簡単な夕食
今回も戦いもなく、平和なお話です。
リーナについて行き、食堂へ行くと食事が用意されていた。
食事と言っても用意されていたのはカップラーメンで、俺の分は無いようだ。
ラーメンの容器の近くにはフォークが用意されていることから、それで食べるのだろう。
「この匂いはみそ味か?」
リーナは椅子に座るとカップラーメンの蓋を見て腕を組んだ。
「みそか……久しぶりにシーフード味が食べたいな……」
「用意できるが、二つ食べる余裕はあるか?リーナ」
ハンクは椅子に座ったまま、壁にかけられた時計を見ながらリーナに聞いた。
「うーん、贅沢だけど……そうしよう。また母さんが用意してくれるだろうし」
「わかった。ああ、お前の分は作っていない。食事が欲しいならついて来い」
ハンクはテーブルに手をついて椅子から立ち上がり、歩いて部屋から出て行く後を俺は追うようにして廊下へ出た。
廊下を歩きながらハンクの姿を数メートル後ろから観察する。
ハンクは城で会った時と同じく黒い服装で右足の太腿にホルスターを付け、ホルスターに入れられていたのはリボルバー、左足の太腿にもホルスターがあり、そっちにはリボルバーではない拳銃が入れられていた。
観察しているとハンクが立ち止まり、それに合わせて俺も止まるとハンクは俺の方へ振り向いた。
「あまり舐めるように見ないでくれるか?」
どうやら観察していたことに気付かれていたらしく、俺はハンクと視線を合わせた。
「すまない、ハンクが身につけている物を見たかっただけなんだが……」
「私の身につけている物を見て何をする気だ?」
ハンクは鋭い目つきになり、左足のホルスターの銃に左手を置いた。
「何もしようとは思っていない。ただ見ていただけだ」
「………」
ハンクは左足のホルスターから手を離すと振り向いて早歩きで廊下を歩いて行った。
俺はその後を追いかけて厨房へ向かった。
ハンクが扉を開けて入って行った部屋に俺も入って行くと部屋の中は厨房になっていて、調理道具には手は付けられていない様子だった。
ハンクは壁際にあった段ボール箱を開けてシーフード味と書かれているカップラーメンを取り出すとポットの中に水を入れてスイッチを入れた。
「そこの段ボールの中から好きに取って作れ」
ハンクにそう言われてからも周りを見渡していると普通よりも大きい冷蔵庫があったことに気付き、冷蔵庫に近付いて冷蔵庫から出ている配線がコンセントに繋がっていることを確認した。
「この冷蔵庫は使っているのか?」
「………知らない、開けてみればいい」
ハンクはポットを見守ったまま、こっちに顔を向けずに言った。
俺は冷蔵庫の中を見るために取っ手を掴んで引っ張り、開けると中には大量の食材が入っていた。
野菜から魚、肉といった食材が冷蔵庫の中に詰め込まれるようにして入れてあり、どれも見たところ高価な食材のようだった。
「これは……凄いな」
見たこともない光景に俺は驚きを隠せずに冷蔵庫の扉を開けたまま固まってしまった。
「使いたければ好きなようにしていい、道具も好きなようにしろ」
ハンクはそう言った後、腕を組んで再びポットに視線を落とした。
少し冷蔵庫の中を眺めた後、俺は冷蔵庫の中から肉といくつか野菜を取り、まな板の置いてある場所の近くに置くと包丁とフライパンを取り出した。
「……!」
包丁を持ったせいかハンクが腕を組んだまま首だけを動かしてこっちを睨んできた。
「料理を作るためだ」
そう言ってもハンクは睨み続けてきたが、ポットの中の水が沸騰してきたことを確認すると容器の中に沸騰した湯を入れてカップラーメンの容器を持つとそのまま厨房から出て行った。
俺はハンクが出て行った後、俺は簡単な料理を作り始めた。
〜廊下〜
あの男は包丁とフライパンを取り出して本当に料理を作るつもりなのだろうか、もしあの男が料理を作ることができるなら、またシェフィが居た時のようにまともな料理をリーナに食べさせてあげたいものだ。
あの男がまともな料理を作れるかは、わからないが。
「……しかし、あの男………」
私はあの男の目を見た時に私と同じであると直感で感じた。
そう感じたのはあの男の輝きの無い目だった。
全てを失った人間の目には輝きが無い、あの男の目はまさに全てを失い、生きる目的すらない状態のようで目には輝きが無かったが、生きているのはそうさせている何かがあるのだろう。
私にはわからないことだが、不思議とあの男に私は興味を持っていた。
「……久しぶりに興味の持てる男が現れたな」
私は廊下を歩きながら呟いて、リーナの待つ食堂へ向かった。
食堂の扉を開けるとリーナは麺をすすって食べている途中だった。
私はリーナの手の届く場所に持ってきたカップラーメンを置いて、自分の分のラーメンが置いてある所の椅子に座った。
「ハンク、ジャックは?」
リーナが麺を口の中のラーメンを飲み込むとあの男の居場所を聞いてきた。
「厨房で料理を作ろうとしていたぞ」
「料理を?……そうなると掃除ができて、料理ができるとなれば……凄いぞ」
「次は裁縫でもやらせれば良いんじゃないか?」
ラーメンの蓋を取って開けると用意していたフォークでラーメンを食べ始める。
「裁縫もできたらここから出て行って欲しくなくなるな」
リーナが笑って言った。
リーナがいつも見せる笑顔ではないことが私にはわかる。
良い笑顔だ。
戦争が始まってから最近の見せる笑顔は悲しみに満ちたものだったが、あの男と部屋を掃除している間に何かあったのかもしれない。
私はラーメンを食べる手を止めるとリーナに顔を向けた。
「リーナ」
「なんだ?」
シーフード味のカップラーメンの容器を自分の前に移動させて蓋を取っているところで私は質問した。
「あの男のことを気に入ったのか?」
「ジャックを?……うーん、そうだな。どちらかと言えば気に入っているな」
リーナはそれほど考え込まずに答えたことから、本当のことを言っているのだろう。
「ふふ、そうか」
「もしかして、ハンクもか?」
聞き返してきたリーナの目を見ながら私は答えた。
「どちらかと言えば……な」
「へぇ、あのハンクが……何か理由が?」
蓋を取ってテーブルの上に置くとリーナはフォークで麺を巻きながら聞いた。
「自分と似ているような気がするから……では駄目か?」
「確かに、ハンクと似ているような気がしなくもないな」
リーナはフォークに巻きつけた麺を口の中へ運び、巻き切れていない麺をすすった。
「そうか………そう言えばリーナ、私が本に書いた護身術は覚えたか?」
「んぐっ!?」
リーナはすすっていた麺を喉に詰まらせたのか顔が青くなっていた。
私はすぐに腰に下げていた水筒を取ると蓋を開けて渡した。
「大丈夫かリーナ?」
「ゴホッ…ゴホッゴホッ、すまないハンク…ゴホッゴホッ………護身術なんだけど……全然覚えてない……」
「なんだって?……リーナ、私が書いた本はどうした?」
リーナは水を飲むと息を整えた。
「えっと……ちゃんと保管はしてあるけど、中身は一回見ただけで……その……ごめんなさい」
リーナが頭を下げて謝る姿を見た私はため息を吐いた。
護身術はリーナ自身に自分の身を守れるように覚えてもらおうと思って、リーナのために慣れていない本まで書いて用意して渡した。
しかし、その本を読まずに私がいない間ずっと部屋で寝転がっていたのだろうと思うと頭を抱えたくなった。
「はぁ……怒るわけじゃないがリーナ、この先私だけじゃリーナを守ることが難しくなってくる。戦争が始まってからは特にそうだ。いつ誰に狙われるかわからない、それにいつまでも私がいるわけじゃない、自分の身は守れるようにして欲しい」
「怒っているじゃないか……」
「……多少は怒りたくもなる」
どうしようかラーメンの容器の中を覗き込みながら考えた。
ラーメンの容器の中にはまだ食べ切れていない麺があるだけで、何か答えや解決方法が見つかるわけじゃない。
「……リーナ、食べ終わった後に部屋で教える。覚悟しておいてくれ」
「えぇ!?明日でも良いんじゃ……」
「駄目だ。今はいつ襲われるかもわからない状況だ。少しでも覚えてもらわないと困る」
「うぅ……なんか嫌だなぁ。あっ!そうだジャックも呼ぼう、そうすれば模擬戦ができるはずだし」
「あの男を?」
リーナの提案に私は少し抵抗があった。
理由は簡単であの男は弱すぎるからだ。
「あの男は弱すぎて相手にもならないと思うが……練習相手には良いか……」
「そうだ。話を聞いているだけよりも実際にやってみた方がいいし、今は練習相手になってくれそうな人が居るんだ。話を聞くより実際にやった方が私は良いと思うぞ!」
「……ただじっとして話を聞きたくないだけだろう」
リーナはゆっくりと目を逸らすと手を添えているカップラーメンに視線を落とし、ラーメンを再び食べ始めた。
「はぁ……わかった。話が嫌ならそうしよう」
リーナはラーメンを口の中に含んだまま頷いた。
確かに話をするよりも実際にやらせた方がいいのだろう。
今まで話だけで実際にやらなかった理由は、私がリーナに怪我をさせてしまうかもしれないという心配からだった。
だが今は丁度良く練習相手になる奴が居るのだから、これを機に実際にやって覚えてもらうとしよう。
私は残っているラーメンを食べながら練習メニューを考え始めた。
次回はジョンとリーナでハンクから護身術を教えてもらう話を書きたいと思います。