絡が取り合われ、事態は動いていくのだが、ヴィオレッタは夢の中で思い出した。
バタバタとしていてまだバッセン様の鍛練する姿を見ていないという事実を。
そして出来ればその姿を瞼の裏に焼き付けたいと。
朝目覚めたヴィオレッタは、アンナに言った。
「お忍びでバッセン様の鍛練する姿を覗きに行きましょう!」
物語の真剣な展開を、無視してくる作者泣かせのヴィオレッタである。