第十一話
町へと訪れたヴィオレッタは、町中の者達の視線を集めていた。
それもそうであろう。
ヴィオレッタはどこからどう見ても、美しい妖精のような人であり、町娘などには到底見えない。
だが、この時の皆の視線の理由はそのヴィオレッタの後ろに控えるバッセンにあった。
バッセンはこの南の国境の砦にとっては人々に畏怖されながらも尊敬される人である。そんな人が眼光鋭くまるで死地を歩くかのような、鋭く、殺気に満ちた瞳で町を歩いていれば、否応なく視線を集めてしまう。
しかもそんな殺気にまるで気づいていないのか、妖精のようなヴィオレッタがにこにこと笑顔を振りまいているのだから異様さはさらに引き立てられた。
ヴィオレッタは満面の笑みでバッセンと共に町を歩くと、見るもの見るものに感動を覚えていた。
「まぁ、バッセン様?あれは何ですの?」
「あぁ、紙芝居屋だ。たまにああして子ども達を集めている。」
「まぁ、あれは?」
「あー。あれは菓子屋だな。」
二人は町を散策しながら時折買い物をし、下町散策を楽しんでいた。
「そうなのですか。ふふ。町にはいろいろありますのね。」
その言葉に、バッセンは首を傾げると尋ねた。
「王都のほうが色々とあるだろう?」
「そう・・なのでしょうね。私、基本的には慈善事業などでしか町に行った事がないものですから。」
「そうなのか?その・・・王子とは行かなかったのか?」
「ええ。基本的に妃教育が毎日入っていましたし、先ほど申しました通り、慈善事業などで孤児院を訪れたりする以外では、来たことがありませんでしたの。だから、こうしてバッセン様とこれてとても幸せです。」
ヴィオレッタは、王子の事を一瞬思い出す。
王子と顔を合わせるのはいつも執務室か、客間か、どちらかであった。
大抵お互いに興味がないので、あくまでも政略結婚と割り切っており月に一度のお茶会の場も、いつも他愛ない会話しかしていなかった気がする。
バッセンは一瞬ヴィオレッタの瞳が陰ったのを見て、静かな口調で尋ねた。
「一つ聞いてもいいだろうか?」
「何です?」
「何故、王子はヴィオレッタ嬢に恋をしなかったのだろうか。貴方ほどの美しさと、優しさを兼ね備えた女性に惚れないとは、信じられなくてな。」
その言葉に、ヴィオレッタはバッセンに言われたのが恥ずかしくて頬を染めるが、王子の事を思い出すと気分が多少悪くなる。
「そう・・・ですね。その、王子が私に好意を寄せない理由としてはいくつかあるのではと思います。まぁあくまでも私の予想ですが。」
「ほう?それは?」
「まず、私は妃となる予定でしたから、口うるさかったのだと思います。あと、この外見も好まない理由の一つだったのだと思います。」
「ん?」
「私の母は国王陛下の妹なのですが、国王陛下とお母様と私、結構顔が似通っているんです。ですが、王子は国王陛下のお妃様似でありまして、そこがコンプレックスと言いますか、幼い時からよくぐちぐちおっしゃっていました。」
「・・・・ぐちぐち。」
「ええ。きっとお父様に自分が似ていないことが嫌だったのでしょうね。それで、あまり私の顔も好まれていませんでしたわ。」
ヴィオレッタはそう言うと小さくため息をつき、顔を上げるとバッセンに尋ねた。
「あの・・・バッセン様は、お嫌ではないですか?」
「ん?」
「その、私の外見。」
「んん?」
じっとヴィオレッタに見つめられたバッセンは、しばらくすると耳を真っ赤にして言った。
「その、俺としては・・貴方のような美しい人は・・・・見た事が無く・・・その好む好まないで言うと・・その好むが・・・・・そのだが、外見よりも、その明るい性格などが・・・・あ、いや。」
「本当ですか?」
パッと嬉しそうにヴィオレッタは顔をほころばせた。
バッセンはその姿に自分の心臓がバクバクと音を立てるのを感じ胸を押さえた。
アンナはそんな様子を陰から見つめていると、ロアムが横から口をはさんだ。
「ほら、バッセンがいるんだから安全に決まっているだろう?」
その言葉に、アンナは小さくため息をつくと言った。
「私はヴィオレッタ様のお父様から一日の様子の報告も命として受けていますので。」
ロアムは眉間にしわを寄せると、アンナの腕を引き、自分の方を向かせると言った。
「あんた、何者なんだ?馬には乗るわ、それに俺のことだって調べ上げているし・・・何者だよ。」
その言葉に、アンナはじっとロアムを見つめると口を開いた。
「ヴィオレッタ様のお父様である公爵様からはバッセン様、ロアム様の二名に限り情報公開を望まれた場合話してもよいと言われてますが、話を聞きますか?」
ロアムはアンナの冷たい瞳を見つめてごくりと息を飲むと、にこりと笑みを浮かべて頷いた。
「聞こうじゃないか。」