第十話
ヴィオレッタに町娘風にしてとお願いをされたアンナは、仕上げたヴィオレッタが鏡の前でくるくると可愛らしく回る姿を見て頭を悩ませた。
簡素な花柄のワンピースに、髪を可愛らしくリボンで簡単に結ぶ。普通ならばそれで町娘風になるはずなのだ。
「アンナ!さすがね。これならどう見ても、町娘だわ!」
どこがだろうか。
鏡に写るのは、町娘ではなく人に紛れようとした妖精である。
だが、と、アンナは思う。
おそらくだが、ヴィオレッタは泥にまみれた姿であろうともやんちゃして汚れてしまった妖精と言われるだろう。
うん。と、アンナは思う。
ヴィオレッタに普通は無理なのだ。
どうしたってヴィオレッタは妖精であり、可愛らしく美しい主人なのである。
「大変お似合いです。」
アンナは満足げに微笑みを浮かべるとバッセンがヴィオレッタを見る姿を楽しみにした。
そして、案の定、ヴィオレッタの姿を見たバッセンは固まった。
仕方がないのである。どうしたってヴィオレッタは可愛らしい妖精なのだ。
バッセンは、鋭い眼光だけで人を殺せそうな程の殺気を放つと言った。
「ヴィオレッタ嬢は絶対に俺のそばを離れるな。」
離れた瞬間に誘拐される。
バッセンは楽しいデートのはずが、まるで死地に赴くような表情でヴィオレッタと共に馬車に乗り込んだのであった。
今日は二人きりでデートということで、アンナは馬車を見送った。
けれどアンナはすぐに着替えを済ませるとまるで少年のような格好で馬小屋へと向かう。
事前に連絡を入れていたのですぐに馬に乗ることが出来た。
アンナが馬に股がったところで、それを見つけたロアムは目を丸くした。
「あんたは一体何をやっているんだ?!」
「ヴィオレッタ様をしっかり見守るように仰せつかっておりますので、ロアム様、急ぎますので失礼します。」
「ちょっと待て!女性を一人で行かせられるか!安全だとは思うが、荒くれ者も町中にはいるんだぞ!俺も行く!」
「結構です。」
「あ!こら、ちょっと待て!」
ロアムは部下に一言伝えると、馬で走り去るアンナを急いで愛馬に股がると追いかけた。
その頃、馬車の中。
「あの、バッセン様?横に座ってもよろしいかしら?」
馬車の中には、一応だが、執事が一人控えている。
「え、その、それは。」
「ふふ。バッセン様と一緒にお出かけ、楽しみです。」
バッセンの横に座ったヴィオレッタは終始嬉しそうににこにことしている。
執事は空気になると、バッセンが顔を赤らめてあわてふためく様を静かに見守った。