リーナの母親
レジスタンスが屋敷を襲撃してから半年経った。
あのあと朝になってからハンクと共に屋敷の修復をして、リーナの提案で俺が昼食を作ることになり、昼食で作った料理をリーナが気に入ったことでそれから毎日俺が朝食、昼食、夕食を作ることになった。
半年経つのが、こんなにも早く感じるのは初めてのことだった。
スラムは奪い合い、殺し合い、騙し合いが頻繁だったせいで、落ち着いた日は無いに等しかった。
前の世界のことを思い出すと仲間達を思い出してしまう。
俺が二十歳になってから仲間は次々と死んでいき、そして二十歳になるまでは共に生きてきた仲間達は三年後の俺の誕生日には全員居なくなった。
俺の二十三歳の誕生日、それはマーカスの命日でもある。
マーカスは言葉にはしなかったが、知らない連中を集めてまで俺の誕生日を祝うために必要な物があったんだろう。
それはマーカスの命と共に全て奴等に奪われてしまった。
その後は何をすればいいのか、生きている意味も曖昧なまま生きていた。
仲間も信用できる人も居なくなった俺には、なにも残されてはいなかった。
たった一人、マーカスが言った言葉を胸に生きていた。
そして、その数ヶ月後にこの世界へやって来た。
ここへ来ても俺は人殺しをしてしまった。
人を殺すのは良くないと思っていても命の危険を感じれば、自然と体が動いてしまうのは防衛本能と言うやつだろうか。
セリーネがソフィを襲ったときがそうだった。
ソフィを助けたいという気持ちもあったが、あの時は正直自分が殺される前に殺したというのが正直な理由だ。
そして、その後もソフィを助ける形になることが続き、彼女は俺と旅をしたいと言ったことで仲間に加わり、ブッチャーと共に旅仲間となった。
だがブッチャーは突然狂いだし、偶然にもエルマを殺してしまうことになった。
一時の仲間とはいえ、仲間が死ぬのは気分の良いものじゃない、二十歳になってから周りの仲間達は死に、そしてこの世界へ来てもそれは変わらなかった。
「おーい、ジャック?ジャック!」
リーナの呼ぶ声が聞こえ、俺は考えることを止めて部屋の扉を開けた。
「うん、いつ見ても女性にしか見えないな」
俺の姿を見たリーナは感想を述べる。
今の俺の姿はメイド服に着替えて女性のメイドのような格好をしている。
「ついでに声も変えれば完璧だ」
声を女性の声として違和感のない声に変えてリーナに言うとリーナは頷いて親指を立てた。
「うん、完璧だ。これなら誤魔化せるはずだ」
リーナと廊下で話をしているとハンクが武装して歩いてきた。
「もうすぐ来るそうだ。準備は良いな?」
俺とリーナは頷いて答えるとハンクも頷いて答えた。
三人で玄関へ向かうと丁度門が開いて装甲車が入ってくるのが見えた。
「来たぞ。しかし、装甲車で来るのは初めてだな」
ハンクが目を細めて廊下の窓から見ながらそう言った。
その後ろから俺も窓から外を見ると武装していないガスマスクをしている人物が居たことに疑問を感じた。
「ん?……ハンク、あのガスマスクをした奴は武装していないようだが?」
「アナスタシアのことか?奴は魔法を使うから銃は必要ないそうだ。まだ半年前に知ったばかりで私も詳しくは知らないが、どうやら人に顔を見られたくないからガスマスクをしているらしい」
ハンクと話していると玄関の扉が突然開き、リーナが女性に抱き付かれていた。
「リーナ!会いたかったぞ~、元気にしていたか?」
「か、母さん、苦しい……」
「おおっと、悪かったな。久々に会えて嬉しくてなぁ」
どうやら抱き付いていた女性はリーナの母親で間違いないようだ。
俺は冷静に落ち着いて二人の様子を見ているとリーナの母親と目が合った。
「ほぉ、君が私が送ったプレゼントの子だな?……ふむ、私よりも少し背が高いようだな。肌は白く美しく、顔も整っているな」
リーナの母親は舐めるように俺の体を見てくるとリーナから離れて俺に近付いてきた。
「初めまして、私はジェーンと申します」
「そうか、あっち側らしい名前だな」
声を変えて自己紹介をすると軽くそう言った後、黙ったまま俺の周りを歩いて俺を観察し始めた。
「ふむ、なるほど………いい体だな、後で見せてもらうとして、今は腹が減っている。料理を作ってくれないか?」
「はい、かしこまりました」
「さぁ、久々に話でもしようかリーナ」
俺は返事をした後、厨房へ向かった。
厨房で料理を作り、その料理を持って食堂へ向かうと警護していた兵士が扉の前で立っていた。
立っていた兵士が扉を開けてくれたため、料理を持ったまま中へ入ると楽しそうにリーナとリーナの母親は会話をしていた。
「おっと、料理が来たようだな。続きはまた後で話そう」
リーナの母親は会話を止めると俺が出した料理をまずは匂いを楽しんでから食べ始めた。
ゆっくりと食べていく様子を俺は黙って見ていた。
そして、食べ終わると静かに手に持っていたフォークを置いた。
「素晴らしい、私のところで働いている料理人よりも良いものを作るな。気に入ったよ」
「ありがとうございます」
褒められたことに対して、頭を下げて礼を言う。
そして、顔を上げたときにまた目が合った。
顔は微笑んでいたが、その目はとても殺意に満ちたものだった。
気付かれたことに気付いた俺は目が合ったまま固まった。
気付かれるような失敗をした覚えは全くない、何処で気付いたのか俺には見当もつかなかった。
「どうした?ジェーン?」
心配したのかリーナが俺の仮の名前を呼んだ。
「いつから……お気付きに?」
俺は声を変えたままそう聞くとリーナの母親は微笑んだ表情から無表情になった。
「ほお、目を見ただけで相手が何を思っているのかもわかるとは……良い人材だ。男なのが惜しい」
リーナの母親は手を叩くと食堂へ兵士達が俺に銃を向けて入ってきた。
一人の兵士が俺の腕を掴もうと手を出して来た為、俺は兵士の手を体を動かして避けて兵士の後ろへと回り込むと首に腕を巻き付けて膝裏に蹴りを入れて兵士の体制を崩し、兵士が自由に動けないようにしてから兵士のホルスターから拳銃を抜き取ってリーナの母親に銃を向ける。
「それはハンクの?……ん?リーナ?……おい!リーナは何処だ!?」
俺が銃を向けているというのに周りを見渡してリーナの姿がないことに気が付くと椅子から立ち上がった。
「陛下、リーナ様はハンクが連れ出しました」
「何!?ハンクの奴め、なんの真似だ?急いで追いかけろ!」
「了解しました」
扉の近くにいた兵士が指示を聞いて部屋を出ていこうとしたところを俺はその兵士を撃って足を止めさせる。
「チッ、その男を捕まえろ!」
その声を聞いた兵士達は俺に次々と近付いてきた。
俺は近付いてくる兵士に拘束している兵士を拘束を解いて後ろから強く押すように蹴ると兵士はぶつかってお互いに地面に倒れた。
その間に俺は部屋から出るために扉へ向かうと兵士達が邪魔をしてきた。
邪魔をする兵士をハンクとの特訓で磨いた技で倒し、扉を開けて部屋から出ると部屋から出てきた兵士が後ろから撃ってきた。
銃弾を避けるようにSを書くようなイメージで走り、玄関から出ると装甲車が方向を変えて後ろの扉が開いていた。
「ジャック!急げ!」
俺は走って装甲車に乗り込むと装甲車の後ろの扉が閉まると走り出した。