悪夢は甦る
とりあえず用は済んだ俺は、なんとなく雪が降る街へ出掛けてみることにした。
夜の街は外に出ている人が少なく、店も店を閉じている場所が多く、昼間のような賑わいは無くなっていた。
少しだけ降り積もった雪を踏み踏み締めて道を進んでいく、雪を踏む音と道を通っていく車の音だけが俺の耳に入ってくる。
街灯に照らされた道を進んでいると1台の戦車のような見た目をした車輌が俺の近くで止まるとハッチが開き、中から博士が顔を出した。
「乗っていくかい?お嬢さん」
「お嬢さんはそっちだろう、なにやってるんだ?博士」
「なーに、ただの試運転だよ。新しい砲を積んでエンジンも変えたからさ~。いい装甲車になったよ、この子は、それよりも乗ってく?」
「良いのか?まぁ、特にあてもなく歩いていただけだからな」
「それじゃあ、後ろへどうぞ」
博士は装甲車の中へ戻っていくと後ろの扉が開いた。
俺は装甲車の後ろへ回って中へ入ると意外と広い空間になっていた。
「それじゃ、出発するよ~」
「あぁ、少し横にさせてもらうぞ」
「ご自由に~」
後ろの扉が閉まると装甲車が発車し、俺は車内にある椅子に横になり、少し仮眠を取ることにした。
仮眠程度なら悪夢へ引きずり込まれることはない。
俺は目を閉じて少しだけ眠りについた。
「あら、ジョンさん。思い出を見返しに来たんですか?」
俺は暗い空間の中に一人で立っていた。
仮眠程度ならと思っていたが、流石に疲れている状態では思うように眠る時間を調整できない。
「思い出?……今度は何を企んでる」
「少し昔のことを思い出しましょう。楽しい思い出が沢山あるでしょう?」
「やめろ、お前が見せるのは悪夢だ。楽しい思い出なんかじゃない」
今回は口は動かせるが、体は研究所の時と同じように動かせなかった。
「少し……ジョンさんが生気を取り戻した感じがしたので、そうですね……貴方の母親代わりだったマリアさんが……」
「……待て、思い出させるな。マリアのことは……」
「貴方のせいで自分の息子を失い……」
「やめろ………やめてくれ……」
「そして………マリアは息子の後を追うようにして、自殺したことを」
俺は過去の記憶を思い出し、マリアが死ぬまでの光景が甦った。
マリアはトーマスの実の母親、子供の世話をすること好きな奴で、まだ小さかった俺やエミールにも世話を焼いてくれた。
だが、トーマスが機械でひき肉にされてしまってから、マリアは狂ってしまった。
自分の息子がひき肉にされ、自分が世話を焼いていた子供達もほとんど居なくなっていたことも関係しているだろう。
マーカスと男達が助けに来てくれたおかげで俺は生き残ることができたが、スラムへ帰って俺を迎えたのは無事を祝う言葉じゃなかった。
俺はスラムへ帰ると女達に冷たい目を向けられ、マーカスは俺を抱き上げて急ぎ足で部屋へ連れていってくれたが、部屋へ入った後にマリアが部屋へ来た。
息子を失ったマリアの怒りと悲しみは、不運にも生き残った俺へ向けられた。
「他の子供達には親がいるのに……何故?どうして親も居ない貴方が生き残るのよ!!」
「マリア!落ち着け!子供にそんなことを言うな!」
マーカスが俺に掴みかかって来ようとするマリアを抑え、説得しようとしていたが、マリアは目を見開いて鬼のような顔で俺に掴みかかろうとしてマーカスと取っ組み合いになっていた。
「どうして拾われた貴方が生きて、親の居る子供達が死ななければならないのよ!?貴方が死ねば良かったのよ!!」
「おい!!止めるんだマリア!お前はそんなことを言うような奴じゃないだろう?ジャック、何も聞くな。お前は何も悪くないからな」
「何も悪くないですって!?ジョンは子供達を……仲間を見殺しにしたのよ!?何処が何も悪くないのよ!!」
「子供じゃ大人には勝てない、それはお前だってわかるだろう?だから抑えてくれ、俺だって悔しいんだ」
「貴方と一緒にしないでマーカス!!私は……私は、自分の息子を……うっ……うぅ……どうして……どうしてなの……どうして……」
マリアはその場に崩れ落ちると涙を流し始め、マーカスはマリアのことを抱き締めて頭を撫でていた。
「……すまない。子供達を……助けてやれなくて……本当に……すまない……」
マーカスは何度も謝り、マリアが泣き止むまで抱き締めて頭を撫でていた。
貴方が死ねば良かった。
この言葉は俺の心に突き刺さり、今も生きていていいのかと思う度にこの言葉を思い出して、俺を苦しませた。
だが、これだけならまだ良かった。
これだけなら、俺が深く傷付いただけで終わったはずだった。
後日、昼間にマリアに呼び出された俺は恐る恐るマリアの元へと向かった。
マーカス達は外へ出ていて、男達が少ない時間だった。
マリアの部屋の扉を開けるのがとても怖かったことをよく覚えている。
重く感じる扉を開いて中へ入ると、いつも通りに優しい顔をしたマリアが出迎えてくれた。
「あら、ジョン、来てくれたのね。昨日はごめんなさい、息子が死んだなんて信じられなくて、あんなことをしてしまったわ」
「……大丈夫……マリア……その……」
俺はマリアへ謝ろうとしたが、うまく声が出せないことと、どう言えば良いのかわからずマリアの側まで近寄ろうとした。
「何も言わなくていいわ、大丈夫よ。何も……言わなくて良いの」
マリアは振り向くとゆっくりと布に包まれていた包丁の布を取り、俺に近付いてきた。
光が反射して刃が光った包丁が見えた瞬間、俺は振り返って扉を開けて逃げようとした。
だが、相手が女性とは言え俺はまだ12の子供、マリアが普段する小走りとは全く違う、勢いのある走りで俺を追い抜いて扉の前に立つと鍵を閉めた。
「もう逃げられないわね」
「マ、マリア……お、俺……助けようとしたんだ。……でも、大人が相手じゃ……」
「良いの、言い訳は言わなくて良いのよジョン」
マリアは笑顔を見せたまま近付いてくると俺の肩を掴んでそのまま壁まで押され、壁に押さえ付けられた。
「ジョン、私はね?貴方に見送ってもらいたいの。トーマスの最期を見届けた貴方にね」
マリアは俺に包丁を向けたかと思うと、横から自分の首に突き立てた。
「マ、マリア……なにを……」
「今からトーマスに会いに行くの。だから、見送ってちょうだい、ジョン」
マリアは自分の首に突き立てた包丁を勢いをつけて自分の首へと刺した。
「ちょっと、起きなさい!」
呼ぶ声に俺は目を覚ますと俺の肩をナタリアが揺さぶっていた。
「はぁ…はぁ……ここは……装甲車の中か……」
「大丈夫かしら?随分と良い夢を見ていたみたいだけれど」
「あぁ……最高だった。思い出したくないくらいに……」
俺はゆっくりと立ち上がろうとするが、腰が抜けているのか立ち上がることができなかった。
「どうしたの?」
「……立てないだけだ。少しここに居させてくれ」
「駄目よ、博士がなにかしたいらしいから降りないといけないわ。肩を貸してあげる」
俺は彼女の肩を借りて立ち上がると装甲車の中から外へ出た。
外はヘリや戦闘機、戦車と装甲車がある広い倉庫の中のようだった。
周りを見渡してみると博士が装甲車のカバーを開けて何か作業をしていた。
「やぁ~ナタリアありがとう。私だけだとジョンを動かせなかったから助かったよ~」
「私はただ銃を直してもらいたくて来たのよ博士、こいつを介護しに来たんじゃないの」
「だから銃を直してあげる代わりに頼んだんだよ。ジャック?顔色悪いけどどうかしたの?」
博士は俺の顔を覗き込むと心配そうな表情で聞いてきた。
「いや、悪い夢を見ていただけだ。少し頭痛もするが大丈夫だ」
「ん~?……そういえば、ジャックちょっと来て」
「一人で歩けるかしら?」
「ああ、大丈夫だ。悪いな」
「そう、なら早く行きなさい」
俺はナタリアから離れて博士の後を追いかけ、倉庫の中にあった建物へ入っていった。