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Unlucky  作者: 碧眼の黒猫
第八章 過去、忘れることのできない記憶
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ジョンの過去・2

 夜の雨が降る街中を走り、追いかけてくる警察を撒くために裏路地へ逃げ込んだ。

 パトカーのサイレンが近付いてくると通りをパトカーが走っていき、俺は通りから帰ることを諦めて裏路地の奥へと進んで隠れ家へ帰ることにした。


 今日は運が悪かった。


 狙った店に入ったところを誰かに見られたらしく、俺が物を盗んでいる時に警官二人が店の中へと入ってきた。

 一人の警察を瓶で殴り倒してからもう一人は警棒を使って殴り倒したが、殴り倒すのに時間がかかって多くの警官が店に来てしまった為、ろくに食べ物も得られないまま警官から銃を奪って逃げてきた。


「……そろそろ髪を切りたいな」


 肩まで伸びた髪を指に絡ませていじっていると赤ん坊の泣き声が裏路地の奥から聞こえてきた。

 そろそろ反対側の通りに出られるところまで来た為、恐らく捨て子だろうと思った俺は走って声のする方へ向かった。


 声のする方へ向かうと上だけ開いた状態の段ボール箱の中にまだ一歳か二歳くらいの赤ん坊が入れられていた。

 赤ん坊を抱き上げると赤ん坊は泣き続け、俺はとりあえず雨に濡れないようにとパーカーを脱いで赤ん坊を包むと赤ん坊は何故か泣き止んだ。


「ん?……どうして泣き止んだ?」


 赤ん坊は大体何をしても泣く、ちゃんと気持ちをわかってやれれば泣き止ませることもできるが、スラムで赤ん坊を育てる手伝いをした経験の中では、服に包んで泣き止んだ赤ん坊はいなかった。


 不思議に思いつつも泣き止んでくれている間に俺は赤ん坊を連れて隠れ家へと帰り、ミルクを作る準備をした。


「最近は裏路地に捨てていく奴は少なくなったとマーカスは言っていたが、未だに捨て子をする奴はいるようだ……」


 ミルクを作りながら独り言を呟いていると赤ん坊が泣き始めた。

 丁度ミルクも出来上がった為、俺はミルクを持って赤ん坊の元へとミルクを持っていった。


 ミルクを飲ませた後はパーカーから出してタオルに包んでタオルで赤ん坊用にベッドを作ってやって寝かせた後、店に入って盗めた物を確認する。


「……魚の缶詰と果物の缶詰が一つずつ、あとカップラーメンが一つか……少ないな、仕方ないが」


 少ない盗品を確認し終えて眠りにつこうとした時、赤ん坊が泣き出し、俺は泣き止ませるために赤ん坊の元へと向かった。







「ジョンさん、子育てもできちゃうんですね。やっぱり器用な人は違いますね」


「まぁ、スラムでは男は出払ってることが多かったからな、外に出ずにスラムに居るときにはよく赤ん坊の世話を手伝わされた。その経験があったからできただけだ」


「それでも凄いですよ。子育ては大変だってよく聞きますから、ジョンさんに育てられたその子は良い大人になりそうですね」


「あぁ………そうだな」


「ジョンさん?どうしたんですか?涙が……」


 自然と涙が出てきて俺の視界は涙でぼやけ、俺は涙を見せない為にエリカに背中を向けた。


「……俺が女装をしたくない理由は恥ずかしいこと以外にもある。今話した赤ん坊が育って喋ることができるようになってから俺は母親と呼ばれながら子育てをしていた。ジェシカは俺が髪を切ろうとするといつも止めてきた。何度も男だと言っているのにそっちの方が綺麗だからと言って髪を切らせてくれなかった……」


「ジョンさん……あの……ごめんなさい、無理はしなくても……」


「いや、いい……君なら聞かせてもいい、君が話の続きを聞きたければの話だが……」


「……聞かせてください、一体何があったんですか?」


「……あれはジェシカと一緒に生活するようになってから確か六年経った時だ。その日、俺は風邪で動かずに休んでいた」







「お母さん、大丈夫?」


 顔を覗き込むようにして見てくるジェシカは心配そうに俺に聞いてきた。

 風邪と甘く見ていたのが災いして、まともに体を動かせない状態にまでなってしまった。


「入ってくるなと言っただろう?ジェシカ、大丈夫だ。寝てれば治る」


「でも、凄く辛そうだよ?」


「心配いらない、だから早く…ゴホッ…ゴホッゴホッ……早く部屋から出てくれ、ジェシカに移したくないんだ。マスクも完璧に菌を受け止めてくれる訳じゃない」


「……うん、わかった」


 俺の言うことに従ってジェシカは部屋の扉を開けると部屋の外に出た。


「ああ、それでいい、お腹が減ったら缶詰でも食べていてくれ、悪いが俺が風邪を治すまで料理はお預けだ」


「うん、早く元気になってね。お母さん」


「いつになったらその呼び方を止めてくれるんだ?俺は男だといつも言ってるのに」


「私がお母さんと思えばお母さんだから、男の人とか関係ないよ」


「全く、早く大きくなってほしいな…ゴホッゴホッ…ゴホッ……早くわた……あぁ、いや……早く俺が居なくても大丈夫なようになれ……」


 頭が回りにくいせいか、言葉使いが女性のようになってしまいそうになり、俺は言い直した。


「お母さん、私は大丈夫だよ」


「そうか、俺は心配だ。ジェシカを一人にするのは……とても心配だ」


「一人でも大丈夫、おやすみなさい。お母さん」


「ああ、体を冷やさないようにしろ。寒いからな、服は何枚でも着ていいし、毛布も必要なら使っていい、それと……」


「お母さん、大丈夫だよ」


 俺の言葉を遮ってジェシカは大丈夫だと言った。


「そうか……、とにかく俺みたいにならないように気を付けるんだぞ」


 俺も心配しすぎかと思い、あまりうるさく言うのも悪いと、それ以上は何も言わないことにした。


「うん、おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ、ジェシカ」


 扉が閉まると俺は眠気に襲われて目を閉じて眠りについた。


 眠りから覚めて少し腹を空かせた俺は食べ物を扉の前まで運んで貰おうとジェシカを呼ぶことにした。


「おーい、ジェシカ!起きているか?」


 いつもなら少しして扉を開けてくるはずだが、寝ているのか少し経っても扉が開くことはなかった。


「ジェシカ?……ジェシカ!……寝てるのか?仕方ない」


 俺は自分で取りに行くことにしてふらつきながらも立ち上がり、扉まで歩いて扉を開けた。


 いつも通りに置いてある段ボールに入れてある缶詰を一つ取って、洗ってあるスプーンをテーブルの上に置いた。

 食事の準備をした後に確認のためにいつもジェシカが寝ている部屋の扉を少し開けた。


「……ジェシカ?」


 しかし、扉を開けるとそこにジェシカの姿はなく、俺は部屋に入って部屋の中を確認したがジェシカの姿は何処にもなかった。


「ジェシカ、何処に行ったんだ?探さないと…ゴホッゴホッ……」


 パーカーを着て、とりあえず銃とナイフをポケットにしまって、外へ出た。


 まだ隠れ家の前に足跡が残っていたことからまだ時間は経っていない、俺は足跡を辿ってジェシカの後を追いかけて夜の街へ向かった。


 ジェシカの残した跡を頼りに追うと街中の薬屋にたどり着いた。

 俺は薬屋の看板を見た瞬間にジェシカが俺のために薬を取ってこようとしてくれていることを悟った。

 どうやら俺が隠れ家の鍵を無くした時に使えるように教えたピッキングを使って店に入ったようだった。


「正面から入るとは大胆だな、早く離れないと……」


 俺は扉を開けて店の中へと入り、周りを見渡す。


「ジェシカ?居るのか?」


 俺が名前を呼ぶとカウンターからジェシカが顔を出した。


「……お母さん?」


「ジェシカ!勝手に出ていくなといつも言ってるのに、心配しただろ。さぁ、早く帰ろう」


 俺はジェシカに駆け寄って手を掴んだ。


「待って、お母さん。まだ薬を見つけてない」


「じゃあ、薬を取ったら早くここを離れるぞ。わかったな」


「うん!」


 俺は早く店から出るために薬を探した。

 俺がジェシカの手では届かないところを探しているとジェシカが棚から薬を取った。


「あった!お母さん、帰ろう!」


 ジェシカは大きな声で俺に薬を見せるとポケットへしまった。


「ああ、わかった。だがもう少し静かにしてくれ」


「フフ、ごめんなさい」


 俺はジェシカを連れて外へ出ると俺とジェシカは歩いて隠れ家に向かった。


「ゴホッ…ゴホッ……全く、薬がなくても治るのにな。心配させないでくれ」


「私は一人でも大丈夫だよ」


「そうか、その様子なら大きくなったら早く俺から離れてくれそうだな」


「やだ、お母さんと一緒がいい」


「そう言われても困るな」


 話しながら歩道を歩いているとシルバーのバンがゆっくりと通り過ぎて少し先に行ったところで止まった。


「なんだ?あのバンは」


 怪しいバンを見ているとバンの扉が開いて薄汚れた服装の男達が降りてくると、道に男三人が広がり、立ち塞がった。


「お母さん……」


「大丈夫だ。俺が守る」


 前を向いたまま怯えて俺の後ろに隠れているジェシカに言い、男達を睨み付けた。

 服装からして恐らくスラムの奴らだろう。

 こんな奴らが俺達を狙う理由は簡単だ。


「こんばんは、美人さん。こんな夜遅くに娘さんと散歩かい?」


「ふっ、美人だって?お前らの目はどうやら腐っているようだ。医者に見てもらえ」


「お、おい嘘だろ……そんな見た目で男かよ……」


 予想通りこいつらは女を誘拐する連中のようだ。

 女と間違えられるのは何回もあったが、まさかいつも女を見ているはずの奴らに間違えられるとは思いもしなかった。


「ちっ……だったら、そこの娘を頂くぜ」


「そうか、だがこの娘には指一本触れさせるつもりは無い」


 俺はパーカーのポケットから銃を取り出し、安全装置を外して真ん中の男を狙い、引き金を引くと銃声が静かな街中に響き渡り、男は胸を押さえて後ろへ倒れた。


「じゅ、銃?……待ってくれ、降参だ。撃たないでくれ」


 男二人は両手を上げると倒れた男の横を通ってゆっくりと車に戻ろうとしていた。


「俺の気が変わらない内に失せろ。さもないと額に風穴開けてやるぞ」


「わ、わかった。撃たないでくれ……」


 男に銃を向け続け、バンに乗って走り去るまで俺は銃を向け続けた。

 バンの姿が見えなくなったことを確認してから銃の安全装置をかけ、ポケットへしまった。


「お母さん、あの人……」


「見るな、お前が見ていいものじゃない」


 ジェシカの目を手で隠し、抱き上げてその場を去ろうと歩き出した時、エンジン音が聞こえて振り返ると、さっきのバンがエンジンを唸らせながら走ってきた。

 ジェシカを下ろして後ろに隠れさせ、銃を取り出して安全装置を解除する。

 しかし、その間に近付いてきたバンの中からさっきの奴らが銃で撃ってきた。


「お母さん!」


 ジェシカに服を引っ張られて横へ倒れ、俺は間一髪銃弾を避けることができた。

 バンが戻って来たことを確認した俺は、銃で運転席に座っている奴に向けて数発撃った。

 ガラスにヒビが入り、ヒビが蜘蛛の巣のようになるとバンは横に曲がっていき、電柱に勢いよくぶつかった。

 相当速度が出ていたらしく、電柱が折れ曲がり、バンの前のガラスを突き破って中にいた奴が出てくるほどだった。


「あれは生きていないな。ジェシカ、急いで……ジェシカ!」


 バンから視線をジェシカに移すと、ジェシカはお腹を押さえて苦しそうにして泣いていた。

 ジェシカのお腹の辺りから血が出ているらしく、服が赤く染まっていた。


「あぁ、クソ……ジェシカ、傷を見せてくれ」


 ジェシカの手を退かして傷を見ようとすると、ジェシカは傷口から手を退けると俺の手首を握った。


「お母さん……大丈夫……?」


「ああ、俺なら大丈夫だ」


「そっか………良かっ………た………」


段々ジェシカの手から握る力が弱くなっていき、目を閉じて俺の手首を離したジェシカの手を落ちる前に掴んだ。


「おい……ジェシカ?……目を開けてくれ、頼む……死ぬんじゃない、逝かないでくれ……頼むから……目を開けてくれ………クソ、どうしてこんなことに……」


 俺は泣きながらジェシカの体を揺らして起こそうとするが、ジェシカが目を開けてくれることはなかった。


 隠れ家にジェシカと一緒に帰り、俺は鏡の前に立った。


「ジェシカ……」


 鏡の前に来たのはジェシカが好きだった俺の髪の毛を切り落とす為だ。

 ハサミを持って鏡を見ながら髪の毛を切り落とそうとした時だった。


「お母さん」


 ジェシカの声が横から聞こえ、俺はゆっくりと横を向いた。

 そこには綺麗な顔をしたジェシカが立っていたが、笑顔を見せてくれた後消えてしまった。


「くぅ……だから……男だって……言ってるだろう?……俺は……女じゃないし……母親でもないんだ。……ジェシカ……すまない、守って……やれなくて……うっ……うぅぅ……」


 俺はハサミを置いて鏡の前で膝を着き、朝になるまで泣いていた。

 涙が枯れるまで、俺は泣き続けた。


 朝になってから俺はジェシカの墓を誰も来ないような所に作り、切り落とした俺の髪の毛と一緒にジェシカを埋めた。







「女装をしたくないのは、あの日、鏡の前に立っていた自分の姿を思い出すからだ。ジェシカを守ってやれなかった、あの夜を……」


「ジョンさん……その、ごめんなさい」


「……謝ることはない、俺が悪かったんだ。急いで帰っていればあんなことにはならなかったのかもしれない、だがどれだけ後悔しても……もうジェシカは帰ってこない……」


 少しの間、二人とも喋らずにいるとテントの入り口が開いてジェーンが入ってきた。


「遅かったな」


「ああ、女はやることが沢山あるんだ。なんてな、少しお前達の為に無線機で話をしていた。ミラーシャとな」


「陛下と?」


「ああ、私の知る限りこの辺で安全なところはあそこしかない、二人とも色々あって疲れているようだから、私がミラーシャの国に入国できるように手を回しておいた。明日、ミラーシャの元へ向かおう」


「あの女の国にか?」


「大丈夫だ。心配しなくてもお前が突然、警察に捕まることようなことはない、その姿ならな」


 俺は自分の服装を見て何処が大丈夫なのかと思った。

 明日にはあの女の国へ行くことになったようだが、エリカは不安そうな表情になっていた。


「ジョンさんは大丈夫でも私は……」


「私もついていくんだ。だから心配せずとも大丈夫だ」


「どこも大丈夫じゃないですよぉ……」


「ハハハ、大丈夫だ。心配するな、信用してくれ」


 エリカがうなだれる様子を見てもジェーンは笑って肩を叩いた。

 明日のやることが決まるとジェーンは素早くボルシチの入った鍋を片付けて寝る準備を整えた。

 俺達も明日に備えて今日はもう寝ることにした。

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