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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ろくでなしと糞ガキ

作者: 神父二号
掲載日:2019/07/03

「何を見てやがる」


戦が終わって夕陽に染まり始めた荒れ野には、色んな連中が集まる。

目玉をつつく烏、屍肉を喰らう犬ころ。

そして、鎧や刀にたかる人間。

皆、ろくでなしばかりだ。

弱った者、死んだ者から盗むことしかできない、ろくでなし。

俺も、今はその一人だった。


「おい、何を見てやがる」


首のない武者の屍に腰を下ろしたまま、俺は横を向いた。

男か女かも分からない童が、こっちを見つめて立っていた。

泥まみれのボロ布姿だが、棒きれ一つ手にしていない。

だが、目ばかりがぎらぎらと光っている。

さしずめ、ろくでなし見習いというところだ。


「斬られたいか、糞ガキ」


剥ぎ取った太刀を抜き身で持ち上げ、俺は声を張り上げた。

不思議なもので、刀というやつは手にしているだけで強くなった気分になる。

なにより、握っている時だけ気持ちが昔に戻るように感じるのだ。

滅んだ武家で、郎党をやっていたあの頃に。

この一年ですっかり頬に張り付いた醜いにやつきが、少しだけひくついた。


「それ」

「ああ?」

「それ」


荒れ野によく通る声が耳をくすぐり、俺に何ごとかを考えさせた。

それ。それとは何だ。


「それ、ちょうだい」

「ん…ああ…」


ガキの細い指が、俺の足元を指す。

先ほど拾った、血まみれの干し飯だ。

兵士の屍の懐に入っていた。食う前に戦が始まったらしい。

拾ったはいいが、真っ赤に汚れていて食う気にもなれずに持ち歩いていた。


「…けっ」


俺が干し飯を投げてよこすと、ガキは何も言わずに食べ始めた。

歯を立てて噛み、むせながらも口の中におさめていく。

飯を持ち上げている腕はたやすく手折れそうなほどに、細い。


「もう一つ、ちょうだい」

「……」


赤い米粒のこびりついた指が、また俺の足元を指す。

屍からかすめた干し飯が、まだもう一つあった。

どうせ食いやしない盗み物だ。惜しむこともなかった。


「あぐ…あぐ…」


俺が投げ渡した瞬間に、ガキは口に入れて貪っていく。

目は握った飯だけを見つめ、まるでこちらを警戒していない。


なぜか、犬に似ていると思った。

ろくでなしに落ちたその日まで、飼っていた犬に。

気性が荒く大喰らいで、だがよく懐いた犬だった。

拾って育て、仲間に自慢し、一緒に落ち延び、去年の飢饉で食った。


「食ったら失せろ」


太刀を握る手を緩め、俺は言った。

だが、食い終えたガキは立ち去らない。

赤く染まった口元を腕で拭い、またぎらついた目で俺を見つめてくる。

ガァガァと、頭の上でカラスが啼いた。

野良犬も遠巻きにガキを見ている。

屍に飽きたのか、新鮮な肉に惹かれたようだ。


「聞こえねぇのか、失せろと言ったんだ」


いらだちが募り、舌打ちと共に低い声が出た。

なぜか気に入らなかった。

痩せた手足で、しっかりと立っているガキが。

血だらけの飯を腹に突っ込み、それでも目が光っているガキが。


「まだ何か欲しいのか」

「それ」

「あ?」

「刀、ちょうだい」


差された指に、俺は握った太刀を見た。

ただの鈍らだ。どこの戦場にも転がっている。

激しく打ち合ったらしい刀身は刃こぼれがひどく、少し曲がっていた。


「もらってどうするってんだ」

「使う」

「何に?犬でも斬るつもりか?」

「違う」

「なら俺か、やめとけ糞ガキ。お前じゃ」

「違う」


気づけば、ガキはすぐ傍まで寄って来ていた。

ボサボサの髪の間から、真っすぐな眼差しが俺を突き刺してくる。


「武士になる」


無性に腹が立った。

血まみれの飯を食う乞食が。汚い糞ガキが。

俺は声を荒げて腰を上げ、刀を振りかぶった。


「飯も服も銭も、いっぱい欲しい」


ガキは一歩も下がらず声だけを張り、俺に挑んできた。

手が震える。喉が渇く。鼻の奥がツンとした。


「だから、武士になる」


輝く目は俺ではなく、その背後の焼けた空を見ていた。

頭が真っ白になった。

殺して食った飼い犬の顔だけが浮かんで、すぐに消えた。


「っ、勝手にしろ」


刀を地面に突き刺し、俺は踵を返した。

逃げるようにその場を走り去った。

走って走って荒れ野を抜けて林に入り、それでも走った。

一度も振り返れなかった。

涙があふれて、止まらなかった。



……



数年後。

俺はろくでなしをやめ、それでも戦場にいた。


「聞いたかおい。明日の攻め手に備えて、兵の数を増やすってよ」

「そりゃいい、楽になる。上手くやれば、恩賞貰えるかもしれねぇ。どっかの郎党入りだって」

「ばか、お前には無理だ腰抜けが」

「なにを、歯抜けの間抜け面」

「明日には落ちるぞ、敵方の城も」


焚火に当たってまどろむ俺の横で、同僚達が盛んに話をしていた。

怪しい噂に、勝手な期待。

どこの戦場でも見飽きたやりとりだ。

俺は太刀を抱え直し、胴具を腹と足で挟み込むようにして丸まった。

雇われの根無し草が戦の手前でやることは、寝ることしかないのだ。


「来た来た来た、増援の兵だ」

「本当かよ、吹かしじゃなかったのか」

「ずいぶん早いな。将は誰だ?」

「おい新品持ってる奴いるぞ、夜の内に盗っておくか」


野営の陣中が慌ただしく動き始める。

出迎えが半数に、物見気分が半数だ。

同僚は全員出ていき、焚火の前には俺一人になった。

俺はゆっくりと身体を横たえ、火の温もりを独り占めした。


半刻ほどして、小さな足音が一つ焚火へ帰ってきた。

だが、横になった俺の後ろで止まり、腰を下ろすでもなく立ったままだ。


「おい、何を見てやがる」


頭だけで振り返り、俺は目を見張った。

思わず飛び起きれば、目の前に干し飯が差し出される。


「これ」


若い兵の腰には刀が二本差されていた。

一本は俺と同じ支給品。

もう一本は、抜き身の曲がった太刀だった。


「これ、あげる」


差し出された干し飯は、とても白かった。




終わり。


続きません。

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