第十三話
城の中へと引き戻されたヴィオレッタは、窓辺へと走ると町の方を目を凝らした。
見えるわけはないのだが、アンナの安否が気になり座ってなどいられない。
「俺は鎮圧へと向かう。まぁ、おそらくだが、俺が向かう頃にはもう終わっているかもしれないがな。」
「バッセン様!どうか、アンナを!アンナをお願いいたします。」
「分かった。この部屋には護衛をつけておく。帰って来たらあの女との関係など教えてくれ。では。」
バッセンは足早にその場を去った。
ヴィオレッタは祈るような面持ちで部屋の中を行ったり来たりを繰り返したのだが、しばらくの後に足音が聞こえ、部屋の扉を開けた。
「バッセン様!」
バッセンはヴィオレッタが安易に扉を開けたことに顔をしかめるも、ため息をつくと中へと入った。
バッセンの後ろにはロアムの姿もあるが、アンナの姿は見えなかった。
ヴィオレッタは焦る気持ちを圧し殺し、執事に二人への飲み物を準備するよう伝え、腰かける二人の前へと座った。
ロアムの顔からは笑みが消え、怒りを露にしている。
バッセンはヴィオレッタに言った。
「俺が着いた時にはもう終わっていた。」
「なら・・アンナは?」
バンっと、乾いた音をたてた机が叩かれると、ロアムが頬を引きつらせながら言った。
「わざと、敵に捕まりやがった。」
「なっ!?」
ヴィオレッタはその言葉に驚き立ち上がった後に、力が抜けて倒れそうになった。
バッセンはそれを抱き止めると、ヴィオレッタをソファに座らせる。
「どうして・・そんな事を。」
青ざめた表情で震えるヴィオレッタの肩を優しくバッセンは支えると言った。
「先程の話をヴィオレッタ嬢にも話してやれ。」
ロアムを促すようにバッセンがそう言うと、ロアムはちらりとヴィオレッタを見てから迷いながら言った。
「ヴィオレッタ嬢は聞かない方がいいのではないか?」
「聞く権利がある。」
バッセンの言葉にロアムは小さく息を吐くと話し始めた。
そもそもの事の発端はかなりの時を遡る。
ヴィオレッタが生まれるよりも前、南の砦に隣接するカイルア王国との争いは一応の終息を迎えた。
その時に、カイルア王国の王がヴィオレッタの母を側妃にと求めたことがあったそうだ。
ヴィオレッタの母アンバーは傾国の乙女と称されるほどの美貌を誇っていたからこそ求められたのだろう。
だが、カイルア王国の国政は絶対王政であり、気にくわない者は首を跳ねるという恐ろしいものであった。それ故に友好国になる必要性もないと判断され、アンバーの側妃の件も突っぱねると、早々に公爵家に嫁入りさせたのである。
その事をカイルア王国は根に持っていたのだろう。
ヴィオレッタが生まれた年に、カイルア王政からヴィオレッタを妃として嫁に寄越せとの連絡を公爵は受けた。
そんな事を許せる訳はなく、ヴィオレッタの身を守る為に王子の婚約者としたのであった。
そしてアンナは、そんな、いつ危険なことに巻き込まれるかも分からないヴィオレッタの護衛とその周囲の監視を公爵から命じられていたのだという。
だがしかし、予想外なことに王子が婚約破棄などという愚行に出てしまった。
「まさかとは、思うけれど。」
「そのまさかで、ニーナとかいう男爵令嬢はカイルア王国の手の者なのだろう。」
ロアムの言葉にヴィオレッタは先程捕まれた手を擦った。
「頭の中が混乱して話がまとまらない。」
青ざ、血の気の引いたヴィオレッタに、ロアムは苛立ちのこもった声で言った。
「アンナ嬢はそれを全て知っている上で、危険をおかしてでも、情報を得るためにわざと捕まったのだろう。」
「アンナ・・どうして。」
ロアムは立ち上がると言った。
「とにかく、救出のために俺は動く。いいか?」
バッセンは頷いた。
「内密にだぞ。」
「了解。手はずを整える。」
ロアムは部屋を出ていき、震えるヴィオレッタの両手をバッセンは自らの手で包み込むと言った。
「必ず連れ戻す。心配するな。」
「バッセン様・・お、お願いいたします。アンナは私の家族も同然なのです。お願い、お願いいたします。」
涙を流すヴィオレッタにバッセンは頷くと、しばらくの間、ヴィオレッタを勇気付けようと手を握り続けた。