亡き兄の帰還
今回でソフィ視点は終えて次回はジョンの視点に戻ります。
街を出てから数時間、私達は時々休憩を取りながら私達は避難場所へと向かっていた。
セシリアさんは手の平サイズまで折り畳んだ地図を取り出して、時々見ながらバイクを運転していた。
「あともう少しで見えるはずなんですが……」
セシリアさんが進んでいる前を見渡しながらそう言い、私もしっかりとセシリアさんにしがみつきながら周りを見渡した。
「あっ、あれでしょうか?」
セシリアさんが避難場所を見つけたのか、前を見たまま言った、
私はセシリアさんの肩越しに前を見ると、高い城壁に守られた地域が見えてきた。
「あともう少しです」
セシリアさんはそう言うとスピードを上げて街へと向かった。
そして、城壁の門に近付くと兵士の人達が門の上から守っている様子だった。
セシリアさんがゴーグルを外して首から下げるようにすると、ゆっくり門へ近付いた。
「セシリア!無事だったか!」
城壁の門の前にある受付のような所からセシリアの知り合いの方なのか、焦げ茶色の髪をした男性が顔を出した。
「はい、スタークさんも御無事なようですね。大変申し訳無いのですが、お話はまた後に。今はソフィ様を早く中へ入れたいのですが……」
「おう、悪いな。つい嬉しくなっちまってな」
スタークさんはそう言って門を鍵を色々なボタンがある機械に差し込んで回し、ボタンを押すと門が一人でに開き始めた。
「また後でお会いしましょう。スタークさん」
「ああ、また後でな」
セシリアさんはバイクをゆっくり走らせながら門をくぐると門の先はテントがいくつもあった。
セシリアさんは他のテントよりもとても大きいテントへ向かってバイクを走らせていた。
ゆっくり走るバイクの後部座席から周りを見渡すと泣いている女性や抱き合っている家族、親とはぐれた子達がメイド服の人に抱きついて声を出して泣いているなど、皆んな悲しんでいるようだった。
(もしかしたらジョンさんも……)
そう思って周りを見渡してジョンさんが居ないか探しても、ジョンさんは何処にもいなかった。
周りを見渡しているうちにテントへ辿り着くとセシリアさんはバイクをテントの近くで止めてエンジンを切ると短く途中で曲がった鉄の棒を使って、バイクが倒れないようにした。
「ソフィ様、王様に避難報告をしましょう」
「はい」
万が一、避難することになった場合は避難先で王様へ報告してから自由にてんとを張ったりするようにと避難マニュアルの書いてある紙に書いてあったことを私は思い出した。
「失礼します」
テントの中へ入ると王様……ではなく、王様に似た方が木製の椅子に座って、椅子と同じく木製の机の上の書類にサインをしている途中のようだった。
「ん?……生き残りか、名前を言え。我は今忙しい」
一旦手を止めてこっちを見ると、再び目線を書類に落としてサインをしているようだった。
「ハルバード様?王様はどちらに?」
「姉上なら少し休んでいる。何か用があるなら代理の我に言え」
王様とは違い、威圧感のあるこの方はどうやら王様の妹様らしく、顔が似ているのも納得できた。
「いえ、特には何もありません。セシリア・ウィルヘルム、ただ今到着しました」
「そうか、それでそこの人間」
「は、はい!」
ハルバード様に鋭い目で見られて体が固まってしまい、声も変になってしまった。
ハルバード様は立ち上がると固まって動けない私に歩いて近くまで来ると匂いを嗅いでいた。
「……ふむ、あの人間の匂いがするが……お前、金髪のフードの付いたパーカーを着た人間と一緒に居たな?」
「えっ?あ、は、はい、この避難所に……来ていない……のでしょうか?」
震える声で聞くとハルバード様は鼻で笑った。
「ふん、姉上の国民では無い奴のことなど知らん。ずっと見ていないからな、何処かで野垂死にしたんじゃ無いのか?それより人間、名は?」
そう言われて、私は下を向いてスカートを握りしめた。
野垂死に、その言葉を聞いた私は私の兄が周りから野垂れ死にや犬死と言われて馬鹿にされていたことを私は思い出してしまった。
「ソフィ様?」
「ん?どうした人間、早く名を言え」
「貴女は……」
「……なんだ。怒っているのか」
「貴女はどうしてそんな言い方をするんですか……」
「ソフィ様、落ち着いてください」
セシリアさんが心配してくれたのか、近付いて私の肩に手を置いてくれた。
でも、私の気持ちが落ち着くことはなかった。
「……彼は死んでいません。もし……仮にそうだったとしても、野垂死にでも、ましてや犬死でもありません」
今にも爆発してしまいそうな感情を抑えて私は言葉を出した。
「ふん、何か意味のあることをしたとしても、死んでしまっては意味が無い、意味がないと言うことは犬死と同じことだ」
「だからと言って……死んだ人を馬鹿にするような言葉を使うのは……間違ってます……」
「馬鹿だから死ぬ、馬鹿を馬鹿にして何が悪い」
軽い口調でハルバード様が言った言葉に私は顔を上げた。
「貴女には心が無いんですか!!」
抑えがきかずについ、顔を上げてハルバード様の顔を睨みんで強く言ってしまった。
ハルバード様は少し驚いた表情になっていたけれど、すぐに無表情に戻った。
「…………無いわけないだろう」
「では何故!!そんな冷たい言葉を平気で言えるんですか!!」
「……ふん、確かに冷たい言葉だが……平気で言っているわけではない」
「えっ……?」
「我にも心はある。だが、悲しむ顔を見せるのは我のプライドが許さない。それに死んでいった奴らも、我の悲しむ顔など見たくはないはずだ」
ハルバード様は無表情のまま、私から離れて椅子に座ると溜息を吐いた。
「はぁ………」
「御無礼をお許しください、ハルバード様」
セシリアさんが頭を下げようとした時、ハルバード様が手で止めるように指示し、その指示通りに頭を下げようとしていたセシリアさんは頭を下げようとすることをやめた。
「………全く、あの男に似て感情に流されやすい女のようだな、ソフィ・ヴェルシア」
「えっ?……どうして、私の名前を……」
「あの男はしつこく自慢していたからな。嫌でも覚えるが、それを今になって思い出した」
私の兄をハルバード様は知っている様子だった。
ハルバード様は収納空間魔法を使って写真を取り出すとそれを見せてくれた。
写真には笑顔で両手で銃を持って、王様とハルバード様に挟まれる形で写っていた兄の姿があった。
王様は微笑んでいるけれど、ハルバード様は面倒そうな顔をして写っていた。
「…………すっかり忘れてしまっていたな。まったく……恥ずかしい話だ」
見せてくれた写真を収納空間へしまい、収納空間から今度は写真の束を取り出すと、私に差し出した。
受け取って写真を見ると、それは兄が毎日肌身離さず持っていた私と兄の二人で写っている写真の束だった。
「……これは……兄さんが大切にしていた……」
戦争になる前に旅行で行った場所の写真や海に行った時に撮った写真等、思い出の場所の写真ばかりだけれど、普段の生活の中で何気なく撮ったはずの写真まで束ねられていた。
「……うっ…うぅぅ………」
私は束ねられた写真を一枚一枚見ていると、その場に座り込み、目から涙が溢れ出てきた。
「………奴は………奴は死ぬ時に我にその写真を渡して、「妹のところへ連れて帰って欲しい」と我に言った。あの時、必ず帰すと言っておいて……五年も放置してしまうとは……本当に申し訳ない」
ハルバード様は横を向いてこっちに顔を見せないようにして、謝罪してくれた。
「兄さんっ……!」
私は写真を抱きしめるようにしてその場に座り込んだまま泣いた。
目から溢れ出てくる涙を拭こうともせずに泣き続けた。
「……やっと、帰れたようだな。妹のところへ」
「……ハルバード様、五年前と言うと大魔王の座を離れて十五年の時、連合軍に攻められて王様の国で防衛戦をしていた時のことでしょうか」
セシリアさんが私にハンカチを渡してくれて、私はそのハンカチで涙を拭いたけれど、拭いても拭いても涙は出続けた。
「……ああ、そうだ。………セシリアと言ったな、その人間を連れて行ってやれ、ここに居られると仕事に集中できん」
ハルバード様はずっと横を向いたまま、こっちに顔を向けようとはしなかった。
「はい、ソフィ様。行きましょう」
私はセシリアさんの手を借りて、立ち上がるとセシリアさんに手を引かれる形でテントを後にした。
写真を持ったまま、私は空いているテントまで来ると靴を脱いでテントの中に敷いてあるシートの上に上がった。
セシリアさんも靴を脱いで揃えるとテントの外においてシートの上に上がった。
テントは骨組みの上から白い布のような物を被せ、壁の代わりとなっている布は風で飛ばされないように地面に固定されていた。
テントの中で写真を一枚一枚見ていると出発前に撮った兵隊の制服姿の兄と私服の私が一緒に写っている写真を見つけた。
「あの時、もし行かないでと止めていたら……」
私はセシリアさんがいることを忘れて独り言のように言う。
過去は変えられないとわかっていても、もしもと考えてしまう自分がいる。
「ソフィ様、お疲れでしょう?一旦お休みになられた方がよろしいと思います」
確かに今日は衝撃的な事が起こったことで、体も心も疲れていた。
「……そう、ですね」
「こちらをお使いください」
そう言ってセシリアさんが出してくれたのは、布を使った即席の枕だった。
「頭を痛くしてはいけませんから、お使いになってください」
「……ありがとうございます。セシリアさん」
「いえいえ、ゆっくりお休みください。ソフィ様」
私は写真の束を両手で持ったままセシリアさんの作ってくれた枕に頭を置いて目を閉じると、不思議と落ち着いてすぐに眠りに落ちた。
〜同時刻・ハインド(クラカヂール06)機内〜
眼が覚めると車両のような空間の中に居た。
頭の痛みを抑えるように手を当てようとした時に両手が手錠で繋がれていることに気が付いた。
「気が付いたか?」
声のした方を見ると隣には俺のナイフを奪った黒髪で腰まである長さの髪をしたあの女が居た。
「……ここは?」
女にそう問いかけると女は無表情のまま答えた。
「ヘリの中だ。今からお前を実験施設へ連れて行く」
実験施設、倒れる前の記憶では実験体とか言っていた為、俺をそこに連れて行き、実験台にでもするつもりなんだろう。
俺は前に両手がある状態で手錠をかけられているため、ある程度は自由がきくことを利用して、俺は女の首へめがけて手錠の鎖で絞めようとと飛びかかったが、あっさりとかわされて腹に肘打ちを食らった。
「ぐぁっ!!」
「大人しく座っていろ」
強く押されて俺は座席に倒されると、女は静かに席に座った。
俺は起き上がって席にしっかりと座って女の方を見ると、女はさっきと同じように無表情でこちらを見ていた。
(勝てないな……何とか脱出できないのか)
何とか脱出しようとヘリの中を見渡すが、役に立ちそうな物はなく、それよりも女と俺の二人だけしか居ないことに気付いた。
見渡していると肩を叩かれ、叩かれた方を向くと女が針金を持って差し出していた。
「……どういうつもりだ」
「どうせお前は逃げられない、これで少し遊んでいろ」
俺は女から針金を受け取ると手錠の鍵穴に差し込んで、手錠を外そうとしてみた。
指から伝わってくる感触を頼りに鍵穴に針金を差し込んでいると左手の手錠が外れ、次に左手で右手の手錠の鍵穴に針金を差し込んでいじり、右手の手錠も外した。
「なかなか器用だな」
女は無表情のままそう言ったが、俺は何も言わずに手錠を返した。
女は手錠を受け取るとその手錠を服に付いているポケットへ入れた。
「お遊びはそろそろおしまいだ」
女がそう言うとヘリが強く揺れ、何処かへ着陸した事がわかった。
扉が開くと外は晴れているわりには寒い場所だった。
次回はジョンの視点に戻ります。
五月なのに暑い……。