第十六話
捕縛したものらは部下に任せ、バッセンとロアン、そしてアンナは馬に乗り先に砦へと目指して走っていた。
アンナは一人でも馬に乗れると言ったのだが、ロアムは有無を言わさずにアンナを自分の馬へと乗せて走っている。
人を二人乗せているというのに、馬はしっかりとした足取りで走り、アンナは砦が見えてくるとホッと息をついた。
もうすぐヴィオレッタの元へと戻れると思うと、嬉しく思ってしまい顔に笑みが浮かぶ。
そんな様子をちらりとのぞき見ていたロアムは、その事には何も言わずに砦の門をくぐった。
馬を止めると、ロアムは当たり前のようにアンナを抱き上げて運び、アンナは驚きの声を上げた。
「私は歩けます。」
「お前の事は信用しない。」
ロアムの言葉にアンナは眉間にしわを寄せるが、バッセンが無言で言うとおりにしておけと言わんばかりに頷いており、仕方なく暴れるのをやめた。
急いでヴィオレッタの所に向かいたいと思っていたアンナだったが、扉が開くと同時にヴィオレッタが飛び出してきたのには驚いた。
「アンナ!」
恐らく馬が走ってくるのを窓から見ていたのであろう。
ヴィオレッタは涙目でアンナの元へと駆け寄ると、ロアムに降ろされたアンナに抱き着いた。
「アンナ!」
「ヴィオレッタお嬢様?!何故涙を?どうかされたのですか?」
驚きの声を上げるアンナに、ヴィオレッタは目を吊り上げると言った。
「貴方は、一体、何を考えているのですか!!」
今まで見た事のないほどの怒りを露わにしたヴィオレッタにアンナは動揺した。
「えっと・・・お嬢様。もしや伝言が伝わりませんでしたか?お傍を離れた事は申し訳ありません。ですが、ちゃんとすぐに帰って来るつもりで・・・」
「アンナ!」
「は、はい。」
ヴィオレッタはアンナの両手を包み込むと、真っ直ぐに目を見て言った。
「貴方のここでの主はだれ?」
「基本的には公爵様ですが、ここではヴィオレッタお嬢様です。」
ヴィオレッタはそれに頷くと、ゆっくりと、そしてはっきりと言った。
「では命じます。今後、絶対に、自分の命を粗末に扱う事は止めなさい。貴方が大丈夫と判断しようと、少しでも貴方の実に危険が及ぶ行為は禁止します。」
潤んだ瞳に映る、その色に、アンナは怒られているのにもかかわらず幸せな気持ちになった。
昔から、ヴィオレッタは変わらない。
自分の事を、物ではなく、人として扱い、そして優しい瞳を向けてくれる。
アンナはヴィオレッタの手を握り返すと言った。
「はい。」
アンナは嘘つきである。
ヴィオレッタが危険に陥れば恐らくそんな口約束はすぐに破るだろう。
けれども。
アンナは思う。
お嬢様がそう願うならば、出来る限りは堪えられるように頑張ろうと。