第十二話
ヴィオレッタは気分よくバッセンにエスコートされながら町を歩いていたのだが、不意に視線を感じて立ち止まった。
ねっとりとした、気分の悪くなる視線。
この視線は学園にいた時にも感じていた視線であったが、今ここで感じるわけはない。
そうは思うが、思わずきょろきょろと辺りを見回すと、バッセンが一つの方向を見て眉間にシワを寄せる姿に気がついた。
ヴィオレッタもそちらへと視線を向けて思わず顔をしかめてしまう。
やはり、と思う。
だがそれと同時にここにいるわけはないという思いも巡る。
「何故・・!?」
「ヴィオレッタ嬢の知り合いか?」
「え?えぇっと、まぁ知り合いと言えば知り合いなのですが・・・」
「会いたかった。」
まるで、会えたことを心から喜んでいるような笑み。
それ故に、バッセンも止めていいものかどうか分からずにその光景を見守ってしまった。
あの日見た、にやーっとした笑みを浮かべると当たり前のようにこちらへと歩みより、そしてヴィオレッタの手を取った。
「やぁーっと、見つけた。」
「貴方、どうしてここにいますの?」
「ヴィオレッタ嬢、この娘は?」
手を振り払おうにも力が強すぎて離れない。
どこからこんな馬鹿力がでるのだと思った瞬間であった。
風を切る音が聞こえると、目の前に少年のような格好をしたアンナが現れ、ヴィオレッタを引き離すとバッセンの方へと突飛ばし声を上げた。
「バッセン辺境伯様!ヴィオレッタお嬢様を安全な場所へ連れて行って下さいませ!」
「なっ!?」
バッセンはヴィオレッタを抱えると剣を引き抜いて構えた。
無理矢理引き離された腕は傷むが、今の状況が分からず困惑する中で、アンナの横に何故かロアムが立つ姿も見えた。
「アンナ!どう言うことなの!?」
「邪魔をしないでよ。メイドの分際で。」
「え?」
次の瞬間、短剣をアンナに向けたのは、あの婚約破棄の中心人物であった、ニーナ男爵令嬢であった。
アンナはそれを護身用の短剣で防ぐと叫んだ。
「バッセン伯!!」
「ヴィオレッタ、行くぞ。」
「え?!」
バッセンはヴィオレッタを担いだまま走り始めたが、建物の影から黒い服を身に纏った者達が現れ、それをなぎ倒していく。
ヴィオレッタは遠くなるアンナの姿に悲鳴を上げた。
「アンナ!逃げなさい!アンナ!!!」
「大丈夫だ!何故だか分からんがロアムもいる。あいつがいれば負けることはないだろう!」
「でも!アンナが!」
「あの身のこなし方からして、武術の心得はあるのだろう!?っくそ!町で好き勝手しおって!すぐに凪ぎ払ってくれるわ!」
町の誰かが鳴らしたのであろう。緊急時の鐘が鳴り響くと、すぐに馬の蹄の音が聞こえ始める。
「我が領に手を出したことを後悔させてくれる!」
その顔は鬼の形相とも言えるほどのものであり、子どもが見ていたならば泣き叫んでいただろう。
ヴィオレッタの心は不安で仕方がなかったが、そんなバッセンの姿を見て思わず胸がときめく。
そんな場合ではない。