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第十五話

 私の両手は、物心がついたころには汚れてしまっていた。


 拭っても拭っても、その臭いは落ちずに、体にまるで呪いのようにまとわりつく。


 そんな時だった。


 その任務は、たくさんの子ども達を奴隷として売りさばくというものであり檻の中に入れられた子ども達はまるで私のように死んだ目をしていた。


 まだ、この子達の両手は汚れていないのだと思った瞬間、私は愚かな愚行を犯した。


 私は、どうすれば子ども達が逃げられるのかも、生きて逃れることが出来るのかも分かっていた。


 組織を裏切れば生きてはいられない。


 それは分かっていたのに、気が付けば私は組織を裏切り子ども達を騎士団の元へと逃がしていた。


 私は逃がす途中でほかの者達に見つかり、時間稼ぎのために戦い、何度も殴られ、痛めつけられた私は、瀕死の状態となり、路地裏に転がっていた。


 あぁ、あっけなかったなと思った。そして、それと同時にやっとこの汚い世界からさよならが出来るのだと、安堵した。


 路地裏にはゴミが散乱し、生ごみにまぎれる自分は、自分のあの呪いのような臭いも分からないほどに異臭を放っていた。


 ヴィオレッタ様に出会ったのは、そんな時。


 慈善活動として炊き出しに参加されていたヴィオレッタ様は、私の姿を路地裏で発見されると洋服が汚れる事も、手が汚れる事もいとわずに私に触れた。


「貴方!息はしているわね。意識はある?もし、意識があるのならこの手を握って。少しでもいいから。」


 私などに触れるものではない。周りの者達も、慌てた表情で私から引き離そうとしている。


 なのに、白魚のような手が、私の汚れた手に重ねられる。


 その瞳は私の事をじっと見つめていた。


 この瞳の色は、何だろう。


 憎しみでも、憐みでも、蔑みでもない。


 温かな色をしている瞳。


 生きる事などとうに諦めていたのに、この世界から去る事に躊躇いなどなかったのに。


 温かな手が触れた時、初めて、涙が溢れた。


 死にたくないと、思った。


「この子意識はあるわ!手を握り返したもの!早くこの子をお医者様の所へ!」


 柔らかな春の木漏れ日のような温かなヴィオレッタ様。


 私の体はぼろぼろで、次に目覚めた時には激痛を感じた。


 けれど、そんな姿を見せてはいけないと私は教え込まれていたから表情には何の感情も浮かべずにいた。


 なのに。


「大丈夫?痛いのよね。大丈夫よ。きっとよくなるわ。」


「お嬢様お願いですからお部屋にお戻りください。この子のお世話はメイドと医師が行いますから。」


「嫌よ!この子は、私が見つけたの。お父様も、自分で責任を取りなさいっておっしゃっていたわ。」


 メイドらは慌てていたが、頑固なヴィオレッタ様は私の看病を根気よく続けてくれた。


 夢うつつにも話を聞いていると、ヴィオレッタ様が公爵令嬢だと知り驚いた。自分とは絶対に知り合いになるわけのない人だった。


 ヴィオレッタ様は、私は感情を殺して痛みなど露わになどしていなかったのに、私の痛みが分かるのか、優しい声をかけてくれた。


 人に優しくなんてされた事のなかった私は、その優しさが怖かった。


 そんな、少しずつ動けるようになってきたある日の朝、ヴィオレッタにはあまり似ていない、厳しい表情の男性が私の元へと現れた。


「私はヴィオレッタの父だ。キミの事は調べさせてもらったよ。」


 あぁ、終わったのだ。


 きっと自分は処分されるのだと思い、無意識に体がガタガタと震えた。


 あの優しさに触れたせいで自分は弱くなってしまったのだ。


 そう思っていると、公爵様は私の頭を優しく撫でた後に言った。


「辛い暮らしをさせてしまっていたね。けれど、もう大丈夫だ。キミのいた組織は、先日、騎士団によってほとんどの者が捕えられた。そして、保護された子ども達から聞いたよ。キミは、必死になって子ども達を逃がしてくれたんだね。」


 公爵様は私の両手を握ると、私の顔を覗き込んだ。


 ヴィオレッタ様と同じ、優しい瞳の色をしていた。


「大丈夫。もう、大丈夫だ。怖かっただろう。けれど、もうここにはキミを傷つけるものはいない。」


「・・・本当に?」


「あぁ。」


 ヴィオレッタ様は私の看病で疲れたのであろう。ベッドの傍で寝ていて、その寝顔は天使のようだった。


 私は、ヴィオレッタ様と離れたくなかった。


「あの・・・・・・お願いがあるのです。どうか、どうかお嬢様の元で働かせていただけないでしょうか。」


 その言葉に公爵様は驚いた表情をしたように、少し困ったように笑みを浮かべた。


「私の知り合いにね、気の良い子どものいない夫婦がいる。そこへキミを預けようと思っていたんだが。」


 組織の内情を知り、たくさんの任務をこなしていた自分は野放しには出来ないのだろうなと、内心思っていた。けれど、監視されるのであれば、お嬢様の傍がいい。


「お願いです。私の事など信用は出来ないと思いますが、お嬢様の傍にいたいのです。もし、危ないとおっしゃるならば、腕や足を切り、動きを鈍くしていただいて構いません。不便にはなりますが、それでも普通の人間と同じように動けます。」


 そう言った瞬間に、公爵様は表情を硬くすると、悲しげに首を横に振った。


 そしてしばらくの間、何も言わずにいたが、大きく息を吐くと言った。


「では、家でキミを預かろう。けれど、いつでも自分の為に生きていいのだからね?」


 公爵様はそう言ってくださいましたが、私は自分の為に生きる意味など見出せるはずもなくヴィオレッタ様の為に生きようと決めました。


 その一年後にヴィオレッタ様の婚約が決まり、公爵様から実情を聞いた私はヴィオレッタ様の護衛兼メイドとなりました。


 私はきっとヴィオレッタ様をお守りするために生まれたのだと思えて、誇らしくなりました。




「あーあ。ヴィオレッタ様を捕まえるの失敗しちゃった。貴方が邪魔したからよ!」


 乾いた音が響き、頬を打ち付けられた私は少しでも情報を集めようとニーナに向かっておびえた表情を浮かべて見せます。


「や、止めてください。何故、ヴィオレッタ様を?」


「お父様からのいいつけだもの。本当は、婚約破棄直後にバッセン伯の所へ送られる馬車を襲撃させる予定だったのに!王家が私を閉じ込めるから、手筈が狂ったのよ!」


「お父様?」


「ふふふ。私はね、本当は男爵令嬢じゃないのよ。カイルア王国のお姫様なの!」


 その言葉に思わずアンナは眉間にしわを寄せてしまう。


 カイルア国王には王子はいるが姫はいなかったはずである。


「その証拠は?」


「ほら、これよ!」


 嬉しそうにニーナが見せた物を見て、アンナはなるほどと納得するとおびえたふりを続ける。


「カイルア王国にヴィオレッタ様を誘拐してどうするのです?」


「ふふふ。ヴィオレッタ様を連れて行ったら、お父様が私を本当の娘だと認めて下さるって。ヴィオレッタ様は大切に宝物にするのだと言っていたわ。」


 妖精姫とも名高いヴィオレッタ様を観賞用にでもするつもりなのか、アンナは大体の情報を得るとニーナに言った。


「そのニーナ様の手に持っている証拠というもの、私知っています。」


「え?」


「魅惑の腕輪、別名を服従の腕輪と言います。」


「え?」


 腕輪には麻薬のような作用のある特殊な石が飾り玉に使われており、奴隷にした者達を服従させたり、意のままに操る為に使用する場合がある。


 カイルア王国では未だにこれが残っていたのかと驚いてしまう。


 自国では数十年前に使用を禁止され、その成分を打ち消す薬も開発されている。特殊な石は有毒な成分も含まれている事から採取は禁止された。


 それをニーナはどのくらいの期間を使われているのだろうか。


 恐らく、それをずっと使われ続けているのであれば、その命も長くはないであろう。


 これだけ情報を得られれば十分であろう。


 アンナは周囲を見回しながら、脱走の手筈を考えていたその時であった。


 爆音が響き渡り、建物が大きく揺れた。


「なんだ!?」


「しゅ、襲撃です!」


「ちょっと、どうなっているの!」


 部屋の中に数名の騎士らが入ってくると、次々に敵をなぎ倒していく。


 ロアムは拘束されたアンナを見つけると、一瞬安堵の表情を浮かべるも怒りを露わにした表情でアンナの腕を縛っていた縄を剣で切り、アンナを抱き上げた。


 突然の事にアンナが目を丸くすると、バッセンがニーナを捕縛したのが目に映る。


「何よ!放して!私はお姫様なのよ!無礼者!」


 暴れるニーナをバッセンは手刀で気絶させると、アンナを見て言った。


「無事で良かった。ヴィオレッタ嬢が心配しているぞ。」


「えっと・・・しばらくしたら戻るとロアム様に言づけたはずですが。」


 何故か怒気を放っているロアムを見上げてアンナが首を傾げると、ロアムは冷たい笑顔で言った。


「うん。帰ったらお説教だね。」


「は?」










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