迫り来る恐怖
部屋から飛び出したのはいいものの、既に博士達は廊下から消えていた。
何も見えない廊下を壁を頼りにして走る。
背後から近付いてくる殺気を背中で感じながら走った。
廊下に響く自分の走る足音、後ろから歩いて迫ってくる人間とは思えない男の足音。
暗く不気味な廊下は俺の冷静さを失わせようとしてくる。
暗いところには慣れているが、こんなに恐怖を感じたのは初めてかもしれない。
廊下を走り続けていると前から数人の足音が聞こえることに気付き、俺は足を止めて様子を見ることにした。
「隊長、もう地上に引き上げましょう。嫌な予感がするんです」
「駄目よ、仲間がまだ居るかもしれないじゃない」
「しかし、先ほど博士とクローン体達に聞きましたが、一人男の奴が居るだけと言っていました。仲間はもう既に実験体達に殺られているのでは……」
動かずにじっとしていようと思ったが、俺は森の時の兵士達の装備を思い出した。
恐らく暗いところでも視界が確保できるゴーグルをしているからライトが必要ないのだろう。
(マズイな、このままだと見つかる)
最悪のタイミングで俺は挟み撃ちを受けることになってしまった。
前からは兵士、後ろからは化物、隠れる場所があればいいが、今から探すのは遅い。
「隊長、誰か居るようです」
「何処?」
一人の兵士が言った言葉に俺は体が凍りつくような感覚がした。
「あそこです」
「誰?言葉を話せるなら話しなさい」
近付いてくる足音からして間違いなく俺だろう、俺はショットガンを置いて両手を上げて抵抗する気が無いように見せる。
「俺は実験体じゃない」
足音は俺の近くで止まり、何をしているのかはわからないが、兵士達から殺そうとしてくる様子は今のところは無いようだ。
「隊長、もしかしてこいつが博士達が言ってた……」
「貴方、私達の仲間を見なかったかしら」
「仲間?」
「そう、ここで警備をしていた仲間達が居る。貴方はここに来るまでに誰かと会ったかしら?」
俺はどう答えるか迷ったが、博士達が俺の存在を伝えていたとしても、この兵士達は仲間を探しに来ている。
そう考えると俺はただ情報を持っているかいないかで、生死が決まる。
そう考えた俺は嘘の情報を渡すことにした。
「ここへ来るまでに誰かの声は聞こえた気がする」
「何処で?」
「俺が来た道の左側だったはずだ」
「なるほど、他には?」
「殺さないと言うのなら教える」
「そう……」
一言だけ兵士が言うと兵士は俺の頭に銃を突き付けた。
「随分と嘘が下手なのね、正直者なのかしら?」
どうやら嘘は通じなかったようだ。
元々嘘は得意ではないが、そこまでわかりやすい嘘だったのだろうか。
「私、嘘をつく奴が嫌いなの、まぁ男なんて所詮は嘘つきばかりだから信用なんてしないけど」
「隊長、博士達は確保しろと言われていましたが……」
「死んでたってことにすれば?それに私達が博士に協力する必要なんて無いんだから」
兵士達が会話をしている間に俺は何か足音がすることに気が付いた。
兵士達は気付いていないのか、会話を続けていた。
「しかし、博士にはいつも助けられているようなものですから、ここは恩返しのつもりで……」
「凄い発明をしたからって何よ、凄いことは認めるけど私の上司でもないのに命令みたいな言葉を使ったあっちが悪いのよ」
「隊長、子供の言い訳のような理由で殺してしまっては博士との関係は隊長だけでなく、組織との関係まで影響してしまいます。ですから、どうかここはこらえてください」
「……はぁ、流石歴戦の兵士ね。私、少し冷静さを欠いていたみたい、私もいつか……あの人のようにとは行かずとも、貴女みたいにはなりたいわね」
「いえいえ、私はただ場数を踏んでいるだけに過ぎませんから、それに……」
そして、微かに聞こえていた足音がすぐ近くで止まった。
「おい、周りを見た方がいい、何かいる」
俺は彼女達の会話に割り込むようにして周りを見るように言った。
「ん?まだ嘘をつくつもりなのかしら?」
「これは本当だ。何かいる」
「………やめなさい」
小さく言葉を言った兵士の声がさっきとは声が少し変わったような気がした。
「周りをよく見ろ。嘘は言ってない」
「やめてよ!!怖いじゃない!!」
兵士は怒ると俺の頭に突き付けていた銃を押し付けるようにして突き付けてきた。
「た、隊長!落ち着いて!」
「私そういうの大嫌いなの!!死ねクソ野郎!!」
俺は押し付けられた銃を何も見えない中、兵士の腕を掴んで銃を頭から離し、頭を撃たれないようにした。
揉み合いになっている間に誰かが刺されるような音がした。
お互いに動きが止まり、俺は何も見えなかったが、音で何が起きているのかが大体わかった。
「あぐ…………た、たい………ちょう………………」
一人の兵士が苦しそうに言葉を言うと一回抜かれるような音がした後にもう一度刺した音がし、すぐに抜かれる音がした後に誰かが倒れた。
「あっ………あぁ……………」
俺が腕を掴んでいる兵士の腕が軽くなったと思うと銃が落ちるような音がした。
「こいつ!よくも!」
兵士が撃つマシンガンの銃声と共に一瞬だけ出る光によって廊下が一瞬照らされ、その間に見えた男と俺は目があった。
逃げようと歩き出すと突然、腕を掴まれた。
「お、置いて行かないで……!」
さっきとは違い、兵士は弱々しい声で俺に言った。
兵士の足は震え、一瞬だけ見える兵士の下半身は段々と湿っていっていることがわかった。
その様子を見て放って置くことができず、俺は彼女を抱き上げた。
「くっ!急所に当たってる筈なのにどうして!」
兵士は男に銃弾を浴びせ続けたが、男は死ぬことはなく、平然として兵士に向かって歩いていく。
そして、兵士の持っていた銃の弾が切れるとまた廊下は暗闇になった。
俺は抱き上げた後、逃げようと走り出すと後ろからライトで照らされた。
後ろを振り向くと兵士がライトを持って後ろから追いかけてきた。
「あれは何!?頭を撃っても死なないなんて……!」
「わからない、だが勝てるような相手じゃない、逃げた方がいい」
「貴方、ライトもなく逃げられると?」
そう言うと兵士はライトを俺に渡した。
「良いのか?」
「貴方は悪い人には見えないから」
「……だが、俺はいい人でもない」
「これでも私は人を見る目には自信があるのよ、道は私が案内する。隊長を無事に地上まで送り届けないと、付いてきて」
俺は兵士の後に続いて廊下を再び走り始めた。